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おとなりさん 2

◆おとなりさんとのにちじょう◆


「や、やあ! おはよう中尉。爽やかな良い朝だね」
「……おはようございます。曇りでじっとりと暑くて、今にも雨が降って来そうなお天気ですけどね」
「ははは、お天気など関係ないさ。朝一番に君の美しい顔を見られる私にとっては曇りだろうが雨だろうが嵐だろうが、良い朝に決まっているのさ」
「………はあ」
朝のジョギングはリザの毎日の習慣である。夜勤の日やよほど悪天候の日を覗けばリザはほぼ毎日このロードワークを行っている。そして、ハヤテ号が来てからは彼のお散歩も兼ねて、一人と一匹で行くのが通例となっていた。その一人と一匹の道行きに最近加わった人物がいる。
「お、ハヤテ号もおはよう。そうか、そうか。今からお散歩か。良かったな? ちょうど良かった。私も今から偶然に走り込みに行こうと思っていたところなのだよ。よし、一緒に行こうじゃあないか」
わしゃわしゃと愛犬の頭を撫で回す男――ロイ・マスタング大佐。
(偶然……ね…)
ぴょんぴょんとあっちこっちに跳ねまくっているロイの黒髪を凝視して、リザは指摘してやる。
「……大佐。寝癖が直っていませんし、お髭もちゃんと剃っていませんね。トレーナーは後ろと前が逆ですし、靴……スリッパです」
「う…」
これはその違うんだ、とロイが慌てているのを後目にハヤテ号のリードを握ると、
「行きましょう、ハヤテ号」
リザはさっさと愛犬と共に走り出した。
とりあえずいつものお散歩コースである公園まで行こう。そんな風に思案していると後ろからロイが追ってくる気配がする。内心ため息を吐き、極力それを気にしない様にしながらリザは走るペースを上げた。


となりにロイが引っ越して来て早、数週間。
彼はこうして毎日リザに合わせて早起きして、リザが来るのを待ち伏せしている。いつもいかにも今起きました慌てて支度をしましたという体で現れるので、早起きし過ぎてちょうど暇を持て余していたんだ…などという彼の言い訳はむろんすぐに嘘だと分かった。
よくも毎朝毎朝律儀にリザに付いて来るものだ。とリザは半分感心していた。ロイは昔から夜型人間で、朝がたいそう弱いという事を彼女は知っている。
……そんなにハヤテ号とお散歩に行きたいのかしら?
などと、少し見当違いな事を考えながらリザは隣を走るロイの眠そうな顔をちらりと盗み見た。彼は隠そうともせずに大あくびしている。仕事中に居眠りされても困るので無理しないでもう少し寝ていれば良いのに。
「よし、ハヤテ号行くぞ!」
そうこうしているうちに公園に着く。
ここからはいつもロイがハヤテ号のリードを握る。何故かは知らないが、ロイは公園では自分がハヤテ号の散歩を担当すると主張してきかなかったのだ。別に特に不都合もないのでリザは彼に任せる事にしていた。
早速元気に公園内を走り回り始めたハヤテ号にロイが付いていく。リザはゆっくり歩いて彼らの後を追った。
早朝の公園にはリザと同じく飼い犬を散歩させているお仲間が大勢いる。挨拶をするくらいの顔見知りはいるのだが、そういえば最近あまり声をかけられなくなったわ、とリザは不思議に思った。以前はよく犬を散歩させている男性に声をかけられたものなのだが。
と、視線の先でロイが犬を連れた熟年マダム達と談笑しているのが目に入った。
――そういえばロイと一緒に来るようになってからだ。男性から声をかけられなくなったのは。そして、代わりに女性達とああやってロイが話すようになって……。
ぼんやりとロイの方を見ていると、リザの視線に気がついたハヤテ号がこちらに駆けて来ようとしていた。それに気づいたロイもリザを振り返り笑みを浮かべて手を振ってくる。そして彼はマダム達に別れの挨拶をしてリザの元へ愛犬と共に走り寄ってきた。
それを見送るマダム達が「まあ、仲の良いご夫婦ねえ」「あら、やだ。まだお若いんですもの、きっとカップルさんよ」などと話しているのが風に乗って聞こえてきて、あまりの恥ずかしさにリザはそれを意図的に無視した。……本当は今すぐただの上司です、ただのおとなりさんです! と否定したかったのだが。
「やあ、中尉。お待たせ。ハヤテ号も満足した様だし、そろそろ戻ろうか。私もお腹が空いてしまったよ、今日の朝食は何かね?」
……別にロイを待っていた訳ではないし、散歩を切り上げる判断だって自分でする。そして、ホークアイ家の朝食が何であろうと、ただのおとなりさんにはまったく関係のないことだ。
と、言いたい事はたくさんあったのだが。
最初に朝食はコーヒーだけ、という話をロイから聞いて、不健康です! と朝食をお裾分けしてやったのがまずかった。それからというもの、ことあるごとにロイはリザの手料理を当てにするようになってしまった。……野良猫に不用意に餌をやるな…という戒めがふと脳裏に浮かぶ。野良猫ではないが、代わりにおとなりさん兼上司をうっかり餌付けしてしまった。
「……今日はフルーツソースを添えたパンケーキです」
「そうか。楽しみだな!」
嬉しそうにロイは満面の笑みを浮かべる。
こんな風にロイが滅多に見せない本心からの笑顔をするので。貴方に食べさせる朝食はありませんとはもうとても言えないリザであった。


その日の勤務中、案の定ロイは始終眠そうな顔をしていた。部下の前ではばかる事無く大あくびをしては、呆れた視線を向けられている。リザとしては最低限の司令官としての威厳くらいは保って欲しいのだが、ロイから言わせれば何を今更…らしい。まあ、確かに今更リザ達に対して取り繕う威厳など彼には無いが。
「大佐ぁ~聞いてます? さっきからあくびばっかりして…どーせ昨日も遅くまでデートだったんでしょ?」
「ん? ああ、まあな。羨ましいか。羨ましいだろう。羨ましいと言え」
「……くっそ羨まし…、いや、ぜってー言わねー! 俺は負けない!」
嘘だ。
ハボックをからかうロイを見ながらリザは断定した。
昨晩のロイは、定時に仕事を上がった自分と同じ時間に帰宅していた。何しろばったりと部屋の前ではち合わせたのだから確かだ。その時彼は買い物袋を下げていた。聞けば、たまには自炊をしようと思ってね…と食材を買い込んで来たらしい。そして、その後となりの部屋からはパリーンッやらドンガラガッシャーンやらの不穏な音が聞こえ、最終的には焦げた臭いと共に火災警報機が鳴った。我慢できなくなったリザがロイの部屋を訪ねると、何故か発火布を両手にはめて(彼は本気の時にしか両手にしない)真っ黒焦げの鍋を片手にロイが出てきたのだ。
そんな惨状の上司を放って置く事が出来なくて、朝食どころか夕食までもお裾分けするはめになってしまったリザである。……餌付けはよくないのに。
「そんな事よりも! 大佐、さっきから俺の申請書類読んで下さいって頼んでるじゃないですかっ」
面白くない話題を変えるために、ハボックがロイに文句をつけている。ああ、とロイがハボックの差し出していた書類を受け取った。
「……ん、これか。何々…憲兵司令部と消防隊にお前の隊を一時的に応援として派遣したい……理由は?」
「うっす。それについてはこっちの報告書を読んで下さい」
「ふむ。……最近頻発しているイーストシティの火事が不審火ではないかという疑いがある…と」
「はい。幸い人的被害はないし、大事になる前にで消し止められているんスけど、どうも連続して起き過ぎているのが気になると、消防隊の方から憲兵司令部へ不審火ではないかとの報告があったんス」
「で、憲兵司令部から軍の方へと応援要請が入った訳が」
「ええ。俺の隊から若いのを何人か貸し出して、憲兵と消防隊とで見回りを強化しようという案がありまして」
「なるほど。……良いだろう。裁可してやるから、メンバーの選抜はしっかりな」
「イェッサー!!」
びしっと敬礼をしたハボックにサインした書類をロイは渡した。それを受け取ったハボックは早速書類に目を通しながら言う。
「いやー、それにしても何で放火なんてするんでしょうね――」
「……さあな。むしゃくしゃして…とかじゃないのか?」
「ああ、なるほど。大佐が言うと説得力ありますね」
「……どういう意味だ」
「だって、イラつくとすぐ発火布を持ち出して火を点けるじゃないですか」
「放火魔と一緒にするな!」
ロイが眉を吊り上げたのと、ぼんっと言う音と共にハボックの前髪が焦げたのは同時だった。
「あ、すでに装着済みとか反則ですよっ、……ていうかやっぱりすぐに火を点けるじゃないですか!」
「うるさい!」
続けざまにロイが指を擦るとその度にハボックの顔先辺りで火花が飛ぶ。悲鳴を上げてハボックが仕事部屋を後にするのを見送った所で、リザは席を立った。
「大佐。お遊びはそれくらいにして、そろそろ仕事に戻っていただけますか。今のうちにその机の上の書類を片づけて頂かないと定時に上がれませんよ?」
「お遊びって……まあ、いい。……時に中尉。今日の晩ご飯は何かね?」
「今夜は私は遅番です。帰りが遅くなりますので、夕食は軍の食堂で済ませて帰るつもりですが」
「なんだ……それは残念」
本当に無念そうな顔するロイに、リザは呆れ果てる。
この人は今夜も人のうちの晩ご飯を狙っていたのか。
お得意のデートでもして、夕食くらい食べて帰れば良いのに。……そう、ハボックに吐いた嘘の様に。
しかし、そんな思いとは裏腹に、女性と楽しそうにディナーをするロイの姿を想像すると何故かリザは無性にムカつくのである。そんな己の思いを不可思議に思いつつも表には出さず、リザはロイの前では無表情を貫いた。


その日、結局自宅に帰り着いたのは零時を跨ごうかという時刻だった。リザは極力音を立てないように静かにアパルトマンの階段を昇った。二階の共用廊下を歩いて、自宅へと急ぐ。すると廊下の薄暗い外灯に照らされて、何かが己の部屋のドアの前に置いてあるのを発見する。
しゃがみ込んで手に取った。
見覚えのある蓋付きの小さな鍋。それもそのはず、それはリザの家のもので。加えて言うと昨晩ロイにお裾分けしたビーフシチューが入っていた鍋でもある。ぱかっと蓋を開けてみると、小さな小さな花束入っている。それには見慣れた字で書かれたメモ書きが添えられていた。
――美味しかった。ありがとう。これはお礼だ。
思わず、笑みがこぼれた。振り返って今し方通り過ぎたおとなりさんの部屋に視線をやる。
別に明日でも良かったのに。そして、汚れたまま返しても構わなかったのに。お礼なんて気を使わなくても良いのに。
こういう事をするから、ついつい朝食も夕食もお裾分けしてしまうのだ。そして、良くないのにロイを餌付けしてしまって……リザの生活に彼がどんどん入り込んで来てしまうのだ。
己のプライベートな生活にロイがいる。それはリザにとって不思議で、少し懐かしくて、そして、多分に戸惑う事態だった。
昔とは違う。子供の頃の、彼の修行時代の頃とはまた違う。
上司となったロイとプライベートを共有するという事。
仕事において、彼との時間はリザの中の大半を占める。リザにとっての仕事とは彼とイコールで結ばれている切ってもきれない関係なのだから当然だろう。しかし、今、プライベートの時間までが彼に浸食されている。
本当はただのおとなりさんだと割り切って、接すれば良かった。そう、本当に嫌ならば最初から無視でもすれば良かったのだ。
けれども、リザにとって彼と一緒にいることは嫌で無かった。むしろ居心地が良いと感じていた。
……それが問題なのだ。
そんな風に幸せに浸ってしまったならば、自分はいつかその先を求めてしまうかもしれない。その時に、彼からただの上司部下だ勘違いするなと突き放されたら……それを恐れるが故にリザは己の気持ちから目を逸らした。
本気で向き合って、拒まれてしまったならば、私は……。
臆病な自分に目を瞑って。最初からそうならないように、気持ちに蓋を被せて。
(……大佐はただのおとなりさんよ)
そう無理矢理結論づけて、でも、大事そうに花束を持つと、リザは静かに自宅のドアを開けた。
愛犬はとっくに寝入っているだろうから、(ご飯の用意は事前にしてあったし)出来るだけ物音をたてないように室内へ入る。
しかし、リビングを通り過ぎて寝室に入ろうとした所で。少し考え込むとリザはキッチンへと向かった。ロイが返してきた鍋を置いてから、食材の保管庫を確認する。……明日の朝は野菜とベーコンのスープにしよう。そう思案しながら、リザは無意識にロイの好きなベーコンをたっぷり入れようと考えていたのだった。


いつもそれなりにリザは早起きだがそれよりももう少しだけ早起きをして、リザは野菜スープを作った。美味しく作るにはじっくりコトコト煮込んで、野菜の旨味とベーコンの塩味がスープに溶け出すようにしなくてはならない。一人分にしてはずいぶん多めのスープを作り終えると、リザはエプロンを脱いだ。視線の先では、散歩が待ちきれないとばかりに愛犬がリードを加えて玄関前に鎮座している。
その微笑ましい様子に思わず笑みをこぼして。
「さあ、行きましょうか?」
黒犬の頭を一撫でしてから、リザは部屋を出た。
ところが。
いつもならば部屋を出た途端に息を切らして、おはようと挨拶してくる男の姿が無かった。思わずおとなりさんちの玄関扉を凝視してしまったが、それはいつまで経っても開く気配はなく、屋内からは物音もせずにシーンと静まりかえっている。
「きゃん!」
朝の静けさに包まれた空間に子犬の鳴き声が響いた。
沈黙してその場に佇んでいたリザは、はっと我に返った。
足下ではハヤテ号が尻尾を振って、早く行こう? とリザを急かしている。
「……そうね、行きましょうか」
子犬にそう声をかけて、リザはアパルトマンを出た。


元来朝寝坊の彼のことだから、こういう朝もあるだろう。そもそも。今までリザに合わせて早起きし続けていた方が奇跡だったのだ。
いつもの散歩コースをジョギングしながら、リザはとうとう出てこなかったおとなりさんに思いを馳せていた。
別に朝の散歩を一緒にすることを楽しみしていた訳でもない、むしろ自分は迷惑していたはずだ。……なのに。彼が、ロイが理由もなくやって来なかったというだけで、どうしてこんなにもモヤモヤするのか。リザには自分自身が良く分からなかった。
彼をただのおとなりさんだと、そう思おうと決めたのは自分のはずだ。朝食や夕食を狙ってくるどうしようもない、おとなりさん。
居ないのが少しでも残念だと思ってしまったのは、きっと多めに作ってしまったスープがもったいない…ただそれだけの理由なのだ。そうに決まっている。
己の寂しさをそう誤魔化していると、いつの間にか公園についていた。
久しぶりに自分でハヤテ号のリードを握って、公園内を散策する。すると、同じように犬の散歩をさせている人達とすれ違う。適当に挨拶をしながら通り過ぎるが、その中で最近顔を見ないなと思っていた顔見知りに行き会った。
「お、おはようございますっ」
まだ若い男性だ。おそらくリザと同じくらいか、もしかしたら年下かもしれない。ソバカス顔が少し子供っぽい印象を与えるその男性は、以前は良くこの公園内で顔を会わせていた。しかし、正直リザはあまり顔を覚えてはおらず、ただ彼の連れている小型犬(メリーちゃん)の飼い主さんという認識で覚えていたが。
「おはようございます。……メリーちゃんもおはよう。久しぶりね」
くるくるカールした毛の可愛らしい小型犬ににっこりと微笑むと、何故か飼い主の男性の方が頬を赤らめた。
「しばらくお散歩コース変えていたのですか? それとも時間を?」
ずっと会わなかった理由を何気なく訊ねると、男性は首を振る。
「い、いえ……いつも通りに公園に散歩に来ていたんですけど…最近ずっと男性の方がハヤテちゃんを連れていたでしょう? それで……」
ああ、とリザは納得する。男性が言っているのは公園でハヤテ号のリードを握って離さなかったロイのことだろう。もしかしてそれでリザの事が分からなかったのだろうか。自分もこの人がメリーちゃんを連れていなかったら、メリーちゃんの飼い主さんだと認識出来ないかもしれないし。
「あ、あの…もしかして……最近ずっとハヤテちゃんをお散歩させていた男性の方は、こ、恋人の方…ですか?」
男性の言葉にリザは目を瞬いた。
……やはり、朝一緒に犬の散歩をさせている関係というのはそういう誤解を招くのだろうか。昨日のマダム達然り。
メリーちゃんの飼い主さんの顔をちらりと見る。彼は何故か息を詰めてリザの返答を待っているようだった。もしかして、ロイと一緒に散歩に来るようになって男性のお散歩仲間さんから声をかけられなくなったのは、その辺りが理由なのだろうか。やっぱり、恋人との水入らずの時間に割って入るのは気が引けるとか思われたのだろう。
ふうっと一息吐くと、リザはこの誤解を解くべく口を開いた。
「いいえ。あの人は……」
ただの、おとなりさんです。そう続けようとした言葉はしかしリザの口から出てくる事は無かった。
「や、やあ! 遅くなった! すまない!!」
話をしていたリザ達に割って入るように、身を躍らせて走り込んできた男がいたからだ。
いつも通りに髪は寝癖だらけ、髭は剃っていない、だらしの無い格好の…ロイである。彼はリザの目の前に現れたは良いが、よほど急いで来たのか肩で息をしており言葉が続かない様だった。それでも苦しい息を吐きながらも、何故かロイはリザと話していたメリーちゃんの飼い主さんを威嚇するように睨みつけていた。……ものすごく敵意剥き出しである。
「まったく…油断も隙も…ない……」
荒い呼吸の合間にそんな事をぶつぶつと呟いている。
意味が分からず、リザが困惑していると、
「じゃ、じゃあ僕はこれで……」
メリーちゃんの飼い主さんはそそくさと去っていく。ロイにあのような態度を取られては当然だろう。どうしてこの人はいつもの無駄な爽やかさを、男性に対しても発揮出来ないのだろうか。
「……大佐。もう少し愛想良くしてはどうですか。あの人は一応私の顔見知りなんですけど。犬の散歩仲間で……」
顔をしかめて苦言を呈すと、ロイはリザ以上に渋い顔をした。
「……君は何も分かっていない」
「はい?」
「あの男が本当に君をただの飼い犬の散歩仲間だと思っていると、思っているのか?」
「思っていますけど?……むしろそれ以外に何があるというんです」
「あああ! 君は全然分かっていない!!」
イライラしたように寝癖のついた黒髪をかきむしると、
「いいか、だいたい君には自覚が……!」
ロイは何かを言い掛けて、そして、
「……まあ、いい」
途中で言葉を引っ込めてしまった。
よって、リザにはロイが何に対してそんなに憤っているのか分からない。
「今までずっとそんなに無防備でいたなんてぞっとするよ……」
「……大佐。何をおしゃっているのかさっぱりなのですが……」
しかし戸惑うリザには答えをくれずに、ロイはびしっと彼女の顔に指を突きつけて、
「いいか? 散歩中でも油断するな。例え朝だろうが、危険はあちこちに潜んでいるんだ!……私が始終一緒に居て牽制できるとは限らない…そう、今朝のように」
やっぱり訳の分からない事を言い出すロイだったが、彼の言葉に思いつく事があってリザはそれを指摘してみる。
「今朝のように…って、大佐。もしかして今日は寝坊したのですか?」
「う…ま、まあそうなんだが……昨夜はちょっとなかなか眠れなくてな……」
明け方に寝たせいで起きるのが遅れたんだ…と言い訳してくるロイに、リザはふっと笑みを漏らした。
なんだ。もう、私と散歩に行くのが嫌になった訳ではなかったのか。
ふつふつと安堵の気持ちが胸に満ちていく。良かった…と思ってしまう自分を自覚するが、リザはその気持ちを大人しく受け入れた。だって、こんなに心に溢れる嬉しさをもう自分は誤魔化しようがない。
彼が居なくて寂しく思って、彼がやって来て嬉しく思う。……それは本当にただのおとなりさんなのだろうか?
「もうっ、でしたら無理なさらずもう少し寝ていらしたらよろしかったのに」
「な、何をっ。今みたいな危険な事態を招くと分かっていながらそんな事出来る訳なかろうっ」
「危険? 今の何が危険だったのかは分かりませんが……とにかく、仕事中に居眠りをしないで下さいね? もう、いい加減見逃してあげませんから」
口では冷たく言い置いてから、リザはハヤテ号を連れると歩き出した。すかさずロイもその隣に並んで。
「あー…中尉。今日の朝食は何かね? 全力で走ったから、腹が減って仕方がない。仕事中に集中力を発揮して眠らないためにも、しっかりと栄養のバランスの取れた朝食の摂取は重要事項だと思うのだがね……」
つらつらと御託を述べて今日もホークアイ家の朝食を狙い始めた男に、リザは苦笑しつつも、
「……ベーコンと野菜のスープです」
返答を返してやる。リザの答えにロイは喜色満面の笑みを浮かべて。
「本当か? もちろんベーコンたっぷりだよな!?」
「……たっぷりですよ」
――そうしておとなりさんな二人は仲良く帰路を共にした。

……どうやら野菜スープは無駄にならずに済んだようである。




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by netzeth | 2013-06-04 00:46 | Comments(0)