うめ屋


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おとなりさん 3

◆おとなりさんのあさがえり◆


――こんな事は初めてだった。

「お願いします! 埋め合わせは後で必ずしますんで!!」
と、急に彼女とのデートが入ったという同僚に拝み倒されて夜勤シフトを代わってやった。
ところが。
一時間もしないうちにその同僚は戻って来てフられたのでやっぱりいいです……と涙ながらに語り、結局夜勤シフトはなしになった。
そんな訳でリザが司令部を出たのは夕刻。比較的仕事がスムーズに回った一日だったので、珍しく早い時間に上がれた。いつもの様に市場とマーケットに寄って食材を買い込み、夕食の準備を始めた頃には日はとっぷりと暮れている。それでもいつもよりは時間に余裕があったので、手の込んだ料理を何品かこしらえる事が出来た。
「ん、美味しい」
自分で味見をして自画自賛。
足下では料理の良い匂いに釣られたハヤテ号が、リザを見上げて尻尾を振っている。
「もう少し待ってね?」
愛犬を窘めながら、リザは壁掛け時計を見上げた。時刻は午後八時になろうかというところ。
「……遅いわね」
ソファーに戻って膝に乗せた愛犬の頭を撫でながら、リザはぽつんと呟いた。いや、自分のいつもの帰宅時間を考えれば、これくらいはまだまだ宵の口といっても過言ではないのだが。しかし、リザが待っている彼――ロイはリザよりも早くに退勤したはずなのだ。
いつもこうやってお互いに早く上がれた日は、ロイは決まっておとなりさん――ホークアイ家の夕飯を狙ってくる。それに渋い顔をしながらも、なんだかんだと料理をお裾分けしてやるようになって、もう大分時が経った。そう、今ではうっかり夕飯をロイの分まで前もって作って置いてしまうくらいに。
なのに。
今夜に限って肝心のおとなりさんはなかなか帰宅しないようだった。
……何故分かるかと言うと、このアパルトマンは壁が薄く隣の部屋の音が結構筒抜けだからである。ここ何週間かに及ぶおとなりさんが居る生活で、リザはそれを学習していた。
扉が開閉する音、窓を開閉している音、部屋を移動している音、ラジオらしき音。……さすがにあまりに筒抜けではプライベートに障りのある音は聞こえないけれど。それらの音がする事によってリザは隣室にロイが居るかどうかをそれとなく分かるようになっていた。まあ、意図的に音を消して息を潜めていれば気づかないのかもしれないが……。ロイがリザに対してそんな事をする理由もないし、やはりロイはまだ帰っていないのだろう。
別に約束があるわけではない。必ず何時に帰るという義務がロイにある訳ではないのだ。彼がどこで何をしていつ帰宅しようとも、それがプライベートである以上、リザには何を言う権利もない。
それは分かっているのに。
それでも、せっかく夕食をはりきって準備したのに、お裾分け様にタッパー容器にも入れたのに、と、帰らぬ隣人に、リザはこの時理不尽な怒りを覚えていたのだ。
それはただのおとなりさんに抱くにしてはまったくおかしな怒りであったけれど。そんな己の想いには露と気づかず、リザは悶々とした時間を過ごし…やがて痺れを切らして夕食を食べてしまうと、さっさとハヤテ号をベッドに入れて寝てしまった。


リザがハヤテ号と一緒に寝たのには理由があった。
気配に聡いこの子ならば、もしも彼が帰宅した時にはすぐに気が付くのではないかと思ったのだ。しかし、そんなリザの淡い期待を余所にとうとう愛犬はその夜一度も目を覚ます事無くぐっすりと寝入っていた。
結局熟睡出来なかったのはリザの方だった。
夜がこんなにも長いと思ったのは、初めてだ。
コチコチ…といういつもは気にならない壁掛け時計の秒針の音までもがやけに響いて聞こえた。シンと静まりかえった夜に耳を澄ませても、となりからは何の物音もしない。そうやってまんじりともせず夜を明かして、ようやく眠りについたのは明け方だったと思う。リザは眠ったと思った次の瞬間にはもう目を覚ましていた。
例え眠りにつくのが遅くとも、起床時間に変化は無い。
体に馴染んだ規則正しい生活習慣はリザに寝坊を許さなかったのだ。寝不足のせいでだるい体を奮い立たせて、リザはいつものようにハヤテ号を連れると朝のロードワークに出かけていった。
当然、それにいつも無理矢理くっついて来る彼の姿は無かった。
そして。
その彼、とリザがようやく顔を合わせたのは、彼女がハヤテ号の散歩から戻ってきたその時であった――。


「あ、あれ?……中尉?…その、おはよう……」
アパルトマンの二階の共用廊下をハヤテ号と歩いていたリザが見たのは、隣室の扉の鍵を探して服のポケットをひっくり返しているおとなりさん、の姿だった。
彼はリザと目が合うと驚いた顔をして。そしてすぐにきまりが悪そうに、曖昧に笑った。まるでリザに対して後ろめたい事があるような態度である。
「その…君、昨日は夜勤だったんじゃ…?」
「大佐…何故それを?」
確かにリザは当初、ハボックに代わりそのまま夜勤をする予定になっていた。しかし、その事実を知っているのはリザとハボックの当人達だけのはずである。何故なら、夜勤時間に入る前にハボックが速攻でフられて戻って来たからだ。夜勤を代わったとリザは他の勤務者に周知する間も無かった。
「司令部の通用門でハボックの奴と出くわしてな。今日は夜勤のはずじゃなかったのか? と聞いたら君が代わってくれた…と……。だから、てっきり私は昨夜は君は居ないものとばかり……」
なるほど。とリザは理解する。
ロイはリザが通常時間に帰宅したことを知らなかったのだ。だから……昨夜夕食を狙いに現れなかった……。
そこには得心がいったものの、ならば、とリザの胸には新たな不快感が込み上げた。
――ロイは、自分が夜勤勤務で部屋に居ない日はこうやっていつも朝帰りをしていたのか?
またも、リザの胸にロイに対する謎の理不尽な怒りが満ちた。
目の前に立つロイの、酒の匂いと、微かにする香水の香り、そして、乱れたシャツの襟元などが余計にそれを煽る。
「あら…? 別にわたくしが居ても居なくても、ご自由になさったらよろしいではありませんか? 私はまったく、全然、これっぽっちも気にはしませんけども?」
自分でもびっくりするくらいに嫌みのこもった固い声が出た。
「ずいぶんと昨夜はお楽しみでしたようですし? どうぞ、毎日毎晩でもお好きに夜遊びなさったらどうですか?」
「夜遊びって…ち、違う…これはっ……」
「私に対しては弁明も説明も必要ありませんよ? 大佐。なんといっても、貴方はただのおとなりさんですし? おとなりさんのプライベートにはまったく、全然、これっぽっちも興味ありませんし。……ただ、公的な、副官としての立場からなら、一言ございますが」
「……なんだ」
「激しい運動もほどほどに。もうお年なんですから、仕事に差し支えのないようにして下さいね」
「なっ、ち、違うぞ! 中尉! 私は何もしてな……!」
「では」
さ、行きましょとロイに向かって尻尾を振る愛犬を引っ張ってリザは自分の部屋に入った。後ろでロイが何やら騒いでいるが、見苦しい言い訳など聞きたくもなかった。
リビングを早足に横切り、キッチンにてコップに水を一杯汲む。一気に飲み干してから、リザはガスコンロに乗っている鍋に目をやった。ロイのためにだいぶ多めに作ってしまった夕食の残り。いっそ捨ててやりたくなったものの、それは貧乏性である自分の主義に反するので(もったいない)しなかったが。代わりに朝食がわりにそれらを皿一杯に盛ると、リザは一人でがつがつと口にし始めたのだった。


ずっと胸がモヤモヤしたままだった。
仕事に行っても、上司に書類を積み上げても、そして射撃場で憂さ晴らしにショットガンをぶっ放していても。
ずっと、胸の奥の辺りがモヤモヤしている。
リザはそれを朝食を食べ過ぎた事による胸焼け…と片づけていた。
「やっほい、リザ。……今日はずいぶんと荒れているわね」
粉々になった的を見て、呆れたように感想を漏らす親友――レベッカ・カタリナにそう声をかけられてリザは心外だと眉を上げた。
「別に。私は、まったく、全然、これっぽっちも、荒れてはいないけれど?」
「はあ…さいですか」
レベッカは軽く肩を竦めると、リザの隣を陣取り自分も射撃訓練を始める。機嫌の悪い時の鷹の目の眼力を、ものともしないのはこの女性だけである。
「……あんたって、分かり難いようでものすっごく分かり易いのよねー…」
「……どういう意味?」
聞き逃せないとばかりに問い返せば、レベッカはニヤリと意地の悪い笑みを見せる。
「どうもこうも。リザちゃんは顔に出ない分行動に出るのよねー。もう、丸わかり。どうせ、あんたの上司に関する事でしょ。どう? 当たってるでしょ?」
あんたがそんな風に銃を撃つ時ってそれくらいしかないしね。と付け加えた親友にリザは反論出来なかった。何もかも図星であったからだ。
「せーっかく、なんか最近良い事あったみたいに毎日明るい顔してたのに、一体どうしたわけ? ん? お姉さんに話してごらんなさいよ」
「……ちょっと…自分でも良く分からないんだけど……ものすごく…イライラして……そう、あの的がさっきからずっとあの人見えて仕方がないのよ……」
ショットガンでズタボロにした的を見据えて半笑いを浮かべているリザに、さすがにレベッカがたじろぐ。
「そ、それは……重症…ていうか…根が深そうね……。よーし、分かった! ここじゃあ何だから、今夜はうちに来なさい。ね? 美味しいワインがあるのよね。あ、それともあんたのトコの方が良い?」
「いえ! それは、止めて!!」
脳裏におとなりさんの顔が浮かんで、リザは全力拒否した。
「そ、そう……じゃ、あたしんちって事で」
リザの剣幕に少々驚いた風のレベッカだったが、すぐに気を取り直すと何時にする? と訊ねてくる。それに答えを返しながら、リザは久々にロイの事は忘れて楽しもうと気持ちを切り替えた。


で。
その夜はレベッカのアパートに赴いて、女同士のガールズトーク。気の置けない親友同士の楽しい語らい……となるはずであったのだが。
予想外にレベッカの用意してくれたワインが美味しかったのと、昨夜は寝不足だったのと、そして、リザ自身フラストレーションが溜まっていたのが重なって。早々にリザは酔い潰れてしまっていた。
「ほら、しっかりしなさい。リザ……」
「んー……」
レベッカ宅のソファー(三人掛け)を一人で独占して寝そべって、ぐたーっと伸びた体。普段のリザからは想像もつかない姿だろう。
久しぶりの深酒は、頭の中がふわふわとして気持ちが良かった。イライラ気分も己の嫌な感情も全部忘れられる。
「本当にもう、あんたがこんなに飲むなんて。一体御仁は何をやらかしたのやら」
「別に…大佐はなあんにも…してないわよ……ただ…」
「ただ…?」
「隣に引っ越して来ただけ……」
「はぁぁ?」
素っ頓狂な声を上げたレベッカがどういう事よ、とリザに詰め寄ってくる。一瞬話しては不味かっただろうか? と頭の片隅で思ったものの。酔いの回っている今のリザは、まあレベッカになら別に良いわよね、と軽い判断を下す。そして、ロイのフラットが火事で修繕工事をしている事、空き部屋だった隣の部屋にロイが仮住まいとして引っ越して来た事などをレベッカに話した。酔っぱらって呂律の怪しいリザの話を、それでもレベッカは真剣に聞き入る。そしてリザが話し終えると彼女は、はあ~~と盛大なため息を吐いた。
「あんた…バカね。本気で御仁があんたの隣の部屋が気に入って仮住まいしてると思ってる訳?」
あくまでもロイを、偶然隣に引っ越して来たただのおとなりさんだとするリザの話しぶりに、レベッカは呆れ顔をしている。
「……そうよ。だって…あの人が…自分でそう言ったんですもの……」
「そんなの方便に決まっているでしょ。考えてもみなさい。相手は天下の国家錬金術師様よ。あたし達と月のお給料が一桁は違うのよ? それが何を好き好んで、あんな小さくて狭いアパルトマンに住むって言うのよ」
「ひどいわ…レベッカ。私、…あのアパルトマン気に入っているのよ……? 狭くたってぇ…小さくたってぇ…日当たりはいいし…周囲に緑が豊富だし……」
「はいはい。この際それは置いといて」
そんな話をしている訳じゃないのよ。と脱線しそうになる話題をレベッカが引き戻す。
「……どう考えたって御仁のお目当てはあんたでしょ。それが何よ。ただのおとなりさん? 前から思ってたんだけど、あんたも御仁もずいぶんと遠回りが好きよね」
「遠回り……は好きよ? 知らない道を通れば……新鮮な発見があるん…だから……」
酔っぱらっているリザの思考回路はふわっふわしていて、度々横道にそれていく。それでも根気強くレベッカは彼女に付き合っていた。
「何言ってるのよ。人生は短いのよ? 女の賞味期限はもっと短いんだから。遠回りなんてしてたら、すぐに歳をくってシワシワのおばあちゃんになっちゃうわよ。いいこと? 恋愛に関してはいつでも近道、裏道、なんでもつかって最短距離! これが鉄板よ!!」
拳を握って持論を熱く語った親友に、リザは気圧される。酔っているせいもあるのだろうが、若干今日の自分は弱気になっているようだ。
「だって……あの人は…私の事なんて…ただの部下としてしか見てない………ううん、そうでないといけない……の……」
弱々しくリザは反論した。しょんぼりと肩を落としているリザを眺めやって、レベッカがふっと苦笑する。
「まあ、あんたらの関係はいろいろ難しい事があるってあたしも解ってるけどさ。……あんたはもっと自分に対して甘くなりなさい」
「甘く?」
言葉の意味が分からず訊ね返すと、レベッカは大きく頷いて。
「そう。自分の欲望に対して貪欲になるのよ。今からそんな世捨て人みたいに無欲でどうするのよ? あ、言っておくけどこれは恋愛に関してのことだからね」
「……えーと…それは…つまり?」
「だから。相手がどう思っているとか、こうでなければならないとか。そうじゃなくて。あんたがどう思っているか、どうしたいかを考えなさいってことよ」
「私が……どう…したいか……」
「そうよ」
彼女の言動はいつも気持ちが良いくらいに単純明快、スカッと竹を割った様である。レベッカの夢は金を持っているいい男を捕まえて寿退役をすること。そんな彼女だからこその恋愛哲学なのだろう。それをリザは今、少し羨ましく思った。
過去の挫折、未来の夢。そして、がむしゃらに生きる今。複雑になり過ぎてしまった自分たちのような男女の関係には、彼女の言うシンプルな動機で動く…それが出来ない。
そして、それ以上に。
「レベッカ……私…解らないの…本当によく…わからな…い……」
リザ自身、自分がどうしたいのか良く分かっていないのだから、どうしようもない。隣にロイが住んでいるというだけで変わってしまった己の日常。彼の行動に一喜一憂して、感情を乱されて……その気持ちの持って行き場が、解消する方法が、リザには本当に分からない。
「あ、こら、ここで寝ないの。もう、しょうがないわね、今日は泊まっていきなさい。ワンちゃんは平気なんでしょ?」
「ええ……ちゃんと…ご飯は多めに置いてきた……から……ん……」
しかし。
今のリザには複雑過ぎる思考は出来るはずもなく。
襲ってくる猛烈な睡魔に負けて、リザはとうとう意識を手放した。


夜明けを迎えてからまだ幾ばくも経っていない時刻。リザは足早に帰宅の途についていた。朝の爽やかな空気と眩しい太陽の光が、今のリザには鬱陶しい。昨晩飲み過ぎてしまった体は、どうにも本調子では無かった。
それでも、夜明け前に起きて帰宅しようと思ったのは自宅に残して来た可愛い家族を心配しての事だった。
昨夜は一人でお留守番をさせてしまった。夜勤の時や緊急時はいつもそうしているけれど、今回は仕事ではなく自分のだらしなさが原因だ。それがリザの罪悪感を余計に募らせていた。
(罪滅ぼしに今日はたくさん遊んであげよう…)
そんな事を考えながら自宅の扉を開けた。幸いリザは今日非番である。その時間はたっぷりあるはずだった。
「ハヤテ号? ごめんね、遅くなって」
夜明けと共に目を覚ます子犬はもう起きているだろう、と呼びかけるが。リザの予想に反して、愛犬の姿は見えなかった。寝床であるバスケットの中を覗いて見たがそこにも居ない。どこに居るのか…? もしかして寝室だろうか…? 自分を恋しがってそっちで寝ていたのかも…。それともお腹が空いたので、ご飯を置いてあるキッチンか?
いろいろ推測しながら部屋の中をパタパタと探し回る。その何処にも黒犬の姿は見えない。
「まさか…一人で外に?」
いや、玄関扉が開いていないのだからそれはありえない。
何かあったのだろうか。
リザがそんな不安に陥っていた時、玄関扉が開いた。
「キャン!」
と聞き慣れた元気な鳴き声がして、振り返ると愛犬が走り寄ってくる所だった。彼は嬉しそうに尻尾を振ってリザにまとわりついてくる。しゃがみ込んでその頭を撫でてやりながら、リザは戸惑いの表情を浮かべた。
「ハヤテ号……あなた一体どこから?」
「……私が散歩させて来たんだ」
耳に飛び込んできた声に、思わず顔を上げた。視線の先には玄関口に立つ、男の姿。言わずと知れた…リザのおとなりさんである。
「朝帰りの冷たいご主人様に代わってね?」
どこか冷たい…というか怒り顔でロイが淡々と説明してくる。見下ろされるのがしゃくでリザは立ち上がる。そしてその怒りを湛えた視線を正面から受け止めた。
「な…部屋の鍵は閉めていたはずですが」
「私を誰だと思っているんだね?」
鍵なんて意味はない。錬金術師である男はきっぱりとそう言い切る。それにリザは絶句するしかない。いくら錬金術で開けられるからと言っても、して良いことと悪い事があるだろう。
「……大佐。不法侵入ですが」
「何、夜中に主人を探して寂しく鳴く子犬の声が聞こえて余りに可哀相で、つい…ね。朝帰りをするような冷たいご主人様を持ったこいつを慰めてやっていたんだよ。安心したまえ。こいつを連れ出す事以外はしていないから」
何を安心しろと言うのか。不法侵入の時点で憲兵に突き出されてもおかしくはない犯罪者の分際で偉そうに。リザはロイの口ぶりにカチンとくる。確かに朝帰りをした自分が悪いのかもしれないが、それはハヤテ号に対するものでロイに対する負い目ではないのだ。
「……朝帰りうんぬんを貴方にとやかく言われる覚えはありませんが」
自分だって前日したではないか。それを棚上げしてどの口が言うのか。
リザの中にあの理不尽な怒りが蘇る。
「貴方には関係のない事です」
だから、自然とロイを突き放すような口調になってしまう。
「関係ないものか。……昨日は何処に泊まっていたんだ? 男か?」
「あ、貴方と一緒にしないで下さい!」
カッと顔を赤らめてリザは怒鳴った。ハヤテ号がびっくりしたように彼女を見上げている。
「……自分に後ろ暗いところがあるから、ひとを疑うような思考回路になるんです。貴方こそ、前日は女性と一緒だったのでしょう?……だったら、私だって何をしようが自由のはずです。貴方に私のプライベートを束縛する権利はありません」
あなたはただのおとなりさんなんですから……リザはそう続けようとした。自分の話しぶりがまるで浮気をした恋人に当てつける女のようだとは気づかない。
「権利がない……?」
そうだな、とロイは頷く。その表情はひどく昏かった。
「上司と部下ではその権利はないな。そして、おとなりさんにも……なら…」
彼が動いたのはその言葉とほとんど同時だった。一歩以上開いていた距離をロイは一気に詰めた。気づいた時は、もう遅かった。
彼との距離がゼロになっていた。視線が定まらないほど近くにロイの顔があった。彼の手がリザの頬を包んでいる。その手のひらはひどく熱かった。
キスされている。
リザの脳がそう理解するまで、一瞬の間があった。唇に感じた柔らかで少し乾いた男の唇。それを認識した瞬間。
パッチーン! という派手な音と共にリザは反射的に張り手を繰り出していた。
混乱していて、訳が分からない。
ただ、ずっと頭の中で警鐘が鳴っている。

――おとなりさんは、こんな事は、しない。

どこか呆然とした顔で、張られた頬にロイが手をやっている。
彼が何かを言うより先に、リザは叫んでいた。
「貴方なんてもう、知りません!」
そのままロイを突き飛ばした。そして、後ろに数歩よろけた彼を玄関口から追い出して、リザはバタンっとドアを閉めた。





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by netzeth | 2013-06-06 00:00 | Comments(0)