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おとなりさん 4

◆おとなりさんのほんとう◆


その朝。
玄関扉を施錠してから、リザはハヤテ号のリードを握った。彼はお散歩が楽しみで仕方がないのだろう。激しく尻尾を振って早く早くとリザを急かしている。しかし、肝心のご主人はその姿が目に入っていないようで。
リザは自宅のすぐ隣の部屋の扉を凝視していた。
扉は開かない。耳を澄ませても何の反応もない。
しばらくじっと佇んでいた彼女は、やがて諦めたかのようにふうっと息を吐くと愛犬を促して歩き出した。


リザが朝帰りをした日以来、例のおとなりさんとは気まずい日々が続いていた。もちろん仕事にそんないざこざを持ち込む二人では無いので、表面上は何事も無く振る舞っているが。接触は必要最低限仕事に関しての会話のみ、それ以外は顔も合せる事もない。さすがにそんな二人を見て、直属の部下達は何かあったのかと訝っているようだった。
故に、当然の如くプライベートにおいての接触は皆無となった。
ロイは相変わらず隣の部屋に帰っているようだが、リザと顔を合わせる事も無かった。やはり、今まであれほど偶然に部屋の前で会ったりしたのは、彼が意図的に謀ってやっていたのか。
そっとリザは唇に手を添える。
あの日、ロイに口づけられたその感触と温度が今でも残っている気がするそこ。気が動転してビンタをくれてしまったけれど、リザは自分が彼に手を上げた本当の理由が未だによく分からなかった。
断りもなくキスするような不躾な男に返す反応としては、普通の対応だと思うが……。果たして、自分は本当にキスされたことに怒りを覚えてあんな事をしたのだろうか。
そんな思考に捕らわれると、決まって彼の唇を思い出してしまう。
少しかさついていて…でもとても熱くて…柔らかくて……そして、どうしてもその行為に対して、リザは嫌悪の情をが湧いて来ない自分に戸惑っていた。
「キャン!」
「あ……」
愛犬の鳴く声に、リザは思考の海から帰還した。
……どうもあの日以来、上の空になってしまう。
気づけば普段のジョギングコースからだいぶ外れた場所を歩いている。散歩コースがいつもと違う事に、ハヤテ号は興奮しているようで楽しげにグイグイとリザを引っ張って行こうとしていた。
「ここは……」
自分のアパルトマンからお散歩に行く公園を挟んで、ちょうど逆の区画。
見覚えのある並木通りにリザは立っていた。無意識に公園を通り過ぎて来てしまったらしい。
「確か…大佐の……」
見覚えがあるのは、何度かロイを送ってこの並木通りを通ったからだ。この先を真っ直ぐ行って何本か道を折れればロイの自宅…彼が元々住んでいるフラットに至る。
そして、特に理由も無かったのだが、何となくリザの足はそのフラットに向いていった。


ロイの部屋は二階の角部屋だ。
白いタイルの壁が美しい、高級なフラットに彼は住んでいる。リザは何度かここを訪れた事がある。(寝坊したロイを迎えに行ったり酔いつぶれたロイを送って行ったり)リザが赴くと、そこは彼の言うとおり工事中の様だった。フラットの周囲には作業のための足場が組まれている。しかし、遠目で見ると外壁の白いタイルは既に真新しく塗られており、その他にも直している場所は特に無いように思えた。
フラットの階段で作業員を見つけて、リザは声をかけてみる。
「あの…すみません」
「ん、なんだい?」
「こちらの建物の工事は…いつ終わるんでしょうか?」
「ああ。もう建物の工事は終わったよ。後は足場を撤去して周りを綺麗に片すだけだな。二~三日中には全部終了かな」
「そう…ですか……」
では。……ロイはもうすぐあの部屋を出ていくのだ。
それは喜ばしい事であるはずなのに。空き部屋に戻った隣の部屋を想像すると、胸にぽっかりと隙間が空いた気分になった。
もう、朝食も夕食もお裾分けすることもなく、顔を合わせて挨拶することもなく、本当に自分たちはただの上司と部下に戻る。
以前と同じ状態に戻るだけだ、むしろおかしいのは今の状態でそれが正常になのだ。
これでもう、この先プライベートでロイと関わる事はなくなる。今の彼との気まずい関係を考えれば、仕事中に気軽に話す事もなくなるのかもしれない。
その瞬間、リザの心にどうしようもない焦りに似た衝動が生まれた。それは押さえる事が出来ずに彼女を襲う。

そう、そうなればもう、あのキスの意味も問えない。――その機会を永遠に失ってしまう。



その日、リザはとうとう決意していた。
動機は工事が終わったロイのフラットを見たこと。早晩、彼はあの隣の部屋を出ていく。……それがリザを動かすきっかけとなった。
リザは司令部ではいつも通りの素っ気ない会話しか交わさない気まずい上司部下を演じた後、早々に帰宅してロイを待ち伏せるつもりだった。
――彼と話をしようと思ったのだ。
彼と話して何故あの日あんな事をしたのか、その理由をロイの口からちゃんと聞きたいと思った。そして、そうする事で自分がどうしたいのかも分かるかもしれない……そんな期待もあった。
しかし、事はそううまくは行かなかった。
緊急の書類仕事が何件か入ってしまったせいで、帰宅時間が大幅に遅れてしまったのだ。結局全てを終えて司令部を出た時には、既に深夜と言って差し支えの無い時間帯になっていた。
そして、夜のイーストシティをリザは足早に歩く。
遠くでカーンカーンと鐘の音がする。以前、ハボックが話していた消防隊の見回りだろうか。そんな事を考えながら、リザは腕時計をちらりと確認した。
時刻は日を跨ごうかというところ。
先に帰宅したロイはもう寝てしまっているかもしれない……。
そんな危惧を抱きながら、アパルトマンへと帰り着く。急いで階段を昇ろうとその一段目に足をかけた時の事だった。
一階の共用廊下への入り口付近、ちょうど明かりの死角となっている脇の辺りでリザは人影を見た。彼女には背中を向けて座り込んで、それは何やらごそごそと動いている。
アパルトマンの住人にしは不審過ぎるその人物に、リザは声をかけようと近づいた。念のために携帯していた銃に手をかけて何時でも抜けるようにしておく。
すると、座り込んでいた人影は何か液体の様なものをアパルトマンの外壁にかけた。途端に周囲にその臭いが立ちのぼる。
これは……ガソリン?
その瞬間リザの脳裏に、幾多の情報が蘇ってくる。
頻発するイーストシティの火事。不審火ではないかとの報告。見回りを強化している。そういえば、ロイのフラットも火事にあった……。
件の放火魔だ、と断じるまでに時間はかからなかった。
「そこの貴方。そこまでよ、止まりなさい。それ以上何かしたら撃ちます」
鋭い警告を発して、リザは銃を構えた。びくっと肩を震わせた人影――放火犯はゆっくりと振り返って立ち上がった。
「手を上げなさい。こちらは東方司令部です。貴方を放火の現行犯で逮捕します」
放火犯…体格からして大柄な男だ。男はゆっくりと手を上に持っていこうとして。不意に、その手の中にあった瓶をリザに向かって投げつけてきた。
「きゃっ」
抵抗があるとは思わず、油断していたリザは軽い悲鳴を上げた。
瓶の中から液体がまき散らされる。それはリザの頭からかかり、彼女の体を濡らした。
「これはっ……」
ガソリンの臭いが鼻についた。
体にガソリンをかけられた事をリザは悟る。そして、その周囲にも可燃性のガソリンが。手に持った銃が封じられたとリザは悟った。マズルファイアで引火の恐れがある。
銃を捨てて体術で取り押さえるべきか。そう、判断を下して犯人を見据えると、男は懐からあるものを取り出していた。
シュボっという音を立ててそれは暗闇の中に灯る。
ライターだ。
リザは状況のまずさを理解せざるを得なかった。
男がそのライターをリザに投げれば、その瞬間ガソリンに引火してリザは一瞬にして炎に包まれるだろう。
迂闊に男に近づけない。いや、むしろ追いつめられているのはこちらであった。
「燃えてしまえばいい……」
男がそう言葉を漏らして、ライターを持つ手が動く。逃げなければ…! とリザが焦りを感じた瞬間。不意にふっとライターの炎が消えた。瞬間周囲が暗闇に包まれる。
「中尉、下がれ!」
聞き慣れた声が後ろからして、そのままリザを追い越していった。それはそのまま犯人との距離を詰めると、その顔を殴りつける。たまらず犯人の男は壁に背中から叩きつけられて伸びてしまった。
リザは今し方、放火犯を殴りつけた男の背中を呆然と見つめていた。
「大佐……」
肩で息をして荒い呼吸を繰り返す男――ロイが振り返る。リザと視線が絡んだ。その手には発火布をはめている。それを確認して、先ほどのライターが消えた現象はロイが酸素濃度を操作したのだと悟った。
「無事か? 怪我は…!?」
言葉と同時に抱きしめられた。
「いえ、どこも…私は平気です。あの、ガソリンが……」
ガソリンがかかっているから、このままではロイもガソリン臭くなってしまう…とリザは少々場にそぐわない心配をした。
それほどに、ロイに抱きしめられるという行為はリザに混乱を招いていた。
まただ。また、あの時、キスをされた時と同じように、焦って、混乱している。それでも、この時のリザには解った。理解出来た。
……ロイに抱きしめられる事が自分は不快ではない。そうあの時のキスだって。むしろ……。
己の想いの赴くままに、リザは背中に回された彼の腕の、二の腕の辺りをきゅっと掴んだ。
抱きしめ返す事なんてとても出来ない、不器用な彼女のこれが限界であった。


ロイに命じられて、あの後すぐにリザは自室のバスルームへと直行した。危険だからすぐにガソリンを落として来なさいと、言われれば反論も出来ない。
その間に彼は憲兵を呼んで放火犯の引き渡しをしていたようだ。シャワーから出たリザが外に出ると、アパルトマンの前に憲兵司令部の車と憲兵達が何人か集まっていた。話をしているロイと憲兵に近づくと何故かロイは嫌そうな、憮然とした顔をした。それには気づかずにリザもその会話に加わった。
結局ロイとリザはその場は短く状況の説明をするだけに止めて、事件の詳細は後で報告書として軍の方に提出するという事で決着がついた。


憲兵達が帰って、後に残されたのはロイとリザの二人。
沈黙がしばらく二人の間に落ちたが、先に口を開いたのはロイだった。
「中尉。……私の部屋に来ないか」
「……え?」
「あ、いや…嫌なら…いい」
訊ね返すと、ロイは慌てたように自分の言葉を取り下げた。それに首を振って。
「……いえ。嫌ではありません、が。よろしかったら私の部屋に参りませんか。……お茶くらいご用意できます」
元々ロイと話をしようと思っていたので、それはかまわなかった。しかし、ロイの方から部屋に招いて来たのは意外だった。実を言うと彼は今までリザにそんな誘いをかけた事はなかった。
リザの部屋に来るのもそうだ。
君と一緒に住む…なんていう冗談を初日に言っていた割には、彼はリザの部屋に入るのをそれなりに遠慮していたようだった。朝食や夕食のお裾分けも一緒に食べるのではなく、あくまでも自室に持ち帰って食べていたし。
「……君が良いなら」
しかし、今夜のロイは遠慮をして来なかった。
もしかして彼も自分に話があるのかもしれない。リザはそんな予感がしていた。


人の気配に起き出して来た愛犬の相手をロイがしている。彼はソファーに腰掛けてハヤテ号を膝の上に乗せて頭を撫でていた。リザがお茶の用意をしてキッチンから戻ると、眠気が我慢できなかったのか愛犬はロイの膝の上で再び寝入ってしまっていた。
「すいません。寝かしつけて頂いて……」
「いや……」
リザはテーブルにマグカップを置いて、代わりにハヤテ号を抱き上げた。そっと寝床のバスケットの中へと戻す。そのあどけない顔を見ていると、今感じている緊張感が少しだけ和らぐように思えた。
ソファーに戻ると、ロイがマグカップに口をつけている。それを何となく眺めながら、リザも向かいの椅子に腰掛けると己のカップを手に取り、こくんと一口紅茶を飲み込んだ。
静かな部屋に沈黙が落ちる。
互いに何から話そうか、どう切り出そうか、タイミングを計っているかのような、微妙な空気感。それを破ったのはまたも、ロイだった。
「バレてしまったな」
「はい?」
何の事か分からずに問えば、ロイが苦笑する。
「私が君の部屋の隣に住んでいる事がだよ。……さすがにこのまま住み続けるのはまずいだろうなあ……」
先ほど受けた憲兵達からの事情聴取。やって来たこの地域担当の憲兵は、当然ながらロイとリザの顔を見知っていた。もちろん、その身分も。そのおかげで事情聴取は長引くことなくスムーズに終わったのだが、やはりこれも当然ながら話の流れ上、自分達の住まいの事についても知られてしまったのである。公になってしまった以上、やはり男女の上官と副官で隣同士の部屋に住むのはまずかろう…ロイはそう言っているのだ。
「ま、どうせもう少しで修繕工事も終わるはずだから、遅かれ早かれ出て行く事にはなっただろうがね」
ロイの言葉の端々から残念だ…という意志が感じられて、リザはその意味を問いたい衝動に駆られた。それは、気に入っている部屋を出て行かねばならないからか、それとも……。
――本当に大佐があんたの隣の部屋が気に入って住んでいると思っているの? 目当てはあんたでしょ――。
唐突にレベッカの声が脳内にリフレインする。それを意識してリザは冷静でいられない自分を自覚していた。
頭を冷やそうとロイから視線を外す。
すると、自身の体に残るガソリン以外の匂いをふと感じた。よく嗅いでみると、それは酒の匂いのようだった。
「大佐。今日は飲んでいらしたんですか?」
その大本がロイであると気づいてリザは何気なく訊ねた。
「ああ。君が遅くなるようだったからね。ならばと、ちょっと気合いを入れるために飲んで来たんだ……」
なるほど。それでその帰宅時にリザと放火魔を発見したのか。どうりでタイミングが良く現れたと思った。そこで、ふとリザは二つの事柄に気づく。
一つは。
ロイも自分も待っていたということ。リザと同じように話をしようとしていたのだろうか。それで、酒を飲んで時間を潰していた……そして。
「大佐? 気合いを入れるとは、何のためにですか?」
ロイには何か気合いを入れてしなければならない事があるのか。それも、リザに会って。
「ちょっと、素面では…、うん、なかなかさすがの私でも言い辛いというか……うん、かなり勇気がいってね」
「え?」
何を…? と問う言葉をリザは飲み込んだ。ロイが真剣な瞳でリザを見つめていたからだ。その黒い瞳に魅入られていると、キスの温度と抱きしめられた温もりを思い出してしまうのはどうしてなのか。
「まずは、謝ろう。すまなかった。ちょっと逸り過ぎた。……あんな事をするつもりはなかったんだ」
ロイの言う『あんな事』が、キスの事だとは容易に見当がついた。
「いえ…私の方こそ……失礼をいたしました」
素直にロイに謝られて、リザもビンタをくれてしまったことを詫びた。しかし、彼は首を振って。
「いや、君は女性として当然の行為をしただけだ。君が謝る必要はない。悪いのは私だ。……君が朝帰りして…それで、ちょっと私も焦っていたんだ。うん……」
ゆっくりじわじわ進める、と決めたのにな…と何処かで聞いたような台詞をロイは呟く。
「焦っていたから、したのですか?」
指摘するとしかし、ロイはゆっくりと首を振った。
「いいや。違う。焦って、混乱して…とにかくそういう一時の感情でした訳じゃない」
言葉を切ったロイが目を眇めた。その表情にリザの心臓は大きく鼓動を刻んだ。
「君が好きだから、した。中尉。……だから」
「だから、私の部屋の隣に?」
震える声を抑えて、リザが言葉を継ぐ。それにロイは頷くと。
「ああ。むろん、ここが良い場所だったのは嘘じゃない。緑豊かで、司令部から適度に離れていて、買い物にも便利だ。静かな場所で騒がしくもない。住むには良い場所だろう。だが、その利点の何よりも。君が居る――ただそれだけが私にとって重要で、全てだった」
ロイの告白は続く。
「君と一緒に居たかった。君が好きだったから。だが、一緒に住む事が許される私達ではないからね、なら、せめて。となりで暮らしてみたかった」
「それで……修繕工事を理由に今回、引っ越して来たのですね?」
そこで、ロイは一拍以上の沈黙を置いた。その長い沈黙をリザが不思議に思っていると、彼は見つめ合っている視線を少しだけ外して頷いた。目を合わせないのは照れているからだろうか。
「…………君の隣に住んでみて、いろいろ知る事が出来たよ。君は毎日のロードワークを欠かさない努力家だとか、愛犬想いだとか、料理の腕が昔より上がったとか。それに、ちょっと危機感が足りないとか」
「危機感?」
首を傾げると、ロイはしかめっ面をしてみせる。
「そうだ。男に対する危機感だ。例えば…君の家族をダシにして近づいてくる輩に無頓着だとか……そう、さっきだって」
彼の腕が動いて、リザの髪を一房掴んだ。まだそれはしっとりと濡れている。
「シャワーを浴びてすぐの体で、男の前に姿を見せる所とかね」
先ほど憲兵に見せた不機嫌そうな顔。その訳が分かってリザは呆れた。そんな所までロイは気を回しすぎである。
何か言ってやろうとも思ったが、
「いろんな君を知る事が出来た……。実に贅沢な時間をもらったよ、中尉」
すぐにロイが表情を緩めて優しく笑ったので、そんな言葉は喉の奥に引っ込んでしまった。彼の告白を受けて臆病が故に引っ込んで仕舞い込んでいた己の本心が、少しずつ顔を出してくる。
ロイに好きだと言って貰えた。女として。嬉しいと思ってしまう自分を止められない。
その思いのままリザもロイに告げた。
「私も…あなたがおとなりさんで良かった……」
リザだって、ロイのいろんな事を知る事が出来た。
彼と過ごした時間はかけがえのないものだったと分かっている。
そして。
ロイが今夜告白して来た理由もうすうす分かっていた。……彼がもう、おとなりさんではなくなるからだ。
男女として気持ちを通じ合わせてしまえば、もうおとなりさんではいらなれない。ロイもリザも隣に愛する人が住んでいて、それで今まで通り節度をもち上司部下としての体裁を保って付き合えるほど、意志は強くはないのだ。ロイがいつも投げかけてくる軽いセクハラめいた冗談の数々。ことある毎に贈られた女性としての贈り物。しかし、いざそれを現実のものにするには、ロイにもリザにも捨てられないものが多すぎる。二人にはまだなすべき事があるのだから。
「中尉……」
ロイの手が髪から耳元、そして頬へ移りそこをゆっくりと撫でた。うっとりとその感触に身を任せていると、彼が顔を近づけてくる。
短いキス。すぐに離れて至近距離で見つめ合った。互いの吐息が熱い。
「……おとなりさんはこんな事しませんよ?」
「ん、そうだな」
おどけて言えば、ロイも小さく笑う。
再びのキス。今度はさっきよりも長い。
「上司と部下だってこんな事はしない。分かっているか?」
「……今日だけです」
「うん、そうだな」
「明日からは、また上司と部下ですから」
名残惜しいという風に、ロイの手は何度もリザの頬を撫でてくる。愛おしさが溢れるその手付きに胸が詰まる。
「ああ。……分かった。君が今夜だけは上司と部下で居なくて良いと、思ってくれているだけで、私には十分だよ……」

最後…いや、短い夜の始まりを告げるキスは一番長かった。





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by netzeth | 2013-06-08 19:05 | Comments(0)