うめ屋


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by netzeth
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おとなりさん 5

◆おとなりさんのほんとうのほんとう◆



最後の荷物を引っ越し業者が運び出してしまうと、あれほど狭いと思っていた部屋がガランと広く見えた。
士官学校を卒業し、すぐに東方司令部へ着任してそれからずっとだから、ずいぶんと長くこの部屋に住んだものだ。結局イーストシティでは一度も住まいを変えることなく、リザはこの街を離れる事となった。
セントラルへの異動が決まってからまだ日は浅い。けれど準備期間は十分には与えられず、もう来週には中央司令部に赴かねばならない。そのため仕事の引き継ぎをする事に全力を注いでいたので、自分の引っ越し作業は一番後回しになっていた。
ようやく今日荷物を全てセントラルへと送る手配が済み、後は大家さんに部屋の鍵を返すだけとなった。そしてこの愛着のある部屋に名残を惜しみながら、リザは部屋を出る。そのまま施錠をすると、リザはふと隣の部屋の玄関扉に目をやった。
リザがイーストシティ住んだそれなりに長い年月の間、とうとうあのおとなりさん以外は誰も住まなかった隣の部屋。
その瞬間、リザの胸におとなりさん――ロイと過ごした日々が蘇ってきた。
あの夜、リザとロイの気持ちは通じ合ったが、結局恋人としての付き合いが始まる事はなく、あの日以来二人は綺麗にただの上司部下に戻った。
もろん、今でもロイを愛する気持ちはリザの中に息づいているし、それはロイも同様だと思う。
けれど、二人はそれを表に出すことはなくただ、自分達の行く道のためにお互いにまた胸の奥に秘める事にしたのだ。
それは悲しい事だったが、リザは自分の選択に満足していた。
ずっと秘めていた思いが一度だけでも昇華出来て、もう十分に報われていると思った。これが自分達にはお似合いだとも思っていた。
それでも、こうやって部屋を離れる事になってロイとの思い出の詰まるこの部屋ともお別れだと思うと、やはり寂しさを感じてしまう。
自分の未練を振り切るようにリザは首を振ると、アパルトマンの階段を下りた。そして、アパルトマンを出てしばらく歩く。近所にある大家さんの住まいに行くつもりだった。
「ああ、ホークアイさん!」
しかし、大家宅にたどり着く前にその本人と道で出くわした。この、ぽっちゃりした気の良さそうな中高年の女性が、リザのアパルトマンの大家さんだった。
「ごめんなさいね。鍵を届けに来てくれたのでしょ? 受け取りに行こうと思ったんだけど、ちょっと家を出るのが遅くなっちゃって……余計な手間をとらせちゃったわね」
「いいえ。手間なんて全然。私からご挨拶に伺うのが筋ですし。今まで長い間お世話になりました」
申し訳なさそうな大家に笑顔で首を振って、リザは丁寧にお辞儀をしてから部屋の鍵を返した。
「本当にねえ…ずいぶんと長い間住んでくれたものねえ……ホークアイさんは綺麗にお部屋を使ってくれたし、とても良い店子さんだったから、出て行っちゃうのが残念なのよ?」
このくらいの年齢の女性――いわゆるおばちゃんが話好きなのは、どこの世界も同じで。大家の女性は道端にも関わらずおしゃべりを始める。
「長く住んでくれてたホークアイさんも出てしまったし、一気に二部屋も空き部屋になってしまうから、うちとしても困りものなのよ。でも、ホークアイさんはお仕事ですもの、仕方ないわよね。中央じゃあ、栄転よね?」
良かったわねえと笑う大家に、しかしリザはどうしても気にかかる事があって訊ね返していた。
「二部屋? 私の所以外にも誰かお引っ越しを?」
そんな様子は無かったが。
思い返しながら首を傾げると、大家が笑う。
「ええ、ほらホークアイさんのおとなりさんよ」
「え?」
意味が分からず問い返した。
「あなたが借りてくれたのとほぼ同時期に入った店子さんなんだけど、やっぱりあなたと同時期に出て行く事になってしまってねえ……」
「え?」 
またも分からない。あのロイの仮住まいの時期の例外を除いて、リザの隣の部屋はずっと空き部屋だったはずだ。……リザは一度も住人を見た覚えはない。
困惑するリザに答えるように大家が言う。
「ああ、常に住んでいる訳じゃなくてね? お仕事の都合でたまに使うからって…ずっと借りていてくれたのよ。それでも、ちゃんと毎月お家賃は頂いていたから、いいお客さんよねえ……」
「すいません。その方はどういう?…その…名前を伺っても……?」
まさか…とは思いつつそれでも聞かずにはいられなくて、リザは訊ねる。
「ああ、ずっとおとなりさんだったのだもの、気になるわよね…。ええと…そう、マスタングさんって人ですよ」
リザの思考は止まった。
――私があのアパルトマンの部屋を借りた時からずっと、隣の部屋を大佐が借りていた? あの仮住まいの期間だけではなく…ずっと?
その事実がリザの頭の中でぐるぐる回る。
しかし、いくら考えてもそこからどうしても真実は導き出せない。
そして。
その真実を知る方法は一つしかなかったのだ。



「どういう事ですか」
リザの部屋と同じく、その部屋もガランとした空き部屋になっていた。それは荷物を運び出したからなのか、それとも最初からこうだったのかはリザには知る由もない。
「……やれやれ。その様子じゃあ秘密を知られてしまったようだな。あの大家さんもお喋りなことだ。顧客情報をぺらぺらと喋ってしまうなんてね。私がここに居ることも?」
彼女に聞いたのか? とリザを振り返って男が笑う。
リザが引き返してその部屋に着いた時、ドアは開いていた。迷わず中に足を踏み入れると、彼――ロイはちょうど奥の部屋の窓辺に立っていた。そこから見える景色は元リザの部屋から見える景色と良く似ていた。
「ええ。部屋の片づけと鍵の返却に今日の今頃行く…と貴方から連絡があったと教えて頂きました」
「そうか。……まあ、見ての通り片づけと言っても普段は大したものは置いていなかったからね。家具や不要品は置いていっても構わないと許可を貰ってある。必要なら、次の住人がこのまま使うだろう」
壁側に寄せる様に置いてあるベッドに目をやって、ロイが笑う。リザもつられてその初めてじっくりと見た隣室内を観察した。自分の住んでいた部屋と良く似た造りの部屋。……この部屋をロイはずっと借りていたのだという。
「それにしても、あのくらいの年齢の女性は本当にお喋りでいけないね。君はそうならないでくれよ? いや、『お喋りなリザ・ホークアイ』、もそれはそれで魅力的か……」
「はぐらかさないでください」
いつまで経っても訊ねた本題に対する答えは返ってこなくて、痺れを切らしたリザはぴしゃりとロイの言葉を切ると彼をじっと見据えた。
その視線を受けて、ロイはどこか困ったように笑っている。まるで悪戯がバレてしまって怒られる子供の様だ。だが、そんな顔をされてもリザは誤魔化されてやるつもりはない。
リザはただ、ロイの真意が知りたかった。
黙っていた事を責める気などない。だが、彼の本当が知りたい。
何故リザの隣室を借りたのか。何故その事をずっとリザに秘密にしていたのか。何故……あの時だけ、おとなりさんとして住んでいたのか。
「はぐらかすつもりはないんだがね……」
鷹の目の眼力に屈したのか、それとも本当に最初から全てを話す気だったのか。ロイは一瞬目を閉じるとゆっくりと口を開く。
「長い話だ。それでいて、つまらない」
そんな風に彼は語り始めた。
「あの頃、イシュヴァールから戻った私はずっと不眠に悩まされていた。帰還兵ならば皆経験があると思うが…戦場の光景のフラッシュバックや悪夢を見たり。当時はずっと睡眠導入剤で無理矢理寝ていたな。内乱が終わってすぐの忙しい最中に、寝不足で仕事になりませんじゃ通らない現状だったしな。しかしそれでも仕事中に居眠りしてしまう事が多くて……そこで私は気づいた。仕事中になら比較的ぐっすり眠れると。うん、私なりにその現象を分析してみたのだが。……どうやら私は君が近くに居ると良く眠れるらしかった」
「そ、そんな…そんなのはただの偶然です」
仕事中にロイの近くに居たのがたまたまリザだっただけだ。そして、リザはロイの副官なのだから、その割合が多くなるのも当然のことである。
「いいや。間違いない。私は君の気配を感じると無意識下で安心するんだ。だからあの当時、私はよく軍部で居眠りしていたよ。……君と時間を共にする執務室で」
そうだったろうか。リザは当時の記憶を呼び覚ます。
「それでもやはり悪夢は見た。……当時私が良く見た悪夢の内容を君は想像出来るかね?」
ロイの問いにリザは首を振るしかない。……イシュヴァールの、戦場の夢だろうか。
「……君をこの手で屠る夢だ。あの時、イシュヴァール内乱が終わってすぐに、私は君の背を焼いたな? その日から私はこの焔で君を焼き払う悪夢を何度も見るようになったんだ。夢はいつも同じパターンだった。イシュヴァールの民を焼き払い、そしてそれを呆然と見つめる私はその中に君の亡骸を見つけるんだ。抱き上げたその体はもう何の反応も無くて……絶叫した私はいつもそこで目を覚ます。悪夢はいつも許されない私の罪を語っていたよ」
彼の告白をリザは黙って聞いていた。言葉を挟む事は出来なかった。
「その夢を見る度に、私はすぐに君が生きている事を確認したいと思った。……でなければ安心出来なかった。夜中に君の部屋を訪ねようと思った事さえある。……だからだ。だから…だから、ここを借りた」
そこで、ロイは一息吐いた。
「この君の隣の部屋でしか私はあの当時安息を得られなかった。君の部屋から聞こえる物音が、微かに感じる君の気配が。何よりも君の生を証明してくれた……私に安心を与えてくれたんだ」
明かされた真実にリザは瞠目する。すぐには言葉が出てこなかった。
「やがてイシュヴァールの傷も徐々に癒えて、私も自分のフラットでも眠れるようになったんだがね。それでも時々、悪夢を見た。だからその度にここへやってきては眠ったよ。そう、……特に、火事騒ぎがあった時期は最悪だったな。うっかり火事の現場を目撃してしまったんだが、燃えさかるあの炎が私に悪夢を思い出させてね。……また、しばらく頻繁に見るようになった。君をこの焔で燃やし尽くす悪夢を」
「……それで…ああやって、あの時、隣に引っ越していらしたのですか……」
「そうだ。毎日こそこそこの部屋に来るのにも限界があったからね。いっそどうどうと引っ越してこようと思った。火事の修繕工事もあったから理由には困らなかったしな。そして。……君の気配を感じて、君の呼吸を聞いて、私はようやくまた悪夢から逃れられた。……君が遅くなった日や夜勤で居ない日は辛かったよ。朝までバーで飲み明かしたりしてな」
あの朝帰りの秘密を、今ようやくリザは知り得た。
……女遊びをしていた訳では無かったのか。
「私の話はこれで終わりだ…つまらなかったろう?」
そう言ってロイは苦笑する。
明かされた真実達はリザの想像を越えたもので。リザは頭の中を整理するのにしばし時間を要した。
しかし、その間もリザはロイから視線は逸らさなかった。ただ彼をじっと見つめていた。
そして考えた末に出てきた言葉は。
「何故…私に黙って……?」
そうだ。最初から言ってくれれば良かったではないか。
変に秘密にしたりしないで、苦しいならば苦しいと、助けを求めて頼ってくれたならば良かった。
すると、リザの思いを読みとったかのようにロイは言う。
「……君は優しいから。本当の事を言えば……私を受け入れてくれただろうね。きっと隣なんかじゃなくて、自分の部屋に。もしかして一晩中私を慰めるのも厭わなかったかもしれない。……私はそうやって自分の弱さを見せて君につけ込む様なまねは良しとしなかった。そういう風に君との男女の関係が始まるのは嫌だったんだ。……だって、男として情けないだろう?」 
同情や憐れみで君に寝て貰うなんて真っ平ゴメンだ。
思わず顔を赤らめてしまような際どい事を言って、ニヤリと笑うロイにリザは沈黙する。意地を張る部分をだいぶこの男は間違えている様な気がする。男としての矜持で弱みを、戦場の傷を一人抱え込んでいたというのか。
「それに隣室を借りてからはますます言い出し難くなったしな。ずっと隣りで君の気配を伺っていたなんて告白したら、嫌悪されると思った。やはり、気味が悪いだろう?……だから…まあ、秘密にしておこうと思ったんだよ」
そして、このままセントラルに行ってしまえば。永遠にこの秘密はリザに明かされないまま終わったのだろう。
……そうならなくて、良かったとリザは思った。
ロイの事を誰が気味が悪いなどと思うものか。
むしろ、彼の傷に気づかずに彼一人に苦しみを背負わせてしまった事を、リザは今、悔いているというのに。
「フラットの工事が終わって自宅にお戻りになってからは、こちらには……?」
それだけをやっとリザは聞いた。
「……ああ。ずっと来ては居なかったが……最近、また来たな」
「最近?」
「ヒューズが死んだ後しばらく」
はっとリザは胸を突かれた。その時の彼の心情を思って、思わず苦しげに顔を歪める。
「ほら」
それを見てロイはまた笑った。
「君は私に甘いから。……私が弱みを見せればやっぱり簡単に受け入れてしまいそうだ」
そんな顔をするのは止めたまえ。
そう言いながらロイがリザに一歩近づいてきた。そして、腕を伸ばしてその頬に手を添える。リザはその行為を避けようともしなかった。
「そんなに簡単に男の言葉を信じてはいけないよ。……私はそれほど弱い男じゃあない。これが全ての真実って訳でもない」
それは、ロイの中ではまだ他に本当に本当の事があると言う事だろうか。
そこで、リザはあの夜。ロイと気持ちが通じ合った夜の事を思い出す。ロイがリザに告げた、隣に引っ越して来た理由。
「それでは…あの日、私におっしゃった言葉は本当ではないのですか?」
リザを好きだと言ってくれた事。だから、隣に引っ越して来たという事は。ロイがただ、己の安息のみを求めて隣の部屋にやってきたのならば、そういう事になる。しかし、ロイはゆっくりと首を振った。
「いいや。あれも私の本心だよ。どちらかというとあちらの方が強い動機だった。君が好きだったから、愛していたから。君の隣に居て、君と過ごしたかった。……うん、これも私の本当の本当だ」
ロイの暖かい手が頬を撫でていく。それは、あの夜と同じようにとてもとても優しい感触だった。
良かった…とリザは思う。
ロイの本当が、本当で。そして、ロイの本当の本当を知る事も出来て。
セントラルに移ればこれまで以上に厳しい戦いの日々が始まるはずだ。中央司令部は敵地。亡くなったヒューズの事も含めていろんな意味でロイは軍上層部に戦いを挑む事になる。もろん、リザもそれに付いていく。かの人の分までロイを助力して、上に押し上げるために。
その前に、彼の真実の全てを知る事が出来て良かった…とリザは思うのだ。彼の弱さを知れば、これからはそれを支えてあげられる。彼の想いを知ればそれを支えに自分は前に進む事が出来る。
リザはロイとそうやって支え合ってこれからも歩んでいける。
「まあ、だがやっぱり。……ずっと君の隣の部屋を借りていた一番の理由はな」
そこでロイはまるで内緒話を打ち明けるように、声を潜めた。
「私以外の男が君のおとなりさんになるのは面白くなかったんだ」
「……結局そんな理由なんですか?」
別に隣に住むのが男性だとも限らないだろうに。
自分の弱さを棚に上げてそんな風に強がって嘯くロイに、リザは思わず笑みをこぼした。……これも本当に本当の理由に聞こえてしまうのだから、この男は始末が悪い。
「くだらないだろう?」
「ええ。そんな理由で何年も定住しない部屋に家賃を払うなんて」
「だが。私にはもっとも重要で重大な理由なんだよ」
ゆっくりとロイの顔が近づいてくる。それはリザの頬を通り過ぎ、耳元に唇を寄せて来た。
「中央では、隣りじゃなくて…君の部屋に行ってもいいだろうか」
全てを打ち明けて強気になった男は途端に大胆リザに迫った。それに呆れた視線を向けて。
「……バカですか。あちらでそんな事をしては魑魅魍魎が跋扈する軍上層部に太刀打ち出来ませんよ。弱みを見せてどうするのです」
「そうか。残念だな」
あっさりと引き下がった割には無念そうな顔して。
「じゃあ、また君の部屋の隣に住もうかな」
なんて限りなく本気の表情でそんな事を言う、ロイ。
「なっ、それこそバカですか!」
「いいじゃないか。またよろしく頼むよ、おとなりさん」
悪びれる事なくニッコリと笑うロイにもう、リザは苦笑するしかない。
もうっ、と息を吐いてから、そしてリザはロイへと告げてやる。
「……ちゃんと普段から真面目にお仕事をして下さるとお約束頂けるなら…たまにはいらしても良いですよ?」
もちろん、それなりの甲斐性を見せてバレないように忍んで来て下さいね? そう付け加えるとロイが驚いたように目を見張った。
まさかリザの方から誘われるとは思ってもみなかったのだろう。
「……では、中央でも頑張らないといけないな」
「ええ。早く大総統におなりになって、堂々と訪ねて来られるようになって下さいね?」
澄まし顔で言ってやれば、今度はロイが苦笑する番だった。
「ああ。……やっぱり君にはかなわないな」
感慨深げにそう呟いて、そのまま彼はゆっくりと唇をリザのそれへと近づけてくる。おそらくそのまま目を閉じればキスをされるのだろう。
だから。リザはゆっくりと目を閉じたのだった。




END
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※あとがきみたいなもの※

最後までお付き合い頂きありがとうございました!無事にロイアイの日に完結出来ました~。

さて今回のお話は起承転結裏みたいな構成になってます。4で結。一応ハッピーエンドになっています。で、5はまあ、ゲームで言う通常エンディングを迎えた後の真エンドみたいなノリです。ずっとリザ視点で書かれていた話の、ロイ側の本当が分かるという感じで。

今年のロイアイの日企画はギリギリで書いていたので随分と荒い部分が多々あるかと;;誤字脱字等ありましたらすいません(^_^;)
少しでも皆様にお楽しみ頂けたらば良いなーと思っております。

それでは、この度はありがとうございました。ロイアイ!
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by netzeth | 2013-06-11 00:09 | Comments(0)