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うめ屋


ロイアイメインのテキストサイト 
by netzeth

正解と不正解のロジック

ひょっこりとドアの隙間から覗いている金髪を認めて、ロイは微笑んだ。さっきから見え隠れしている柔らかい色合いのそれは、その持ち主と同じように愛らしい風情で揺れている。
どうやら、自分に何か言いたい事があるらしいが。
しかし何時まで経っても彼女は声をかけては来ない。さりとて去る訳でもなく、部屋の前をうろうろしている様だ。真面目な彼女のことだ、おそらく自分の勉強の邪魔をしてはいけないと声をかけるのを躊躇っているのだろう。
さて、このまま彼女が勇気を振り絞るのを待つか、それともこちらから助け船を出してやる方が良いか。
しばしロイが思案に耽っていると、
「あの……マスタングさん」
おずおずとした声がロイの背中にかけられた。
「なんだい? リザ」
ああ、どうやらリザが頑張ったらしい。
振り返ると白磁の肌を少しだけ赤く染めた少女が、もじもじとした様子で立っていた。ロイと目を合わせようとせず、恥ずかしげに瞳を伏せている。
「あの……お菓子、を焼いた、んです。だから……お茶を飲みませんか?」
その言葉はまるで前もって何度も反復練習した演劇の台詞のように、たどたどしいものだった。事実、リザはロイに告げるためのその言葉を何度も予習したに違いない。
緊張のためか、若干顔が強ばって見える彼女を見つめ返して、さて、とロイは再び思案する。
いつもならば、リザは手作りの菓子を作ると茶を淹れてロイの元へと持ってくる。そして、お勉強頑張って下さいね、と慎ましくそれを置いて去っていくのだ。それが、今日に限っては一体どうした事だろうか。彼女はロイを三時のティータイムに誘いたい様子である。
ロイはこの表情に乏しいが実は感情豊かで優しい少女の心の内を推理する。こうやって、彼女の言いたい事を考えて当てるのもすっかり楽しみとなった日常だ。
「今日、は、とっても上手に、スコーンが…焼けたんです」
だから……と言葉を途切れさせたリザに、ようやく彼女の意図が見えたロイはにっこりと笑ってやった。
「そうか。それは楽しみだな。じゃあ一緒にお三時にしようか」
はいっとリザは少しだけ口元を緩めて笑う。これでもこれが彼女の満面の笑みなのだ。
そんな嬉しそうなリザの様子にロイは自分の推測が正しかった事を確信する。リザはいつもよりも上手く出来たスコーンをロイに食べて貰いたくて、そして、彼の反応とその感想を聞きたくて、ロイと一緒にお茶をしたかったのだ。リザの可愛らしい一面にロイの心はほっこりと暖かくなった。


二人でキッチンへと移動すると、キッチンテーブルにはすっかりお茶の準備が整えられていた。リザはロイを呼びたくてたまらなかったのだろう。かいがいしく熱い紅茶をカップに注いでくれるリザを眺めながら、ロイは早速焼きたてのスコーンを手に取った。
途端に視線を感じる。
ちらりと目線を上げると、息を呑んでリザがこちらを見つめていた。自信作のスコーンの評価が気になって仕方が無いようだ。くすりと笑んでから、ロイはスコーンを口にした。香ばしい匂いと、サクッっとした触感が非常に美味である。リザが上手に出来たと珍しく自画自賛したのも頷けるというものだ。
「美味しいよ、リザ」
ロイは手放しで誉めた。彼女がロイのために用意してくれる菓子はいつも美味しかったが、今回のは格別に美味しかったと思えた。
だから、美味しいという言葉だけでは物足りないなとロイは思う。シンプルで一番伝わり易い言葉だが、率直過ぎる感想かもしれない。男ならば、こういう時はもっと気の利いた言葉の一つや二つ女の子に言ってやるべきだろう。
義母の教育方針から、ロイは女性への接し方は心得ている。ロイの年頃の少年にしてみれば、かなり上等な方だろう。その自信から、ロイは考えに考えた、その誉め言葉を口にした。
「本当に美味しい。リザはいいお嫁さんになるな」
驚いたように目を見開いた少女は、その頬を一気にバラ色に染めた。珍しい彼女の表情に、ロイは満足する。どうやら、リザを喜ばせる正解を言えたようだと。
そして、調子に乗ってさらに付け加えたのだ。
「リザの旦那さんになる人は幸せ者だね。どんな人かな? その人が羨ましいよ」
その瞬間リザはその顔を曇らせた。赤らんでいた頬は白く無機質になり、分かりやすく眉間が寄って、不機嫌一歩手前の表情をしている。微妙に頬を膨らませており、ロイはそれが彼女がムクレている時の顔だと良く知っていた。
その様子にロイは焦った。
女の子はいいお嫁さんになると言われると、嬉しいはず。しかし、リザはあからさまに気分を悪くしている。
何がいけなかったのか。必死に考えるが、まだ十代半ばの経験不足の少年にはとんと検討がつかなかった。
「リ、リザ……? ご、ごめん、俺、なんか悪い事言った?」
「……別に。何でもないです」
「……だって、何でもないって顔してないぞ?」
「いいんです! もうっ、マスタングさんなんて知りません!」
「リ、リザ!」
ぷいっと顔を背けてしまったリザを、ロイは慌てて宥めようと声をかけるが……しかし。この後その日一日、彼女は顔を合わせてくれなかったのである。


ふと目を覚ますと、そこはむさ苦しい軍人で賑わういつもの東方司令部だった。懐かしい夢を見ていたロイは、一瞬そこがあの青春を過ごしたホークアイ邸ではないかと錯覚する。
「お、大佐が目を覚ましたぜ」
聞き慣れた声に視線を向けると、金髪ひよこ頭の部下がなにやら大きな皿を持ってこっちをのぞき込んでいた。
「きっと中尉の手作りお菓子の匂いに釣られて目を覚ましたんですよ――」
その傍らではこれまた小柄なメガネの部下がロイを見ていた。
「ちょっと、待て。手作り菓子とはなんだ」
聞き逃せない言葉に、尋ねれば、メガネ――フュリーが答えてくる。
「ホークアイ中尉がお手製のお菓子を持って来てくれたんです。で、今から皆でお茶にしようと……」
あ、戻って来ました。
フュリーの言葉に今度は視線を後方の扉付近へと向ける。トレイに人数分のお茶を乗せて、リザとブレダとファルマンが戻って来たところだった。
彼らがトレイを机に置くと、周囲に居たその他の部下達が群がった。皆、リザの手作りだという菓子を頬張っている。
「大佐、ようやくお目覚めですか」
少々呆れた顔で、けれども休憩時間故か居眠りを咎める様子もなくリザがやってきた。手にはロイの分のカップを持っている。
「これでも飲んでしゃっきりして下さい」
コトリとロイの目の前にリザがカップを置くと、それに合わせてハボックが持っていた大皿を隣に置いた。乗っているのはキツネ色をしたスコーン。香ばしい匂いがロイの鼻に届いた。
あの日と寸分変わらぬそれにロイは笑みを漏らした。仕事中の居眠りであのような夢を見たのは、どうやらこれが原因らしい。
「珍しいな。君が手作りの菓子を振る舞ってくれるとは」
軽口を叩きながら、ロイはスコーンを手にした。リザが得意なシンプルなプレーンタイプ。本来ならばクリームかジャムを添えるところだが、ロイはこれを何も付けずに、紅茶で味わうのを好んでいた。
「……時間が出来ましたので。たまには、と」
対するリザは特に表情も変えずに、淡々と告げてくる。彼女の無表情を肴にロイはスコーンを口にした。
……その味も、あの日と寸分違わぬ……いや、少し向上しているのだろうか。リザ得意のシンプルスコーン。
美味い。
そして、ロイの耳には、目の前の机に群がる部下達の声が聞こえてくる。皆、美味い、最高、手作り万歳、などと言った賞賛の言葉を口にしている。
それらの声を聞きながら、ロイは苦笑した。なんて、センスの無い誉め言葉だと思ったのだ。男ならば、こういう時は女性を喜ばせる気の利いた事を言うものだ。
そして、ロイは夢で見た己の過去を思い出した。
あの時は失敗して、リザを怒らせる結果となってしまったけれど。今ならば、結果を変えられるはずだ。
何故ならば、自分はもう正解を知っている。
あの日、あの頃の自分では導けなかった正解の言葉を。
だから、今度こそロイは間違えずその正解の言葉を口にした。
「美味しいよ、中尉」
少しだけリザの頬が緩んだ。それを見逃さず、ロイは畳みかけた。
「すぐに私のお嫁さんにしたいくらいだ。いや、したい。……君を妻にしたら、きっと私は幸せだ」
「なっ、何を……っ!」
リザが顔を真っ赤に染めた。
滅多に見ない、いや、彼女が軍に入ってから初めて見る表情だ。
「何を言っているんですか! こ、こんな所で……バカですか!!」
喜ばれると自信があったのに、今度こそ、彼女の笑顔が見られると思ったのに。リザはロイの言葉に狼狽えた様子を見せると、きょろきょろと周囲を見渡している。ロイの言葉を聞いていた部下達が「とうとう大佐がホークアイ中尉にプロポーズしたぜっ」とひそひそ囁く声が丸聞こえだった。リザとロイに視線が集中していて。耐えきれないといった風にリザが踵を返した。
「もうっ! 知りません!!」
逃げるように部屋を出ていってしまったリザを見送って、ロイは呆然と呟く。
「……何故だ。今度は正解のはずだ」
「……何の話か知りませんけどね、不正解ですから。時と、場所、考えましょーや」
呆れた声のブレダにポンと肩を叩かれて、ロイはしゅんとうなだれる。
リザが去ったその部屋で、スコーンの甘い香りだけがその場に残っていた。





END
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正解だったけど不正解でした
by netzeth | 2013-07-04 23:24