うめ屋


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マスパングさん


「なあ、中尉」
「なんでしょうか」
「キスしたい」
「今は仕事中ですが?」
「そうだな。でもキスしたい。すごくしたい。しないと死にそう」
「……どうしました。とうとう脳味噌にカビが生えましたか? 貴方は梅雨時のパンですか? マスパングって呼びますよ? マスパング大佐」
「もう呼んでいるじゃないか…だが、パンか…パンは好きだぞ」
「私だって好きです」
「ではキスOKということで」
「……なんで今の文脈でそういう話になるんです。パンは好きでもカビの生えたパンはごめんです」
「嘘だ。君は子供時分、私が止めるのも聞かずにカビの生えたパンを食べようとしていたじゃないか」
「あ、あれはっ。…ちゃんとカビの生えたとこは取りました。だから大丈夫だったんです!」
「っていう君に、必死に私はカビの毒性について説明したっけなあ…結局君はカビの生えたパンを食べてしまったし」
「……で、結局大丈夫だったでしょう」
「そうだね、君はね。付き合って食べた私はお腹を壊したんだけどね」
「それは貴方の胃袋が軟弱だっただけです」
「そうだね。君の胃袋は鋼の胃袋だったよね、昔から。……じゃあ、カビの生えたパンでも食べられるよな? ぜひとも脳味噌にカビの生えたマスパングさんも美味しく召し上がって欲しいんだが」
「なんですか。下ネタですか? 仕事中にサイテーですね。そんな無駄話をしている暇があったら手を動かして下さい。そもそも何がマスパングですか。パンはパンでも食べられないパンはな~んだ、っていうクイズの答えよりも下らないですね、マスパング」
「……元々君が言い出したんだろ」
「何かおっしゃいましたか?」
「いや、別に」
「だいたい。食べられない上に仕事もしないのでは本当にただのパンよりも役立たずですよ、マスパング。普通のパンの方が日々の糧なり、栄養なりになっているのですから、おおいに有用です。いいですか? このまま仕事をしないのならば貴方はパン以下です」
「だから、マスパングは食べられるぞ?」
「……まだ言いますか。どうせ美味しくないんでしょう?」
「それは食べてみないと分からない。が、保証しよう。マスパングはとっても美味しいと思う」
「具体的にはどれほどに?」
「……そうだな。食べれば仕事への活力を与えられると思うぞ? いいか? 君がマスパングさんの超絶テクニックキス付きのおいし~い唇を食べれば、元気100倍。力がみなぎって定時に仕事を終わらせるのも不可能ではない」
「参考までに聞きますが、それは食べる私が元気になると?」
「もちろん。あ、ついでに言うと食べられるマスパングもいろいろみなぎる。で、定時にあがった後は二人でキスの続きをするという訳さ。どうだ? 有意義だろう?」
「……ですが」
「さあさあ。君は有能な副官としてマスパングを食べる必要…いや、義務があると思うぞ? ただでさえ雨の降る鬱陶しい季節だ。ここは一つマスパングを食べて二人で元気100倍になってみないか?」
「……う…、し、仕方ありませんね」


そろそろ自分の存在を思い出してくれないかな……。
自分を無視してキスしようとしている時点で、リザの脳味噌にもカビが生えてしまっているんだろーな…と改めて梅雨時の湿気の恐ろしさを認識し、遠い目をするハボックであった。



寸前


「た、大佐っ。その…待って、待って下さい」
「どうしたのかね? この期に及んで……もしかして、嫌…か?」
場所は彼女の部屋寝室のベッドの上。時刻はおそらく午後11時を回ったくらい。
状況は私が彼女――中尉を押し倒して今まさにキスをその唇に落とそうとした瞬間。
ここまで彼女との仲を進めるのに紆余曲折試行錯誤……とにかくずいぶんと時間をかけた私はいよいよという段階になってストップをかけられて、正直かなり興を削がれていた。
なんだ。今までどれだけ待ったと思っているんだ。
だが、何と言ってもホークアイ中尉は初心者。まあ、はじめてのけいけん。ってやつだ。やはりこういう場面にいざ直面するといろいろ不安もあるのだろう。
自分でもびっくりするくらいの自制心を発揮した私は、そっと体を浮かせて中尉から離れる。
そして、優しく中尉に微笑みかけた。……なるべく彼女を怯えさせないように気を付けながら。
「そ、そんな事は…ですが、私……とっても重大な事を思い出しまして」
「なんだ? 重大な事って」
今、まさにことに及ぼうとしている私たちのことよりも、優先しなければならないことがあるというのか?
「はい……その…私…戸締まりをしっかりしたかどうか…それが気になっておりまして……」
なんだそんなことか。と言いそうになるのを私はぐっとこらえて咽の奥に押し込めた。
ここはあくまでも優しく、紳士に。彼女の話を聞いてやらねばなるまい。
「そうか。そうだな、戸締まりは大事だもんな。分かった。今から私が行って確かめてこよう。それでいいな?」
「はい…あ、それからっ…お風呂の換気扇も回っているのか気になります……ちゃんと換気しないと黒カビが…」
……どう考えてもそれは私たちの愛の営みを中断してまで何とかしなければならない問題とは思えない。だが、私は自分を誉めてやりたいくらい根気よく中尉の話を聞いてやる。
「そうだな。タイルの目地に生えた黒カビはやっかいだからな。じゃあ、バスルームも見てこよう」
「あ、あとっ、……ガスの元栓も気になります……ちゃんと締めたかどうか……」
……中尉は私とこういう状況に陥ってなんやかんやしている間(それなりに甘い口説き文句とかを私が頑張って言っている間)内心はずっと戸締まりやら換気扇やらガスの元栓の心配をしていたのだろうか。……すごく遺憾だ。
「わ、分かった。ちゃんと全部見てこよう。それでいいね?」
「はい…お手数をおかけして…あ、それからハヤテ号のお水が切れていないかもついでにお願いします、えっと…あとは……」
……なんだろう。なんだかだんだん、彼女はどうでもいい用事を思いついては私との行為を引き延ばそう引き延ばそうと工作しているように思えてきた。嫌なら、嫌とはっきり言えばいいのに。……いや、本当に言われても今更困るが。いろいろと収まらん。
それでも、出来るだけ彼女には優しくしてやりたい私は黙って中尉に言われた通りの用事を全部済ませて来た。(結局彼女の心配は杞憂で全て大丈夫だったがな)
「……中尉。他に…もう言っておく事はないかね?」
再び彼女を組み敷いて。私は最後に訊ねた。
本当はこのまま一気に雪崩れ込みたかったが、この際中尉に最後まで付き合おうと思ったのだ。その…私との行為に彼女が心おきなく没頭出来るように。……最中にガスの元栓閉めたかしら? なんて事を考えられたくないしな。
「え…あ、……あ、はい…では…最後にもう一つだけ……」
何だ、やっぱりまだあったのか。
今度は何だ。水道の蛇口がちゃんと締めてあるかとか、待機電力の節約に電気のコンセントを抜いておきたいとかそんなのか?
何を言われても動揺せずに、中尉の願う通りにしてやろう。……なんて考えていた私の不意を突いて。
「……大好きです。大佐。…その、する前にちゃんと言っておきたくて……」
中尉がはにかんでそんな事を言うから。
理性を飛ばしてしまって、初めての中尉にかなりむちゃくちゃしてしまったのは……私のせいではないと思う。



もしもの話


彼はもしもの話が好きだった。
仕事の合間の休息時間、視察の護衛に同行した時、一緒の帰り道。
事ある場面で思い出したように私にもしもの話を投げかけてくる。もしも自分が女だったら、もしも君が男だったら。もしも自分が錬金術師では無かったら、もしも君が師匠の娘では無かったら……君はどうするね? 彼のするもしもの話はそんな風に私を悩ませる問いばかりだった。
彼はそうやって答えに詰まる私をからかって楽しんでいるのだから、質が悪い。いちいち真面目に取り合って真剣に答えを模索してしまう私もいけないのかもしれなかったが。
彼の言うもしもの話は彼と私に関する事に限定されている。おそらく彼は確かめたいのではないのだろうか。どんな運命の元にあっても私達は共にあるのだと。
私は彼がもしもの話をする理由をそう推し量っていた。――運命にまで喧嘩を売るなんて彼らしい。
「もしも……私が死んだら君はどうするね?」
そのもしもの問いは私がこれまで聞いた中で最悪なものだった。
いつものように投げかけられた言葉遊びに、私は書類を手繰る手を止めてしまう。常々彼には冗談のセンスが無いとは思っていたが。冗談にしてもこれは最低である。
「それは…私に対する新手の侮辱でしょうか」
極力怒りを抑えて私は声を絞り出した。彼を護ると誓っている私を馬鹿にしているにも程がある質問。
「……貴方は私が護ります。だから死ぬはずありません」
「だが、私が戦場で死ぬとは限るまい。不治の病にかかるかもしれんし、階段で足を滑らせて頭を打つかもしれない……もしも君の手が届かない場所でうっかり私が死んでしまったら。君はどうするね?」
それは私が最も恐れている事。もしも彼が私の知らない間に居なくなってしまったならば。……例えもしもの話でもその想像は私の胸をぎゅっと締め付けた。
「……そうしたらば、私は貴方を許しません。絶対に許しません。もしも私の許可なく勝手に死んだら殺します。地獄の果てまで追いかけて殺します。……そして」
死んだら殺す。
そんな矛盾した答えを私は愚直に繰り返した。
「貴方の事を大嫌いになります。私を置いて死んでしまう大佐なんて知りません。嫌い…大嫌いです」
「……うん、すまん。分かった。私は死なない。君の許可無く死んだりしないから。……君に殺されるのはかまわないが、私は君に嫌われるのだけは我慢出来ない」
いつの間にか近づいて来ていた大佐の手が私の頭を撫でた。仕事中の親密過ぎるスキンシップ。けれど今の私には抵抗なんて出来なくて。
「だから……泣かないでくれ」
そして、いつの間にか私の頬を流れ落ちていた涙を彼の手が拭った。




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by netzeth | 2013-07-20 02:11 | Comments(0)