うめ屋


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by netzeth
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違うからこそ

夕闇色に染まる秋の始まり。すっかり日が暮れるのが早くなったイーストシティだが、それでも人々の往来は激しく賑やかである。そんな街角でヒンヤリとした空気に包まれて、そろそろ半袖では肌寒いわね、とリザが頭の片隅で考えていた時の事だ。
「ほら」
鼻先に湯気の立つ紙包みを押しつけられて、反射的にリザはそれを受け取った。途端に鼻に抜けたツンとした香りに思わず顔をしかめてしまったならば、リザにそれを買ってきてくれた主がおやと片方の眉を上げた。
「フィッシュ&チップス、嫌いだったか?」
露店から彼――ロイが買ってきたのは、美味しいと評判のフィッシュ&チップスだ。熱々の揚げたジャガ芋に同じく白身魚のフライ。メガホンの形に丸めた新聞紙に突っ込まれたそれには、たっぷりとソルト&ビネガーが振りかけられている。イーストシティ住む人間でこれを食べた事の無い者はいないとまで言われている、シティの名物である。
「むぐ、油っこいのがダメだったとか?」
熱々のポテトを頬張りながら言うロイに、リザはゆっくりと首を振った。
「いえ、そういう訳ではありません。ただ……」
「ただ?」
「ビネガーたっぷりが、ちょっと苦手なだけで。あ、嫌いな訳ではないんですよ」
せっかく買ってきてくれたロイに申し訳が無くてフィッシュ&チップスは好きだと必死に主張すれば、ぷっとロイが吹き出した。
「苦手と嫌いの境界線は微妙だな。無理しなくていいぞ、君がダメなら私が二人分食べるから。……このしょっぱさと酸っぱさがいいと思うんだけどな。……しかし、意外だな君に好き嫌いがあったとは」
何でも食べると思ったのに。
早速リザの分のポテトにも手を伸ばしながら言う彼に、リザは口を少しだけ尖らせて反論した。
「……ですから、嫌いという訳ではありません。ただの嗜好の違いです」
食べ物を粗末にしていると思われるのは、何となく腹が立つ。幼い頃から心と体に染みついている、リザのもったいない精神が黙っていないのだ。
「そうか。まあ、君がそう言うならば、そうなんだろう。しかし、そう考えると私と君とでは結構、嗜好の違いがあるものなんだな」
納得したように頷いたロイは、しかしすぐに考え込むように真剣な顔になった。
「なんですか、急に」
「いや、だって考えてみたまえ。私と君は自他ともに認める相思相愛、超愛し合っているお似合いのラブラブカップルだと言うのにだよ? 食べ物一つとっても嗜好の相違が多々みられるなんて問題だとは思わないかね?」
「誰がラブラブカップルですか。……それは、ともかく。私と大佐では、そんなに食べ物の好みが違ったでしょうか?」
とりあえず突っ込むべきところはしっかりと突っ込んでおいてから、リザは小首を傾げた。すると、ロイは大いにあるぞと指を折って実例を上げ始める。根っこは研究者気質な男なので、こういう所はおざなりにせずとことこん追求するらしい。
「まずは…。君、ホットドックはピクルスを乗せる派?」
「はい。たっぷりと刻んだものを上にトッピングするのが好みですね」
「そうか、私は無し派だ。次、目玉焼きは私は半熟派」
「私は固焼き派です」
「うむ。じゃあ、ポテトサラダにタマネギは?」
「私は入れる派です。あ、もしかして大佐は入れない派だったんですか? 言って下されば抜きましたのに」
「いや、食べられないほどじゃあないしな。それに、タマネギ切っている時の君の泣き顔が可愛いからいいんだ」
「……バカですか」
「じゃあ、最後。私はどちらかと言うとコーヒー派だ。むろん、紅茶も好きだがね」
「私は紅茶派ですね。私ももちろんコーヒーも好きですが」
一通り互いの嗜好を確認し合って、ほら見ろと言わんばかりの得意げな顔をロイはする。
「やっぱり、恋人同士と言えどもかなり嗜好が違うものなんだな」
「言われてみればそうですね」
ロイの指摘にリザは改めて不思議な気分になった。
リザとロイとは性格も育った環境もそしてこんな些細な食べ物の好みまで何もかも違う。リザは、世間一般の恋人同士というのは基本的に『好き』を共有するものだと思っていた。だから、ここまで好みが食い違うというのに、恋人同士になった自分達がどうにも不思議に思えたのだ。
「こんなに違うのに、よく私達恋人同士になれましたよね。もしかして、お似合いとは言えないカップルなのでしょうか」
「おいおい……」
思ったままを口に出せば、ロイが慌てたような苦笑したような微妙な顔をした。彼には恋人の言葉が素直に受け入れ難いようだ。
「これはあくまでも食べ物のみの統計だからな。そんなにあてにはならんだろう」
「そうでしょうか?」
「……よし、分かった。ならば、食べ物以外の好みの調査をしようじゃあないか」
疑わしげなリザに、ロイはニヤリと笑うとそう提案してきた。否やは無かったのでリザは了承の意を示して頷く。すると、ロイは早速問いかけてきた。
「いくぞ。……じゃー、異性の好みの髪の色は? せーのっ」
かけ声をかけられてあせらされたリザは、深く考える暇もなく、答えを口にする。
「黒です」
「金髪だ」
そして。
「じゃあ、次。異性の好みの瞳の色は? せーのっ」
「え、あ……く、黒です」
「私は、薄い茶色だ。鳶色とも言う」
そこまで言うと、ロイは耐えかねたようにくくくくっと笑い出した。リザの手前必死に声を押さえているが笑っているのがバレバレである。そしてそこでようやく、リザはロイに陥れられた事に気づいた。彼に乗せられて、自分は口にしなくて良い本音まで言わせられてしまったのだ。自分の言動を思い返すと頬に熱が上がってきて。顔を夕焼け色に染めて、リザはロイを睨みつけた。しかし、彼はそんな恋人の視線を受けてもどこふく風。してやったりという顔をしている。
「前言撤回しよう、私達の嗜好はそっくりだ。……特に好みの異性の趣味が抜群に良いところがね」
片目を瞑って堂々とノロケを口にすると、ロイはリザの手を引いて歩き出した。今夜はどうやら、ロイに主導権を握られる事になってしまったらしい。
――好みの異性の趣味が悪い、の間違いではないだろうか。
それが悔しくてリザはそんな事を思ったが。本音を吐露してしまった以上、今の彼には何を言っても無駄だろう。強がりとしか受け取って貰えまい。
諦めてリザはロイに付いて行く事にした。恋人同士の『好き』が同じである事に越した事はないが、違うからこそ惹かれ合う。そういう在り方もある。ロイと出会ってリザはそれを知ったのだ。
ロイとなら同じでも違っていても、そのどれもが嬉しい。
握られた手をぎゅっとすれば、彼もぎゅっと握り返してくれる。それだけで充分だ。

そして仲良く手を繋いで歩く恋人同士は、やがて夕刻の雑踏の中へと消えていったのだった。





END
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by netzeth | 2013-08-29 23:27 | Comments(0)