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by netzeth
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レベッカ・カタリナの述懐

何処までも晴れ渡った蒼穹の空を見上げて、レベッカ・カタリナはデジャヴを感じた。このような色の空をレベッカは以前にも見た事がある。彼女はしばし思いを馳せ、やがて答えを見つけ出した。
――そうだ。この空は何かが始まる――そんな門出の日にいつか見た空の色だ。そうやって記憶を遡り、彼女は少しだけ昔を思い出していた。



レベッカ・カタリナが士官学校に入学したのは、特に使命感に駆られた訳でも誰かから強制された訳でもなく、――良い男を見つけたかったから、ただそれだけの理由であった。
昔から女が強い女系のカタリナ家にはイイ女が輝くためにはイイ男が必要である。そんな教えがあった。カタリナ家の女子としてレベッカももちろん例外では無くそう教えられて育った。
そして、15歳の年頃を迎えて彼女は悟ったのである。アメストリスにおいて金と権力と地位を持つ男というのは大半が軍人である――と。しかも体が資本の職業であるからしてひ弱な男も居まい。レベッカ好みの見かけだけではない気骨のある男がうようよ居るに違いない。軍人と知り合うには軍人になれば良い。そんな単純明快な考えからレベッカは軍人の道を選んだのだ。
だからこそ、自分とは真逆の存在、素晴らしくしかし青臭い理想を持って士官学校に入学して来たらしい彼女と、ここまで仲良くなるとは思わなかった。
レベッカが彼女と初めて会ったのは澄み切った空の下行われた入学式と説明会が終わった後向かった、女子寮の部屋での事だった。
部屋に着くと先客が居た。その人物はレベッカの入室を知って振り返る。
窓辺に佇んでいた彼女の光に透ける金髪がとても綺麗だと思った。自分には無い色に羨望とちょっぴりの嫉妬を抱きながら、レベッカは挨拶した。最初の印象は礼儀正しい、だけど少し愛想に欠ける…そんなものだった。ただ綺麗な顔立ちをしていたので、笑えばさぞかし男にモテるだろうと、下世話な事も考えていた。
それから一緒に学校生活を共にしていくうちに、いつしかレベッカは彼女と打ち解けていった。
表情に出さないだけで実は優しく感情豊かな事、両親が居ないらしく苦労したのかしっかり者で真面目な事、色々な彼女を知った。
そのうちの一つが、彼女の背中に刻まれた刺青である。



その日、風邪をこじらせた彼女を甲斐甲斐しくレベッカは看病していた。幸いにもテスト期間が終わって休みに入った頃の時期だったので、授業は無かった。同級生達が次々と帰省していく中、レベッカは一人女子寮に残って彼女の面倒を見ていた。
体調管理の一つも出来ないようでは軍人としては失格だ、と彼女は不甲斐ない自分を責めていたが、レベッカはまだ軍人でも無い卵の分際で何を言ってんのよ、例え大総統だって風邪ぐらいひくでしょと弱気になっていた彼女を明るく励ました。
彼女は生来の真面目な気質故か、何でも背負い込んで自分を責める傾向がある。真面目で誠実なのは美点だが、それも度が過ぎると欠点である。
高熱にうなされて、少し弱気になっていたのだろう。彼女が本音を吐露するのは珍しい事だった。
そして夜を迎えても彼女の熱は下がらず、レベッカは医者に見せるべきか迷った。しかし頑なに彼女は医者にかかるのを拒否し、私は大丈夫の一点張りで通した。
本人の意向を無視する訳にも行かず、明日になっても熱が下がらなかったら無理やりでも医者に見せようと決めて、レベッカはその夜は経過を見る事にした。
一晩中彼女は高熱にうなされて汗をびっしょりとかき、苦しそうにしていた。汗をかくのは体が熱を下げようとしている証拠である。しかしそのままでは汗に濡れた身体は冷えてしまう。それはかえって良くないだろうとレベッカは彼女を着替えさせる事にする。女同士だから良いわよね、と遠慮なく寝衣を脱がせかけた時の事だ。
マスタングさん……と彼女は小さな声で誰かの名を呼んだ。一瞬自分が呼ばれたのかとレベッカは勘違いしたが、すぐに彼女がもう一度その名を繰り返したので、今度ははっきりと聞き取れた。はて、誰だろうか。こんな風に弱っている時に呼ぶのだから、彼女にとって頼れる人物なのだろう。もしや浮いた話一つもないこの少女にも甘酸っぱい恋の相手が居るのだろうか。レベッカの内で押さえきれない好奇心が疼いたが、しかし次の瞬間目の前に現れたものにそれも吹っ飛んでしまった。
それは刺青だった。若者がおしゃれ感覚で入れるような生ぬるいものではない。真っ白な肌を埋め尽くすような毒々しい赤い刺青。それが彼女の背中に刻み込まれていた。当時のレベッカにはその紋様についての知識はなく、ひたすらそれは不気味で痛々しいものにしか見えなかった。ただ、同世代の少女が背負うにはあまりにも重いものではないか、そんな風に思った。
どういう経緯で彼女がこの刺青を入れたのか、レベッカには想像もつかなかった。ただ、この瞬間それまでにレベッカが抱いていた幾つかの疑問が払拭された。それは、彼女が必ずシャワー室を一人で使うこと、同性にさえ肌を見せたがらないこと。そして、結婚という女の子なら一度は夢見る話題には決して乗って来ず、寂しげな顔をしていたこと。
いろんなことがしばらく脳裏をぐるぐると回っていたが、やがてレベッカはそっと寝衣を元に戻した。着替えさせたかったが、仕方がない。彼女が目覚めた時に、自分が知らぬ間に着替えていたら、背中を他人に見られたかもしれないと思うだろう。少女が知られたくない、隠しておきたいと願っているのならば、それを尊重してやらねばなるまい。このままレベッカが口を噤んでいれば、問題なく彼女の秘密は守られる。
そうして、レベッカは着替えの代わりにせめてもと濡れたタオルで首回りを拭いてやったのだった。



レベッカ・カタリナがその男に初めて会ったのは、士官学校を卒業してすぐに配属された東方司令部の廊下での事だった。
その男の名をレベッカは既に知っていた。彼は東部の士官学校生ならば知らぬ者は居ないであろう有名人だったからだ。加えて、レベッカの親友がその男の副官に任命されたとあっては、その顔を拝まねばなるまい、とレベッカは心に決めていた。
彼は内乱の英雄であり、国家錬金術師、まだ二十代前半だというのに既に中佐。そう、彼はまさにレベッカが追い求めていた地位と権力を持つエリート軍人だったからだ。後は外見が見映えのする男だったならば、レベッカの未来の旦那候補にしてやってもいい。そんなおもいっきり私情が入った思いから、レベッカはその男に会いに行った。
結論から言えば、彼はレベッカのいい男基準をかなりの水準でクリアした。見かけもいいし、物腰や性格も悪くなさそうだった。何よりも、生粋の軍人にありがちな暑苦しさがなくどこか知性を感じさせる深い瞳が良かった。
しかし、結局その男がレベッカの未来の旦那候補になる事はなかった。
レベッカは見てしまったのだ。
それは、彼がはめていた手袋だった。白地に赤い紋様が描かれた手袋。レベッカは既にそれが錬成陣と呼ばれるものだと知っていた。そして、それが男を焔の錬金術師たらしめるものだとも理解していた。しかし、レベッカが驚いたのはそこではなかった。それを見た瞬間、レベッカは不躾にもああーー!と叫んでその男の手を取っていた。驚いてフリーズしている彼にかまわずに、手袋を凝視する。
そこには、いつか見た親友の背中にあったのとそっくりな紋様が描かれていた。見間違えるはずもない。印象的な蜥蜴のマークまでそっくりそのままであった。
その瞬間、レベッカは悟った。彼の後ろにつき従うかのように控えている親友の顔をまじまじと見る。彼女は突然のレベッカの奇行に驚いたように目をぱちぱちさせていた。
芋ずる式に忘れていた記憶が蘇る。
昔彼女が意識の無い状況下で、呼んだその名前。それは、確かに目の前にいる上司と同じ。そして、彼女がイシュヴァールから戻り、何かを決意した目をしてこの男の副官になったこと。その全てが、今一本の線となりレベッカの中で繋がった。
びっくりした顔が案外可愛い男に、レベッカは失礼を詫びてからその場を離れた。おそらく彼と親友は今し方のレベッカの行動の意味を不思議に思っているに違いない。きっと後で親友からもこの時のことを聞かれるかもしれない。だが、レベッカは教える気はなかった。
それはレベッカだけが知っていればいいことだったからだ。
新任の司令官とその副官の関係。その密やかな絆を、レベッカだけが知っている。あの頑固で真面目な娘と、この新進気鋭の野心的な男がこの先この軍をいかにして生き抜いていくのか。想像するだけでわくわくする。そんな彼らの秘密を自分だけが握っている。それはなかなかに愉快でスリルに満ちた話だ。
それに。
レベッカがわざわざ言わなくても、彼女と親友を続けていけばいつか彼女の方から話してくれるだろう。
レベッカはその時を楽しみに待つ事にした。
きっとその時は、あの彼女の口から世にも珍しい恋の相談を聞けるのだろうから。



見上げた空は士官学校に入学した時、そしていつか見た東方司令部での始まりの日の空の色に似ていた。
ああ、そうか。今日も始まりの日だ。だから、こんな風に空の色が見えたのだろう。
歓声が聞こえて、レベッカは意識と視線を空から前方へと移した。
ちょうどチャペルの入り口から新郎新婦が姿を現したのだ。
その身分には似使わしくない式ではあったが、彼らが身内だけのささやかなものをと自ら望んだのだから仕方がない。望めば国を挙げての大祭典にも出来たはずであるのに。だが、きっとそんな式を挙げようとしたらば、彼はともかく彼女は逃げ出してしまっただろう。だから、今日の式は華美を好まぬ彼女らしいものだとレベッカは思っていた。
士官学校で出会ってから、そして東方司令部に着任してから、ずいぶんと時を経たが、彼は相変わらず若々しく、彼女は美しかった。幸せそうに笑っている彼女を見てレベッカの胸も熱くなる。
結婚という未来を諦めて寂しげに笑っていた少女は、あんなにも美しく幸せな花嫁となった。それを今は、心の底から祝福したかった。
花嫁が手に持ったブーケを振り上げるのを見て、レベッカは人々をかきわけて移動した。
彼女は以前、リゼンブールでブーケを受け取って帰ってきた。そして、レベッカは彼女に結婚の先を越される事になったのだ。つまり、ブーケトスのジンクスは極めて信憑性が高いと言えよう。これはなんとしてでもゲットせねばなるまい。
親友には絶対にこっちに投げてね、とお願いしてある。苦笑しつつも彼女は請け負ってくれた。昔からレベッカの恋愛事には協力的な彼女であるから、きっとブーケもうまく渡してくれるに違いない。
しかし。とそこでレベッカはふと思った。
そういえば。
いい男がいたら紹介して、と昔からことある毎に彼女に頼んできて、そして親友も協力的だったが。彼だけはとうとう紹介してくれなかったな、とレベッカは花婿に視線を向けた。何となく、恋愛事に不器用な彼女にも独占欲や嫉妬心というものがあったのだな、と思うと面白い。
レベッカはニヤリと笑った。
さあ、一途な恋を叶えた親友に自分もあやかろうではないか。
そして。レベッカは居並ぶライバル達を蹴散らして、空中を舞うブーケに向かってダイブしたのだった。






END
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by netzeth | 2013-09-15 20:26 | Comments(0)