うめ屋


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by netzeth
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花を下さい

「だからお前はダメなんだ」
昼下がりの東方司令部。昼休憩を自分のデスクについて過ごしていたリザはそんな上官の声を背中で聞いた。振り返る事はせず、続けて聞こえてくる声で判断するに、彼は直属の部下と話しているようだった。
「そんな事言ったって……大佐が言ったんじゃないっスか。女性には花だって。とにかく花を贈れって」
「確かに言ったな。だが、デートの最初に一抱えほどもある花束を贈れとは一言も言ってはおらん。自宅デートならばかまわんが、外でのデートで初っぱなにそんなものを贈られたら、観劇するにもショッピングするにもとにかく邪魔でしかないだろうが」
「……ええ、ええ、まったくもってその通りでしたよ。彼女、表面上は笑っていましたけど、内心困っていたんスよね。だから、次のデートの誘いも応じてくれなかったんだ……ううっ」
「自業自得だな。気の利かない男だと思われたんだろう」
「うううっ……」
別に盗み聞きするつもりは無かったのだが、すぐ近くでそんな事を話されては自然と耳に入って来てしまう。察するに、また金髪の部下が女性にフられてしまったらしい。
「いいか。女性に花を贈るのはいい。だが、時と場所を考えろ。花は生きているものだ。心優しい女性ならば、萎れるのが可哀想だと、すぐに水に入れたいと思うものだ。それを、デートに連れ回す最中ずっと持たせておくなど言語道断だ」
「ううううっ……」
傷心の部下に鞭打つように彼――ロイはハボックに偉そうに講釈を垂れている。彼の話は女性に花を贈る時のマナーから始まって、女性が喜ぶ花の種類、果ては花言葉にまで及んでいる。
それをなんとはなしに聞きながら、リザはこみ上げる笑いを必死に押し殺していた。



記憶はごくごく最近の事。
自宅のドアを開けた途端に香った柔らかな芳香と、目に飛び込んで来た鮮やかな色。それを目にしてリザは目をパチパチとさせた。
驚く彼女に満面の笑みを浮かべて見せたのは、腕一杯に赤いバラを抱えた男だ。
「やあ、中尉。こんばんは」
上官でもあり恋人でもある男は、上機嫌にリザの部屋を訪問してきた。真面目に仕事を終わらせた日は、ご褒美代わりにこうしてロイを招いて夕食を振る舞うのだ。臆面もなく嬉しそうな顔をして、彼はリザの手にバラの花束を渡してきた。
「美しい今夜の君に」
添えられた言葉もいちいち気障である。だが、彼がやると様になってしまうのだから質が悪い。
「……ありがとうございます」
花を贈られるのは正直悪い気はしなかったので、素直に礼を述べてリザは花を受け取った。
「とても綺麗です。……それにいい匂い」
花に顔を寄せて、香りが嗅ぐ。自然と口元に笑みが浮かんで、彼女にしては珍しい笑顔をリザは見せた。
「嬉しいです。大佐」
「……あ、ああ。それは良かった」
しばらく惚けたようにリザを見つめていたロイだが、彼女の言葉に慌てて頷くとすぐにそっぽを向いた。心なしか耳が赤い。照れているのだ――とこの時のリザは気づかなかったのだが、それでもロイの気持ちは十分伝わって来たので、この後の恋人同士の逢瀬は当然甘いものとなった。
――それからだ。ロイがリザの部屋を訪れる時、必ず花を持って来るようになったのは。
最初は良かった。ただただ彼から貰った花が嬉しくて、リザはその花をなるべく長持ちさせようと工夫を凝らして部屋に飾っていた。すると、彼の次の訪問時にもまだその花は綺麗に長持ちしていた。そこに彼が持ってきた花が加わる。そして次の次の訪問時にも、まだ最初に貰った花は美しく咲いていた。そこに更に新しい花が加わる。そうやってそれがどんどんと繰り返されていくうちに、リザの部屋はロイが持って来た花々で埋まってしまう事になったのだ。
「いい加減にして下さい!」
その日、リザはとうとうロイをそう叱った。
「貴方は私の部屋を花屋にでもするつもりですか?」
最近ロイが真面目に仕事を終わらせるので、逢瀬が頻繁になった事も関係していたが、とうとう花が枯れるスピードが花を贈られるスピードに追いつけず、リザの部屋は花だらけになってしまったのだ。
花は嬉しいが、ものには限度というものがある。
ロイが持ってきてくれる花は常に両手一杯の花束。これでは、部屋の花瓶の数もとても足りない。既に、バケツやら洗面器やらに花々は生けられているのだ。
「すまん……」
花に溢れた室内を見て、さすがにやり過ぎたと思ったのだろう。ロイはしゅんと肩を落として謝った。
「君が喜んでくれると思って……」
しかし、そんな姿をされ、そんな言葉を言われてはリザの怒りは持続しなくなってしまう。リザに贈り物をしてくれた彼の気持ち自体はとても嬉しいものだし、リザだってこんな事で彼を悲しませたくないのだ。
「あの、別に毎回毎回、贈り物を持参しなくていいんですよ?」
「何を言う。恋人の部屋でご馳走になると言うのに、男が手ぶらで来れるか」
解決策を提案してみたが、彼にとってそれは却下すべき意見のようだ。どうやら男のプライドに関わる問題らしい。ロイらしいと言えばらしいが、それではリザの部屋は花屋敷のままである。
「では……花でなくて、もっと別のものを贈って下さる…というのはどうでしょう?」
本当にリザは手みやげなどなくとも気にしないのだが、ロイの意見を尊重してそんな折衷案を上げてみる。
出来ればすぐに消費出来る食べ物などがいい。キャンディやチョコなどの安価な菓子で構わない。そんな軽い気持ちで言った意見だったが、何故かロイはリザの言葉を聞いて顔を顰めた。男らしい真っ直ぐな眉毛が顰められて、眉間には皺が寄っている。まるで何かを深刻に悩んでいるようだ。
そんなロイに、リザは何か悪い事を言ってしまったのだろうかと不安を抱いた。彼の好意の花を断って別の物を…なんて図々しかったかもしれない。
しかし、そんなリザの心配を余所に、ロイの返答は意外すぎるものだった。
「……実はな」
「はい」
「……花以外で君が喜んでくれる贈り物が思いつかない」
バツが悪そうな顔でそう言った彼は、むっすりと口をへの字に曲げて、こんな告白をしたのが不本意だとばかりに頭をがしがしと掻いた。困っている時の彼のサイン。
思わず、リザはぷっと吹き出した。
「わ、笑うな」
「す、すみません……でも……」
こみ上げる衝動を堪えきれずに、リザはふふふと笑ってしまう。それを見て、ロイがますます情けない顔になっていく。
東方一のプレイボーイと言われた男が、女性への贈り物一つ選べない。
その事実がおかしくてたまらない。以前からあんなにも女性とのデートを繰り返して、女性に関する事なら何もかも知り尽くしていると豪語していた彼。だが、自分に対してはその豊富な経験も役に立たないと思っているらしい。その彼の意外な一面に驚きと共に愛おしさが胸にこみ上げて。リザは笑いを納めて、ロイを見つめた。
「もう…バカですね」
「ああ、バカだよ。……言ってくれるな。結構深刻に悩んでいたんだから」
どうやら、花以外の贈り物を選ぼうとした事があるらしい。しかし、彼の反応をみるに徒労に終わったのだろう。女性へのプレゼントに思い悩む、ロイ・マスタング。それは、なかなかに面白い光景だったに違いない。そして、リザにとってはより彼を好きになる光景だ。
彼への想いで胸を一杯にして、だから、リザは言ってやった。
「バカというのは、贈り物を選べない事に関してではありませんよ。……ただ、貴方がちっともお分かりになっていないから」
「何?」
「……良いですか? 私には手みやげなんかなくたって、貴方が私の元に来て下さるだけで十分なんですよ」
貴方は花以上の贈り物です。
不意打ちで告げられた言葉にロイは目を見開いて驚くと、次の瞬間顔を真っ赤にした。そして、世にも珍しい彼の赤面顔に、リザは再び吹き出してしまったのだった。



女性への贈り物は花。
一見、的を得た意見だが何の事はない。花以外を贈れないだけである。
そんなロイがハボックに贈り物の花の何たるかを語るのを聞いているのは、おかしくて仕方がない。
ハボックに得意げに講釈を垂れるロイだが、彼はリザが話を聞いている事に気づいていないようであった。
そっと、リザは席を離れようとする。このままではやはり、吹き出してしまいそうだったからだ。そのまま彼らに気づかれないように部屋を出ていこうとして、しかし、
「あ、中尉。中尉は大佐の言う事どう思います? 女性として」
ハボックに見つかりそんな言葉をかけられてしまう。どうやら、ハボックの方はリザが居る事に気づいていたらしい。当然話も聞いていただろうと、意見を求められる。
リザの存在に気づいて、ロイがぎょっとした顔をしている。彼としては、いろんな意味で彼女には聞かれたくない話だったのだろう。
そんな彼の顔を見ていたらば、リザの内に自然と悪戯心が沸いてきて。
「そうね……花を贈られるのは女性としては嬉しいと思うわ。でもね……」
言葉を切って、ロイを見つめる。
「毎回、毎日、花ばっかりを贈ってはダメよ?」
「まさか! いくら俺だってそんな芸のない事しませんよっ」
ハボックの言葉にあからさまに目を剥くロイを見つめながら、リザは小さく笑みを浮かべたのだった。





END
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by netzeth | 2013-09-26 01:43 | Comments(0)