うめ屋


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by netzeth
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あなたのもの

好きな女の事は何でも気にかかってしまうものだ。髪型変われば何事かと思うし、付けているルージュの色が変わっただけでも心が騒いでしまう。ほんのささいな事柄だって、放っておけない。


その朝、ロイの視線はある一点へと集中していた。
それはとある女性の手の甲に貼られた絆創膏。女性らしい細い手にそれは大きく存在を主張している。
女性は言わずとしれた己の副官、リザ・ホークアイ中尉。その彼女の手にロイは意識を奪われていた。昨夜の深酒で痛んでいた頭も、この問題の前には気にならなくなる。ただじっと彼女の手を見つめて、ロイは考えていた。
何か怪我でもしたのだろうか。
もちろん普段の生活の中、不注意で傷を負う事もあるだろう。そんな事は日常茶飯事の小さな事だ。
だが、ロイの記憶が確かならば、昨夜一緒に飲んでいた時は、彼女の手は何とも無かった。
少なくとも怪我負ったとしたらばその後の事だろう。そして、ロイは昨夜の記憶が途中からない。久しぶりの部下達との飲み会で、羽目を外した彼らにしこたま飲まされて酔いつぶれてしまったからだ。そんなロイを自宅に送り届けてくれたのはリザだという。今朝、当の本人にそう告げられてそして体調はいかがですかと気遣われてロイはその事実を知った。
その時にはもう、リザの手には絆創膏が巻かれていたのだ。
そう、リザの絆創膏が気になってしまうのはそれも理由の一つであった。
……もしかして、昨夜自分を送ってくれた時に何かあったのではないか。例えば、足をもつれさせて転んだ酔っ払いの自分を支えようとして、一緒に転んでしまった…とか。
その可能性は十分にある。もしも、自分が原因で彼女が怪我をしたというのなら、それは許せる事ではない。
ロイは巨大な後悔と共に、多大な反省をし、今後は禁酒をする事だろう。
だから、事の真偽を確かめたくて、ロイは彼女に訊ねていた。
「あー…中尉。そ、その手の甲はどうかしたのかね?」
リザの左手を視線で指し示しつつ問えば、彼女はあからさまにギクリとした顔をした。
「い、いえっ、 こ、これは…たいしたことでは……」
そして右手で手の甲を覆うと、焦った口調で返答してくる。
その彼女らしくない様子にロイは確信した。
この絆創膏の原因は絶対に自分にある。そうでなければ、彼女が今こんなにも動揺する筈がない。
「怪我をしたんだろう?……私のせいで」
真偽をはっきりさせたくて、ロイは重ねて問いかけた。ほとんど断定口調である。するとリザは更に目に見えて慌てた。
「ち、違います! 決してそんな事は…っ」
しかしリザが否定すればするほどロイは確信を深めて行く。
彼女は自分を庇うために、本当の事を誤魔化そうとしているに違いないと。
「いいんだ、中尉。やはり昨日、酔っていた私を送った時に怪我したんだろう。すまない、君を傷つけるような真似をしてしまって。……とんだ失態だな」
自分を庇う必要など無いと首を振り、自嘲の笑みを浮かべてロイは詫びた。
女性に、しかも惚れている女に例えかすり傷だろうが、怪我をさせるなど言語道断だ。自分が情けなくも、憎らしい。
「本当に違うんです……貴方がそんな風に負い目に思う事なんて何もないんです」
深く自分を責めているロイを見て、リザは観念したようにため息をついた。うっすらとその頬は赤い。彼女の意外な表情に、ロイは一瞬虚を突かれる。
「私は怪我などしておりません」
そう言うと同時に、リザは手の甲の絆創膏を剥がしてみせた。おそらく、きちんと証明しなければロイが納得しないと思ったのだろう。けれど、その顔は相変わらず赤くどこか不本意そうだった。
「これは…」
「お分かりになりましたか?」
うっすらと絆創膏の跡が残る彼女の白い手。そこには確かに傷は無かった。代わりに何か文字が書かれている。リザはすぐに手の甲を隠してしまったが、ロイには何が書かれているのかばっちり視認出来てしまった。
ロイ・マスタング。
そこにはそう書かれていたのだ。しかも見慣れた己の筆跡で。
「中尉、これは……」
「昨夜あなたが酔っ払って書いたんです」
片方の手でそれを隠しながら、リザが告げて来る。視線を伏せてヒドく恥ずかそうに。
「それは……すまない」
ロイは謝ったが、正直そんな事をした記憶はまったく無かった。
「……どうせ覚えておられないんでしょう?」
「うん……すまん」
リザの責める様な視線を受けて、ロイはただ謝るしかなかった。自分は酔った挙げ句に妙な悪戯を彼女にしてしまったようだ。
「本当にすまん、その、見せてみてくれ」
そう言ってロイはリザの手を取った。罪悪感から半ば強引に彼女の手の甲を光の下に晒して見聞する。
「油性のペンか何かで書かれて、消えなかったのだろう?」
それでリザは絆創膏で隠すという苦肉の作を取ったのだ。彼女の性格上、仕事場にこんな物を曝して来れる訳がない。
「私が消そう。錬金術で成分を分解すれば直ぐに消え――」
「結構です!」
突然にリザが声を荒げて手を振り払ったので、ロイは驚きポカンと口を開けてしまった。
慌ててリザが取り繕う様に言う。
「こ、こんな些末事に構ってないで、早く仕事を始めて下さい」
「だが…」
「し、失礼しますっ」
そして食い下がるロイを振り払ってリザは執務室を出ていってしました。
取り残されたロイは訳が分からず、呆然とする。
「そんなに怒らせてしまったの…か?」
ロイにはリザの態度からそう想像するしかなかったが。だがしかし。最後まで頬を赤らめていた彼女表情が目に焼き付いて離れず、ロイに何ともすっきりしないもやもやした気分を抱かせた。


廊下を足早に歩きながら、リザは昨夜の記憶を思い返していた。
……君は私のものだ。だからちゃんと名前を書いておく。
そんな戯れ言と共に己の手を取り、甲に名前を記した男。彼はそれで所有権を確保したと言わんばかりに満足げだった。まるで大事な玩具を独り占めする子供のように。
リザはそっと手の甲に目を落とした。
油性ペンだから落とせなかった訳ではない。手段を尽くせば消す方法などいくらでもあっただろう。
ロイの言う事は全てが逆だ。
リザはこのロイの名前が消えるのが嫌で、絆創膏をしていたのだ。
それは彼の自分に対する執着の証。例え彼が酔っていたとしても、リザにとってその文字は輝いて見えた。
私は貴方のもの。
それを裏付けてくれるそれは、リザにとってとても大事に思えたのだ。
嬉しかった…と言ったらどうしますか?大佐。
そして。絶対に言えない言葉を胸に抱いて、リザは愛おしげに手の甲を撫でたのだった。





END
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by netzeth | 2013-10-08 23:02 | Comments(0)