うめ屋


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間違い


忙しい忙しい。
私の脳内にはその単語が敷き詰められていた。
そもそもは書類の締め切りが数日前倒しになった事や、急なお偉いさんの訪問があった事や、司令部の人員が大流行中のインフルエンザで少ない事や、発電所の不備で停電があった事や、いろんな事情が重なったのがいけなかったのだが。それでも、締め切りギリギリの書類を放って大佐が脱走したのが一番の原因に違いない。
脱走した大佐を捕獲して執務室に連れ戻した私は、彼を監視しながらしなければならない雑用をこなしつつ彼が仕上げた書類のチェックする……という八面六臂の仕事をしていた。
ああ、忙しい忙しい。三ページ目の十六行目にスペルミス、二十行目、数字のミス。大佐にサインを貰った後訂正。あ、大佐がペンを回し始めた。サインに飽きてきたのね。またそわそわしている。逃げ出さないように椅子にでも縛ろう。それから総務に持って行く書類を作成して。フュリー曹長に停電はどうなったか確認して。病欠を埋めるための勤務変更をして。サムエル将軍の帰りの車の手配。ハヤテ号に大佐を見つけてくれたご褒美のキスをして。彼に大佐を見張ってて貰って、その間にお茶を淹れて来て。
忙しい忙しい。
脳内でやるべき事がくるくるとハムスターのように回る。いや、今の私は回し車を回すハムスターよりも忙しい。
スペルミスの訂正。椅子に縛る。書類を作る。曹長に停電を確認。病欠の勤務変更。将軍の車の手配。ご褒美のキス。見張りを頼んでお茶。
脳内で単語は整理しきれずに踊っている。
訂正。縛る。書類。確認。変更。手配。キス。見張り。お茶。
書類から目を離さず、そして、私はやるべき事を実行に移すために動いた。
「大佐、こちらの訂正を。あ、あとちょっと大人しくしていて下さいね、縛りますから」
適当な紐を探しながら、書類を作成。そのまま内線をかける。
「あ、フュリー曹長? 停電は回復した? え、まだ? 分かったわ。あ、ついでに将軍の車の手配をお願い出来る?」
後は勤務表を探して部屋を移動する。視界の端にブラックハヤテ号。
そうそう、キスしてあげなくちゃ。ご褒美は大切よね。
「なあ、中尉……ここなんだが。後はどこを訂正すれば良いんだ? あ、あともう逃げないから縛るのは勘弁してくれ…」
その時、大佐が声を上げた。私の体は反射的に動いていた。
「はいはい。いい子ね、よくやったわ偉いわね」
チュッとその顔にキスをする。それから、くるっと振り返って。
「はい、大佐。後は二十行目に数字のミスがございまして……」
しかし、目の前にいるのは大佐ではなかった。もふもふの毛並みに包まれた愛犬、ブラックハヤテ号。彼は尻尾を振ってご主人様である私を見上げている。
あら? 
そのどうしたの? という不思議そうな顔を見返して。私はそこでようやく自分がしでかした事に気づいた。
光の速さで振り返れば。己の上官が真っ赤な顔をして固まっている。その手は先ほど私がキスしてしまったほっぺたに当てられていた。

……間違えた。



香り


いい匂いがする。
何時の頃からか、司令部で仕事をしている時にロイはそんな事を考えるようになっていた。
何処から香るのか、何の匂いなのか判然としないその香り。
花の匂いと言われればそうかもしれなかったし、甘い砂糖菓子の匂いと言われればそうとも思えた。
それは時には硝煙の匂いを纏い、そして時には汗とホコリの匂いが混ざったこともあった。それでも変わらずロイはその香りをいい匂いだと認識していた。
その香りに包まれていると、ロイはひどく安心するのだ。それは仕事に疲れた彼にとってはささやかな癒しだった。


ひょんな事からロイがその正体を知ったのは、とある朝の事だった。
その日は出勤してからずっと、ロイは例の匂いを嗅ぐ事はなかった。それは別に驚くような事ではなく、たまにある事なので彼はそれほど気にしていなかったのだが。
「おはようございます」
珍しく始業時間ギリギリに姿を見せた己の副官。彼女が現れたその瞬間、ロイは眉を寄せた。室内に鼻孔をくすぐる甘ったるい香りが漂う。
彼にはそれが何の香りであるのかすぐに見当がついた。
「……中尉。これはどうしたことかね?」
彼女から発せられるのは、香水の香り。それはロイも良く知る高級ブランドのもので、女性から人気の高い香水だ。値が張るため、夜の女性達にプレゼントすると喜ばれる品。
質素倹約を体現し、自分を飾る事に興味を持たぬ彼女が何故…? という純粋な疑問と、彼女には似つかわしくないという不快感につい語調がきつくなる。
「君も妙齢の女性だ。香水をつけるなとは言わん。だが、ここではそのようなきつい香りのものはふさわしくないと思うが。……意地の悪い上の連中に知られれば、これだから女性軍人はと侮られるぞ」
ロイの厳しい言葉にリザの顔が強張った。彼女は恐縮し、瞳を伏せた。
「……申し訳ありません。すぐに落として参ります」
しまったと思った時は遅かった。引き止める間もなくリザは執務室を出て行ってしまい、残されたロイはため息をついた。
勢いで言ってしまったとはいえ、自分はなんて無神経な物言いをしてしまったのか。彼女も女性ならば、香水の一つくらいつけてもおかしくはないだろう。それを一方的に咎めるのは何とも気遣いのない上司だ。しかも、考えてみればあのような華やかなものを軍につけてくるのは、リザらしくないというか、不自然だ。もしかして、何か止むを得ない事情があったのかもしれないのに……。
悶々と自分の言動を後悔していると、しばらくしてリザが戻ってきた。彼女は少々不安そうな顔でロイに近寄って来る。
「先ほどは失礼いたしました、大佐。ご不快な思いをさせてしまって申し訳ありません。……匂いは落ちましたでしょうか」
どうやって香水の匂いを落としてきたのかは知らないが、先ほどのような一緒の部屋に居るだけで分かるきつい香りはもうしなかった。
デスクの前まで来たリザを見上げると、彼女の髪は少々湿っているようだった。どうやらシャワーを浴びて、軍服を着替えて来たらしい。
「ああ、もうしない。……ところで、君はあのような香水を嗜む趣味があったのかね?」
「……いえ。実は今朝、ロッカールームで後方勤務の女性が誤って香水瓶を落としてしまったのです。私はたまたま近くに居たものですから香りが移ってしまったのでしょう。始業時間を優先して大佐の元に来たものですから……私の判断違いでした。多少遅れても香りを落としてくるべきでした」
申し訳ありません。リザは再び謝罪を口にする。
「いや、私こそ理由も聞かずにきつく当たってしまったな。すまない」
香水の香りが彼女の落ち度ではないと分かり、ロイもリザに詫びた。それと同時にあのような男に媚びる香水をリザが自分の意志でつけてきたのではないと知ってホッとする。ロイを必要以上に苛立たせたのは、おそらくその部分だ。
「……だが、やはり君にはあのような香りの強い香水など不要だよ。ほら、何もしなくても、君の匂いは……」
立ち上がってリザに近づいたロイは、彼女の首筋に顔を近づけてその匂いを嗅いだ。ふんわりと香る彼女の匂い。それは、いつもロイが嗅いでいた彼を癒す香りとまったく同じものだった。
ようやくその香りの元に気づいたロイは驚きに目を見開いた。
……あの自分にとっての良い香りの花が、彼女だったとは思ってもみなかったのだ。
「……あの。何か変な匂いが?」
唐突に沈黙し、固まってしまったロイにリザは不安そうな声をあげる。彼女とて女性だ。香水を常用するのは軍人としてはやりすぎだが、身だしなみは気になるのだろう。
「……あ、シャワーを浴びてここまで急いで来ましたので…汗をかいているかも……。臭かったですか? すみません……」
明後日な心配をする彼女に、ロイは笑う。
今の彼女からは汗臭さなど微塵も感じないけれど。だが。例え汗の匂いだろうとそれが彼女自身の匂いであるならば、ロイにとってはいい匂いなのだ。
「いいや」
首を振って否定してやってから、ロイはリザの首に腕を回した。彼女が驚きと抗議の声を上げるが気にしない。
そして、人間の匂いが一番凝縮するらしいうなじに鼻先を寄せてロイは彼女の香りを堪能したのだった。
「……どんな香水よりも、私には君が良いよ」



シャッフル?


その日ハボックが司令官執務室に赴くと、少しだけいつもと様子が違っていた。正面のロイの席にリザが、そしていつもリザが腰掛けて書類整理をしている応接用のソファーにロイが座っていたのである。おやと思いながらも、まあ業務上そういう事もあるのだろうと気にせずハボックは己の所用を済ませる事にする。
「大佐~この前の事件の捜査資料持って行っても良いッスか?」
「ああ。そこの棚の…上から二段目の左から三番目のファイルがそうだ」
言われた通りハボックはファイルを取り出した。その中身を確認しながら会話を続ける。
「ああ、ありました。あ、それから中尉。総務からこの前の備品買い換えの件で連絡が欲しいって内線がありましたよ」
「ええ、把握しているわ、少尉。後で総務に直接顔を出すから」
「ういッス。あ、そうだ。大佐、第三練兵場を使用する件どうなりました? 許可おりました?」
「それなら大丈夫だ。何とか将軍閣下にお願いしておいた。正式な申請書を準備しておけ。提出しておいてやる」
「良かったあ~もう演習まで日が無いからどうなるかと気になってたんスよ。これで隊の奴らにも準備するように言えます」
「ハボック少尉。これからはもう少し早く演習計画を立ててちょうだい。何でもギリギリにしないで」
「すんません。気をつけます…大佐みたいになっちまいますもんね」
「そうよ。気をつけて」
「……待て。どうしてそこで私の名前が出てくるんだ」
「あら? ご自分の胸に手を当ててごらんになったらいかがですか?」
「ぐっ……。だいたい…ハボック! おまえ一言多いんだ。余計な事をぺらぺら喋る暇があったら……」
「じゃ俺、失礼しまーす!!」
火の粉が飛んできそうになって、ハボックは慌てて執務室を出た。こういう時は三十六計逃げるに限る。
持ち出したファイルを片手に歩き出そうとした彼はそこで、はたと立ち止まった。
……あれ、今何か変じゃなかったか?
そこでようやくハボックはたった今、執務室の中にて、なんだかものすごい違和感があった事に気が付いた。
確認しようか、それとも自分の気のせいと片づけるか。しばし迷った末に扉の向こうからロイとリザの言い合いの声が聞こえてきた事で、彼はあっさりとその気を無くす。
「ま、いっか」
それよりも仕事、仕事。
また余計な事を言ってロイにどやされてはたまらない、とハボックはさっさと歩き出す。
きっと気のせいなのだ。そうに違いないとハボックは己に言い聞かせる。

――そう。ロイとリザの言葉と声が逆だったような気がするのは。


「何とか誤魔化せたようだな?」
「だと良いのですが」
いきなり執務室に入って来られた時はどうしようかと思ったが奴が馬鹿で良かった…とロイはホッと息を吐いている。その様子をリザが半眼で見つめていた。
「で? どうなさるおつもりなんですか、これから」
「どうって……」
リザは立ち上がるとロイの元へと歩み寄る。
ロイの大きな執務机。そのマホガニーの机越しに彼を睨みつけた。その視線の先には毎日見慣れすぎた顔がある。
「とにかく今日を乗り切るしかあるまい。……私の予測ではこの状態は長くは保たん。魂と体は精神の糸で引き合っている。離れたとしてもそれは一時的にしか過ぎない。アルフォンスの様に錬成陣でつなぎ止めているのならともかくすぐに元に戻る――」
「ですからっ、それは何時になるんですか!!」
どんっと拳で机を叩けば、それはリザの予想よりも強い力が籠もっていたようだ。机の端に乗せられていた書類タワーがバラバラと舞って床に落ちる。
「さあ……」
投げやりな言葉と共に鳶色の瞳がバツが悪そうに逸らされた。その、毎日鏡で見慣れすぎていた金髪と鳶色の瞳の女の顔に、リザは更にギリギリとした視線を送った。
「さあっじゃあありませんっ! こんなっ、……私が大佐で貴方が私の状態では業務に支障をきたしますっ」
「君……他に心配することないの?」
ロイ――姿はリザ・ホークアイそのものの女が呆れたように言う。それに答えて、リザ――姿はロイ・マスタングにしか見えない男がきっぱりはっきりと言いきった。
「ありません!」


元々今回の事件は、ロイが何処からか手に入れたという怪しい錬金術書が全ての元凶だった。
リザが朝、執務室にやってくるなり目にしたのはその本を片手に執務室の床に錬成陣を描いている上官の姿だったのだ。当然お説教である。
良い歳をして床に落書きとは何事か。そう彼を咎めようとしたリザは、不用意に錬成陣に足を踏み入れてしまったのだ。
その瞬間に事は起こった。
錬成陣に中に居たロイとリザ。その二人を錬成光が包み込み……そして気がついた時には二人の魂は入れ替わっていたのである。
「おお! なるほど! やっぱり、この錬成陣は魂を肉体から引き剥がして入れ替えるものだったのか!!」
「ちょ、何がなるほどですか!」
自分(の姿)を怒るという慣れない事をしながらも、リザはロイの…男の体に言いしれぬ違和感を持っていた。
まず、胸が軽い。あれほどでかくて邪魔だと思っていたものが綺麗に消えて、ものすごく快適である。その代わりに何だか脚の間に異物感がある。もちろん、リザもおぼこ娘ではないのでその正体には気づいている。しかし、気づいていようが羞恥心が消える訳ではない。
「すごいな! これが君の体か!!」
対してロイは女の体になったことを早速謳歌し始めた。手始めにと胸に手を持っていこうとするのを、リザは全力で止める。幸い女の体の時よりもロイの体は力が強く簡単に止める事が出来た。
「ちょっ…止めて下さい! 人の体を勝手に触らないで下さい!!」
「なっ…君の体で自分の体に触るんだから良いだろうが!」
「良くありません!」
リザは両手でロイの腕を掴み、何とかその不埒な行為を阻止しようとする。
「だいたい魂の研究なのだから、エドワード君達の役に立つかもしれないんじゃなかったんですか!? その錬金術書!」
「だからこうやって君で純粋に実験してみたんじゃないか! それとも何かね? 君ではなくハヤテ号辺りと入れ替わって君の頬をペロペロした方が良かったかね?」
「どーせ、良からぬ事を考えて私と入れ替わったんでしょう!?」
「心外な! そもそも、君の体の事は君以上に良く知っている私がだぞ? 君と入れ替わって乳を揉んだり、尻を触ったり今更だろうが!」
「やっぱり、下心満々じゃないですか! 何が純粋な実験ですか!!」
「……分かった。胸は触らないから、とにかく離してくれ」
リザの怒りに恐れをなしたのか、ロイは苦渋に満ちた顔で渋々言った。それを半分疑いつつもリザはロイを(といっても自分の体だが)解放する。
「……あ~あ、君、力の加減が分かっていないんだろう。全力で掴んだら痛いだろうが……見ろ、跡になってしまっているぞ……」
赤く跡のついた手首をさすりながらぶつぶつロイが言う。しかしリザにとってはささいな事だった。
「別に私の体なんですから大佐にとやかく言われる筋合いはありません。……それよりも、早く元に戻して下さい」
「う~ん、それなんだがな……」
「ま、まさか……元に戻す方法が分からないとかおっしゃるんじゃありませんよね?」
「……そのまさかだ」
リザはくらりと眩暈がした。
「バカですか! 一体どうするおつもりなんですか!?」
「う~ん、自分の顔でバカと言われるとどうにも妙な気分だなー」
怒りの声を上げるリザに対してロイはあくまでも呑気である。
「大佐……私にも我慢の限界と言うものがあります。……殴っていいですか? いいですよね? というか殴ります」
「や、やめたまえ! これは君の体なんだぞ!?」
「避けないで下さい! だからこそ心おきなく殴れるんです!!」
ひらりひらりと避けるロイを追いかけてリザは拳を振り上げた。……いつもよりも力は増しているが、機敏性は落ちている。そのせいかロイを捕らえられない。
「これはか弱い君の体だ! 傷つける訳にはいかん。私は君の体を守る! 守るぞお!」
しばらく二人で追いかけっこをして。息を切らして、リザはロイと睨み合った。正直、持久性も落ちている。
「大佐……体…鍛え直して下さい……もう息があがってますよ……」
「……うん。君の体は良く鍛えてあるな。素晴らしい」
「……恐れ…入ります」
ぜえぜえはあはあ言いながらも、リザはロイから誉められて少しだけ嬉しかった。しかし、すぐに少々困った事態に陥ってしまう事となる。体を動かしたせいか、そもそも元々彼がそうだったのか。
「あ…あの……大佐……」
リザはモジモジと脚を合わせて、顔を赤らめた。脚の間にあるものの事はこの際忘れる。そんな様子をロイは少し嫌そうな顔で見ている。
「自分の顔でも男のそういう顔を見るのは気持ち悪いな……どうしたね?」
「……その…なんだかもよおしてしまっているのですが……」
「何を?」
肝心な所で鈍いロイに少しイライラしながら。
「お、おトイレです……」
消え入りそうな声で言うと、ロイはああと納得した顔をする。
「そうか。悪いが、私の代わりに行って来てくれるか?」
「はあ…まあ、そうしなければならないとは思うのですが……」
何か問題が? と首を傾げているロイにおおありだとばかりにリザは言う。恥ずかしそうに。
「……私、その…立ってした事はありませんので……」
「ああ、立ちション? 何だ、簡単だよ。取り出して持ってこう構えてだな……」
「そ、そんな事! で、出来ません……」
「何を今更。……いつも触ったり、くわえたりして……わー!!」
「それ以上言ったら殴ります!!」
「もう殴っているじゃないか! だから止めたまえ! 君の体が傷つく!」
「この際少しくらいかまいません!!」
「ダメ! 絶対ダメ!!」
ひらりひらりとリザの体でロイは軽々とリザの攻撃をかわす。

――その間にいつの間にか尿意を忘れたリザであった。



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by netzeth | 2013-10-25 00:37 | Comments(0)