うめ屋


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by netzeth
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貧乏リザちゃん物語(前編)

生家は知らないが、少なくともロイの育った家は特に裕福ではなかった。だが、かといって別に生活に困窮していた訳でもない。
親を亡くした自分を引き取ってくれた叔母の家は商売をしていた。所謂夜の商売というやつだ。まだ幼かったロイには知りようもない事だったけれど、客の入りは上々でそれなりに繁盛していたらしい。それでも、世間一般の二親が揃った家庭に比べれば、質素な生活をしていたと思う。叔母も店に出るために着飾る金は惜しまなかったが、普段は倹約家でありしめる部分はしっかりとしめる人だった。
しかし、そんな叔母にも一つだけ金に糸目をつけない事柄があった。他でもないロイの教育に関してである。
ロイが錬金術の勉強をしたいと願った時などは、どこから捻出したのか謎な大金を出してきて、これで好きなだけ本を買いなと渡してくれたりした。その後、近所に住む錬金術師の私塾に通う事になった時も同じように大金を持ち出して来た。
成長した今でも、ロイには実家の資金繰りは謎のままである。
ともかく、こういった環境で育ったロイであるからお金が無い食べるものが無い――という状況には慣れっこだった。基本的に叔母――クリスは教育以外の事ではロイを甘やかさなかったのだ。働かざるもの食うべからず。夜にちょっと小腹が空いた時でも、ロイが食べ物にありつくためには店の手伝いなどをしなければならなかった。仕事の対価としての報酬である。既に錬金術を嗜んでいたロイは、等価交換の理念に乗っ取ればそれは当然であると受け止めていた。
しかし。
ロイが錬金術の弟子入りをしたホークアイ家。その家はロイの常識を覆す、ド貧乏な家だった。
無口で見た目はどう見ても幽鬼のたぐいだが師匠はロイに優しく錬金術の手解きをしてくれたし、その娘である可愛い少女はロイの面倒をよく見てくれた。それには感謝している。だが、いかにしてもホークアイ家の貧乏具合はそれらの美点を覆い隠してしまうものだった。
ロイは最初の晩ご飯時に、具のないスープを出された。最初は濁りのないコンソメスープかと思われたそれは、どっこい濁りどころか、なんの出汁もとられていなかった。ただのお湯に塩味が付いたものだったのだ。原料は調味料と水である。
最初にそれを口にしたとき、ロイは少女――リザが料理に失敗したのか間違えて調理前のものを出してしまったかと思った。しかし、ロイはすぐにそれを口にしなくて良かったと心底思う事になる。
「……ごめんなさい。マスタングさんに頂いたお月謝、光熱費の支払いにみんな使ってしまったの。明日はもう少しマシなお料理を用意出来ると思うから……」
そんな風に金髪の愛らしい少女に申し訳なさげに言われたら、ロイは男としてそれ以上は何も言えなかった。見れば、ホークアイ師匠は無表情で塩スープを啜っている。これがホークアイ家の食卓の常態であることは明らかだった。
その日からロイは錬金術の勉強に平行して、いかに食料を手に入れるかを常に考えるようになっていた。そうは言ってもまだ親のすねをカジっている年齢であるから、ロイに出来る事は少ない。叔母からの援助は月謝だけと決めていたので頼れないし、自分で何とかするしかないのだ。
お金持ちの家の池に飼われていた綺麗な色と模様の魚を見て、「美味しそう…」と涎をたらし、学校で飼育しているウサギが丸々と太っていく様を嬉しそうに語るホークアイ家の娘――リザを見る度に、ロイの食料確保への決意は更に深まっていった。
早く何とかしてやらないといけない。
可愛い少女が愛玩用の動物を美味しそう…などと言ってはいけないのだ。
そうやってロイが考えた末に出した結論は、自分の特技で何とかしよう。というものだった。
その日もロイは駅からホークアイ家への道を歩きながら、何か錬金術で出来る事はないかと目を光らせていた。これまでも何度か錬金術で物品などを修理したりして、報酬を貰う事に成功している。子供故に仕事として請け負う事は出来ないが、錬金術をちょっとしたお手伝い感覚で使わせて貰っているのだ。そうして貰った野菜やパンといった食料は、今や立派なホークアイ家の家計の足しになっていた。
そしてその日ロイは、ちょうど八百屋の野菜を乗せている棚が壊れて店主が困っている所に遭遇した。もちろん、得意の錬金術で治してやる。
師匠からはまだまだ未熟だと怒られっぱなしだが、物体修復に関してだけは腕が上がっていると自負していた。
ロイが貰ったお礼は段ボール箱いっぱいのリンゴだった。
ロイはそれを抱えて、ホークアイ家へと急いだ。リンゴはつやつやと赤い大玉のものが沢山。リザの喜ぶ顔が目に浮かぶようだった。これで、リザにアップルパイでも作って貰おう。
やがてホークアイ邸にたどり着く、と一目散にロイはリザの居るキッチンへと向かった。
「まあ!」
山ほどリンゴを抱えたロイを見て、リザは最初驚きの声を上げた。しかし、次の瞬間その瞳を輝かせる。
「マスタングさん! どうしたんですか、これ……」
「ああ、リザ! 町の八百屋さんで貰ったのさ! ちょっとしたお手伝いをしたお礼にね!」
嬉しそうな少女を見て、ロイも誇らしげに段ボール箱をリザの目の前に差し出した。
「すごいです! こんな立派な……段ボール箱!!」
「は?」
がくん、とロイの顎が落ちた。ぽかん、と大口を開けてリザを凝視する。彼女はロイの手から段ボール箱を受け取ると、キッチンに置いてあった大きな籠の中にさっさと中身のリンゴを移してしまった。そして、中身が空になった段ボール箱を胸に抱えもって、本当に嬉しそうにくるくると回った。
「すごいわ! こんなに素敵な段ボール箱が手に入るなんて…!」
「え…リザ?」
や、自分が見て欲しかったのはリンゴである。段ボール箱じゃない。
しかし、リザはロイの持ってきたリンゴの段ボール箱をまるで宝物を見るような目つきで見ている。
「え、だって…リザ…それ、ただの段ボール箱じゃ……」
「ただの段ボール箱だなんて、とんでもないです! リンゴを入れるためのものだから、とっても頑丈です! ほら、こんなに分厚い、それに、リンゴを入れてあったから、とっても良い匂いします! これさえあれば、もう寒くありません!」
「リ、リザ……君、まさか、それ……」
「知ってますか? マスタングさん。段ボール箱って暖かいんですよ! 眠る時に上から被せれば、これからの季節に重宝します!」
「う、うん……」
せめて寝るときは毛布を被ってくれ。
と思ったが、喜ぶリザに水を差すのは戸惑われてロイは曖昧に頷いた。
「あ、リンゴ、今夜のデザートに剥きますね。私、皮をうすーく剥くの得意なんです! あ、もちろん皮も捨てませんよ? アップルティを入れるのに使うんです!」
「うん…知ってる……」
ついでにその紅茶の茶葉は、出涸らしに鞭を打ってもう出ない…勘弁してくれ……と懇願されそうなくらいに煎じているもう何番煎じ分からない代物なのも知っている。
「今夜のお夕飯は豪華ですよ!」
「う、うん……」

はりきるリザを眺めながら、ロイは早く何とかしなければリザの将来が心配だ…という焦りにも似た衝動を覚えたのだった。


その夜。夕食を終えて紅茶というより色付きのお湯と表現した方が良い代物を飲み干すと、ロイは意を決してホークアイ師匠の部屋を訪ねた。
リザは上機嫌に残ったリンゴの種と芯の使い道についてあれこれ考えている。どうやら彼女はどん欲にリンゴを貪り尽くす気らしい。
節約は素晴らしい精神だと思う。人として正しい生き方である。だがしかし、彼女のそれは少々やり過ぎな気がする。リザの年頃の少女が夢中になるにはもう少し別の、相応しいものがある気がするのだ。
「師匠!」
そんな義憤めいた思いを胸にロイはリザの父親である男に直談判に来た。彼は弟子が鼻息荒くやってきたのを特に感情を見せずに出迎える。
「なんだ、ロイ」
「リザにもう少しマシな寝具を用意してあげて下さい! あれでは可哀想です。俺が持ってきた段ボール箱なんか喜んで使う気満々なんですよ!? 師匠ほどの方なら、錬金術でいくらでも錬成してあげられるのではないのですか?」
一気に言いたい事を言い終えると、ロイは師匠の顔色を窺った。勢いに任せて少し言い過ぎたかとも思ったが、ホークアイはやっぱり特に表情を変えなかった。
「……ロイ」
「はい」
ホークアイはゆっくりと厳かにのたまう。
「錬金術は魔法ではない。この世の法則には逆らえぬ万能ならざる人の技だ。一の物からは一を。十の物からは十しか作り出せぬ。無から有は生まれないのだ……」
「……師匠。一瞬誤魔化されそうになりましたが…難しい事言っても、単にお金が無いから錬成材料が用意出来ないだけですよね?」
「その通りだ、ロイ」
重々しくホークアイは頷く。
「よくぞその真理に気づいたな。流石、我が弟子だ」
「や、誰でも分かりますから」
金欠を認めるだけなのに、無駄に重厚感を醸し出すホークアイにロイは半眼で突っ込んだ。この親にして娘あり、だ。外見はちっとも似ていないが、天然ぶりはそっくりだ。
「とにかく材料さえあれば、俺でも錬成してあげられますよね…。んー何かその辺にあるもので何とか出来ないかなー?」
ロイにだって布団の材料を用意する金など無いから、ホークアイ師匠だけを責める事は出来ない。ロイは腕を組むと何か良い方策は無いものかと思案する。するとおもむろにホークアイは自身の本棚から大きめの紙束を取り出して来た。それをロイの目の前で広げてみせる。
「師匠、それは?」
「この辺りの地図だ」
「地図?」
見れば確かに、この辺一帯の地形が描かれた古い地図のようだ。
「……我が家がここ。ここから南の林を抜けた所に池がある」
「はあ」
ホークアイの言わんとする事がいまいち見えず、ロイはとりあえず相づちを打った。それには構わずに、彼は話を進める。
「この池は水鳥の生息地でな、様々な種の水鳥が餌場にしている」
「へえ……」
「特に今の時期はたくさんの鳥の姿を見る事が出来るだろう」
「はい」
未だにピンと来ていない様子のロイの顔をちらりと見て。ホークアイは切り出した。
「……水鳥の羽はダウンと呼ばれて、高級寝具の材料となる」
「ああ!」
ぽんっとそこでロイは手を打った。
「俺にその水鳥を捕獲して来いって事ですね!」
「その通りだ」
「や、その通りって。でも師匠、どうやって捕まえるんです?」
「それは自分で考えろ。これも修行の内だ」
話は終わりだとホークアイは地図を巻き取ると、ロイに背を向けた。


というようなやりとりがあって。
ロイは次の日、早速教えられた池へとやってきていた。
捕獲する方法は彼なりにいろいろ考えたのだが、とりあえずどんな鳥が何羽くらいいるのか? など状況を把握してからの方が手っ取り早いと思ったのだ。
池は思ったよりも大きく、池というよりは小さな湖と言った様子だった。あまり拓かれた場所ではなく池の周囲には鬱蒼とした草木が生い茂っていた。手書きで何事か書かれた立て札をそのほとりで発見したが擦り切れており、なんと書かれているのか分からない。おそらく、この池の名前か何かだろうとロイはアタリをつけた。
「さて、どうやって捕まえるかなあ……」
師匠はもっともらしく修行だなどと言ってはいたが、修行は修行でも、絶対にこれは錬金術の修行ではない気がする。強いて言うならば、サバイバルの修行だ。
鳥を捕まえるならば猟銃を使うのが良いと思うのだがロイは銃などもっていないし、例え持っていても使う事も出来ない。本で調べた限りでは網を使った罠を仕掛けるのが一番有効そうだ。しかし、目視した限りでは水鳥の数は3桁は居る。あれを相手にするとなると、一部を狙ったとしても一体どれだけ大きな網が必要になるのか。想像しただけで大変そうだ。
それに、水鳥の種類もたくさんいてどれを捕まえれば一番良い羽毛が取れるのかも分からない。リザに寝具を作ってやるなら、どうせならとても暖かい上質なものを作ってあげたい。
「とりあえず一匹捕まえて羽を持ち帰ってみよう」
丸腰では無謀かもしれなかったがあれだけ居るのだから一匹くらい何とかなるだろう。そんな安易な思考の元、ロイは池に近づいて行った。
水鳥達が居るのは、池の岸から一メートルも離れてはいない浅瀬だ。そこに群れるように固まっている。そっと近づいて飛びかかるのがいい。
そうやってそろそろと息を殺し、足音を忍ばせて後少し…という距離にまで来た瞬間。
ターンっ! という鋭い音が水面を震わせた。当然音に驚いた鳥達が一斉に飛び立とうとする。
「あ、ま、待て!」
逃がしてはなるものか、とロイは水鳥の群れの中に飛び込んだ。
「う、うわっ! このっ!」
ガアガア鳴きながら逃げる鳥を、ロイは何とか捕まえようと奮戦する。しかし、羽をばたつかせる彼らは巧みにその手をすり抜けた。
その時だ。
「バウっ!」
「うわっぷ」
突然何か毛むくじゃらな物にロイは飛びかかられてその場に尻餅をついた。ばちゃんと池の中に入ってしまって、下半身が濡れる。
「バウッ。ワウウっ!!」
「な、なんだ? なんだ?」
入り乱れる鳥達と、飛びかかってくる……犬。茶色い犬だ。それらにもみくちゃにされて、さらに水の中で足が取られて立ち上がる事が出来ず、ロイは混乱する。さっきから視界がその犬に遮られており状況が把握出来なかった。
「と、鳥を……!」
「こら、ケビン! ちゃんと捕まえたのか?」
その瞬間、犬がぴたりとロイに飛びかかるのを止めた。その茶色い体を押しのけるようにしてロイが立ち上がると、何人かの男達と目があった。彼らは池のほとりで、驚いたようにロイを見ている。
「……坊主、こんな所で何をしてるんだ?」
彼らが驚くのも無理もないだろう。水鳥の群れの中でもみくちゃのびしょぬれになっている少年が居たのでは。
「危ないだろう。ここは狩猟地だと立て看板が無かったか?」
「あ……」
そこで、ようやくロイは朧気ながら状況を理解した。まずロイに飛び掛かってきたのは、彼らの犬だ。それも、おそらく猟犬だろう。そして男達の風体を見るに、彼らは地元の猟師だ。
「あの…その人、私の知り合いです!」
猟師達の奇妙な物を見る視線に曝されて困ったロイが何と言おうか考えていた時、よく知っている声がした。
「リザ!」
思った通り、何故かリザが男達の後ろから姿を現した。彼女は肩に猟銃を担ぎ驚きの視線をロイに向けている。
「マスタングさん…! どうしたんですか? こんな場所で……そんなにずぶ濡れになって……」
「ん、まあ、これはいろいろ事情があってさ……、それよりも、リザの方こそその格好は?」
少女には不釣り合いな猟銃を持って、何故地元の猟師達とこんな場所に居るのか。ロイの方こそその事情を知りたかった。
「あ…これは……」
途端に恥ずかしそうに俯いたリザに変わって答えたのは猟師達だった。
「リザちゃんはうちの猟友会のメンバーなのさ!」
「今だって見事に一匹しとめたんだぞ!」
「リザちゃんは筋が良いんだ」
口々に男達は笑って、リザの頭を撫でている。猟友会? と思わずロイはぽかんとしてしまった。
……これほど年頃の少女に似合わぬ単語が他にあるだろうか。
「ほら、見ろ! 坊主、リザちゃんの獲物さ」
いつの間にかロイにじゃれついて来た茶色の犬が、水鳥を一匹くわえていた。
「一撃でしとめたんだぞ? この歳でここまで出来る子はなかなか居ないよ」
「本当に。リザちゃん、将来はここで猟師をやるといいよ」
そうやって豪快に笑う男達に、リザもまんざらでも無さそうに顔を赤らめている。リザが一発でしとめたという獲物からは血が滴って地面を濡らしていた。肩にはゴツい猟銃に、周りはおっさんだらけ。
そしてリザは、誇らしげに犬から獲物を受け取ると、血の滴るそれを掲げて。
「見てください! マスタングさん! 今夜はチキンパーティです!!」
ロイはただただ、唖然とそれを眺めていた。
――違う。絶対に何か違う。年頃の少女は血塗れの鳥を手にしてそんな満面の笑みを浮かべたりしない。ついでに涎も垂らさない。
しかし。それは今まで見たリザの笑顔の中で一番に輝いた笑顔であったのだった。




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後編へ続く
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by netzeth | 2013-11-25 22:18 | Comments(0)