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うめ屋


ロイアイメインのテキストサイト 
by netzeth

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渇きにオアシス


「暑いな……」
あの砂漠のイシュヴァールの地に比べれば何という事も無いはずだったが、やはり真夏の演習は辛いものがある。
滴り落ちる汗を拭って、ロイは空を見上げた。太陽は中天を過ぎた辺り。これからがちょうど午後の一番暑い時間帯だろう。
演習場をフルに使っての軍事演習。南のジャングルめいた地形を模したそこは、気候まで似るのか酷く湿気がある。
指揮官用本部テントの日陰の中に居るというのに、だらだらと流れ落ちる汗をロイは止める事が出来なかった。
絶え間なく喉が乾いて、その度にロイは傍らにある軍用の水筒をあおった。
暑い地域では水分補給は重要である。もちろん演習を行う兵達にも十分な数の水を持たせていた。
それでも次から次へと飲んで行けば、いつかは水が尽きるのも道理な話で。
「遂に切れたか……」
ロイの水筒からは逆さまにしても、もう一滴の水も落ちては来なかった。
「俺のを飲みますか?」
ロイの呟きを耳にしたのだろう。ちょうど本部テントに来ていたブレダが声をかけてくる。
「いや、いい」
せっかくの好意だが、我慢出来ない訳ではなかったのでロイは断った。自分は日陰のテントの中で指揮をとっているだけだ。炎天下で演習を行っている兵達に比べれば、どうという事もないだろう。
「お前はこれからこの暑い中にまた出て行くんだろう。水は必須だ、大事にとっておけ」
「あの、でしたら……」
すると、それまでの会話を聞いていたらしいリザが遠慮がちに口を挟んできた。
「大佐、私のをどうぞ」
蓋を開けてリザがロイに水筒を差し出して来る。
「私も本部テントにずっと居ますし、それほど喉は乾いておりませんから」
しかも、ロイが気を使わぬようにと言い添えてきた。
もちろんロイはリザの分も断る気でいた。喉が乾いたくらいで部下達にいたわられる、軟弱な司令官では在りたくない。
しかし。
続いたリザの言葉にロイの脳内は180度意見を翻した。
「私の飲みかけで申し訳ありませんが……」
いや、むしろ。願ったり叶ったりだ!
……という快哉の声は己が内にだけになんとか留めて。
「飲もう」
ロイは正直に欲望を口にした。無論、水を飲みたいというものでは無い。
そして涼しい顔でロイはリザの水筒に口を付ける。
自分に突き刺さる、ブレダの呆れを通り越した、生ぬるい視線だけが痛かった。



だだ漏れ


仕事の合間のほんのちょっとした休息時間。気の置けない仲間達が雑談に興じているのは東方司令部の日常風景だ。
「好きな色は?って聞かれたからさ、俺正直に答えたんだよ。空の青が好きだって。そしたらさあ…彼女が悲しそうな顔でマフラーを出してきたんだよ。真っ赤なやつ。しかも手編みだなあれは。それで、『ジャンは明るいイメージだからきっと明るい色が好きだと思ったのに』って言うからさー、いやいやいや赤も大好きだよって慌ててフォローしたんだよ。でも、彼女自分に気を使わなくて良いのにって、その後お互いに気まずくなってさあ……俺、どうすれば良かったんだよ? 彼女が赤をチョイスしたって知ってたらもちろん、赤が好きだって答えたさ。だけどさ、そんなん超能力者じゃないと分かんねえよなあ」
そして金髪の男――ジャン・ハボック少尉が恋愛事の愚痴を言っているのも日常風景である。
「もっと他に言いようがあったんじゃねえか? 相手の意図くらい予測しろよ」
「でも、僕もその状況に置かれたらきっと自分の好きな色を正直に答えてしまうと思います。フォローも上手く出来ないだろうし……少尉は悪く無いですよー」
ハボックの愚痴に付き合って、ブレダやフュリーといった面々が意見を述べている。彼らにとってもハボックの恋愛話は話の種としてお馴染みであるようだ。
「おい、相手のお嬢さんはブルーアイか?」
その時唐突に口を挟んだのは彼らの上官である。傍らで聞いていたが話には加わっていなかった彼――ロイだが、何か思う所があったらしい。
「そうッスけど」
「ならば、そもそも青が好きだと言う時に、君の瞳の色だから青が好きだと言えば良かったんだ」
「なるほど! それなら彼女悪い気はしませんよね。用意したマフラーの色と違ってもがっかりしないかも」
ポンとフュリーが感心したように手を打つ。それに頷いてロイは更に続ける。
「赤も好きだとフォローした時も、彼女にちなんで好きだと言えば良かったんだ。君の可憐な唇と同じだから赤も好きだとな。それならば説得力もあるしお前が気を使った訳ではないと彼女は信じただろうよ」
「さすがですね、大佐……」
ロイの意見にその場に居た一同は感心する。女性を良い気分にさせ、かつその場を切り抜ける事の出来る機転の利いた答えだ。
伊達にプレイボーイを名乗って無いよな……とハボックはいたく感心した。
「何のお話をされているんです?」
男達の雑談に涼しげな声が投げ込まれたのはその時だ。
彼らは一斉に振り返る。背後にはいつの間に近づいて来たのかお茶を乗せたトレイを持つリザの姿があった。
「ずいぶんと盛り上がっている様ですが」
ロイやハボック達のデスクにカップを置きながらリザが尋ねてくる。
「あー…いや、その…大した事ではないんだ…そのっ、色っ、好きな色の話だ。なあ、ハボック?」
女性に造詣が深い自分をリザには極力見せたくないのか、ロイが必死に話題を変えた。
あながち違ってもいないのでハボックは素直に頷いてやる。(まあ余計な事を言ったらどうなるか分かっているんだろうなというロイの視線に突き刺されたからでもあるが)
「そ、そうッス。何色が好き?って言う話ですよ。俺は青で……」
「私は金だ。もちろん、君の美しい髪色だか…」
「そうですか。やはりお金は大事ですよね」
ハボックに垂れた説教を早速有言実行しようとしたロイだったが、リザは彼の言葉を最期まで聞いていなかった。彼女の中では、金色=お金=大事という図式が身に染み込んでいるようで、しきりにうんうんと頷いている。
情けない顔をしているロイには気づいていないようだ。ハボック達が笑いを堪えていると、ギロリとロイに睨まれる。
慌てて場の空気を変えようと、今度はフュリーがリザに話を振った。
「ちなみに中尉は何色が好きなんですか?」
「私? そうね、黒かしら?」
「へ~どうして黒が好きなんです?」
「え? だって大佐の髪と瞳の色だから。何にも染まらない良い色ね、黒って」
……大佐の中尉好きは普段から全開だだ漏れだが、中尉も大概だだ漏れだ…とハボックは頭を抱えた。
自覚無しにプレイボーイであるロイを翻弄するのだから彼女はたちが悪過ぎる。
顔を赤くして固まる案外純情なロイと、自分の発言の意味に気づいていないリザを眺めながら、ハボック達部下一同は顔を見合わせて苦笑いするのだった。



妹的存在


「なあハボック。もしも妹のように可愛がっていた幼なじみの年下の女の子がセクシーボインな美女に成長したらお前はどうする?」
「大佐がそんな愚問をおっしゃるとは俺、驚きです。そんなん決まってるじゃないッスか。速攻告白して付き合います。常識ッスよ」
「お前の常識とやらがどうなっているのか少々心配になるが……やはり、そういうものか?」
「ええ。但し、これは相手の子に対して自分が憧れの対象であった事が絶対条件です。幼い女の子はちょっと年上のお兄ちゃん☆みたいな男に好意を持つもんなんですよ。父親とはまた違う異性としてですね」
「ヤケに詳しいなお前……」
「や、うちの姉貴がちょうどそんな感じで。近所のにーちゃんが好きだったんスよ。でも相手のにーちゃんは今思い返してみるとイケメンでも無い冴えない感じの男でしたけど。つまり、幼き日の憧れってやつは対象が美化されるんス! あばたもえくぼ、狙い目です」
「なるほど…」

「という訳らしいが。君にとって私は憧れのお兄さんだったかい?」
「どうしてとっくに手を出した相手にそれをきくんですか……」
「や、手を出されて抵抗しなかったのはやっぱり憧れのお兄さん相手だったからかなあと」
「違いますよ」
「え? 違うのか?」
「何で意外そうなんですか。自信満々ですか?……私はあなたを兄と思った事も妹のように可愛がられたいと思った事もありません。……むしろ嫌でした」
「嫌だったのか…それは残念だな。私は兄弟が居なかったから、君が可愛くて可愛くて仕方なかったんだがなあ……ちなみに何故嫌だったんだ?」
「最初から嫌だった訳じゃないんですよ。ただ……」
「ただ?」
「兄妹では結婚出来ないと聞いたので。それから嫌になりました」
「…君、時々無意識無防備に可愛くなるよなあ……」




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by netzeth | 2013-12-24 23:17