うめ屋


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by netzeth
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2014新年SS

深夜0時をとっくに回った時刻でも、新年を迎えた街は明るく騒がしかった。凍える夜の闇の中に各家の灯りがともっている。あちこちから歓声が聞こえるのは浮かれた若者達が飲んで騒いでいるためだろうか。ニューイヤーを祝うシティの人々の活気を感じ取って、ロイは我知らず笑みを浮かべた。
東方司令部でも例に漏れずニューイヤーパーティーが軍の有志を集めて開かれていた。ロイも一応責任者として参加し、今し方まで飲んで騒いで来たところだ。実はそれほど強くない酒も浴びるほどに飲まされて、酔っている自覚がある。
「大佐…? 大丈夫ですか?」
ロイが足を止めていたのを、その酔いのせいで足が動かないのだと誤解したのか、己の副官が声をかけてきた。彼女――リザはロイの傍らにつき従うように寄り添って歩いている。常になく近いその距離はロイの心を浮き立たせるのに十分だったが、彼は理解していた。これはただ、酔っている自分を気遣っているだけなのだと。
勘違いしてはいけない、と己に言い聞かせても香ってくる女の匂いがロイを更に酔わせる。アルコールとはまた違った酩酊感にロイは浸っていた。
「ああ。平気だ」
本当は全然平気ではないが。君のせいで。
そんな風に言葉を続けたくなってしまうのは、ロイが心底酔っぱらっており、そしてニューイヤーの浮かれた空気に毒されているからだろうか。
明日は新年を祝うパーティーに出席せねばならないので、朝まで騒ぐという部下達の魔の手から逃れて無理矢理帰宅したというのに。
――自分はまだ危険なほどに浮かれている――。
それは先ほどからぐるぐると脳裏を回っている計画が物語っている。
もう少し歩けばロイとリザとの自宅への分かれ道へとさしかかる。そこで、彼女と別れて帰宅するのが二人の間の暗黙の了解だ。ロイを重度の酔っぱらいだと思っているリザは自分を送りたいと思っているかもしれないが、しかし、ルール違反は犯さないだろう。それは今までどんな事があっても破られた事のないルールなのだから。
(いや……)
と、ロイは心中で訂正した。
ルール違反を犯したいと思っているのは、ロイ自身だ。彼はこの新年の夜、リザを自宅に誘いたいと考えていた。そのためにはどうしたら良いか、必死に頭の中で策謀を巡らせていた。どうしたら彼女は、今夜自分の元に来てくれるだろう。
「なあ、中尉……」
「はい、大佐」
分かれ道までもう少し。その場所を視界に捉えた所でロイは切り出した。
「私の部屋に寄っていかない…か?……ぜひ、君にごちそうしたいものがあるんだ」
「え?」
一瞬その場に立ち尽くしたリザは、大きな瞳を見開いてロイを見上げる。その瞳に宿る光は驚きか、戸惑いか、それとも、嫌悪感か。それを確認するのが怖くて、ロイは彼女の顔を見ないようにしながら口早に説明した。
「……珍しい物を手に入れたんだ。東の島国で飲まれているもので……甘酒というのだが…」
「甘酒?……お酒なのですか?」
まだ飲むのか? と、責められている気分になって慌ててロイは言葉を付け足した。
「酒…という名前が付いているが、ほとんどアルコールは入っていないよ。東では子供も飲む飲み物だと聞いた。体が温まるとも」
実はこれは、中央のマース・ヒューズから送られてきた缶入り飲料だ。珍しいものが手に入ったと彼が送ってきたのは、アメストリスでは馴染みの無い甘味飲料である。
「どう…だろうか」
そんな親友からの贈り物までダシにしてまで、意中の女を部屋に招こうとするとはなんて姑息なのだろうかと、内心でロイは自分を嘲る。それでも、彼女を求める己をロイは止められなかった。新年の何かが解放されたような空気感が自分をそうさせるのだろうか。
「そう…ですね……」
躊躇いがちに相づちを打った彼女に、ロイは息を呑む。いきなり男の部屋に来いと言うのは性急過ぎただろうかと後悔が胸に迫った。
「ハヤテ号が待っていますので……」
返答はお決まりの断り文句だ。彼女の可愛い小さな家族を理由に上げられればロイは食い下がる事も出来ない。ロイは小さくは無い落胆で肩を落としそうになり…しかし、続けられたリザの言葉に息を吹き返した。
「その甘酒……私の部屋にお持ちいただけないでしょうか?」
ぜひ、頂いてみたいです。
ほんのりと頬が赤い彼女の顔をバカみたいに口を開けて眺めながら、ロイは言葉が一瞬出て来なかった。ただ、自分の計画が180度急展開してもなお結果オーライで大成功している事が信じられない。
「あの…大佐…? やはり、ご迷惑ですか?」
黙ったままのロイに不安そうなリザの声がかかる。それに、勢いよく首を振って、
「そ、そんな事はない。大丈夫だ。甘酒は速やかに持ち運べる。問題ない」
ロイは年の始めからこれほど良い事続きで、この先残りの日々は大丈夫なのだろうか……? と明後日な心配をしていたのだった。



「散らかってますが……」
そう言われて通された部屋はちっとも散らかっていなかった。これが散らかっているというのならば自分の部屋はゴミ収集場である……と埒も無い事に思考を飛ばして、ロイはリザに続いて彼女の部屋に足を踏み入れた。シンプルで無駄な物が置いていない小綺麗な部屋だ。しかし、置いてあるファブリックは可愛らしい色使いの物で、そこに女性らしさを感じる。
自分が侵してしまって良い領域なのだろうか。
そんな馬鹿な考えに陥ってしまうのは、ロイの酔いが完全に醒めかけているからだろう。彼女の気配と芳香に満ちた部屋に座っているだけで、何とも言えないそわそわドキドキした妙な気分になってくる。ソファーに尻を乗っけているだけでも、何ともイケナイ事をしている気になってしまうのだ。完全に変態の思考回路だが、これが下心を持つ男というものなのだろう。
しかし、下心が透けて見えてしまうのだけは何とか避けねばなるまい。とロイは気を引き締める。性急に事を運び過ぎて、彼女に嫌われるのだけは勘弁願いたい。
もちろん、こんな深夜に男を部屋に入れるのだから、リザだってそれなりの心づもりがあるのだとロイも思いたいが。だが、事がそう都合良く運ぶはずがない。いくら新年だからと言って、そんな良いことづくめなはずがないのだ。何と言っても、相手はあのリザ・ホークアイだ。いつもロイに厳しい鬼副官の彼女。そうそう簡単に己の想いが成就すると考えるほどロイはおめでたくない。
ロイはちらりと視線をキッチンへと走らせた。彼が持参した甘酒を暖めてきますと持って行ったリザ。
……彼女は本当に甘酒に興味があって自分を部屋に入れたのだろうか。
彼女の意図がさっぱり読めない。
普通の女性相手ならばもちろん、その裏に隠された期待を読みとって実行に移すのだが(そしてそれが男の甲斐性というものだが)。それがリザに適用出来るかと言えば首を捻る所だ。きっと彼女の事だから、本当に甘酒を楽しみたいという気持ちでロイを招いたのだろう。
そう結論づけて、ロイは妙な期待をするのは止めた。そうして、心を落ち着けて、甘酒を飲んだら速やかに帰る心の準備をする。下手に未練を残しては、自分にもリザにも禍根を残すだけだ。ここはさわやかに帰宅、だ。
「く~~ん?」
そう己に言い聞かせて居たところで、足下に温もりを感じた。見れば彼女の大事な家族の黒い毛玉がすり寄って来るところだった。リビングの寝床で眠っていたはずであったが、リザ達の帰宅を察知して起きて来たようだ。
「おお、ハヤテ号。新年おめでとう。ご主人をお迎えか? 偉いな」
「くん!」
抱き上げて膝の上に乗せ、頭を撫でてやると鼻を鳴らして甘えてくる。その様子が微笑ましく、ロイはぐりぐりと一層強く頭を撫でてやった。
「きゅん、きゅうん」
嬉しそうにロイを見上げて鳴く、子犬。
「ん? なんだ、これは」
すると、ロイはハヤテ号が何かを口にくわえている事に気がついた。さっきから、吠えずに鼻だけ鳴らしていたのはこれを大事にくわえ込んでいたからのようだ。
「ちょっと貸してみろ。一体何を……?」
「こらっ、ハヤテ号」
その瞬間リビングにリザの厳しい声が響いた。ロイの膝の上で子犬がびくっと震えて、慌てて床に降りる。そして、きちんとお座りをした。彼女を見ると甘酒の入ったカップをトレイに乗せたまま、視線でハヤテ号を叱っている。
「おいおいどうしたんだ、中尉。こいつは君を出迎えに起きて来たんだぞ? いきなり叱る事はないだろう」
「すみません…でもしっかり躾ておきませんと……」
そうロイに言い置いて、リザはハヤテ号に言い含めるように言う。
「だめよ、ハヤテ号? また棚の小物入れをひっくり返したでしょう? 以前同じ棚に貴方の玩具を置いていたからでしょうけど……触ってはダメと言ったでしょう?」
どうやらわんぱくな子犬が主人の留守中に粗相をしていたようだった。優しいが躾には厳しいリザはそれで黒犬を叱っているらしい。
「く~~ん…」
「遊んであげられなくて、寂しいのは分かるけど…いけないのよ?」
しょぼんとした子犬に若干口調を緩めつつ、リザが言う。それをまるで母親のようだな…と眺めながら、ロイは苦笑した。
「分かった? じゃあ、もうしないわね?」
「きゃん!」
反省したらしい子犬は主人に元気よく了解の意を伝えると、大人しくまた寝床に戻っていく。それを優しい瞳で見送りながら、リザはテーブルの上に甘酒を置いた。
「すみません、とんだ所をお見せして…。せっかくの甘酒が冷めてしまいますね」
ほわん、と甘ったるい香りがロイの鼻を擽った。ほんのりアルコールが含まれているそれと、ロイの隣に腰掛けてくるリザ。酔いがぶり返しそうになる。
「あ、ああ……」
またも近すぎる彼女との距離を意識したくなくて、ロイは手に持っていたものに意識を移す事にする。それは、先ほどハヤテ号がくわえていたものだ。
「ところでこんな物をハヤテがくわえていたんだ……が…」
「はい?」
つまみ上げたそれをロイは視線の高さまで掲げた。リザもそれに目を向けている。電灯の明かりの下、二人がそれを認識した瞬間。
「「なっ!」」
綺麗に二人の声が重なった。
ロイの手の中にあったのは、――パッケージングされた避妊具。……コンドームであった。
「ち、ちがっ……そのっ、やだ、これは…そうじゃな…レベッカにもら…そのっっ、違う! 違いますから! もしもの時に備えていた訳じゃ…!」
「ああ、ううん? 違う、違うな、これは違うんだな? そうだ、違う、違うぞ! 私は、そんなつもり満々じゃ…! 下心なんて……!」
東方司令部を実質統括する上司部下コンビとは思えぬ取り乱しっぷりを披露して、ロイとリザは意味不明の言い訳を誰ともなく繰り返す。
新年早々、甘く甘くあつ~い甘酒のような夜がこれから二人に訪れるのかは、神のみぞ知る事であった。






END
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by netzeth | 2014-01-03 23:55 | Comments(0)