うめ屋


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「怖えぇ……あれじゃせっかく美人でも台無しだよな……」
「本当だぜ。女は可愛げが無かったらお終いだよなー」
「きっとあの性格で男に相手にされなくて欲求不満なんじゃねーの?」

今年もまたこの時期が来たのね。
新兵達が自分を遠巻きにしてひそひそと小声で話しているのを耳にして、リザはそんな感想持った。もちろん誰の事を指して言っている陰口なのか気づいていたが、そんなものには何の感慨も抱かない。厳しく新兵達を躾過ぎて反感を持たれるなんて事は、軍人をやっているならば当たり前のこと。むしろ甘く見られるより恐れられた方が何倍もマシである。
士官学校を卒業した新兵達が配属されるこの時期。まだまだ尻に卵の殻をつけたひよっこの彼らは、慣れぬ環境に浮き足立っている。そんな彼らに軍人として厳しい指導をするのも、先輩軍人として当然の務めであり、この時期の風物詩のようなものだ。
しかし。
強面の男性教官からならともかく、まだ年若いリザのような女性から激しい叱責を受ける事を良しとしない輩は多い。特に男の場合は女から叱られるというのが無駄にプライドを刺激するのか、このような陰湿な反発となって返ってくる事がままある。
もちろんしばらくすれば彼らも厳しさの裏にある先輩軍人の優しさを知り、叱るのは愛情だと気づいてくれる。そうやってこの季節行事とも言える軍人としての洗礼を乗り越えた者こそ、真の立派な軍人になれるというものだ。
ーーそれまでは、まあ仕方がないわね。
もちろんリザだって悪口を聞けば動じはしないが気分が良い訳はない。しかし、何を言っても今の彼らには焼け石に水だ。
ふうっと小さく嘆息しながら、リザは無表情を崩さずに平然と廊下を通り過ぎる。彼女に気圧されて、廊下の隅っこに溜まっていた新兵達のグループはそそくさとその場を逃げていった。
「やあ、中尉。不機嫌そうだね」
司令部内に似つかわしくない軽すぎる声がかかったのは、その時だった。視線の先にはリザの上司が壁によりかかるように腕組みして立っている。暇そうなその様子に、リザの眉間のシワが寄った。
「……大佐。こんな所で何をしておいでで?」
「休憩」
簡潔に答えた男のその様子に、リザは怒りを通り越して呆れた。
「休憩時間にはまだ早いと記憶しておりますが」
「いいだろう? 今日は朝から真面目に仕事をしていたんだから、少しくらい早めに取ったって」
真面目に仕事をするのは当たり前の事だ。それをまるで奇跡的出来事みたいに誇らしく得意げに言うのは止めて欲しい。思わずそうですね、と納得してしまいそうになるではないか。
「……そうですね」
けれどこれ以上相手をするのも疲れて、リザは追求の手を引っ込める事にした。仕事をしたという強みがロイにある以上何を言っても無駄だ。
「む、むろんっ、ただボケッと休憩をしていた訳ではないぞ?」
「へえ、ではこんな所で突っ立って何をしていたのです?」
明らかに不満そうな顔のリザに、まずいと思ったのかロイは言い訳するように言葉を継いできた。それを胡乱な眼差しで見つめつつ、彼の返答を待つ。
「……司令官として新兵達の様子を秘かに監督していた」
ロイの言葉にリザは一瞬だけ身を固くした。
まさかさっきの彼らの話を……聞いていた?
極力動揺を隠してロイの顔を伺う。彼の目は笑っていなかった。
「今年もずいぶんとけしからん奴が多いという事は把握出来たかな」
薄笑いを浮かべる彼の口元を眺めて、リザは焦りを感じた。そう、去年も一昨年も。大事な大事な部下の悪口を言った新兵達に、炎の洗礼を浴びせたのは他ならぬ彼だ。それをリザ以下マスタング組は、新兵達の心が折られる前に…と必死に止めた。しかし、その甲斐なく何人かはトラウマを負って、早々に東方司令部から異動して行ってしまったが。
――このままでは今年もいたいけな若者が彼の毒牙にかかってしまう。
「あ、あの…大佐っ」
自分はあんな陳腐な陰口などちっとも気にしていない。心に少しも刺さらぬ言葉など痛くもかゆくもないのだ。それよりも、未来の貴重な戦力になるかもしれない兵を失う方が痛手である。リザはそうロイに訴えかけ、自重を促そうとする。だが。
「まったく嘆かわしい事だ」
ロイが肩を竦めた。
例年通りならばすぐに必殺の発火布をはめ、彼らを締めに行こうとするのに。不穏な表情を消した今年のロイは、ただ苦笑するだけだった。
ひとまずの惨劇は避けられた、とリザはホッと胸をなで下ろしたが。しかし、即断速攻のロイが動かない事に不審を覚えてもいた。今年はどういう風の吹き回しだろうか、いつもならばリザの悪口を言った輩をその場で灰にしようとするくせに。彼の蛮行を防げたにも関わらず、今度はそんな事がリザは気にかかってしまった。そして、同時にリザはそんな自分に軽い嫌悪を覚える。まるで自分はロイが怒り動かない事に不満を持っているようだ――と。
彼女の困惑が伝わったのか、そこでロイがふっと笑った。
「意外そうな顔をしているな。私が彼らを燃やしに行かないのが不思議かね?」
心の内を読まれてリザは赤面した。まるで彼に咎められたような気がしたのだ。自分のために怒り激昂して発火布を使う彼を本当は嬉しく思っていたなんてなんて浅ましいのだろう。己を恥じて、リザは俯いた。
「いえ……そんな事は決して」
否定の言葉を口にしたが、しかしロイは笑みを深める様だった。やはり、リザの思いなど見透かされているのだろうか。
「――私は悟ったのだよ。君が悪く言われるのはやはり腹が立つけどな、それでも言わせておいた方が私には都合が良い、とね」
しかし、ロイが紡いだのは意外すぎる言葉だった。意味を計りかねて、リザは戸惑う。
「大佐それはどういう……?」
「ああ、秘密を守るのに都合が良いと言う意味だよ」
「秘密……?」
「そう、秘密。トップ・シークレット」
ロイの言葉に謎は深まるばかりで。思わず首を傾げたリザの腕を、不意にロイが引いた。油断していたリザは彼に引き寄せられるままにその腕の中に収まってしまう。職場の。しかも廊下の、誰が来るかも分からぬ場所での際どい体勢に、リザは激しく抵抗した。
「ちょっ、大佐! 突然何を……っ、こ、こんな所で……!」
じたばたとロイの腕の中でもがくが、そんなリザを押さえ込むように彼はぎゅっと抱きしめてくる。逞しい胸に顔を埋め、彼の匂いが鼻をくすぐればきゅんと胸が高鳴ってしまう。恥ずかしく、焦りながらも身体は正直に嬉しいと訴えてくる。
「ほ、本当に……っ、こ、困りますっ、ここでは……っ!」
「君は、いつも困るとは言うが、嫌とは言わない」
困るのはロイに懐柔されそうになる自分自身だ。嫌などと、言える訳がない。こんなにもこの場所は暖かくて安らぐのだから。
「もっ…だ、だめです……お願い…で、離して…くださ……」
「どんなに困っても、君は優しいから、私の手を振り払わない」
ふっと息を耳に吹きかけられて、全身から力が抜けた。泣きそうになって、ロイを見上げれば優しい瞳が見下ろしてくる。
「ほら、こんな君を誰にも知られる訳にはいかないからね?」
悪口など言わせておけばいい。カモフラージュにはちょうどいいだろう?
そう、嘯くと、ロイは口の端をつり上げてニヤリと笑った。
「君が本当は優しくてとっても可愛いなんて事は、私だけが知っていればいいんだ」




END
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by netzeth | 2014-01-24 23:40 | Comments(0)