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うめ屋


ロイアイメインのテキストサイト 
by netzeth

悪戯なキス

じーっと、じーっと顔を見つめられている気がする。

先ほどからずっと感じている視線に、私はたいそう落ち着かない気分だった。いくら私がいい男だからと言って、こんなにも熱い眼差しを受け続けるのはどうにもこそばゆい。その理由がはっきりしないのならば尚更である。これでは気になって仕事もはかどらない…と、私は握っていた万年筆を置くと決意を込めて立ち上がった。もちろん、その視線の主に何故そんなにも自分を見ているのか問いただすためである。
「あー…ホークアイ中尉?」
「え、あっ、は、はい?」
どこか上の空の返答。ぽけっとしてましたと言わんばかりのそれは非常に彼女らしくない。私は私に視線を送っていたその犯人に近づいて、その傍らに立つ。犯人を特定するのは容易い事だった。何故なら、この私の執務室には私と彼女――ホークアイ中尉しかいないのだから。
「……私の顔に何かついているのかね?」
今し方まで私に熱い視線を送っていた中尉は、途端にしまったという恥いった表情を見せた。どうやら彼女は私に気づかれずこっそりと見ていたつもりだったらしい。中尉は座っていた応接用のソファーの上で俯いてしまった。
「い、いえ、そういう訳ではありませんが……」
またも彼女らしくない歯切れの悪い言葉に、私は首を傾げつつ次の言葉を探す。中尉は間違いなく私を見ていた。それも、鷹の目の名に相応しい眼力を含んだ強い強い眼差しで。実を言うと私はこの視線を数日前から感じていた。今日までそれは「早く仕事をしろ」という意味合いだとばかり思っていたのだが、彼女のこの反応からして、どうやらそれは違っているらしい。
「では、どうして君は私の顔を見ていたんだ?…いい男だから見ほれていた?」
「ち、違います!」
本気半分冗談半分で言えば、中尉はばっと顔を上げて否定してくる。……そこはそんなに強く否定しなくていいんだけどな。
「私は……大佐の顔…というか、口、唇を……見ていたのです」
「唇?」
彼女に言われて、私は思わず舌でぺろりと唇を舐めた。特に何か付いている訳でもない、ごくごく普通の状態の普通の唇だ。真冬という訳でもないので特に乾燥もしていない、本当に何の変哲もない唇。
「また、何だって唇を見ていたんだ……?」
本気で意味が分からなくて問えば、ホークアイ中尉は少し言いにくそうに視線を逸らしつつ答えてくる。
「それは……、女性軍人の間の噂で聞いたのですが……」
「噂?」
「はい。……その、あの…大佐はキスがとてもお上手らしいとか……」
「へ?」
彼女の口から飛び出したまさかの「キス」という色っぽい単語に一瞬思考が停止する。仕事中にホークアイ中尉からそんな言葉を聞こうとは思わなくて、私は虚を突かれた。
「そ、それで…ですね……何となく、気になってしまってですね……」
「…………」
こんな事をあのホークアイ中尉から言われて、一体どんな反応をすればいいのか。私は沈黙した。これが普通の女性相手だったら、歯の浮くような気障ったらしい台詞の一つや二つ吐いてお終いなのだが。本気も本気大本命の女性相手では、流石の私も反応に困るというものだ。
「職務中に埒もないことを…申し訳ありません……、お、お忘れ下さい……」
しかし、己の失態を恥じている様子の中尉を見て私は思い直す。このロイ・マスタング、ここで何も出来ないようでは男が廃るというものだ。こんな、まるで誘い文句のような事を言われておめおめと大人しくしていられるはずがない。
故に。
「……試してみるか?」
「え?」
「キスが上手いのが本当なのか、気になるのだろう?……試してみるか?」
この流れは必然であったのだろう。
私は素早く彼女の隣に腰掛けると、その頬に指をかけた。驚いたようにホークアイ中尉の鳶色の瞳が私を見つめてくる。それをじっと見つめて、私はもう一度問いかけた。
「試してみるか?」
強引にしてしまっても良かったが、出来れば私は彼女の許しが欲しかったのだ。その瞬間彼女の瞳に浮かんだ色は、好奇心かそれとも他の何かか。無言でこくんと中尉が頷く。それを了承と受け取って私はそっと彼女の唇に己のそれを寄せて…押しつけた。
想像していたよりも、彼女の唇は柔らかかった。今まで唇を重ねたどの女とも違うその甘美な感触に私は酔いしれた。唇でそれを十分に堪能してから、私は舌を出す。ここでこれ以上はやり過ぎかもしれないと思ったが、想定外に熱くなりすぎた私の脳内は止まれの信号を出せなかった。それに彼女だってお試しのキスを受け入れるくらいだから、きっとキスの経験値はある方なのだろう。だったら、彼女の過去のどのキスにも負けるのは私のプライドが許さない。私は全力で彼女の唇を貪りにかかった。
「んん……ぅ」
唇の隙間から舌をさしこんで、彼女のそれと絡める。いつもより高い声が彼女の鼻から抜けるように音を奏でた。その心地よいメロディをもっと聞きたくて私は舌を動かす。技巧を尽くしたそれには男の矜持がかかっていた。
「っん……」
対して中尉からはあまり激しい反応は返って来ない。基本的に私にキスの主導権を渡していて、それが少し物足りなかった。
「んう……」
だからもっともっとと貪欲に彼女を求めて、結果私は調子に乗ってしまった。舌を吸い上げ、歯列の裏を擽り、好き勝手に彼女の咥内を弄ぶ。
「んーーっ、んん」
やがて私の胸の辺りに置かれていた彼女の手が抵抗するように暴れた。そしてどんっと私の胸を叩いてから押してくる。私は彼女から突き飛ばされるように距離を取られ、当然ながら唇も離れた。
「はあ……んっ、はぁ……は…」
胸に手を当てて、苦しそうに中尉は肩で息をしている。どうやら、息が苦しかったらしい。その初々しい所作に私はおやっと思いつつ、自分も指でキスの残滓を拭う。
「大佐……私、重大な事を…失念しておりました……」
「ん?」
そして、どうだった? とキスの感想を尋ねようとした矢先、中尉がそんな事を言い出した。私は一体何の事だ…? と疑問に思いつつ彼女の言葉の続きを待つ。中尉はまだ整わぬ息の元、途切れ途切れに言葉を紡いだ。
「……私……これがファーストキスなので、比べる相手がおりません……だから……大佐がキスがお上手なのか下手なのか、判断出来ません……ですが……はばかりながら私の感想を言わせて頂くならば……とっっっても、熱くて、心地の良いものなのですね……キスって……」

…………そんな事を惚れている女に今言われた私は一体どうすればいいんだ――!!

という絶叫など職場で、まして彼女の前で口に出せる訳もなく。もちろん、ここでそれ以上を望んで襲いかかる訳にもいかず。中途半端にくすぶる熱のやり場に、私はただひたすらに困るのであった。





END
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by netzeth | 2014-01-29 00:35