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ミセス・ケイティ・グリーン・オールドマンは勤続35年を数えるベテラン電話交換手である。10代で東方司令部に配属されてからずっと真面目に勤務して来た。その堅実な仕事ぶりは評価が高く現場では主任を勤めている。彼女の最近の悩みは老後のこと。とっくに娘は嫁に行き、下の息子も独立した。夫と二人、軍を退職した後は何をして過ごそうか、趣味などないし……そんな悩みを持つ、ごくごく一般的な女性。これはそんな女性の回顧録である。



私は10代の頃からずっと軍で電話交換手をしてきました。もちろん、今も現役で勤めています。真面目な仕事ぶりを評価されたのか、現在は現場の監督をし、新人の教育をする立場です。最近の若い子は電話を取る作法の基本のきも知らない子達ばかりで、私もずいぶんと苦労しています。そもそも、電話交換手という職業は自分を出してはいけない職業なのです。あくまでも私達はオペレーターであり、電話の取り次ぎが仕事です。例え相手が仲の良い相手や知り合いであっても、それを声に出してしまってはいけません。話しかけるなんてもっての他。常に冷静に対処し、軍規に従ってただ電話を取り次ぐのが私達の使命なのです。軍規は絶対です。私達のような後方勤務の事務官でも破る事は許されません。私はその大原則を胸に今までこの仕事に従事して参りました。だからこそ35年という長い間この仕事を続けてこられたのでしょう。
しかし、私も人間です。過ちを犯すという事もございます。
……これから私はその間違いを、ただ一度軍規を破った日の話をしたいと思います。それは今も忘れる事の出来ない、そう、平穏に生きてきた私の人生においてのそれはそれは大きな事件でございました。


電話交換手の仕事というのは一見単純なものです。ただ、電話を取り次ぐ、それだけの事。皆さんはそう理解しておられる事でしょう。それは間違ってはおりません。私達はマニュアルと軍規に従って、ただ機械的に動くことこそ美徳とされています。軍部の回線からかかってきた電話ならば速やかに相手に取り次ぎ、外部からの回線でかかってきた電話には秘匿コードを聞いて取り次ぐ。毎日毎日これほど多くの電話を取り次いでいれば、自然と声だけで何となく用件が予測出来るようになったりもします。しかし、その相手が誰であるのか、怪しい人物ではないのか、危険はないのか。それを判断するのは私どもではありません。電話を受ける私達の上官に当たる軍の方々です。私はただ電話を取り次ぐのみ。例え声で相手が良く世間話をする女性軍人の方だと察しても、私的な会話をすることは許されません。
こうして、毎日不特定多数の人物の声を聞いておりますと、やはり自然と声だけで人物が分かるようになって来ます。相手の人となりと申しますか、そう、電話をかける相手をどう思っているのかが声に滲み出ているのです。声というのは案外正直なものなのです。そのトーンや口調、言葉遣いに、会話の間。あらゆる情報が私どもに教えてくれるのです。例えばH将軍はG将軍に電話をかけるのが気が進まないらしく、いつも憂鬱そうな声をしてらっしゃいましたし、H少尉はB少尉と仲がよろしいのか、彼に取り次いでくれと頼む声はいつも楽しそうでした。
もちろん、このような人間関係に関する情報も口外してはいけないものです。私は常に自分を電話という機械の一部品であれ、と肝に銘じて参りました。機械は司令部の人間関係など気にしないものです。けれど若い女の子の口には戸は立てられません。後輩の女の子達はうっかり口を滑らせてぺらぺらとしゃべってしまう子達も多かったようです。特に当時彼女達に絶大な人気があったあの方相手には、とても口が軽くなってしまうようでした。
あの方の事は私も良く存じ上げておりました。何しろ彼の声は美声として、電話交換手の間でもたびたび話題に上っておりましたから。忘れようにも忘れられぬ、低く甘く響く耳に残る声です。当時、あの方はよく仕事中に甘い菓子など持参しては、私達の仕事場を訪れておりました。女性に人気のあるお方と伺っておりましたので、女の子達とのおしゃべりが目的であると周囲の方々は思われていた事でしょう。しかし、私には少し違って見えました。彼の目的は女性との楽しいおしゃべりではなく、その貴重な情報網であるように思えたのです。彼には下心などないように見えました。何故なら、彼にはもう想う女性がいらしたのですから。
先ほど私は声は正直だと申し上げました。誠に、それは真理でございます。彼からの電話を私は何度も取り次いだ事がございます。部下の方へ、将軍へ。いろんなお方へと電話を繋ぎましたが、彼の感情がことおおやけに声に滲むお方が一人だけおられました。それは彼の部下の女性です。彼女へと電話を繋ぐように頼む時のあの方の声は、それはそれは優しいものでした。それは大事な物を慈しむ声です。何百、いえ、何千という声を聞いてきた私の耳は誤魔化せません。彼はその部下の女性をとても大切に想っているようでした。いろんな方が彼をプレイボーイであり、女性にだらしのない人だと見ていましたが、私にはあの方はただ一人の女性を想っているとても誠実で純情な殿方に見えていました。ふふ、きっとあの当時そんな風に思っていた電話交換手は私だけだったことでしょう。そう、案外と彼は分かり易い方だったのです。
一転、まったくもって声を聞いただけではその胸中を計れない方ももちろんおりました。それは…例えば当時の大総統閣下などです。当時閣下は直通の電話回線をお持ちで、私達電話交換手を通す事などありませんでしたが、閣下は気まぐれなお方でたまに外部から電話をかけてくる事がおありでした。私などもお声を聞いただけで閣下だと分かった事がございますが、もちろん規則ですのでコードを伺いました。後で上官が慌てておりまして、私は大変叱られましたが、軍規に例外はございませんと反論したものです。
話が逸れましたね。
そんな胸中を計れない方の一人に、あの女性がおりました。そう、彼の想い人、忠実な副官だった女性です。彼女の声も電話交換手の間では有名でした。とても美しい声だったからです。常に落ち着いた感情の滲まぬ声。若い女性の間では憧れを持つ者も多数おりました。私は彼女からの電話を何度も受けて、彼に取り次ぎました。しかし、私の耳を持ってしても彼女の感情は何も読みとれませんでした。常に彼女は冷静沈着であり、とても理性的でございました。電話交換手であり、電話の部品であれ、と自分に命じていた私にはとても理想の女性でありました。当時彼女はずいぶんと私よりも年下でしたが、私は密かに彼女を尊敬申し上げておりました。
彼女はあのような魅力的な男性からあれほどの好意を向けられておりながら、何も感情を見せない。常に自分を律している、禁欲的な女性でした。
私にはそれがとても眩しく素晴らしい事のように思えたのです。
私がそのような思いを抱いていた時の事でした。あの事件が起こったのは。


当時の東方司令部は、シティで頻発するテロ事件にピリピリとした空気に包まれておりました。軍人の方々が忙しなく動き回り、終始司令部内は落ち着かない様子でした。そんな中でも私どもは自分の職務を全うしておりました。そんな矢先、私に一本の電話がかかって参りました。
「マスタング大佐に電話を繋いで!」
それは外部回線からの電話でした。名乗りもせずにそんな電話をかけてこられたのは、驚くべき事にあの女性でした。私にはもちろん声だけで分かりました。私は極力冷静に彼女に述べました。
「所属とコードをどうぞ」
「お願いしますっ…早くっ、間に合わなっ……早く、止めて……!」
いつもの理知的な彼女とは思えぬ、焦った声に私も動揺いたしました。これは尋常ではない事が起こっているのだと。
「申し訳ありません、コードをお願いします」
私はもう一度そう申し上げました。けれど、彼女はとてもとても取り乱していて、とてもコードなど聞ける状況ではございませんでした。軍のコードは定期的に変わる、とても複雑な物です。記憶するのは容易い事ではないので、手帳に記されている方が大半です。おそらく、その手帳を取り出す暇もないほどに彼女は慌てているのです。
この時、私は決断しました。この時までただの一度も破った事のない軍規を破ろうと。これが私の一つ目の軍規破りです。
「マスタング大佐ですね、少々お待ち下さい」
私はコードを聞かずに彼の執務室へと電話を繋ぎました。けれど、呼び出し音には誰も答えません。
「申し訳ありません、マスタング大佐はお出になられないようです」
「もうお出かけに……!? そんなっ! 大佐っ!!」
悲痛な女性の声が電話口に響きました。それはほとんど悲鳴でした。尋常ではない事態に私の心臓はドキドキと早鐘を打ちました。しかし、この時私は私のすべき事を出来る事を必死に考えておりました。
「マスタング大佐がお出かけになられるのはまずいのですね…?」
電話の向こうの彼女が頷くのを感じました。説明する余裕もないほどに、事態は緊迫しているのだという事が分かりました。
「私にお任せ下さい…!」
これが私のした二つ目の軍規破りでございます。私は職場を放棄したのです。電話交換室を出て、私は走りました。四十を軽く越えた私には少々辛い爆走です。彼女の電話からしてあの方が今、お出かけになられた…というのなら、まだ廊下を歩いているか、もしくは駐車場におられるのではないかと私は考えました。
駐車場へと向かう廊下を私は必死に走って、そしてその入り口付近で前を歩く背中を視界に捕らえました。
「お待ち下さい、マスタング大佐!!」
驚いたように彼が振り返りました。私は彼を止める事に成功したのです。しかし。
「何だね、君は。私達はこれから出かける所なんだが」
そこで、私は彼が一人ではないことに気がつきました。なんと同行者に他司令部からのお客様がいらっしゃったのです。何という粗相でしょう。お客様は将軍位の方でした。とても威圧的な人です。一介の事務員が軽々しく声をかけられる相手ではありませんでした。彼の不躾者をみる視線に私はたじろいでしまいました。
「私達を呼び止めるからには、よほど重大な用件なのだろうね?」
そこで私は重大な事に気がつきました。私は彼女から何故彼が出かけるのを止めたいのか聞いてはいなかったです。ただ夢中だった私はその事を失念していたのでした。
けれど。
私はここで臆する訳にはいきませんでした。
私は叫びました。
「はい! その通りです! マスタング大佐!」
彼が私を見ました。私は彼の瞳を見つめて。
「あなたの大切な女性からお電話です!!」
彼は驚いたように目を丸くし、将軍は目を剥いた様でした。……分かっております、この時の私はずいぶんと言葉足らずでした。私の言いようは、まるで彼は軍務よりも女性を優先するような軟派な男性だと取られかねないものです。
しかし、彼はちっとも動じませんでした。それどころか、迂闊な言い回しをした私を叱りもせず、朗らかに笑って言ったのです。
「そうか。それは……無視出来ないな」
ありがとう。
そう続けた彼は、同行の将軍に一礼して詫びてから、その場を引き返しました。将軍はゲストである自分を女のために待たせようとする彼に対して憤っておりましたが、それは運転手として付いて来ていたH少尉が必死になだめておりました。


結局この時の事が何だったのか。私が知ったのはしばらく後の事です。他ならぬ彼女が私の元に来て話してくれたのです。彼女は私に彼が出かけるのを止めてくれた事をとても感謝していました。実はあの時、彼らが乗るはずだった車両に爆弾がしかけられていたそうです。もしも彼らがその車に乗って出かけていたら……彼らの命は無かったでしょう。街に出ていてその情報を知った彼女があの時電話をかけてきたのは、そういう事だったのです。
私はようやくそこで納得しました。いつもはあれほど冷静な彼女が取り乱していたのはそういう事だったのか、と。そして、分かったのです。だから、私は言いました。
「これは老婆心な事ですが……軍人ではなく、年上の女性として言わせていただきます。そんなにあの人が大切ならば、もっと素直に声に出すと良いですよ」
この時、私は非常に珍しいものを見ました。彼女の赤くなった顔です。
あの時の私は、彼女の声に確かに隠されたあの方への想いを読みとっていました。それを、もっと素直に普段から出せば良いのに。そうすれば、両想いのお二人はもっと幸せになれるのに。そう思ったのです。
今、思えば本当にお節介なおばちゃんだったと反省しております。あの方達にはあの方達なりの関係があり、悩みや葛藤があったでしょうに。そんな軽々しい事を言ってしまったのです。けれど、彼女は顔を赤くした後微笑んで、
「……ありがとうございます。そうですね……努力してみます」
礼儀正しく、こんな図々しい私に礼を言って下さいました。それはとても綺麗な綺麗な笑顔でございました。


それからのお二人の事は私には詳しい事は分かりません。すぐにあの方達は中央に異動になってしまわれて、私は電話を取り次ぐ機会は激減してしまいましたし。ですから、再び東方にお二人で戻っていらした時は本当に嬉しかったのです。


さて、これで私の軍規破りの話は終わりでございます。
実はこの話を孫にしたのですが……この話のあの方々が現大総統と大総統婦人だとは信じて貰えませんでした。
「おばあちゃまがあの方達の恋の仲立ちをしたかもしれないのよ」
なんて。そんな夢物語確かに信じて貰えそうにありませんね?





END
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第三者視点ロイアイは萌える。時々こういうの書きたくなります。
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by netzeth | 2014-02-02 18:51 | Comments(0)