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by netzeth
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春色ワンピース

――彼女が着たらとても似合うと思ったのだ。

明るい春の陽光が降り注ぐイーストシティの繁華街。通りがかったとあるブティックの前でロイは立ち止まっていた。女性向けの洒落た服が飾られているショーウィンドウ。春らしい華やかな色合いの服が居並ぶ中で、ロイが目を奪われたのは可憐な花柄のワンピースだった。
コトンリネンの柔らかな風合いのアイボリーカラーの生地に、薄ピンク色の小花が散らされている。膝下までの慎ましいスカート丈と、スタンドカラータイプの襟が更に清楚な印象を引き立てていた。マネキンに一緒に着せられているシャーベットカラーのカーディガンを羽織れば、それは完璧にロイの理想に合致する。
これしかない。
よく分からないが、そう思った。それを天啓と呼ぶのだろうか。
だが、さすがに女物の洋服を買うのは気が引けて、ショーウィンドウを眺めるだけにとどめるつもりであったのに。
「そちらをお買い求めですかあ~?」
などと女性店員にぐいぐい来られて、ロイは逃げる事が出来なくなってしまった。おまけに、
「サイズはいかほどですかあ~?」
との質問に、
「ああ、上から―――――だ」
と、女性のスリーサイズをスラスラと答えられてしまう自分にもさすがにどうかと思った。店員はプロなので営業スマイルを崩さないが、内心はどう思っている事やら。
それでも一目見てそのワンピースを気に入ってしまったのは曲げられない事実だったので、ロイは気がつくとブティックのレジ前でありがとうございましたーと店員に頭を下げられていた。
そこでロイはようやく冷静さを取り戻す。
手に持つは先ほど購入した花柄ワンピースとカーディガン。軽いはずのその手荷物が、急にずっしりと手に重く感じられてきた。
(……一体私はこれを買ってどうしようというのだろうか)
もちろん、自分で着る訳ではない。そんな姿を想像しただけで身の毛がよだつ。そうではなく、ロイはこれを彼女に着せたいと思って買ったのだ。しかし、しかしだ。ただの上司である自分がこれまたただの部下の彼女にどんな顔して渡せばいいのだ、こんなもの。
そこまで考えが及ばすに衝動的に買ってしまったが、渡す口実も勇気も無い自分が持っていた所で何の意味も無いものだ。
「あの、やはりへんぴ……」
ん、したいと申し出ようとしたが、
「またのお越しをお待ちしておりますぅ~~」
満面の営業スマイルでそう見送られれば言い出せるはずもなく。ロイは仕方なく服入りの紙袋を持ってブティックを出た。そしてそこで彼は思いがけない人物と会うのだ。
モノトーンでまとめられたシックな服を着た、すらりと姿勢の良い金髪の女性。ロイがこの紙袋の中身をぜひ着せたいと思う相手がそこに立っていた。
(ちゅ、中尉?)
あまりの偶然にしばし呆然としたロイだが、リザが熱心に何かを見つめているのに気がつくとその視線の先を追ってみる。彼女は間近に居るロイにも気づかぬほどに、店のショーウィンドウに魅入っているようだった。そこには、先ほどロイが購入したワンピースが飾られていたマネキンが据えられている。もちろん、ロイが服をはぎ取ってしまったので今は何も着せられていない。
「……大佐?」
そこでようやく、リザが傍らに立つロイの存在に気づいて顔を向けてきた。基本的に無表情の彼女の頬が少しだけ赤いのは、ロイに見られたく無い自分を見られてしまったからだろうか。
「や、やあ、中尉。き、奇遇だな」
対するロイは受け答えがしどろもどろになってしまう。彼女に着て欲しいと思った服を購入した――という行為が、どうしてもやましい事に思えてしまったからだ。
――男性が女性に服を贈るのは……その服を脱がせたいから。
そんなフレーズが脳裏をよぎって、余計にロイを慌てさせた。
(ち、違うぞっ!? わ、私はそんな、ぬ、脱がせる気なんて……ただ、純粋な気持ちで……!)
誰に対しての言い訳なのか、自分でもよく分からぬままロイは勝手に混乱していた。さらに目の前のリザの存在がそれに拍車をかける。
「ええ、本当に。大佐は……お買い物ですか?」
彼女の視線がロイの持つ紙袋に向く。ブティックの店名入りの紙袋を注視されて、ロイの焦りは頂点に達していた。
(この店で買い物したと知られた――? まさか、ワンピースを買った事にも気づかれて……いやいやいや、私があのワンピースを中尉に着せたいと思って買った事など彼女が分かる訳はない。ただ、何かしらの女性物の服を買ったと思われただけだ……ん? だが、それもまずくないか? もちろん私が着るとは思わないはずだ。それはつまり……?)
「どなたかにプレゼントですか……?」
「い、いや……」
ロイは口ごもった。
(ほら、ほらやっぱりだ! 中尉は私が女性へのプレゼントの服をここで買ったと思っている! 心外だ! 服なんて今まで女性に贈った事などないぞ! だいたい、手元にいつまでも残るプレゼント……なんて後腐れありまくりな物、遊びだけの女性に贈る訳ないだろう!?)
と、どんなに脳内で叫んでも当然リザには伝わる訳はない。
「やっぱりそうなんですね。こちらのお店のお洋服はとても可愛い物ばかりですから、大佐のお相手の可愛らしい女性にはぴったりだと思いますよ」
ロイの心など知らず、リザは勝手に納得しているようである。彼女が少しだけ寂しそうに言ったのと、その言葉自体にロイは引っかかりを覚えた。
「……君はこの店にはよく来るのかい?」
ロイは彼女は偶然通りがかっただけだと思っていた。しかし、リザの口振りはこのブティックをよく知っているようであったのだ。
「……あ、はい。……と言っても、お店の中には入った事はなくて、いつもショーウィンドウを眺めているだけでしたが。ここの服は可愛らしいものばかりで、私のような女には似合いませんし……」
そんな事は無い! とロイは大絶叫したかったが、天下の往来であるのと、リザが居る手前、何とか我慢した。
「つい最近までここに飾られていた花柄のワンピースもとても可愛くて……いいな、と思って通りがかる度についつい足を止めて眺めていたんです。もちろん、私にはとても似合いそうの無いものでしたが。でも、そのくせ、こうやって実際に無くなってしまったのを見たら、とても自分にとって大切な物を無くした…そんな惜しい気持ちになってしまって……」
どうしようもありませんね。と、リザはまたも頬を赤らめ、憧れを声に滲ませながらも、自嘲するように笑っている。
そんな彼女の顔を見ていたらば、ロイはたまらない気持ちになった。リザが求めているのは、彼女が軍人となった事で諦めてしまったものだ。女性らしく可憐で、清楚で、無垢な可愛らしさ。彼女はそれをとうに無くしたものとして、諦めてしまっている。いや、それどころか、自分にはそんなものは最初から無かったのだと思いこもうとしているのだ。
「ん!」
気がつけばロイは紙袋をリザに押しつけていた。突然のロイの行動に驚いているリザに、彼は言い添える。
「君に任務を与える」
「任務?」
ロイから紙袋を受け取った彼女は目を白黒させた。彼の行動と言葉の関連性が分からないのだろう。
「そうだ。……それを着て本日一五〇〇。中央広場の時計台で待つ事!」
「え……? 大佐、それはどういう……」
戸惑うリザは眉を寄せ、困惑した顔をする。そんな彼女にロイは厳かに告げた。
「いいか、よく聞け。君にはそれを着て、ウォーレン通りに新しく出来たレストランのメニュー、菜の花のマスタード入りピリ辛パスタの味見に付き合って貰う。今後その店が私のお気に入りになるかどうか見極めるための重要な任務だ。その後、同じ通りにある雑貨屋と古本屋にも付き合うこと」
「た、大佐……?」
何か言いたげなリザに、口を挟む隙を与えずロイは続けて叫んだ。
「か、勘違いするなっ!? 脱がそうと思って買った訳じゃないんだからなっ! 分かったか? 分かったら、解散!」
言いたい事だけ言って、ロイは踵を返す。自身も一五〇〇までに支度を整えるために自宅へと戻るつもりだった。

彼の後ろ姿を見送って、紙袋の中身をちらりと確認しながら。後に残されたリザはぽつりと呟く。
「……これって、デートのお誘い……よね?」

――腕の中のワンピースは、頬を撫でる風の温度に似た暖かな春色である。



END
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by netzeth | 2014-03-21 01:52 | Comments(0)