うめ屋


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by netzeth
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ストロベリー

書類に目を落としていた彼女は、肩まで伸びたセミロングの髪を鬱陶しそうに耳へとかき上げた。それでもサラリとした金糸はパラパラと彼女の頬に落ちてくる。そこで髪に構うことを早々に諦めたのか、彼女は集中力をその手の書類へと戻した。鳶色の瞳が伏せられる。髪と同じく金色をした長い睫毛が影を落としていた。
(綺麗になったな)
いつの間にかずいぶんと長くなった彼女――リザの髪を眺めながら、ロイはそんな感想を抱いた。以前にあの長さまで髪が伸びた姿を見たのは、どれくらい前の事だったろうか。幼い頃の彼女はずっとショートヘアーで、少しでも髪が伸びるとさっさと迷いなく切ってしまっていた。少年だったロイはその度にこのまま伸ばせばいいのに、ロングヘアーも可愛いのにな。という言葉を飲み込んでいた。
それがこの度は一体どうした事だろうか。ロングは手間とお金の無駄と、頑なに髪が伸びるのを良しとしなかったしっかり者の彼女の心境の変化をロイは不思議な気分で推し量る。おそらくは大人の女性となり、少しは身の回りに気を使うような余裕が生まれたのだろうが。それは髪だけではなく、彼女の顔や全身を見れば明らかだった。
なめらかなカーブを描く、柔らかそうなフェイスライン。健康的な色をしたそこには薄化粧がほどこされている。チークやラメを散らした、市井の女性達がこぞって装うような華やかな流行のメイクではないが、元々肌の綺麗なリザはそれでも十分に美しかった。アイメイクはしていないようだが、整った眉と長い睫毛と大きな瞳を持つ彼女には必要あるまい。
次にロイは書類をたぐるリザの手を見た。
女性にしては大きめで、白魚のような……とは言い難い軍人の手。その爪先はやはりこれも市井の女性達のように色は添えられてはいないが、それでも形良く整えられていた。よーく見れば研磨されて表面がツルツルとしているのが分かる。
(ずいぶんと変わったものだな)
なんて、思わず感慨深くなる。
少女の頃の彼女は本当に自分の事には無頓着で、可愛らしい容姿をしているのにもったいない。とロイは常々思っていた。もちろん、赤貧で生活が苦しいと言う理由があったのだが、それにしてもリザは普通の女の子と感覚がだいぶズレていた。お洒落や自分を磨く事には興味を持たず、ひたすらに裏の畑を耕し、ボロボロの服や穴の空いた靴下を繕い、山菜や木の実の採取や鳥のハンティングなどをし、いかに家計をやりくりするかに心血を注いでいた。そうやって生活に追われていたリザは己の身を省みる事などなかったのだ。
愛らしい唇がカサカサに荒れていくのを見てとうとう我慢できなくなり、ロイは当時流行っていたイチゴ味のリップクリームをリザに贈ったものだ。ほんのりピンク色の唇になるそれを、リザはお化粧みたい。と恥ずかしがって結局一度もつけてくれなかったけれど。
(まあ、リザの唇は何もしなくても綺麗なピンク色だったけどな……)
最後にロイは引き結ばれているリザの唇を見た。
さすがに今はルージュを乗せているのだろうか。彼女の唇は慎ましやかなピンク色をしている。それは全体的に白いリザの肌色に良く馴染んでいて、柔らかくとても美味しそうに見えた。
「やっぱり、綺麗になったな……」
「はい?」
油断して、思っている言葉が口を突いて出た。ロイの声に反応してリザが顔を上げる。
「何かおっしゃいました?」
「……いや、君はずいぶん綺麗になったな、と思ってね」
特に隠し立てする気も無かったので、正直に気持ちを述べれば彼女は眉を寄せた。バカな事を言っていないで仕事を進めろ。そんな言葉を浴びせられるのだろうな。と予想したのだが。
「……なんだか、年寄り臭いですね」
彼女から返ってきたのはロイにとっては非常に心外な評価であった。
「誰が年寄りだ、誰が」
「貴方の事ですよ。それとも、父親か兄……いえ、親戚の伯父さんみたいな感想ですね、と言った方が良かったですか?」
ますますもって心外である。
「……どうしてそうなる。君は誉め言葉くらい素直に受け取れないのかね?」
「誉め言葉だったのですか?」
投げかけられる疑問の声に、ロイは脱力した。
「それ以外の何に聞こえると言うのかね……」
「女性への誉め言葉なんて、貴方にとっては呼吸よりも容易い行動でしょう。それを素直に信用して受け止めるなんて事いちいちしていられませんから」
親戚の伯父さんの言葉…くらいに受けとるのがちょうど良いかと。と、リザはどこまでも辛辣言い放つ。あくまでもロイが一人の男として、リザという愛しい女性へと向ける言葉だとは思っては貰えないようだった。
「私は君の親戚の伯父さんではないぞ」
ましてや、父親役も兄役なんてのもゴメンだ。
意地になって、ロイは己の席を立った。大股で数歩歩いて、リザの傍らまで来る。彼女の座る椅子の背もたれに手をかけて、のぞき込むようにリザを見つめた。
「……何ですか」
挑むように見つめ返されるが、そんなものは無視してロイは行動に移った。素早く腰を屈めて顔を寄せる。彼女に考える時間も逃げる隙も与えない鮮やかなスピードのキス。触れるだけではない、唇を唇で食むように挟み込み舌で舐めとる、甘い男女のキスだ。
(……どうだ。こんなキスが父親や兄に、ましてや親戚の伯父さんに出来るものか)
この口づけは完璧にただの負けん気だった。リザの言葉を行動で以て覆してやろうというロイの企て。
美味しそうだと思った通り、彼女の唇は柔らかく甘美な……。
(ん?)
とある事に気づいて、ロイはリザの唇を貪る己のそれを止めた。さっきからフリーズしていたリザが、そこでようやく我に返ったのかロイを突き飛ばそうと肩を押してくる。それは抵抗と言うには弱々しい力だったが、ロイは彼女の唇を解放してやった。
「君……」
「な、何をなさるのですかっ、こんな……司令部で…真っ昼間に……!」
頬を染めて唇に手を当て、見つめるロイの眼差しから逃れようとするその様はとても可愛らしいものだった。おそらくいつものロイだったらば、そのまま事に及んでしまいそうなほどに下半身に来るその様子。だが。ロイにはそれ以上に今、気を奪われる事柄があった。
今までじっくりと味わっていた、彼女の唇。その感触を思い出しながらロイは己の唇を舌で嘗め取り、その味を吟味する。
(これは……やっぱり…この、味……)
「じょ、常識を考えて下さい……っ」
「や、それよりさ。君……まだ、あのイチゴ味のリップ使ってるの?」
口の中に広がるのは人工的な独特のイチゴの香りと味。忘れるはずがない。ロイが過去、リザのためにと買ったあのリップクリームと同じ香りだ。何しろ、この味ならば食いしん坊のリザも気に入るに違いないと自分で試したのだから、間違いない。
「え、やっ、そんな……ち、ちが……気に入ってずっと同じものを使っているとかじゃありませんからっ!」
――気に入っていたのか。
数年越しにの意外な事実の発覚に、ロイは驚く。何しろ、当時リザは一度だってあのリップをつけて見せてくれた事は無かったのだから。
「ふーん、そーかそーか」
そういえば、うっすらピンクの唇はあのリップと同じ色だ。……イチゴ味の唇なんて、なんて素晴らしいのだろう。
思わぬサプライズと嬉しい事態にニヤニヤとロイの口元が緩む。
「……何を笑っておられるのですか」
「ん? いや、これからも君にキスする楽しみが増えたな、と思って。好きなんだ、イチゴ味」
「貴方のためにつけているんじゃありません!」
ていうか、これからもキスして良いなんて誰が言いました!? 
綺麗になってずいぶんと変わったなと思っていたが。怒っているリザは昔と変わらないな。とロイは思う。
「ちょっ、大佐、聞いてますか!?」
「あー、聞いてる、聞いてる」
「もっと真面目に聞いて下さい!」
そしていくら怒ろうが。唇がストロベリーな味ではちっとも迫力はない。
そう指摘すれば、リザはますます怒るのだろうな。
そんな事を思いながら、ロイの頬はますます緩んでいくのだった。 





END
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by netzeth | 2014-05-09 01:08 | Comments(0)