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うめ屋


ロイアイメインのテキストサイト 
by netzeth

二人旅・・・第三話

アクロイアは水の都と呼ばれるアメストリス随一の観光都市である。湖の上に浮かぶこの街は水路が整備されており、その美しい景観を目当てに多くの観光客が訪れるのだ。だが、近年は都市の地盤沈下が問題になっており、数年後には水の中に沈んでしまうと言われている。
列車はそのアクロイアを経由して南下しサウスシティを経て、アエルゴへと向かう。国境線付近は小競り合いが続いており、決して良好な関係とは言えぬ両国だが、一応鉄道での行き来は出来る。もちろん、国境を抜けるのはそれなりに大変なのだが。
アクロイアに到着するまでには、まだだいぶ時間がある。膝の上で丸くなってしまった子犬を撫でながらリザが窓の向こうに流れる東部の長閑な風景を眺めていると、向かいに座っているロイから声がかかった。
「なあ。食堂車に行かないか?」
「……もう昼食ですか?」
列車に乗ってすぐに朝食用にと買ったフィッシュ&チップスを腹に収めたばかりではないかと思ったが、ロイは苦笑して言ってくる。
「ああ。あれだけじゃどうも足りなかったみたいだ。それに、この列車の食事は評判が良いと聞いている。昼食にはだいぶ早いから、二回目の朝食か……ブランチって事で」
言われてみればロイが購入して来た食べ物は一人分で、確かに食事の量としては少なかった。リザも食事はしっかりとる方なので、足りないと言えば足りないかもしれない。
「分かりました。いいですよ、食堂車に行ってみましょう」
それに、リザ自身この一等車以外の場所も見てみたいと思っていたのだ。一人で出歩いてはロイの機嫌は悪くなるだろうし、ならばこのロイの誘いはそれなりに魅力的だった。
眠っているハヤテ号をお留守番として残して。二人は一等車を出て食堂車へと向かった。



一等車と食堂車は隣合っており、移動は短時間で済んでしまった。歩きながらロイが講釈してくれた所によると、食堂車の後ろが二等、三等の客車で更にその後ろが貨物車両になっているという。
「基本的に一等車の客を優先する構造になっているからな」
なるほど、とリザは思う。金を払ってくれる上客になるべく不便をかけないようにと配慮してあるのだろう。
やって来た食堂車には、まだ早い時刻のためか他の乗客は誰も居なかった。がら空きになっている席へとリザはロイと共に座る。すぐにサービス係が近寄ってきてメニューを置いていった。それに目を通し、何を食べようかと悩んでいると、ロイが話しかけてくる。
「何でも頼んでいいぞ。私のおごりだ」
「……そういう訳には参りません」
おごりという言葉は非常に魅力的だったが、いくら何でもそこまで甘える訳にはいかない。そもそも、この列車のチケット代だってリザは払っていないのだ。と、そこまで思案してリザはある事実に気づいた。
「もしかして、領収書を切って後で精算するのですか?」
そういえば。これは『旅行』だなどとロイは称していたが、一応は視察という名目だったはずだ。ならば経費として交通費も食事代も落ちるのかもしれない。それならば、ロイに遠慮する事もないだろう。しかし、ロイは首を振った。
「いいや? 全て私のポケットマネーから出すつもりだが?」
「え……でも、それじゃあまさか、列車のチケットも?」
「ああ。……軍の出張予算で一等車に乗れる訳あるまい。せっかくの『旅行』だ。豪勢に行こうじゃないか」
どうも、ロイは最初から出張経費として軍を頼るつもりは無いようだ。全て自分で出すらしい。まさしく、『視察』ではなく、『旅行』をするために。
「……そんな。でしたら私も負担いたします。た……貴方に全てお任せするなんて」
こういう金銭に関する事はおざなりにはしておけないと、リザが詰め寄れば、ロイが苦笑する。
「こういう時は男の顔を立てるものだよ、リザ。女性に財布を出させるなんて、男の沽券に関わる事態だ、遠慮する事は無い」
「ですが……」
まだリザが渋る様子なのを見て、ロイは片目を瞑った。彼らしい気障な仕草だ。
「もしも気が咎めるというのならば、その見返りだと思って私の名前を呼んでくれたまえよ。……サービスしてくれ」
頑なにファーストネームを呼ばぬ彼女を揶揄するように言うロイに、リザはかっと顔を赤らめた。
上官だと思っている男を、名前で呼ぶのはかなりの心理的な抵抗がある。ただの演技、便宜的な記号として割り切ってしまえばいいだけの話だが、「ロイ」、その短い音がリザをひどく葛藤させた。
呼んでしまえば、今まで自分が頑なに蓋をしてきた、知らぬふりをしてきた感情があふれ出しそうになってしまう気がして。
「ロイ…………さん」
それが、まだ素直に自分の想いと向き合う勇気を持てないリザの精一杯の譲歩であった。
「まあ、いいか」
及第点だな。と上から目線でロイが肩をすくめるのを見て、リザはロイと呼んでしまった自分を無性に後悔した。「ロイさん」でも十分に恥ずかしかっただけに余計に腹が立つ。甘くしてはつけあがるだけだと言うのに、ついつい彼のペースに乗せられてしまうのはこれが『旅行』という非日常の空間だからだろうか。
――もしかして。自分も思った以上に浮かれてしまっているのかもしれない。そんな危惧を抱きながらもロイにはそうと悟られぬ様、ポーカーフェイスを貫きながらリザは料理のオーダーをしたのだった。



しばらくして。
早速運ばれて来た料理にリザは舌づつみを打っていた。ロイが評判がいいと言うだけあって、本当に美味である。これはディナーが楽しみね、なんてついつい考えてしまって、そこでリザは苦笑した。アクロイアには夜までにはとっくに到着してしまうのだろうから、ディナーを楽しむ事はそもそも出来ないだろう。
「何を笑っているのかね?」
黙々と食べているリザに遠慮してか、しばらくの間黙っていたロイが話しかけてくる。ディナーも食べてみたい……などと正直に告白しては、この『旅行』を存分に楽しんでいるとロイに知られてしまう。……それはとても癪だった。
「それにしても、どうして私なんです?」
「……………どういう意味だ?」
代わりにずっと不思議に思っていた疑問をぶつければ、長い沈黙の後にロイが掠れたような声を出した。気づけば彼は元々鋭利な瞳を更に鋭くして、リザを見つめていた。視線が強く怖いほどだ。別にそれほど変な質問をしたつもりでは無かったリザは、逆に驚きながらも平静を装って言葉を続けた。
「いえ、ロイ…さんと私が揃って居なくなっては仕事が大変でしょう。私ではなく、ハボック……さんでもお連れになれば良かったのでは? と思いまして」
上から押しつけられた『視察』に反発して、『旅行』気分で楽しんでやろうというロイの気概は理解した。だが、ならば別に『旅行』の同行者はリザでなくとも別の人物でも良かったのではないかと思ったのだ。
すると、ロイは一瞬で鋭い眼差しを緩め気が抜けたような顔をした。
「……君は…本当に、男のロマンというか、情緒を理解しない女性だね。野郎と二人で『旅行』して何が楽しいというんだ」
「そうですか? ロイさん、ハボックさんと仲がよろしいじゃありませんか。とても。男の方二人での『旅行』もそれなりに楽しかったと思いますよ?」
もぐもぐとスクランブルエッグを租借しながらそう言ってみる。すると、ロイは持っていたフォークをリザにびしっと向けた。
「行儀が悪いですよ」
「そんな事気にしていられるか! 君があまりにもあんぽんたんな事を言うから……。君は……私が君を連れて来た理由をどう君はどう考えて……っ」
「……え?」
言っている意味がよく分からなくて、リザは小首を傾げた。副官だから、連れてきた。そうでは無いのだろうか。すると、ロイははっとしたように言い掛けた言葉を止めた。
一瞬だけ、リザを切なげに見つめて。
「……いや。そ、そうだ。この前、君、アクロイアに行ってみたいと言っていなかったかね?」
だから、君を連れて来たのだよ。
そんなまるで今思いつきましたと言わんばかりのとってつけたような理由を、ロイは述べる。しかし、その時のリザは食べる事に夢中で特に不審には思わず、
「言ってませんよ。行きたいと言っていたレベッカの話はしましたけど」
ロイの話を流してしまった。話題が逸れて安心したような顔をしたロイにも気づかない。
「なんだ、あれは彼女の話だったか?」
「そうですよ。ボケるのはまだお早いですよ」
「そうか……そういえば、そうだったな」
ははははと乾いた笑いを声を上げるロイに、リザは呆れた視線をくれた。リザがレベッカの話をしたのはつい最近の事だ。それをもう、忘れてしまったのだろうか。しかし、すぐにリザは己の考えを改めた。
(……忘れてしまっても、私の話だと記憶違いを起こしても無理もないわよね)
それと言うのも、ここ最近のロイはずっと多忙を極めていたからだ。東部
では陰惨なテロ事件が続けざまに起こり、彼はその対応に追われていた。まだ、ロイが直接事件を担当し指揮を取れたならば、良かっただろう。しかし、指揮権はことごとく他司令部の階級が上なだけの無能な指揮官に取られ、ロイ達は思うような行動が取れなかった。事件を初期の段階で収束させる事が出来ずいたずらに被害は拡大し、ロイはその後始末だけを押しつけられ続けたのだ。それは神経をすり減らす作業であった。仕事に対して常にストイックであったリザさえも、思わず親友のレベッカ・カタリナに愚痴をこぼしてしまったほどだ。
確か、その時だ。レベッカに、「私だって、彼氏とアクロイアに行く旅行予定を立てられずにいるほど忙しい」と愚痴り返されたのは。
疲れ切っていたロイが、勘違いをしてしまうのも当然だろう。リザの目にも、最近のロイはずいぶんと無理をしているように映っていた。
だから。
ロイが突然、視察を『旅行』などと言い出しても特に抵抗する事無くまあいいか、とついて来たのである。この『旅行』が疲れている彼の気晴らしになり、少しでも癒されればいいと思いながら。
「忙しくて行く暇が取れないって嘆いていましたから、彼女。せめてアクロイアのお土産でも買って行ってあげようと思います。……でも、逆にあんたばかりずるい! って文句を言われてしまうかもしれませんね……」
ぶーたれる親友の顔を想像して、ふふふと笑みを漏らせば、いつの間にかまたロイが真剣な目をしてリザを見つめていた。その痛いくらいの視線を見返して。
「あの、何か?」
「い、いや……彼女と君は仲が良いんだな、と思ってな。……大事な友達なんだな」
改めて言われると非常に面映ゆかったが、ロイの言うとおりだったのでリザははいと頷いた。それを受けて何故かロイは複雑そうな顔をして曖昧に笑った。
もしかして、自分の親友にまで妬けるなとでも思っていたのだろうか。
また、ロイがバカな事を考えているな……とこの時のリザは気にも止めなかった。




続く
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by netzeth | 2014-06-05 00:10