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うめ屋


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by netzeth

二人旅・・・第六話

「ねえ、お兄ちゃん。あたちたちうまく隠れられてるかな? かな?」
「しっ! 静かに。せっかく隠れてても騒いだら見つかっちゃうよ」
そこは国境を跨ぐ特別急行列車の食堂車。利用する客の大半が上流階級の人間のため、無駄に豪華な設えの車内にて。食堂車の給仕係の青年はそんな可愛らしい声が聞こえてくるのを聞いた。食事の時間はまだまだ先のため、車両内には客の姿は見えない。不思議に思った青年は声のする辺りへと近づいていく。
「でも、あたち、おなかついたの! ここはごはんが食べられるとこなんでしょー? なにか落ちてないかな? かな?」
「こらっ、ヨダレが出てるよ。おぎょうぎが悪いよ。それに、ほんとうに落ちてても、拾って食べちゃだめだよ。おなかこわしちゃうぞ」
すると、その会話の内容が鮮明に分かるようになる。
間違いない、と青年は確信した。その声は食堂車に並んでいる真四角のテーブルの真っ白なテーブルクロスの下から聞こえてきていた。よーく注意して見れば一つだけテーブルクロスが不自然に膨らんで、もぞもぞと中で何かが動いている様に見える。青年はテーブルクロスの裾を掴むと、ひょいとそれをまくり上げてみた。
「あ! 見つかっちゃった」
そこにはまだ小さな子供が二人仲良く並んで座っていた。青年に見つかってしまった事に驚いて、子供二人は大きな目をまん丸にしている。とても可愛らしい子達だった。一人は黒髪黒目の男の子。もう一人は金髪に茶色の瞳の女の子だ。
「君たち、ここで何をしているんだい?」
青年は怖がらせないようにと、優しく声をかけた。本当は大人としてここは子供の遊ぶ場所じゃあないと強く注意すべきだったのだろうが、小さいと言えどこの汽車に乗っている以上は立派なお客様なので、きちんと礼儀正しく対応しようと青年は思ったのだ。
「んーとね、んーとね……あたちたちわるいひとに追われてるの! ゆうかいはんなの! それで、かけおちなの!」
「……え?」
追われている。誘拐。駆け落ち。
子供の口から出るにしてはおよそ似つかわしくない言葉に、青年は意味が飲み込めず混乱する。
「かけおちってなんだよ! 違うよ! あ、あの! 僕……と妹、追われてるんです! それで、隠れてるんです!」
慌てた様子で男の子が青年に説明を加えてくれる。同い年くらいに見えるが、二人は兄妹らしい。快活で元気のよい妹としっかりした様子のお兄ちゃんである。
「かけおちじゃないの~? おともだちが、男の子と女の子がいっしょに逃げるのは、かけおち~ってゆうのよ! ってゆってたよ?」
「違うよ! かけおちは兄妹じゃできないんだよ」
「ぶう……つまんなーい」
ぷうっと頬を膨らませている女の子は大層可愛らしいが、話の内容が見えずに青年は困った。本当に追われていて隠れているというのなら、それは大変な事だ。しかし、どう見ても二人は迷子かかくれんぼでもして遊んでいる様にしか見えない。
「……追われているって……誰にだい?」
それでも小さくたってお客様。青年は大変生真面目な性格だったので、辛抱強く脱線しがちになる子供達の話の続きを聞く。
「んーとね、きんぱつでーおひげでーでーっかいのが来るから、逃げてるのよ!」
「本当です。金髪で、髭のはえた大きな男の人に、僕たち追われてるんです。だから、もしも、ここにその人が来ても、僕たちのこと、黙っててください。おねがいします」
「おながしまーす!」
「分かったよ。誰にも言わないよ」
誰かに追われているにしては、あまり緊迫感がないが。子供達の頼みを、心優しく真面目な青年は聞き入れてやった。事情はさっぱり分からないけれど、もしかしたら本当に誘拐犯に追われているのかもしれないとも青年は思う。見れば二人とも身なりの良い格好をしているし、顔立ちもどことなく品があり、育ちも良さそうだ。
「あっ、来た!」
その時である。
食堂車の後方の扉が開いて、新たな客が姿を現した。それを見て取って、子供達は再びテーブルクロスの下へと身を隠す。
「い、いらっしゃいませ、お客様……」
青年は緊張しながら、その客を出迎えた。何故なら、その客は先ほど子供達から聞いたそのままの容姿をしていたからだ。
「ああ、悪い。食事に来た訳じゃないから、かまわないでくれ」
明るい金髪に、あご髭。そして、青年よりも頭二つ分ほど高い上背と、服を着ていても分かる筋骨隆々とした体。隙の無い動作は素人の青年の目から見ても、彼がただ者でな無いのが分かった。
あご髭の男は青年に軽く手を上げると、食堂車をぐるりと見渡して、なんとあろう事か、テーブルクロスを端のテーブルから捲くり始めた。
「お、お客様!?」
「ああ、すぐ済むから、ちょっと見せてくれ」
慌てる青年にはかまわずに、あご髭男は順々にテーブルクロスを捲っていってしまう。これは本物だ……! と青年は確信した。
子供達の言うとおりの男がやって来て、しかも、明らかに何かを探しているそぶり。きっとこの男は誘拐犯で、子供達は彼から逃げているのだ。
「おーい! 隠れても無駄っスよー! 大人しく出て来ーい!」
あご髭男はだんだんと子供達が隠れているテーブルへと近づいていく。止めようにも、青年は足が竦んでどうする事も出来なかった。
そして、とうとうそのテーブルのテーブルクロスの裾を男が掴んだ瞬間。
「え――い!!」
可愛らしい声とともに、パチパチッと眩い光が食堂車を走り抜ける。それと同時に四角いテーブルが変形して、あご髭男に向かってグーの形でパンチを繰り出した。
「うわ!」
あご髭の男はそれを間一髪で避ける。そのせいで体勢が崩れた隙に、その足下を小さな影が走り抜けていった。
「こらっ、待つっスよ!」
「やーの! つかまんないもーん!」
「ごめんね、ハボック!」
また、ぱちぱちっと光が弾けて、今度は白いテーブルクロスが生き物の様にうねって、あご髭男に襲いかかっている。それを見て、子供達がきゃあきゃあと楽しげに笑っていた。
青年はあっけにとられた。
平和だった食堂車――自分の勤務場所が、とんでも無い事になっている。一刻も早い秩序の回復が己の使命だとは思うが、思考が停止してしまって動けない。誰か何とかしてくれ。と他力本願に祈ったその時である。青年にとっての救世主が現れたのは。
「こら。何をしているんだ? 遊んで来てもいいと言ったが、人に迷惑をかけてもいいとは言っていないぞ?」
子供達の後方から長い腕がにゅっと伸びてきて、二人の身体を包み込む。それまではやんちゃ放題していた子供達が、揃って二人してぴたりと動きを止めた。それから。
「「パパ!」」
男の子と女の子は二人で満面の笑みを浮かべて、振り返る。
彼らの後ろ立っていたのは、黒髪の男だった。髪をオールバックにまとめた涼しげな面差しの、仕立ての良いスーツを身に纏った紳士だ。物腰にはあご髭の男と同様に鋭さがあるが、彼に比べると何処か優雅さが感じられ、しかしその一つ一つの動作には迫力がある。青年は彼を何処かで見たことがあるような気がした。
「ハボック。お前の役目はこの子達の護衛とお守りだろうが。何を遊ばれておるんだ」
「しょーがないっしょ! かくれんぼするっ! って勝手に居なくなるわ、やっと見つけたと思ったら、錬金術で抵抗されるし……さすが、あんたとあの人の子っスよ……」
「そうだ、私に似て優秀で天才で妻に似て超可愛いんだ。どうだ、羨ましかろう」
「くっそ、なんだよ、その親ばかと妻ばか!」
突然に現れた子供達の父親らしき人物は、優しい顔で子供達の頭を撫でた。
「初めての長旅だからな、はしゃぎたいのは分かるが……見てごらん、お仕事をしているお兄さんが困っているじゃないか。悪い子達だ。ほら、ちゃんと謝りなさい」
「ごめんなしゃーい!」
「ごめんなさい」
ぺこりと子供達が青年に頭を下げてくる。
「子供達がご迷惑をおかけしたようで、申し訳ない。よく言い聞かせておくので、どうかお許し願いたい」
子供達と一緒に父親も青年に向かって深く一礼してくる。子供達だけならばともかく、異様にオーラのある人物に頭を下げられるのは、非常に居心地が悪かった。青年は慌てて、首を振って自分は迷惑なんてかけられていないと否定した。
「い、いえ! 僕は別に迷惑なんて……」
「――そうか。ありがとう」
青年の気遣いに今度は感謝を述べると、父親は素早い動作で両手を合わせた。青白い光と共に変形していたテーブルとテーブルクロスが時間を巻き戻したかのように元に戻る。まるで魔法を使ったかのような男の技を唖然と見ている青年に、父親はこれで元通りだろうかと太い笑みを見せた。
「は、はいっ」
「……では私達はこれで失礼する。あまり妻を一人にしておいては貴方ばかり子供達と遊んでいてずるいと拗ねてしまうものでね」
気障な仕草で片目を瞑ると、父親は子供達を伴って食堂車を出て行こうとする。誘拐事件じゃなくて良かったな……とほっとしながら、青年は親子を見送った。二人の子供とそれぞれ片方づつ手を繋ぎ、仲良く歩いていく様はとても微笑ましく、暖かい光景だった。
「一体何をして遊んでいたんだい?」
「んーっとねっ、んーっとねっ、かけおち!」
「か、かけおち!? まだ、早い! 早いぞ!……ハボック、まさか、お前が……」
「お、俺、知らないっスよ! チビ達にも何も言ってませんよ!」
「まあ、いい。後でリザに報告して一緒に問いつめてやる。覚悟しろよ」
「か、勘弁してください! 夫人に睨まれたら、俺……やってなくても白状しちまいますよ!」
「はは、ハボック、可哀相~!」
「ハボック、かわいしょー!」
「こら、お兄ちゃんにレディ? お前達もだぞ。ママに言って、この事はよーく叱って貰うからな?」
「ママに!? パパ! ママには言わないで!」
「いわなーで!!」
「ダメだ。ちゃんとママに怒って貰って、ちゃんとママにももうしませんって謝って、ちゃんと反省するんだ。じゃないと、この『旅行』を楽しく出来ないぞ?」
「「ふあーい……」」
しょんぼりとする子供達の後ろ姿は、可笑しくも可愛らしい。だから、そんな家族の姿にほっこりして、思わず青年は声をかけていた。
「もし、お客様。不躾ですがどちらまでおいでに?」
父親が振り返って教えてくれる。
「ああ。妻と子供達と一緒に……海を見に行こうと思ってね」
楽しげに笑うその顔は、幸せに輝いていた。


青年がこの特別急行に大総統一家がお忍びで乗車していた事を知るのは、もっと先の話である。




END
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【あとがきみたいなの】
い、いかがでしたでしょうか……(ドキドキ)これにて二人旅完結です。少しでもお楽しみ頂けたなら良いのですが。今年も無事にロイアイの日企画をやり遂げられて、当人は満足しております(^^)ご覧になって頂いた皆様ありがとうございました!ロイアイに幸あれ!


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by netzeth | 2014-06-10 23:59