うめ屋


ロイアイメインのテキストサイト 
by netzeth
プロフィールを見る
画像一覧

ブルー・ブルー

全ての始まりはロイが中央での式典に参加した事だった。
つい先日無事にテロ事件を解決した功として、ロイの胸には新たなメダルが増える事となった。その授与式に出席するために、彼は一泊二日の日程でセントラルへと赴く事となる。彼は中央司令部にて件の式典へと出席し、滞りなく予定をこなした。慶事であるので仕事については特別に二日の休暇をもらっている。そのままホテルに一泊し、次の日の昼頃には余裕を持ってイーストシティに帰れるはずだった。
しかし。事はそううまく運ばなかった。
中央での式典に参加したロイは、同じくアメストリス全土から集まっていた他の列席者と顔を合わせた。その中にはもう数年来会っていなかった士官学校の同期生達の姿があった。当然ながら彼らは懐かしい再会を喜び合い、互いの近況や懐かしい思いで話に花を咲かせる事となる。やはりこの式典に参加していた中央のお祭り好きな親友が音頭をとって、士官学校の同期生達はその夜大いに飲み明かす事となった。
ロイはその中でも話題の中心だった。何しろ、同期生の中では彼が出世頭だ。軍部での仕事ぶりはもちろん、プライベートな事にまで突っ込んで話を聞かれまくっては酒をひたすらに飲まされた。国内に散らばっている同期生達と今度また会えるのはいつになるか分からない。ましてや、自分達は軍人という死と隣り合わせの職業に就いている。これが今生の別れになるかもしれない。そんな思いも相まって普段は己を律し真面目に酒は節制していたロイも、羽目を外して彼らと共に夜通しこのらんちき騒ぎを楽しんだのである。
それが、このざまだった。
どうやって帰ったのかもうよく思い出せない、セントラルのホテルにて。二日酔いに痛む頭を押さえながら、ベッドサイドテーブルに放り出してあった銀時計の蓋を開いた瞬間ロイは声なき悲鳴を上げた。時間は己が乗るはずだった列車の発車時刻を大幅に回っている。慌てて起き出して、バスルームに飛び込むとシャワーを浴びた。それで体に染み着いていた昨日の痕跡を洗い流すと、備え付けてあったホテルのシェービングクリームで髭をあたる。最低限の身だしなみを最速で整えて、バスルームを出るとそこでロイははたと困った。
――着るものがない。
下着は替えを持ってきた。だから大丈夫だ。シャツも同じく予備を持ってきてある。しかし、移動用の私服として着てきたジャケットとスラックスは替えがない。
ロイは脱ぎ散らかしたジャケットとスラックスを拾い上げた。身に纏ったままベッドで寝てしまったので、ぐしゃぐしゃしわしわになってしまっているそれら。しかも、昨日のらんきち騒ぎのせいで酒と煙草の臭いが染み込んでしまっている。
いくらその格好がだらしないものでも、ただ汽車に乗って家に帰るだけならばロイは気にせずに身につけただろう。元々そこまで体面を気にする性格ではない。華やかな表舞台に出る時ならば別だが、プライベートでは風呂にも入らず連日錬金術の研究に没頭する事もある男だ。
しかし。今回ばかりはそうもいかない理由があったのだ。
「おそらく、今からの汽車だと家に戻って着替えるだけ時間の余裕はない。どこかで調達する時間の余裕さえもない。……そもそも、シティに到着して駅からタクシーを飛ばしても、遅刻だ!」
頭を抱えたロイは決断する。背に腹は代えられない。
せっかく頑なな副官を誘う良い口実が出来て、それにかこつけてデートをOKして貰ったのだ。少しの遅刻はもうやむを得ないが、それ以上の減点は避けたい所だ。酒や煙草の臭いをさせながらよれよれの格好で現れて、彼女に嫌われるなどもってのほかだ。
そうして。ロイは綺麗に畳んでトランクに仕舞ってあったそれを引っ張り出したのだった。




『ビアンカ』はイーストシティに存在するレストランの中でも高級な部類に入る、歴史も古く名店として知られる老舗レストランである。ドレスコードが無いのは幸いだが、それでも普段着で来る事などとても出来そうも無い気を使う場所だ。
車を飛ばして何とか約束の時間に遅れる事三十分以内で『ビアンカ』にたどり着いたロイは、店の入り口でまだ年若いギャルソンに出迎えられた。その態度がいつもより馬鹿丁寧で、幾らか恐縮している風なのは己の格好のせいだろう。
それは式典様に用意して行った軍服の礼装だった。
長い裾がシュッと小気味良い音を奏でて歩く度に翻る。深いブルーのその色はアメストリス国軍の象徴の様なものだ。流石にたすき状の徽章と儀礼用のサーベルは外して来たが、左胸には授与されたばかりの物を始めこれまでの戦功に応じて下されたメダルがぶら下がっている。それは互いに擦り合い涼やかな金属音立てて揺れていた。
「やあすまない、待たせたな」
目深に被っていた正帽を脱ぐと、ロイはリザーブ席に居た先客に詫びた。
「……それほど待ってはおりませんから」
デート相手に待たされた女にしてはシンプル過ぎる答えを彼女――リザは返してくる。おそらく本心からロイの遅刻を特に問題視しては居ないのだろう。多少、拗ねてみせたりしてくれた方がロイとしては嬉しいのだが。
「そうか。だが、待たせた事には変わりない。すまなかったな」
席に着いて落ち着くと、ロイはリザと向き合った。視界に彼女が鮮明に映り込んできて、じっくりとその姿を観察する。
リザはフォーマルなブルーのワンピースと黒の総レースのボレロを羽織っていた。ロイが普段デートしている華やかな女達に比べれば地味だが、それでも彼女にしては破格に洒落た格好と言えるだろう。
「今夜の君はとても綺麗だな、その服似合っている」
「…………そうでしょうか」
流れるように誉め言葉を口にすれば、長すぎる沈黙の後にまたそっけない言葉が返ってきてロイは苦笑した。リザの態度は相変わらず固く、ロイの副官として後ろに控えている時と変わりがない。せっかくのデートでこうやって正面から向き合っている時くらい、もう少し打ち解けて欲しいものなのだが。見ればリザはロイと目も合わせない様に先ほどから視線を泳がせている。全ては遅刻――という出足を挫かれるような失態をおかした自分の責任だろうか。
「……ところで、大佐」
「なっ、……ごほんっ。なんだね?」
楽しいデート中に気まずい沈黙はゴメンだと話題を模索していたロイは、リザから話しかけられて思わず声が上擦った。慌てて取り繕って男としての威厳を保ち、リザの言葉の続きを待つ。
「どうして本日は軍服の礼装でいらっしゃるのですか?」
ロイにとっては予想外な指摘を彼女にされて、一瞬何と答えたものか思案してしまう。まさか、昨夜羽目を外しすぎたせいで寝坊して着替えている時間が無かったなどと真実を口にする訳にもいかない。それは上司としても男としても情けなさ過ぎる。
「……せっかくだから君に授与されたメダルを見せようと思ってね。今夜はその祝いとして食事に誘ったわけだしな。……君もそれでOKしてくれたのだろう?」
――お祝いを兼ねて私と食事に行ってくれないか? と、メダルの授与を口実にリザをデートに誘ったのはロイ自身である。何とか軍服の礼装で現れた無難な理由を捻り出すと、リザは納得してくれたようだった。
「そうですか。それは私のためにわざわざありがとうございました」
しかし。
どうにもその口調は渋く礼を述べているのも上辺だけで、明らかにリザはロイの礼装を歓迎してはいない様だった。もちろん、感情が表情に出る女では無いので、これはロイの推測でしかない。だが、ロイだって伊達に長年彼女と一緒に居る訳ではない。表情がなかろうとも、態度に出していなかろうともリザの事くらい理解出来るのだ。
(……やはり、見透かされているのか?)
遅刻のロスを出来るだけ少なくするために仕方なく礼装を着たことが。それで、そんな態度でデートに臨んだ自分にリザは抗議している?
疑惑は疑惑を呼び考え始めれば切りが無かった。
それよりも。
今からでもこのデートを楽しい一時にしようとロイは新たな話題を振り、運ばれ始めたディナーに集中する事にした。



「……何か、私に不満があるのなら言ってくれないか」
『ビアンカ』を出て、しばらく二人で歩いた所でロイはとうとうはっきりと口に出してリザに言った。
はっとした表情で隣を歩いていた彼女がロイを見上げてくる。
結局あの後の食事中も、幾ら話題を振っても始終リザは上の空で、デートは盛り上がらずロイの努力は空振りに終わってしまったのだ。ディナーの最中もリザはロイと極力目を合わせないようにしていた。しかし、ふと気がつけば自分を見つめているリザの視線にロイは気づいていたのだ。
だから。
ロイはリザが何か今夜のデートの事で、自分に何か言いたい事がある――不満があるのだろうと予測していた。
「遅刻をしてきた事は本当にすまないと思っている。私の落ち度だ」
「そんな…違います。最初に申し上げました通り私は待たされたなんて思っていません」
首を振ったリザにロイは別の可能性を提示する。
「では今夜のデートに誘った事か? もしかして、嫌だったのか? 私は上司だから。……無理矢理に誘われて断れなかった?」
矢継ぎ早の疑問。しかしそれにもリザは首を振ってきた。
「……いいえ。嫌だったならばはっきりとその時に申し上げてお断りしています」
リザが自分に嘘を吐くとはロイは考えていない。だからこれは彼女の本心なのだろう。では。
「……だったら、今夜の君がずっと変だったのはどういう訳なんだ?……このデートはそんなに楽しくなかったかい?」
「いいえ、大佐。そうではなくて……」
言いよどんでリザが、そのまま俯いた。周囲に沈黙が落ちる。言葉の続きを促すことなく、ロイは辛抱強く待った。
「大佐、が……軍服、の、礼装、なんかで、いらっしゃる、から……」
ぽつんぼつんと、呟くようにリザが口にしたのは意外な言葉だった。一瞬意味が分からずに、ロイはぽかんと口を開けてしまう。
「その……いろいろ気にしてしまって……」
「何が、だ?」
それだけ問い返すと、リザは恥ずかしそうに頬を染めた。非常に珍しい表情だ。
「……大佐はいつも黒のスーツをお召しですから今夜もそれでいらっしゃると思って、だから悩んでこのブルーのワンピースを着ましたのに、それなのに、よりにもよって礼装でしたから……ブルーとブルーで、色が被ってしまって……」
「そんな事を気にしていたのか……」
リザがデートの服装に悩む様な可愛らしい一面を持っている事が知れたのは収穫だが、服の色にまで気を配っていたとは夢にも思わなかった。ロイが寝坊をしたばっかりに、彼女の計算は違ってしまったのだろう。
「それは……すまなかったな」
今度こそ心からの謝罪をロイは述べた。これは彼女の女心を解していなかった自分の全面的な落ち度だ。すると、リザはその通りだとばかりに言い募ってくる。
「そうです。謝ってください。……全てはそんな格好で来られる貴方がいけないんです。服の色もそうですが……前髪を上げているのも少しお年を召して見えて素敵ですし、正帽を被った姿も、正装での立ち振る舞いも、いつもより凛々しくて……私は心が浮ついてしまって落ち着いて食事が楽しめませんでした。どうしてくれるんですか。せっかくの初『ビアンカ』だったというのに」
口調はいつも通りの淡々としたリザのものだ。しかし、その内容は彼女の本音が零れ落ちており、ロイの頬を緩めるのには十分なものだった。
――それはつまり……私の姿に見惚れていたという事か?
軍服の礼装という非日常的な姿が、いつも冷静な副官の心を惑わせていたというのは興味深い。
「……そうか。それは本当にすまなかったな。で? 私はどうしたらいいだろうか、中尉?」
声は低く。出来るだけ蠱惑的に。ありったけの男としての色気を醸し出してリザの耳へと流し込む。ついでにふっと息を吹きかければ、ぴくんっと彼女の肩が震えた。
「そんな事ご自分で考えて下さい。貴方の頭は飾り物ですか?」
冷静を装ってはいるが、彼女の声は少しだけ震えている。それをロイは心の底から愛しく思った。
「分かったよ。じゃあ、責任をとって……君にキスしようと思う。いいだろうか?」
「……そんな事ご自分で考えて下さい」
また同じ台詞だ。しかし、意味は違うとロイは断じる。それぐらいの女心は読めるつもりだ。
「そうか」
小さく笑むとロイはリザの顎をその手で捉えた。片手で正帽を脱いで抱えて。ゆっくりと顔を彼女の唇へと落とす。抵抗が無いのを良いことにその柔らかな感触を楽しみながら、ロイは思う。

――こんな事なら司令部でも毎日、礼装を着るべきだろうか、と。

そんな馬鹿な事を考えながらも彼女を抱きしめ、唇を重ね合わせて。そして、ブルーとブルーは溶け合ったのだった。



END
***************************

お読み頂きありがとうございました!
[PR]
by netzeth | 2014-06-11 00:28 | Comments(0)