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女神のストライキ


「大佐! 一大事です!!」
ロイの現在位置は東方司令部通用門である。
ロイが出勤した早々、息を切らして駆けつけて来たハボックは彼の姿を認めるなり悲痛な顔で訴えてきた。
「どうした、こんな朝っぱらから。……まさか、事件か?」
国粋主義者によるテロか。はたまた、銀行に強盗が押し入って人質を取って立てこもっているのか。
すっかり青ざめて血の気の引いているハボックの顔を観察し、ロイはこれはただ事ではないなと推察する。

「いえ、もっと重大な……とにかく一大事なんです!」
かぶりを振りロイの言葉を否定した彼には、普段の飄々とした様子はまったく見られず、ひたすらに同じ言葉を繰り返す。
その慌てぶりに、ロイは顔を顰めた。本日は夜にデートの予定を入れようと目論でいたのに、この様子ではその計画もおじゃんだろう。
彼は覚悟を決めて部下を促す。
「じゃあ、何だ。早く言え」
「……ストです! ストライキです!!」」
ハボックの叫びはほとんど悲鳴だった。

「何だと?」
耳を疑う単語が耳に入り、ロイは訝しんだ。
一応このアメストリス国軍部内にも労働組合的な組織は存在しており、毎年春になるとその活動が活発化するのだが。
今は春では無いし、そもそも労働組合のストライキならば目の前の男も参加していなければおかしい。
少し前に起こった「東方司令部内の異性交流における司令官の横暴な振る舞いの改善要求を謳った主に男性軍人が参加したストライキ」の陣頭指揮をとったのは、このハボックなのである。それをロイは「将来軍の最高権力者となったあかつきには女性軍人の制服を全てミニスカートとする」という見事な采配でストライキを回避した訳だが。
「要求は何だ? 賃上げか? それとも職場環境の改善か? 代表者を連れて来い。私が交渉する」
不審には思いつつも、とにかく司令官――もとい、悲しき中間管理職として果たすべき責任がロイにはある。
「それが……」
勢い込んでいたハボックは、そこで初めて口ごもった。とても言い辛そうに、視線をロイからさりげなく逸らしている。

「もったいぶるな。早く言え」
「……ストライキをしているのは一人なんです」
「一人?」
それで一体何の交渉をしようと言うのか。
それまでは緊迫していたロイは、一気に脱力した。
「そんなもの、職務放棄で処分すればいいだろう。一人で一体何が出来るというんだ。そもそも、その要求事態も筋の通ったものではない、子供じみたわがまま何じゃないのか?」
直面していた問題がたいした事ではないと発覚し、少々投げやりになる。
そんな事に関わっている暇など、忙しい立場であるロイには一秒だって無いのだ。
「……あんたそれ、本人に言えますか?」
「何?」
ハボックの瞳は座っていた。
「ストライキしてるの、ホークアイ中尉なんスけど」


東方司令部司令官執務室――すなわちロイの部屋には、大部屋とは別に小さな小部屋が付属している。
そこはいわゆる倉庫のようになっており、外の棚に入りきらなかったファイルなどが保管されている。
その他、大小様々な荷物の置き場と化しており、かく言うロイも私物の本などを放り込んでいた。
「ホークアイ中尉! 出てきて下さい~!」
「中尉が居なけりゃ誰が大佐の面倒を見るんですかー!」
「そうですよー! 中尉が居ないと大佐が遊びますよー! 見てないと危ないですよー! 取り扱い注意ですよー!」
「私は保母さんじゃありません!!」
通用門から全速力で走って己の執務室に到着したロイは、足を踏み入れるなり問題の小部屋の前に立った。
たった今まで必死に彼女を説得していた部下達を後ろに下げて、自ら交渉の先頭に立つ。

「中尉! 私が来たぞ! 今来たぞ! さあ、出てくるんだ!!」
それまで彼女は部屋に立て籠もってはいても、部下達と会話だけはしていた。
しかしロイが声をかけた途端、ぴたりとその声が止んだ。沈黙が一帯を支配する。
「どうした!? 中尉、私が来た! もう何の心配もない! 出てきなさい!!」
重ねて呼びかけても、反応はない。
「……どうしたんだ……私が来たのに……」
「元凶が何言ってるんですか」
「そうですよ。だいたい何故、中尉が大佐を待ち望んでいたみたいになっているんです?」
ブレダとファルマン双方から指摘されて、ロイはむうっと唸った。
「中尉は私が居ないのが寂しくて切なくて涙が出そうで、そんな姿を見られたくない一心で隠れているのではないのか?」
「ハボ。お前、大佐にどう説明したんだよ……」
「……や、俺はちゃんと伝えたぜ、中尉がストライキしてるってな。大佐の無駄にポジティブ過ぎる脳味噌がミラクルに現状をねじ曲げて把握してるだけで」
疲れたようにハボックはため息を吐く。そんな彼を見かねて正しい現状の説明を引き受けたのはファルマンであった。

「マスタング大佐。本日、〇七○○に、私とホークアイ中尉がこの執務室に入室した際、中尉は放置されているあのデスク上の書類を目撃、「私の非番前にあれほど終わらせておいて下さいと言っておいたのに……」と非常にショックを受けられ、そのままあの小部屋に入ってしまわれまして、「もう、いや。私はもうあの人の面倒はみません!」と……」
「ストライキに入ってしまわれたんですう~~!」
泣き出しそうなフュリーの声で、そう説明は締めくくられた。彼はハヤテ号を胸に抱いて、必死の形相をしている。
「中尉ー! ハヤテ号も出てきて欲しいって言ってますよう~!」
「きゃん!」
頑な女性相手にはアニマルセラピー。犬を盾にしているのは流石だとロイは思った。扉の向こうでガタガタっと音が鳴っている。リザも可愛い愛犬の呼びかけ対しては動揺しているのだろう。もっとも効果的な説得方法である。
「とにかく。こうなったのは大佐のせいですよ、何とかして下さいや」
「何とかって言われてもな……」
ブレダに詰め寄られても、ロイは弱ってしまう。リザの非番の日に仕事をサボってしまい彼女の堪忍袋の緒が切れてしまったのは自業自得だが、昨夜は外せない情報収集デートが入ってしまったのだ。仕事は誓って今日、まとめて終わらせるつもりだった。
正直にそう話して、謝るしかない気がしたが。しかし、真面目な彼女を職務放棄をさせるほど怒らせてしまったとなれば、そんな言い訳で簡単に納得してくれるかどうか。

「まるでアマノイワトですな……」
「何だそれは?」
ファルマンが聞き慣れない言葉を呟く。
「東の島国に伝わる神話ですよ。太陽の女神が弟の乱暴に怒って岩戸に隠れてしまうのです。太陽の女神が隠れてしまい、世界は闇に閉ざされてしまいます。困った神々は女神を外に出すために盛大な宴を催すのです」
「太陽の女神、か……」
ロイにとってリザの存在は、まさしく太陽に等しい。彼女が居なければ、ロイの生活は(公私に渡って)成り立たないと言っても過言ではない。
「それで、その神話、どうやって女神様にお出まし願うんだ?」
「最初は力で何とかしようとするのですが、成功しませんで。結局は女神様自身が岩戸から出てくるようにし向けるのですよ。神話には舞踏の女神が踊りを踊って、女神様の興味を引いたとあります」
「なるほどなー。じゃー俺らもパーティーでもするか? 肉でも焼いていい匂いさせて、シャロンでスペシャルショートケーキホール買いして。んで、それを全部美味しい美味しいってここで食ってたら、中尉も出てくるんじゃね?」
「……彼女は子供か」
そんなの幼児しか引っかからないだろうという様なハボックの提案だったが、食いしん坊気味なリザならもしや……とロイは危ぶむ。ありそうだから、怖い。

「じゃあ神話に倣って、大佐が歌って踊って中尉への愛を叫んでみるとか」
「お、良いんじゃないか、それ。ポエムの一つでも披露すればすぐに出てくるんじゃないですか、恥ずかしくて」
「……却下だ」
確かに中尉は出てくるかもしれないが、部下の前でそんな事をしたらばいろんな物を失いそうで(司令官の威厳とか)ロイは首を振った。
「とにかく、彼女の要求を聞く。話はそれからだ。……中尉、聞こえているか、何時までもそうして居たって仕方あるまい。君の要求を聞こう。言ってみたまえ」
「……まずは反省して下さい」
小さな声が返ってくる。
「分かった。誠心誠意、反省する。で? 他にはあるか?」
「…………仕事に対する姿勢を改めるとお約束して下さい」
「分かった。考える」
「考えるだけでは、だめです。ちゃんと真面目になるって約束して下さい」
「……分かった。真面目にやる」
極力真摯な声で答える。まずはリザに信じて貰わないといけない。ロイは更に声を張り上げた。
「君の要求を全面的に呑もう! だから、出て来てくれ。君が居なければ、私はダメなんだ。君が居ないと、私の世界は真っ暗で君お望みの書類の処理も手につかない……」
「…………大佐……」
固かったリザの声が緩む。もう一押しだ! とロイは畳みかけた。
「さあ、中尉! 早く、出てきたまえ! 今なら! なんと私の腕枕も付いてくるぞ!?」
「………………」
自信があった会心のご褒美は、何故か重い沈黙で迎えられた。


「な、何故だ……? 何が不満なんだ……中尉!」
「どう考えても最後のだと思いますけどねー」
「不満だらけですよ」
「要りません」
野郎達からも、散々な言われようである。
「……そこまで言わなくても良いんじゃないか……」
「鬱陶しいんで落ち込まないで下さい。それより、中尉です。大佐がアホな事言うから、せっかく中尉が心を開きかけていたのに、逆戻りですよ」
「もうすぐ始業時間ですし、そろそろ何とかしないと……仕方ない、この手だけは使いたくなかったですけどね」
沈痛な面もちをしたブレダの言葉に、ロイは首を傾げた。

「なんだ。何か良い方法でもあるのか」
「ええ、一応。でも、これは最終手段ですよ」
「もしかして、無理矢理に扉を開けるのか?」
「いいえ。一応、神話みたいに中尉自ら出てきて貰える方法ですよ」
まさかやはりパーティーをして、肉とケーキで釣るんだろうか。釣られそうだな……と思われるリザもリザだが。
「……仕方あるまい。その方法を試してみよう」
「いいんですか?」
「ああ。私が責任を取る」
決意を込めてロイは頷いた。その瞬間、やれ、とブレダが他の三名に目配せを送る。そうして、
「ああ! 大佐!? 大丈夫ですか!?」
「大佐~!! しっかりして下さい~!!」
「キャンっ! キャンっ!!」
「ヤバいぞ!! い、医者を早く!!」
ブレダが大声を上げた。ファルマン、フュリーにハヤテ号、そしてハボックがそれに続いてわめき出す。
内容は、先ほどまでぴんぴんしていたロイが唐突に倒れて意識不明で危篤で重体で早く医者に見せなければ間に合わない――という何とも無理がありすぎるものだ。その小芝居を部下達は白々しい演技で続ける。

「大佐! 死なないで下さい!! 大佐が死んだら、僕は…僕は……!」
「そうです! 女性軍人ミニスカ補完計画はどうなるんスか…!」
「大佐~~! カムバーックーー!!」
各々勝手な阿鼻叫喚劇を繰り広げる。まさか、こんな事で……と半信半疑だったこの最終手段だったが。
「………大佐! ご無事ですか!?」
開かずの扉はあっけなく開かれて、中からリザが飛び出してきた。その顔はまるで泣き出してしまいそうに歪んでいる。
よほどロイが心配なのだろう。それを待ちかまえていた男達で、あっさりと捕獲した。
「はい、確保~~」
「え!?」
無事なロイの姿を目撃し、驚きで事態が把握出来ていない様子のリザの両腕を、ハボックとブレダが掴んでいる。
「さー、後はお二人で話し合って下さいや」
「俺らは退散するんで」
そんな言葉と共にリザをロイに渡して、部下達は一仕事終えたとばかりに執務室を出て行ってしまう。
残されたロイとリザの間に気まずい沈黙が落ちる。先にそれを破ったのは、ロイだった。

「……その、なんだ、すまん」
ストライキなんて起こして、という彼女に対する怒りよりも、申し訳なさが先に立って謝ってしまった。
まして、ロイに何かあったと知るやストライキを止めて飛び出して来たリザの心情を思いやると、叱責など出来そうにない。
「今回の件は私が全面的に悪い。謝る。……だからその……」
これからもしも72時間耐久書類サイン大会を命じられても、何でも引き受けるつもりだった。
真面目に仕事をして、リザの信頼を取り戻す。そういう殊勝な気持ちで言葉を綴るが、リザからの反応は無い。よほど今回の事が怒り心頭だったのだろうか。おそるおそるリザの顔を見る。
「中尉……?」
どこか呆然とした様子のリザの目がロイを見た。はっきりと瞳が焦点を結び彼の姿を映し出す。
そこで初めて、リザの表情が変化した。凍てついた冬の雪が溶けるように、口元が柔らかくほころんで。
「………貴方が無事で良かった」
あまりにもリザの気持ちが籠もり過ぎている素直な一言と太陽のような眩しい微笑み。
それを見た瞬間。ロイは己の所行を深く深く反省したのだった。



ちなみに、ロイの執務室にある倉庫部屋は部下達の間でアマノイワトと密かに呼ばれるようになったのだが。わりとどうでもいい話である。



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by netzeth | 2014-06-19 00:26 | Comments(0)