うめ屋


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by netzeth
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coiffure 

珍しい光景を見た。

その日、ロイ・マスタング少年は修行先の家のお嬢さんが洗面台の鏡の前に居るのを目撃した。まだ幼い少女と言っても女の子だ。やはり身だしなみやお洒落に気を使ってるのだろうと最初は気にも留めなかった。ところが少し時間を置いてロイがまた洗面台がある部屋を通りがかった所、お嬢さんはまだ鏡の前に居た。身だしなみを整えるにしても長過ぎるだろうと不思議に思い、ロイはそうっと彼女――リザの背後に忍び寄ると、
「何をしているんだい? リザ」
おもむろに声をかけた。鏡の中の己と睨めっこしていた少女は突然の呼びかけにキャッと文字通り飛び上がった。
「マ、マスタングさん……?」
「ああゴメン。驚かせちゃったね」
振り返った少女の瞳はほんのりと赤くなっている。ずいぶんと自分は彼女を驚かせてしまったようだと反省しながら、ロイがリザに詫びると彼女はブンブンと頭を振った。伸びかけのハニーブロンドが揺れる。それはようやく肩に届くかという長さだ。
「マスタングさんが謝ることなんて、ないです。もしかして、洗面台をお使いになりたかったのではないですか? ごめんなさい。ずっと占領してしまって……」
「いや、そう言う訳じゃないよ。ただ、リザがずっとそこに居るから何をしているのか気になっただけで。もしかして聞いちゃいけないことだった?」
言葉の途中で「女にはいろいろあるんだよ!」という義母の声が脳裏に甦って来て、ロイは慌てた。鏡を見ている女性に対して、男はとやかく言ってはいけないのかもしれない。そんな焦りをロイが見せると、またリザは首をブンブンと振った。
「いえ、そんな事はありません!」
「じゃあ、何をしていたんだい?」
ロイが最初の質問に戻ると、リザは少しだけ恥ずかしそうに瞳を伏せた。
「髪を……切ろうと思いまして」
「髪?」
言われて改めてロイはリザの頭に視線を向けた。
出会った頃から、この少女の髪は短かった。思えばロイはリザの髪が肩よりも下に伸びた姿を見た事は無い。今くらいに伸びてしまっている髪を見るのも初めてで、非常に珍しいとも言える。
「そういえば、ずいぶんと伸びたね」
反射的に腕を伸ばして、ロイはリザの小さな頭を撫でた。綺麗な色をしていて、撫でるととても柔らかくサラサラした手触りの良い髪だ。
「はい。切ろう切ろうとずっと思っていたのですけど、忙しくてつい先延ばしにしてしまっていて……」
ロイに頭を撫でられて、リザはくすぐったそうな顔をしている。
「ふーん、そうか。でも、もしかして鏡を見ていたという事は自分で切るつもりなのかい?」
「ええ、そうですけど?」
事も無げに頷いたリザに、ロイは驚く。よく見れば彼女は片手にハサミを握っていた。リザが裏の畑のトマトの剪定用に使っているものだ。ロイの知っている女性達(義母やその店で働くお姉さん達だ)は皆、髪は専門の店に行って切って貰ったり、結って貰ったりしている。他の世の女性達も当然の様にそうしていると思っていたのだが。
「出来るのかい……?」
そりゃあ、ジャガイモの皮も満足に剥けない自分に比べればリザは器用な子だったけども。同じハサミを使うと言っても、紙を切って工作するのとは訳が違う。
「……実はやっぱりこのハサミじゃ上手くいかなくて……」
トマトの剪定用のハサミをリザは掲げて見せる。それはそうだろうな……とロイは思った。せめて普通のハサミは無いものかとリザに尋ねると、力なく首を振られる。予想してはいたが、どんだけホークアイ家の家計は切迫しているんだとロイはげんなりした。
見れば、少女の髪には彼女が悪戦苦闘した跡が残っている。前髪はともかく、鏡を見ながら後ろ髪を一人で綺麗に切るのは至難の技だろう。まして、髪切り用のハサミでないならなおさらだ。
「リザ。貸してごらん」
ロイはリザからハサミを受け取ると、懐から携帯しているチョークを取り出した。そして床に即興で錬成陣を描いていく。後で元に戻すからねと断ってからその上にトマト用のハサミを乗せて、イメージを膨らませながら錬成を行う。あっと言う間にトマト用のハサミは髪を切るためのそれへと錬成し直された。
「ほら、リザ。前を向いて、鏡を見ていてくれ」
手に持ってハサミの出来を確かめつつ、ロイはリザに命じた。
「マスタングさん?」
彼女は不思議そうな顔をしながらも、ロイの言葉に従う。
「俺が切ってあげるよ」
「で、でも……」
「大丈夫。不器用な自信はあるけど、こういうのは失敗しない自信も無駄にある」
ロイの申し出に逡巡する様子を見せたリザに、ロイはニコリと笑ってやった。
「別に短くなればどんなにされてもかまいませんけど……でも、マスタングさんにハサミを錬成して貰って、更にそこまでして頂くなんて……」
日頃から彼女はロイの錬金術の修行のサポートをするのが、己の第一の使命と思っている節がある。父親の錬金術の研究も然り。どうも、錬金術に携わる者に、こういった生活臭溢れた行いをさせる事に心理的な抵抗があるようだ。しかし、それは間違いだとロイは思う。
リザは錬金術を何か崇高な物だと思いこんでいる様だが、本来ならば、錬金術はこういった生活の役に立つ人々にとって身近な存在なのだ。そして、錬金術師もまた然り。
「錬金術師よ大衆のためにあれ、って言うだろ。リザの役に立てなくて、何が大衆のためにあれ、だよ。いいから。ほら、やらせてみて」
まだ躊躇っているリザを強引に押し切って、ロイはリザの髪に手を滑らせて一筋掬った。床屋をやる気満々のロイに、リザも諦めたのか彼に髪を任せるつもりになったようだった。大人しく鏡に向かって立ち、ロイに背を向ける。
「じゃあ、切るよ?」
そして手に取ったリザの髪にハサミを入れようとして、しかしロイは躊躇した。手の中にあるそれは柔らかくとてもしっとりとしていて、触れているのがとても心地良かった。ずっと触っていたいと思ってしまう触り心地は素晴らしいし、キラキラと輝く金色の髪はこれまで見たどの女性の髪よりも美しい。それが失われるのかと思うと、急に惜しい気持ちになってくる。
「ねえ、リザ」
「何ですか、マスタングさん?」
だから。ロイはつい出来心で今の状況にそぐわぬ事を言ってしまった。
「髪を伸ばしてみたらどうだい? リザの髪はとっても綺麗だから、きっと可愛いよ」
「……今、そんな事を言うなんてマスタングさんはズルいです」
「え?」
しっかり者のリザの事だ。てっきり、髪を伸ばすなんて不経済だと跳ね除けられると思ったのに。鏡に映るリザの頬は熟したリンゴみたいに赤くなっている。
「そんな事を言われたら、切りたくなくなっちゃうじゃないですか……」
そんな顔で少女に可愛らしく恨みがましい瞳で見つめられて。彼女に言われた言葉を噛みしめると、不覚にもロイの顔も熱くなってしまう気がしたのであった。




END
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by netzeth | 2014-06-24 00:50 | Comments(0)