うめ屋


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by netzeth
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悪いヒト

「ああ、中尉。今日の君はなんだかとても美しいね。今夜は何か特別な用事でもあるのかな?」
「お口を動かすよりも手を動かして下さい、大佐」
男の白々しい問いかけを冷たい視線で制して、リザは手に持っていた書類をデスクの上に置いた。既にだいぶ高さがあった書類の山は、更にその高度を上げて処理中の男を威圧するように見下ろす。男――ロイはそのそびえ立つ山を見上げてあからさまに眉を顰めた。
「……それにしてもこれは多すぎないか? 」
「どこかの誰かがここ数日仕事をおサボりになられまして、市中を徘徊していらした結果です」
「酷い言い様だな。少し視察も兼ねて市民との交流をはかっていただけじゃあないか。イーストシティを、いや、東部を統括する軍司令部の司令官として当然だろう?」
「その市民とやらは、女性限定でしょう。老若男女問わずというならば、私も認めますが」
「失敬な、老若は問うてないぞ? ご高齢のご婦人から小さなレディまで、私は女性を蔑ろにしたことはない」
「…………男女は問うている事はお認めになるのですね」
不毛なやりとりに辟易して、リザは大きくため息を吐いた。ここでロイの相手をしている場合ではないのだ。
「とにかく。……今日中にこちらに用意した書類を片づけて頂きます。終わるまでお帰りになりませんように」
会話を無理矢理打ち切る様にリザが言えば、ロイの目がすうっと細められた。
「……誤魔化すのか」
「何の事でしょう?」
「まだ最初の質問の答えを貰っていない」
漆黒の瞳が鋭い光を放ち、強い視線がリザに突き刺さった。まるで温度があるようにそれは熱い。かわしきれないと判断したリザは諦めて答えを口にした。
「お察しの通りです。今夜はデートの予定がありますので、少々いつもより身だしなみに気を使っております」
「へぇ? 私にはデートの予定は無いんだがね、それなのに君にはあるのか。……そうかそうか、へぇ……」
含みのある笑みと棘のある口調を向けられて、リザは憮然とした。この件に関してはロイにとやかく言われる筋合いは無いのだ。
「そうです。ですから、私は今日はもう上がらせて頂きます。それが何か?」
彼女を見つめるロイの目は笑っていない。相変わらず燃え焦げる様な視線をリザに向けてくる。彼に負けじとリザもロイを睨み返しながら言った。
「いや、別に? 結構な話じゃないか、中尉。楽しんできたまえよ」
「……でしたら、私はこれで。そちらの書類の処理をお願いいたします」
言い捨てると、リザはロイの執務室を後にした。まだ何か言いたげなロイを残して廊下に出る。すぐに頭の中から上司の顔を追い出して、今夜の予定の事へと頭のスイッチを切り替えた。




履き慣れないふんわりとした生地のワンピースに、繊細な作りのフェミニンなパンプス。高いヒールで躓かないように注意しながらも、リザは颯爽と歩いてデート相手との待ち合わせ場所にやってきた。そこはイーストシティに存在する公園にある明るい街灯の下だ。少し距離を置いて相手が居るであろう場所を観察すれば、そこには既にスーツ姿の青年が立っていた。片手に花束を持って緊張した顔をしているその姿に、リザは艶然と微笑む。
女はデート相手を少々待たせるくらいでなくてはならない。……相手に気を遣い早めに来て待っているようでは、男より優位な立場には立てないのだ。
時計を確認し、頃合いだろうと判断する。そして、リザは青年の待つ場所へと歩を進めていった。
「……ごめんなさい。待たせてしまったかしら?」
「いいえ、そんな事はありません。僕も今来たばかりですよ」
男性はリザの姿を認めると、お決まりの台詞を吐く。15分の遅刻を気にしていないという度量をリザに見せて、ポイントを稼ごうとしているのは見え見えだった。苦笑が浮かびそうになるのを何とか押さえて、リザも不自然ではない笑顔を作った。
「そう、良かったわ。では、参りましょう? 今夜はどちらに連れて行って下さるの?」
「はい、エリザベスさん。貴方が好きだというワインの美味しいレストランを予約してあるんです。まずはそちらでディナーにしましょう」
「まあ、嬉しい。私の言った事を覚えていて下さったのね」
注意深く言葉を選んで、しかし、顔には笑顔を絶やさずに。そして、リザが男性の腕を自然に取って己のそれを絡ませた、その時だった。
「やあ、エリザベス。待たせたね」
あり得ない声が背後からかけられて、リザの笑顔は凍り付いた。まさか、そんな、と言葉が出そうになるのを飲み込んでリザは振り返った。青色の闇が落ちている黄昏時の公園で、闇の中にとけ込むように男が立っていた。
「……たっ、ロ、イ……さん?」
階級で呼びそうになって、リザは慌てて取り繕った。
「何か用かしら……? 私は今、とても忙しいの。見れば分かるでしょう?」
声が震えそうになる己を叱咤し、リザは強気の姿勢を保つ。それをロイはせせら笑うように見ていた。
「そうだね。だが、君と私の仲じゃないか。野暮は言いっこ無しだよ」
近づいて来るロイは笑みを浮かべては居たが、執務室で見た時と同じように目は笑ってはいなかった。リザは危機的状況に陥っている事を自覚せざるを得ない。ロイの狙いが読めすぎるが故に、焦る。
「あの…エリザベスさん、彼は……? その、貴方はエリザベスさんとどう言ったご関係で……?」
そして、戸惑うような青年の声が、ロイの堰を切ってしまった。
「ああ、説明がまだだったね」
言うなりロイはリザの腕を引き、青年から奪うように引き寄せると彼女の唇を塞いでしまう。夜が迫る公園で、男と女はその場所にふさわしく深く熱烈なキスをする。リザの方は何とか逃れようと最初のうちはもがいていたのだが、ロイの舌が絡んで来ると体から力が抜けていき、後は彼の言いようにされてしまった。
「こういう関係だよ、分かったかい?」
ようやく解放された時には、リザはくったりとロイの腕の中で荒い息を吐いていた。何か言わなくてはと思うのだが、熱に浮かされた頭の中と蕩けてしまっている身体ではどうにもならならず、ただ熱い吐息が出ただけだった。
「そんな、エリザベスさん……」
呆然とロイとリザのキスを見ていたデート相手の男性が呟く。彼もリザが嫌がって拒んでいたならば、ロイの言葉など信じなかっただろう。しかし、肝心の彼女は拒むどころか、目の前で男に身を任せてキスを受け入れていた。あれは、普段からその行為を受け入れ慣れている女の所作だと分かってしまった。それだけで彼らの関係を見せつけられてしまったのだ。
「……もう良い人が居るのに他の男とデートしようだなんて、貴女は悪い女(ヒト)だ、エリザベスさん……」
「そんな……ちがっ……」
「僕もバカじゃない。貴女の態度を見れば分かります……さようなら、エリザベスさん。もう会わない方がお互いのためです」
「あ……」
待って、と口に出す前に今夜のデート相手の予定だった青年は踵を返して去っていく。既に彼にかけられる言葉などなく、リザはその背を見送るしかない。女に渡しそびれた花束がその手にあるのが妙に寂しげに見えて、リザの心が少しだけ痛んだ。
「よしよし、じゃあ我々は我々でデートに行こうか、中尉。…って、いたたたたたっ!!」
次の瞬間、人の気も知らないで脳天気にデートを提案してきた男のほっぺたを、握力測定する勢いでリザは摘んだ。ロイは悲鳴を上げているが、手加減などは一切してやらなかった。
「もうっ! 貴方のせいでダグラス社の社員に近づいて軍との不正な裏取引についての情報を貰うという作戦が全然進まないじゃないですか!! これで調査対象とのデートを邪魔するの何度目だと思っているんです!? 貴方は本物のバカですか! だから今日は、沢山書類を置いて来たのに……」
絶対に終わらない量の仕事をさせておいて、その隙に情報収集をしてしまおうと思っていたのに。その計画はどうやら失敗に終わったらしい。
「……ちゃんと書類は終わらせてきたぞ。それから君を追って来たから間に合わないかとヒヤヒヤしたよ。まあ、どこに居ようと探し出して君をさらう気だったがね」
「……本当に、もう……貴方って人は……」
これまで何度かリザは調査のためにエリザベスという女になって、件の企業の社員に近づいて来た。しかし、懇意になりいざデートという段階になると必ず邪魔して来るのが、この作戦を指揮する立場にあるロイその人なのである。
「私は最初から反対だったんだ。君が調査を行う事は。やはり、私が女性社員を狙って諜報活動をする」
「ですから、あの会社には男性社員が圧倒的多数だから、今回は私が……という話になったのではないですか……」
だというのにこの独占欲の強い男は、リザが例え演技でも他の男と楽しく過ごすという事態が我慢ならないらしい。
「……なら、やはり私の知り合いの女性達に頼む。彼女達のお店に顔を出す上役の社員も居るらしいからな」
「もう……」
リザは諦めの境地で深いため息をついた。
せっかく女としての武器を使って少しでもロイの役に立とうと頑張っていたリザの努力も、これでは水の泡である。
しかし。
ロイに男として嫉妬して貰い独占されるのは、リザにとって決して嫌な事では無い。むしろ嬉しいのだから、困るのである。仕事に私情を挟むなんて言語道断なはずなのに、こんな風に我が儘に奪いに来られると、リザは本当に本気ではロイを怒れない。
「……まだ君が諜報活動を続けるっていうのなら、私は何度でも君を奪いに行くからな」
「……もう、貴方は悪い男(ヒト)ですね……」
「何とでも」
そうやってニヤリと口角を上げて得意げに笑うロイを、リザは何度でも許してしまうから。だから男が調子に乗るという事実に、リザはまったく気づいていなかったのだった。




END
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オンだとルビがふれないので()で。
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by netzeth | 2014-07-15 01:08 | Comments(0)