うめ屋


ロイアイメインのテキストサイト 
by netzeth
プロフィールを見る
画像一覧

拍手お礼ログ 31

それは淡雪の色に似て


白と黒の境界線と言い表すには少しばかり微妙な所だった。
それほどに曖昧でよーく見なければ違いが分からぬほどの、差異。しかし、ロイの目には確かにその曖昧な境目が映っている。
普段は厚い軍服とアンダーウェアに隠されていて見る事が叶わない彼女の二の腕。それが、今だけはロイの眼前にあった。

「……何ですか? さっきから。人の腕をじっと見て」

彼女は日頃、あまり露出を好まない。それは彼女――リザの背に刻まれている疵痕と入れ墨を理由としている。
彼女はそれを積極的に他人に見せるつもりは無いようだし、またロイもその行為を許すつもりもなかった。
女性相手ならば仕方がないと割り切れるかもしれないが、リザの背を異性に見せる事を許容するつもりはこれまでもこれからも未来永劫絶対に無い。

そんなどうしようもない独占欲を発揮しながらも、ロイはリザの二の腕を凝視し続ける。
露出を好まない彼女が唯一その枷を外す時間。それが今だ。ロイが彼女の部屋を訪問した夜、すなわち恋人達の逢瀬の時間。ゆったりと二人でくつろぐ幸せなひととき。真夏のこの時期は夜といっても気温が高く、風呂上がりのリザは下半身はパジャマのズボン、上半身はタンクトップだけという無防備な姿でロイの隣に座っている。
いつもは見る事の叶わない白い腕にはうっすらとした日焼けの跡がある。アンダーウェアの袖と露出する肌の境目。
元々肌の白いリザなので日焼けをしていると言ってもたかが知れているが、それでも明らかに焼けていない部分とは色が違う。
なんだか美味しそうだ、と思ってしまったのはたぶん魔が差したのかもしれない。

「ひゃ!」
気がつけば舌を出して、ロイはその色の境目を舐めていた。
「な! なっ、何を……!」
恋人の突然の行動に、リザは言葉が続かないようだ。白い顔を赤くし、舐められた二の腕をかばいながらロイを睨んでいる。
「……ん? いや、隠れている部分はこんなに白かったのかと思ってな。味見してみたくなった」
「あ、味見って……肌に味なんてないでしょう!?」
「いや……? そうでもないぞ。君の肌は……甘かった」

ロイは舌に残る肌の感触を思い返す。恋人の肌はまるで淡雪の様に白く、甘美な味がした。
日焼けによって彼女の地の肌が際立って白く見える。おそらくは顔や手などの見えている部分よりも、隠されている肌は本当の雪のように白いのだろう。
かつて、その背を見たときにそれは確かめたはずの事だが、遠い記憶はその白さを鮮明には脳裏に映し出してはくれなかった。
だから、ロイはそれをもっと見てみたいと思った。――この目ではっきりと確かめたい。

「……もっと君の白い部分がみたいな」
そのおねだりは口説き文句と同義だ。甘く彼女の耳に声を落とせば面白いくらいにリザが動揺する。
「……だ、だめ、です」
「どうして……?」
自宅に上がる事を許してくれて、風呂上がりのこんな無防備な姿を見るのも許してくれて、軽いスキンシップという名のおさわりだって許してくれて、一緒に眠る事も許してくれるのに。リザはその身体を抱くことだけはまだ許してくれない。二人はまだ最後の一線を越えてはいない。
「まだ……ダメ?」
プレイボーイとしてシティに名を馳せるロイだが、リザに対してだけは焦りは禁物だと自重している。事を性急に運びすぎて、彼女を傷つけたくはない。大事過ぎる女だから大事にしたい。だから、ずっと彼女が自分を受け入れてくれる様になるまで、その心の準備が出来るまで待ってきたつもりだ。
「君の肌がもっと見たい」
しかし。
偶然に目にした白い肌が、彼の強固な意志を突き崩した。
――真夏に淡雪のような儚い白を見るのも悪くないだろう。

「なあ……絶対にダメ、か?……優しくするから」
頑なな女の心を解すように、ロイはその肩を抱き寄せた。シャワーを浴びたばかりの肌はぺったりと手に吸い付き、体温はひどく高い。赤く染まった耳元に唇を寄せれば、そこは更に熱を持つ。
「……私の肌は大佐が期待するほど白くも綺麗でもないんです」
「そんな事を気にしていたのか?」
ぶっきらぼうに突き放すように言うリザに、呆れた口調を向ければむきになった反論が返ってくる。

「そんな事ってなんですかっ。私には重大な問題なんです」
せっかく甘い雰囲気に持ち込めて、これから初体験へとなだれ込もうとしているというのに、恋人にへそを曲げられては叶わない。
「いいさ。だったら、まずは確かめてみようじゃないか。本当に君の肌が白く綺麗じゃないのか。……話はそれからだ」
そんな事は絶対に無いと思うがね。

そうやって強引に話を進めれば、リザは抵抗を諦めたようだった。少しだけ緊張した面もちだったが、力を抜いて素直にロイに身を任せてくる。
触れあった肌のくすぐったさに頬を弛め、初めての甘い夜への予感に心を焦がされながら、もしかして。とロイは思う。
今までの自分に必要だったのはこのごり押しな強引さだったのだろうか。
ゆっくりとリザの唇に己のそれを落としながら、ロイはきっかけとなった日焼け跡に感謝するのだった。


ノスタルジック


扉を開けた途端に聞こえて来たジャズミュージックに、リザは安堵した。
軽妙に流れてくるそれは蓄音機のものか、はたまたラジオか。どちらにしてもそれは部屋主がまともに生活しているという証拠だ。
それならば両手に持った買い物袋の中身も必要では無かったのかもしれない。
そんな風に思いながら短い廊下を通り抜けてリビングに入った瞬間に、リザは己の認識を一瞬で改めた。
それはヒドい惨状だった。

床に散らばっているのは様々な図形が描かれている紙束。一枚や二枚の話ではない。まるで絨毯のようにそれは床にばらまかれている。
そして、さらにその上には開かれたり伏せられたり積み重なったりしている本。本。本。本の山。それだけでは飽きたらずに床には白いチョークで何やら書き付けがしてある。おそらく紙が足りなくなってそこに書いたのだろう。
そうしてきっと彼は書きながら床のスペースを埋め、また空いているスペースを探して移動していって……と、リザは視線を部屋の隅っこへと持って行った。案の定そこにはこの部屋の主の姿があった。壁際に寄りかかるようにして本に目を落としている、彼――ロイ・マスタング。

夢中で本を抱え込んでいる姿は、リザに懐かしい光景を思い起こさせる。まだ己の父の元で修行していた頃から、彼はこうやって錬金術の研究にのめり込んでは、食べる事も寝る事も忘れるような人だった。生活を疎かにする彼の面倒をリザはよく甲斐甲斐しくみていたものだ。
まさか、あの頃は何年も後の今に至るまでその関係が変わらず続いているなどとは夢にも思っていなかったけれど。

リザはロイを見つめた。無精髭が生えた顔や、筋肉がついたがっしりとした体格。見た目は確かに変わった。こういった時に漂う大人の男の色気は、悪意なくリザをよろめかせて、彼女を動揺させるけども。しかし、瞳に宿る好奇心に満ちた光は少年の頃とちっとも変わっていない。いつまで経ってもキラキラと輝いて、彼をいつまでも知識欲に満ちた無垢な少年に見せるのだ。
リザは彼のその瞳がとても好きだった。

「大佐! だらしない格好で本を読むのはお止め下さいと申し上げましたでしょう? 食事はおとりになりましたか? どうせ何も食べてらっしゃらないんでしょう? 今からお作りしますから、貴方はシャワーを浴びて来て下さい!」
腰に手を当てて、いつまでたっても少年のような彼を叱りつける。
「……ああ、うん。分かったよ、ありがとう。リザ」
呼吸をするよりも自然に普段は絶対に呼ばないファーストネームで呼ばれて、リザは動揺するよりも呆れてしまう。彼が名を呼んだのは別に色っぽい理由がある訳ではないと知っていたから。
まったく。彼の中で流れる時間はどこまで巻き戻ってしまっているのか。おそらく錬金術の世界に没頭するうちにホークアイ邸での修行時代までタイムスリップしているに違いない。

「はいはい。なるべくお早くお願いしますね、マスタングさん」
いつまでも少年のような愛しい存在。
彼に合わせて返事をしながらリザは微笑みを口元に浮かべると、まずはとっちらかっている床の掃除から始めるのだった。


愛情のカタチ


「なあ、良いだろう? 中尉」
「ちょ、大佐! 離して下さい!」

昼下がりの東方司令部の中庭にて。昼寝をしていた上司を起こそうとしたら、腕を掴まれて引き倒されて。軽いセクハラをリザは受けている。ロイはリザの腰を引き寄せて、彼女にキスを迫っていた。
こんな時間にこんな場所で。
もちろん、リザがそんな誘いに応じる訳はない。ロイの不埒な手を何とかかいくぐり、腰のガンフォルダーから銃を引き抜けば、本日の戯れの時間は終了だ。

「と。……本当に君はいつまで経っても素直じゃないなあ……」
銃口を向けられれば、チェックメイト。冷たい鉄の塊とキスはごめんだとばかりにロイは肩を竦めるとあっさりとリザを解放した。
「貴方はいつまで経っても学習しませんね」
こんな風にリザに勤務中に色事をしかけては、きっぱりとはねのけられているというのに、彼はちっともその悪癖を改めようとはしない。目を細めて威嚇するように銃口を向ければ、とうとうロイは降参と手を上げた。

「分かった。分かったよ、中尉。仕事に戻る。……それでいいのだろう?」
そのまま、立ち上がった彼は腰を軽く払って付いていた芝生を落とすと、大人しく司令部内に戻っていく。
ロイとリザのいつもの光景。セクハラする上司とそれをキツく諫める部下といういつものやりとり。そんな東方司令部の日常風景と言ってもいいこの場面を目撃している者がいた。
ロイの後を追おうとしたリザの耳に、みにゃーという可愛らしい鳴き声が聞こえる。えっと思って辺りを伺うと、続けてまた声が聞こえてきた。

「だ、ダメだよっ、静かにしてっ」
それは聞き覚えのある少年の声で。リザは彼の名を呼んでみる。
「アルフォンス君?」
すると、リザ達が居た木陰の向こうの茂みからのそのそと巨大な鎧が姿を現した。その手には猫を抱えている。
「来ていたの?」
「え、あ、はい。さっき着いたばかりなんですけど。にーさんは大佐の所に行くっていうから、僕はここでこの子と遊んでいようと思って……」
司令部を根城にしている野良猫目当てに中庭にやってきたらしい。猫好きの少年らしい行動に思わずリザの顔が綻ぶ。
「そう。ちょうど今大佐は執務室に戻ったから、エドワード君を待たせずにすむでしょう」
「あっ、そうですねっ……その……っ、あの……」
ロイの名を出した途端にアルフォンスは挙動不審な動きをする。
鎧の体は顔に感情が出ないため何を思っているか一見分かりづらい様に思えるが、その反面オーバーリアクションなので、案外分かりやすいのだ。

「……もしかして、見てた?」
彼の動揺っぷりにピンと来て尋ねると、アルフォンスはきまり悪げに頭を掻く動作をした。彼が生身ならばきっと顔は赤くなっていたに違いない。
「ごめんなさいね、変な所を見せてしまって」
さきほどのロイとのやりとりは、まだ十代前半の少年には少々刺激的だったようだ。
「ううんっ、その……僕こそっ、二人のお邪魔虫みたいな真似をして申し訳なかったなあ……って」
「そんな事ないわ」
「でも……大佐と中尉って、その……お付き合いしているんでしょう?」
「そんな、違うわ」
まあ、あのような所を見られてはそう誤解されてしまっても仕方がない。リザは苦笑しながら首を振った。
アルフォンスは驚いた様にまたオーバーアクションをした。猫が彼の腕の中でミニャーと鳴いている。

「そうなんですか? でも……大佐は中尉の事好きみたいでしたけど?」
少年らしい真っ直ぐで遠慮の無い指摘に、リザの苦笑はますます深まる。
「まさか。あれはそういう意図があっての事じゃないのよ、ただのお遊びよ」
まだ若い彼には大人の世界の事は理解出来ないのだろう。だから、ロイがあのような事をしただけでリザに好意を持っていると思ってしまう。大人の男は下半身と脳味噌は別の生き物なのだと説明しても、純真な少年には分かるまい。
「そうかなあ……」
「そうよ。……事実、大佐は今日も仕事を早く切り上げてデートの予定を入れているわ。好意を寄せている女性が居たらそんな事しないでしょう?」
リザが嫌な顔をしたって、書類を増やして妨害したって。彼は何食わぬ顔でデートに出かけてしまうのだ。そんな男がリザに好意を持っている? ある訳がない。

「ねえ、中尉。中尉はうちのにーさんがこのくらいの距離から投げたちょっと小さめの硬いものを避けられると思う?」
唐突にアルフォンスが口に出した言葉の意図が、リザにはさっぱり見えなかった。ただ、このくらい。と彼が示す距離を見やってから彼に答えてやる。
「……エドワード君の運動神経なら、当たり前に避けられるんじゃないかしら? もっと近くから投げられてもきっと大丈夫なのではない?」
「ですよね」
うんうん、とアルフォンスは頷いている。リザにはますます以て彼の考えが理解不能である。
「……あの、アルフォンス君?」
「でも、にーさんは避けられないんです」
「え?」
告げられた言葉は、またも意味不明だった。しかし戸惑うリザにかまわずにアルフォンスは話し続ける。

「にーさんが無茶をすると、ウィンリィが怒るんです。優しいから。あ、ウィンリィは僕たちの幼なじみなんですけど。それで……ウィンリィは、にーさんにスパナを投げるんです。おもいっきりぶん投げるんです。で、にーさんはいつもぼこぼにやられちゃうんですけど……」
話だけ聞けば幼なじみの男女の可愛らしいじゃれ合いだ。リザも彼らの幼なじみの女の子には一度だけ会った事がある。とても可愛らしくそれでいて、優しい女の子だった。あの子がそんな乱暴な事をするとは俄に信じがたいが、それでもエドワードを心配すればこそだと思うと、微笑ましく思う。
「でも、ホークアイ中尉がさっき言ったように、にーさんはウィンリィのスパナが避けられない訳はないんですよね。にーさんなら絶対に避けられる。だけど、ウィンリィのスパナはにーさんに当たる。これはどうしてでしょう?」
「それは……」
「うん。たぶん、にーさんはウィンリィのスパナを避けようとしてないんじゃないかなって思うんです。だって、にーさん、ウィンリィが大好きだから」
「そうね」
そこには心からリザは同意した。リゼンブールであったあの可愛らしい女の子をエドワードが好きだというのは、とても納得のいく話だ。一度会っただけのリザだってそう思う。
しかし。
アルフォンスのこの話が、今のリザに何の関係があるのだろうか。

「だから。大佐もホークアイ中尉の事大好きだから、銃口を向けられただけで降参するのかな、って僕、思って」
虚を突かれたリザは思わずアルフォンスの顔を見た。それは相変わらず無機質な鉄の兜にしか見えなかったけれど、何故か彼が笑っているような気がした。
「大佐なら中尉に銃口向けられたって、本気になればどうとでも出来るんじゃないかな。だって中尉が本気で撃つ訳ないし。やっぱり男の人だし力だって強いし。……でも、きっと大佐も、にーさんと同じで中尉に怒られたら、抵抗出来ないんですよ。……大好きだから」
違うかなあ……?
そんな風に呟くアルフォンスの声をリザはもう聞いてはいなかった。彼の言葉を反芻する己の鼓動が早くなっているのが分かる。
「中尉……?」
「な、なんでもないわ」
突然顔を赤くしたリザに不思議そうにアルフォンスが呼びかける。
まだ十代前半の純真無垢な少年に指摘された不確定な事実だけで、こんなにも動揺してしまうなんて。
そんな己に更に動揺しながらも、リザはセクハラ上司の小憎らしい顔を思い浮かべて居たのだった。




*********************************
[PR]
by netzeth | 2014-07-23 01:52 | Comments(0)