うめ屋


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by netzeth
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◆遠回り◆


ロイ・マスタング大佐とリザ・ホークアイ中尉が帰路を共にする時、必ず二人の間で意見がぶつかる事柄がある。それは、どちらの家に相手を送って行くかというもの。ロイからしてみれば軍人といえどリザは女性。男が女性を送るのは当然だという論調であり、リザにしてみればロイは上官。自分は副官兼護衛であるのだから自分がロイを送るのは当然という主張である。
二人の言い争いは大抵は平行線で、絶対に意見を曲げないリザに最終的にロイが折れて彼女に送って貰う事になる――それがこの二人の間での常であった。
ロイの自宅へと至る道を歩きながら、リザはそんな事を思い返していた。偶然帰宅時間が重なったり、時には一緒に食事を取ったりした帰り道。何かと言えばこの送る送らない論争は勃発したものだ。結局は頑固な自分をいつもロイは尊重してくれていた。
けれども、そんな問答も今夜は必要無い。
あれから様々な事があり、いつしか二人は恋人同士となった。そして、今日は初めてリザはロイの部屋を訪れるのだ―つまり今夜、リザは自宅には帰らない。
改めてその事実を確認すると何だか恥かしくなって、リザは傍らを歩くロイを見上げた。いつも通り斜め後ろを歩こうとしたリザを、恋人だから……と言って隣に招いた彼。少々緊張気味なリザとは裏腹にロイはいつも通りに見える。それが何だか悔しく、そして余計に経験値の少ない自分が情けなく思えた。そりゃあロイは女性を部屋に連れて行く事なんていつもの事で、とりたてて特別な事では無いのかもしれないけれども。
リザはワザと足早になると、ロイに先んじて道を行く。自分が前を歩けばこの余裕の無い狼狽えた顔を見られずに済むだろうかと。
けれども、リザが街路樹が茂る広い通りへ出ようと道を曲がったところで、
「中尉。違う、こっちだ」
振り返るとロイがリザが曲がった道とは逆方向を指差している。
リザは混乱した。
今まで何度となくロイを送って来たのだから、道を間違えるはずはないのだ。確かこの銀杏が植えられた石畳の歩道が続く道をまっすぐに行き、突当たりにある市民公園を通り抜けるのがいつものルートのはず。
「……いつもこちらの道ではないですか。近道だとおっしゃって」
そう指摘すると、ロイはバツが悪そうな顔をした。
「いや……そっちは遠回りだ。実は最短距離はこっちの道」
ロイの告白に驚きよりも何故という疑問が湧き上がった。 今まで何度もロイ送って来たこの道を遠回りだと知りながら、彼は何故近道などと偽っていたのか。不可解だというその表情がリザの顔に出ていたのだろう。彼女のそんな顔を見て、ロイは照れた様に笑ってこう言った。
「……少しでも長く君といたかった。……今日はそんな必要はないからな」
何しろ君は帰らない。
ロイの言葉をゆっくりと咀嚼して、その言葉を飲み込むのと同時に、リザは胸の奥がどうしようも無く熱くなるのを感じた。
――ああ…もうずっと、彼は私を想っていてくれたのだ―。
「……バカですか」
「ああ、バカだな」
君の事となると私は大バカになるんだ。
――ロイの顔が見られない。今、自分はきっとみっともない顔をしているだろう。
だから、リザは俯いたまま、ロイの手を取るとその手を引いて歩き出した。彼を引っ張る様に前を歩いていく。
「お、おいっ、中尉?」
後ろからロイが戸惑った様な声を上げたがリザは構わなかった。
――この胸に溢れる想いを私も貴方に伝えたいから。
早くロイの部屋に着くように、今度はちゃんと近道を選んで。リザはロイと二人、夜道を歩いて行ったのだった。


◆甘い甘い飴玉◆


「あああああー! もう我慢出来ん! 腹が空いたぞ!!」
グーグーと鳴く腹の虫に耐えかねてロイが騒ぎ出したのは午後4時過ぎの事。
実を言うと朝から彼は何も口にしていなかった。早朝会議に遅刻しそうになり朝ご飯を抜いたのは自業自得だが、それ以降の忙しさで昼食も取り損ねたのは彼の咎では無いだろう。
「もう少々お待ちを。手が空いたら何か持って来て欲しいと先ほどハボック少尉にお願いしておきましたから」
手元からは視線は外さず、書類を手繰りながらリザが宥める様な口調で言う。
本来ならばリザ自身がロイの軽食を用意するのだが、彼女が動かないのはそんな余裕が無いほど忙しいからだ。正直席を立つ時間でさえ惜しいのだ。
「それにしては遅いな! ハボックの奴、何をしているんだ?」
「手が空いたら、と申し上げましたでしょう? 少尉だって忙しいんですよ。もう少しだけ我慢して下さい」
「嫌だ! もう我慢出来んぞ。私には糖分が必要なんだ。エネルギー補給しなければ人間は動けないんだぞ!?」
まるで子供の様に駄々をこねるロイにリザはため息をつく。
「今は目の前の書類に集中して下さい。そうしたら空腹だって紛れますよ」
「ダメだ。書類に集中しようにも腹が減って集中出来ん! あ~熱々のピッツァが食べたい。ニンニクの利いたパスタが食べたい。分厚いリブロースステーキが食べたい。アップルシナモンロールが食べたい。リザが食べたい」
「……さり気なくセクハラ発言を混ぜないで下さい」
「良いじゃないか、私はとにかく糖分が欲しいんだ! 甘いやつが!」
食料と甘いスキンシップ。二つの意味で飢えているとロイが訴えれば、
「仕方ありませんね……」
再び深くため息を吐いてリザが何かをポケットから取り出した。
「これでもう少し辛抱なさって下さい」
彼女の手のひらに乗っているのは、蛍光ピンクの包み紙も鮮やかな…飴玉である。
「なっ、そんな物で私が満足出来ると君は思っているのか!?」
子供じゃあるまいし。やはり二重の意味で憤慨するロイにリザは小首を傾げて悪戯っぽく笑う。
「そうですか? とっても甘い甘い飴玉なんですけど」
言うやいなや、リザは飴玉を包み紙から取り出して自分の口の中に放り込んだ。意表をつく行動にロイは一瞬呆気に取られ、ポカンと口空けてしまう。
その開かれた口元にリザが素早く唇を重ね、一瞬の口づけ…いや口移しをした。リザは口に含んでいた飴玉をロイの口内に押し込んだのだ。
「……ほら甘くて美味しいでしょう?」
「ああ……」
呆けた表情で頷くロイに、リザは一仕事を終えた満足げな顔を見せた。
「お待たせしました! 遅くなって申し訳ないッス」
その時、ノックもそこそこに執務室内に入って来たのはロイが待ちかねていたハボックだった。彼は片手にサンドイッチが乗ったトレイを持っている。
「飯のお届けですよ~ってあれ?」
しかし、ロイは彼に感心を示さず、ボーッと顔を赤くして固まっている。拍子抜けの上司の反応にハボックは首を傾げる。そんな彼に告げたのはリザだ。
「ありがとう、少尉。でも大佐はもう、お腹いっぱいのようよ?」
「へ? せっかく腹が空いたって騒いでるって言うから超特急で持ってきたのになあ…じゃあ代わりに中尉が食べます? 中尉だって今日はろくに飯、食べてないんスよね?」
「そうね。でも、ごめんなさい。私もお腹いっぱいなの。とっても甘い飴玉を食べたから」
「へ? 飴玉?」
そんなもので腹が膨れるのか、と不思議そうにしているハボックに、
「ええ、とてもとても甘かったから」
そう言ってリザは微かに顔を赤らめて笑うのだった。


◆採点◆


「大佐、手が止まってますよ。マイナス5点」
「う…ちょっと休んでいただけだ。見ろ、もうここまで終わったんだぞ?」
「あら……本当に、もうずいぶん進んでいたんですね。プラス5点。……誤字を見つけました。マイナス1点」
「あの~~会話中すんませんけど」
「なんだ? ハボック」
「……さっきから中尉が語尾に付けてる数字、なんなんすか?」
「ああ、これはな。ポイント制だ。この中尉ポイントが100点たまると、中尉がちゅーしてくれるんだ」
「……はあ、さいですか。ところで今、何点たまってるんです?」
「今? 今か?……え~と…」
「マイナス563点です、大佐」
「そうそう、マイナス563点」
「……中尉。ちゅーする気ないでしょ……」


◆マスタングは混乱している!◆


二月十四日。バレンタインデー当日の朝、己の執務室にて。
朝、彼女と顔を合わせると同時に差し出された物にロイは目を剥いた。

「中尉……まさか…これは……」
「はい、チョコレートです」
「うん。チョコレートだな。まごうことなきチョコレートだな……それも、このラッピングはまさか……」
「はい、僭越ながら手作りさせて頂きました」
「つまり、これは……本命チョコと判断していいんだな?」
「どうぞ。そのつもりでお渡ししております」
「……ありえない」
「…………は?」
「いいかね!? よくよく考えてみたまえ。綺麗だね、可愛いねと誉めても顔色一つ変えず、毎日デートに誘おうが、花をプレゼントしようがまったく靡かなかった君がっ、いつも私の口説き文句を無表情で軽くあしらっていたあのリザ・ホークアイ中尉がっ、私にチョコレートをくれるなんてある訳がない!! しかも、義理チョコならばいざしらず、どう見てもあの人に喜んで貰いたいのv きゃっvv という乙女の気合いが感じられるラブリーキュートなラッピングの手作りチョコレートだと!? 見ろ! 包み紙にはピンクのハートが散っているぞ!? しかも、メッセージカード付き! アイラブロイ!? ふざけるな! 私を騙そうったってそうはいかないぞ! こんなこと現実に起こり得る訳なかろう! 例えこれが夢だとしても、朝一でいきなり大本命の君からチョコレートをもらえるなんて話が出来すぎているぞ!? ここは、朝から私と君との「私にチョコレートはくれないのかね?」「大佐はもうたくさんの女性から頂いていますでしょう?」みたいなじりじりした駆け引きがあって、それでも秘かに手作りチョコを携えて来た君が、とうとう渡せずに一人寂しく夕暮れの執務室で自らのチョコを食べているところに私が登場、そして、「君のチョコが欲しい。君のでなければ欲しくない」「……大佐が他のチョコを食べないというのなら、あげます……」みたいな胸キュンエピソードを経た上でようやくチョコの贈答が終了する……というのが、セオリーではないのかね!? もちろんその後のチョコよりも君が食べたいんだ……という大人のラブシチュエーションへのチェンジもセットでな! 私は信じないぞ、断固信じない! こんなことあるはずがない! さては君は中尉であって中尉でないな!? 正体を表せ!!」
「…………で、いらないんですか? チョコ」
「いる」

********************

ホークアイ中尉の攻撃! ホークアイ中尉は道具を使った!
本命チョコの効果はばつぐんだ!! マスタングは混乱している!
……こんな話でした。 


◆魔女の一撃◆


「なあ、聞いたか? 大佐今日、休みなんだってな。サボりはするけど休むこと無かったのにな」
「それなんだがよ。どうもぎっくり腰らしいぞ?」
「ぎっくり腰~!? そりゃあ気の毒だな…腰は男の命だぞ…って、そういやあ、昨日は大佐、中尉と初めてデートだって浮かれたよな。…もしかして」
「ああ、大佐の休み連絡をしてきたのは中尉だ。俺が電話に出た」
「やっぱり! ちぇっ同情して損したぜ。どうせ昨晩は歳考えずに張り切り過ぎたんだろうよ。中尉も大満足なんじゃね?」
「それがな、どうも違うみたいだぞ」
「へ?」
「…結論から言えば未遂らしい」
「どういう事だ?」
「俺もぎっくり腰の原因が疑問でな、電話して来た中尉にそれとなく聞いてみたんだが…」
「が?」
「張り切って中尉を寝室へと抱き上げて行こうとして…やっちまったらしい」
「うわあ…それ、男のプライドずたずただな。さすがに同情するぜ」
「それだけじゃない。大佐の腰を破壊するほどの体重なのかしらと中尉もエラく落ち込んでてな…ぎっくり腰は魔女の一撃なんて言われたりするが、まさに中尉の一撃って奴だな」
「いや、その冗談笑えないし。……ああ、だからか」
「……ああ」
「中尉が来て早々、トレーニングルームでひたすら走ってるのは」
「少しでも軽くなって大佐への負担を軽くしようっていうんだろ。…健気だよな…」
「まあ、そうだけどよ。でも」
鍛えるべきはホークアイ中尉でなく大佐だろう、とハボックは思うのだった。


◆気遣いの男◆


直属の上司が不機嫌な顔をしている――なんてのは見慣れた光景だ。嫌みな将軍に当てこすりされたり、熱愛されているテロリストから殺害予告を貰ったりなどいろんな方面に大人気の己の上司がしかめっつらをしている事など珍しくない。まして、特に書類をため込んでは締め切りぎりぎりになって処理している姿などは日常茶飯事であり、その時には自業自得であるのにも関わらず彼は例外無く機嫌が良くない。とまあこのように、いつもなら上司が不機嫌なのは取り立てて驚くべき事ではなかったのだが、しかし。今日の東方司令部において前述の問題は深刻なものとして俺達マスタング組の者達に受け止められていた。
何故なら。
今日に限ってその不機嫌な上司が黒髪ではなく金髪で、しかも麗しい女性の方だったからである。
「というわけで。大佐。何したんスか? とっとと謝ってきて下さい」
「そうですよ~。中尉があんな顔なさっていたら、僕気になって気になって仕事が手につきませんよ~」
「待て。……どうして中尉が不機嫌な顔をしていると私がまず一番に事情聴取を受けるんだ」
部屋の隅っこで輪になってヒソヒソと話している俺達であったが、その輪の中心にいる大佐が不満そうに口を歪めた。
「他に誰が何をするっていうんですか。大佐が原因に決まっているでしょう」
「そうですよ。さっさと謝って機嫌を直して頂かないと……」
「いや、知らん。私は何もしてない」
「またまた~どうせなんか中尉を怒らせる様な事したんでしょう?」
「決めつけるな!」
あくまでも声を潜めてだが、大佐は憤慨した様に声を荒げる。あまりにきっぱりとした否定に俺、ブレダ、フュリー、ファルマンの面々は一様に顔を見合わせた。
「……どう思う?」
「う~ん、大佐が原因じゃなくて中尉があそこまで不機嫌な顔するかあ?」
「ですよねえ……」
「大佐が自覚してないだけでやっぱりなんかした、とか……」
「やっぱりそうとしか思えないよなあ」
「ま、大佐が原因だろうがそうでなかろうがとにかく中尉には機嫌を直して頂かないと……我々も仕事しづらいですな」
「とにかく中尉と話して理由を……」
「おい、こらっ。おまえ達、私を無視するな!」
円陣を組んで話し合いをしている俺達の輪から閉め出された大佐がまたも不満の声を上げる。そこで俺達マスタング組野郎共は一斉に振り向いた。無視から一転その視線を受けた大佐がたじろいで後ずさりする。
「な、なんだ」
「中尉に不機嫌の理由を聞くのは大佐が適任だと思う人!」
「はい」
「はい」
「へーい」
「はいっと、じゃ決まりッスね」
「賛成多数により本件は可決されました。では、大佐。お願いします」
ポンとファルマンに叩かれた大佐の肩が小刻みに震えている。
「待て、こら」
「なんですか? 多数決は民主制の大原則ですよ?」
「何が民主制だ! こんなのは数の暴力だろうが!」
「何言ってんスか。民主制目指している人が多数決否定したらダメでしょ」
涼しい顔で俺は言うと大佐は言葉に詰まった様で、ぐっと喉を鳴らした。彼に味方をする者はこの場には存在しないのだ。当然である。ホークアイ中尉はマスタング大佐の担当なのだから。
「だがな……」
それでも、いかに大佐でも不機嫌な中尉に近づくのはそれなりの勇気がいる様で、相変わらず渋った顔をしている。
「大丈夫ッスよ。『ははは、中尉。どうしたそんな顔して? 欲求不満かね?』とかセクハラじみた聞き方しなけりゃ、中尉も別に怒りませんって」
「するかっ……おまえ、私をどういう目で見ているんだ」
「まあまあ。とにかく我々は大佐になら中尉もあのような顔をしている理由を話して下さると思っているのです。大佐だけが頼りなんですよ」
「ま、まあ、な? 彼女は私にぞっこんだからな? よし、私が大人の男の気遣いってもんをみせてやろう。中尉から速やかかつスマートに理由を聞き出してみせる!」
ファルマンの見え透いたおだてに乗った大佐が自信満々に頷いて見せた。……扱い易い人である。
という訳で。
大佐が中尉に近づいていくのを、俺たちは遠巻きに眺めることになったのだが。
「ははは、中尉。どうした、そんな顔して? 二日目かね? 少し休んでくるとい……」
響き渡る銃声が大佐の台詞にかぶった。
顔を真っ赤にしながら発砲する中尉と逃げる大佐。俺たちはそんな二人をやっぱりただ眺めていることしか出来なかった訳だが。
「……なあ、大佐って本当にプレイボーイなのか?」
「あのデリカシーの無さで女性にモテテいらっしゃるとしたら、ある意味すごいですよね……」
「きっとデリカシーを高級菓子かなんかだと思ってるんだろうよ……」

ちなみに中尉が何故不機嫌な顔をしていたかと言うと……親知らずが痛んでいただけとかいう理由だったということを記しておく。


◆好きじゃない訳でもない◆


――どうも私は好きになってはいけない人を好きになってしまった気がする。

その疑念が確信に変わったのはつい最近、私の誕生日がきっかけだった。
「これを君に。気に入って貰えるといいのだが」
渡されたのは赤い石のピアス。私が先日なくしてしまった愛用のピアスと同じものだ。内心少し落ち込んでいた私は驚いた。もちろんそれを顔に出したり、ましてピアスをなくした事さえ誰にも口外していなかったというのに。彼はいつの間にか察して私にプレゼントしてきたのだ。それまで、彼の副官になってから一度だってプレゼントなんてよこした事も無いくせに、突然。
「こんな高価な物を頂く理由がありません」
驚いてすぐに、突っ返そうとした私だが、
「高いものじゃない。本当だ。高価なものだと君が受け取ってくれないと思ってね、安価な物をわざわざ買った。それに、理由ならばちゃんとある。今日は君の誕生日じゃないか。プレゼントを贈っても許される日だろう?」
誕生日をわざわざ覚えていてくれた上に、必死の形相でそうまくし立てられれば受け取るしかなかった。
その日から私は彼に貰ったピアスをするようになった。プレゼントされた手前付けない訳にもいかなかったのだ。それから毎朝挨拶をする時に、彼の視線が私の耳たぶを掠める。すると彼はとても幸せそうに笑うのだ。
思えば、もう、それがダメだった。
皮肉気な冷笑を浮かべる事が常の彼の口元。そこに、生まれた暖かな微笑み。それが、自分に起因しているなんて自覚してから、私はおかしくなってしまった。彼が幸せそうにしていると、私も幸せで、嬉しくて。そんな不可解な気持ちを、どうやらこれは好きと言うのではないか? と気づいて私は大いに慌てた。
彼は私が好きになってはいけない人だったからだ。
何といっても彼と自分は上司と部下で、そもそも恋人としてお付き合いするには適さない関係だった。加えて私達には未来を見据えた目指すべき目的がある。その達成のためには不適切な関係の構築などもっての他だった。こんな感情邪魔でしかないのだ。きれいさっぱりすっぱり捨てるに限る。はい、さよなら。そうして、焦りに焦った私は彼を好きじゃなくなるべく、努力する事にした。
(好きじゃなくなるなんて、簡単だわ。大佐の嫌なとこを列挙してみればいいのよ。そうすれば、即、幻滅して、この気持ちも消滅するはず)
私は書類に没頭している彼にちらりと視線を送りながら、考え始めた。
――書類をため込むくせにデートにはきっちり行く所……女性にはへらへら笑って軽薄な所……届いたラブレターを部下に見せびらかす所……。
(っちょ、全部、ぜーんぶ! 女関連じゃないっ、これじゃあただ嫉妬しているみたいでしょうが、私っ!)
ああ、もう。他にないの? 見た目……漆黒の瞳とサラサラした同色の髪…は、とても綺麗。性格……一見だらしなく見えるけど、やる時はやる頼もしさ。意地悪く見えるけど実はとても優しいそのギャップ。……それは好きな所じゃないの、自分。
「……中尉? どうした難しい顔をして」
「あ、いえ。大佐の嫌な所を上げ連ねておりました」
――いろいろ失敗してますけど。
と。突然話しかけられた私はうっかり正直に話してしまう。当然ながら彼は傷ついた顔をして。
「……君、私の事嫌いなのか」
そりゃあ普段から君に迷惑をかけっぱなしだからな、好かれてるとは思っていないが……なんてぶつぶつこぼしている。
ち、違うんです、嫌いじゃないんです! むしろ好き――と反射的に言い訳を口にしそうになって私は唇を噛みしめて耐えた。嫌いになろうとしているそばから告白してどうするのだ。
もっと冷静になって彼を嫌おう。そうだ。まずは、彼が嫌がる事をしてみると言うのはどうだ。彼に私が嫌われれば私も彼を嫌えるかもしれない。
「あの大佐。突然ですが、大佐の好きな食べ物って何ですか?」
「本当に突然だな。好きな物……? 私の好物なんて君、とっくに知っているだろう。ビーフシチューだよ」
そうだった。
彼は昔からビーフシチューが大好きで、私がビーフシチューを作るとうまいうまいと何杯もおかわりして……そんな彼を見ているのが私は好きで……。違う違う。そうじゃない。
「あの、出来ればこれがあれば生きていける、これがあれば勇気と元気が百倍! ウハウハみなぎる! みたいな特別なのが良いんですけど」 
「う、ウハウハ……? そんな事聞いて一体どうする…あ、もしかして…?」
私に作ってくれるのか…? なんて彼は期待に瞳を輝かせる。そんな彼を見ていたらば、嫌がる事をする――という決意が鈍りそうになる。まずい。
「違います。大佐が三食抜きでさぼった書類の締め切りに追われて飢えに飢えているその目の前で、大佐の元気の源を見せびらかしつつ食べようという嫌がらせのためです」
「そんな手間暇かけた嫌がらせを……? どんだけ私の事嫌いなの、君……」
落ち込む彼を見ていると、胸がきゅうんと痛んだ。心を鬼するのよ、リザ・ホークアイ。彼を嫌いになるのだ。それが彼と私のためだ。
「はい。ですから、教えて下さい」
強く言う私に押されてか、彼は渋々ながらも答えてくる。
「………ィ」
「え?」
「……君の作ったアップルパイ。それがあれば私は生きていける」

…………ああ、もう。嫌いになんてなれる訳ないじゃない!



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by netzeth | 2014-07-31 00:27 | Comments(0)