うめ屋


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by netzeth
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愛しているから

自慢じゃないが私、リザ・ホークアイは無表情には自信がある。
同僚達にはよく感情の読めない顔だと言われるし、親友には女なんだからもう少し愛想良く笑ったら? などとため息を吐かれる始末だ。
自分でも意識してやっている訳ではないし、本当に生まれつきか育ちのせいだとしか言いようがない。私の父も表情に乏しい人だった。母の記憶は無いから分からないけれど、きっと私は父に似たのだろう。
子供の頃の私はそんな父の無表情を恐れていた。お料理が美味しく出来た時も、学校で良い成績を取れた時も、そう訴えた私に彼は感情を露わにする事は無かったのだ。そうやっていつしか父の無表情を恐れ、それを見たくないが故に、自分が何をしても彼の心を動かす事は叶わないという事実を認めたくないが故に、私は彼に期待を持つのを止めた。そうして私は無意識に感情を抑える様になり、きっと今日の無表情な私が形成されたのだろうか。幼い日の記憶は遠く、もうよく覚えていないが。
今まで私はその事をマイナスに捉えた事などなかった。軍人という職業において、顔に感情が出ないというのはマイナス点ではなく、むしろ利点であったからだ。魑魅魍魎が跋扈する軍部において、簡単に相手に考えを読まれるようではお終いだ。
だがしかし。
こんな私の心を、簡単に読んでしまう人物が一人だけいる。付き合いの長い同姓の親友だってそこまで私の考えを察するのは無理だというのに。彼――ロイ・マスタング大佐は、普段はトボケているが、ここぞ、という絶対のタイミングは外さずに私の考えを見抜いてくる。

その日もそれは起こった。
どうしても仕上げなければいけない書類に追われて、二人で残業をしていた彼の執務室で。
「どうぞ」
「ああ、すまん」
小休止にとお茶を淹れて彼の傍らに置いた私に対して、彼は顔も上げずに書類に目を落としながら礼を言った。日頃不真面目な彼がこうやって真剣なまなざしで仕事に励んでいるそのギャップが、その時の私の目には眩しく映った。
いつもこうならば、素敵なのに。
思わずそんな事を考えながらお茶を口に運ぶ大佐を眺めていた。何気ないその一つ一つの仕草を目で追う。カップに口を付けてお茶を飲んだ彼は、唇をぺろりとさり気なく舌で拭った。それが何故か異様に色っぽく見えて、私は視線を思わず逸らしていた。仕事中にこんな事を思うなんてどうかしている。でも、彼の唇を見ていると、その熱さと感触がどうしても思い起こされてくる。……その時の私は、きっと連日の残業に疲れていたのだと思う。でなければそんな事を思うはずがない。
――キスが、したいな、などと。
「中尉?」
すると、いつまでもそばに立っている私を訝しんだのか、大佐が首を巡らせ私を見上げた。
「はい」
呼ばれた私は己の邪な感情を、いつものポーカーフェイスに綺麗に隠して返事をする。彼の漆黒の瞳と目が合った。じっと強い視線を当てられたが、そんなものに怯む私ではない。じりじりと焼け付くようなそれだろうと、無表情で受け止める。
「そうか、分かった」
大佐が何を言ったのか私はすぐには理解出来なかった。彼は何が分かったというのか。しかし、それを大佐に尋ねるよりも速く。彼は素早く私の腕を掴み上半身を引き寄せると、そのまま私の頬に手を当て、
「ん!」
私の唇を奪ってしまった。
それは一瞬の接触だった。大佐はすぐに離れた。けれど、私の唇には彼の生々しいキスの余韻が鮮明に残っている。
「なっ……何をなさるのですかっ!!」
当然私は抗議した。私の思いはどうあれ、今は仕事中だ。こんな悪ふざけを許せるはずもない。だが、大佐は涼しい顔でこう言ってのけた。
「いや、君がキスがしたいなーって思っていた様だから」
「………っ!」
私は絶句した。
大佐に指摘された正にその通りだったからだ。だが、誓って私はそんな感情を顔に出した覚えはなかった。何故それを見抜かれたのか、私は呆然としながらも不思議で仕方がなかった。
思えば彼は昔からそうだった。
学校から帰り、満点のテストを父に見せようとして、でも、どうせ何も感情を向けて貰えないと諦めた少女の日の私。何も言っていないのに、そんな私を一目見ただけで、彼は頭を撫でてくれた事がある。どうして頭を撫でたの? と尋ねた私に、彼はこう答えた。
――いや、リザがこうして欲しいと思っていた様だから。

そしてもちろん。彼が私の感情を読んだのはこの残業の日だけには終わらなかった。
休日の夜二人でくつろいでいる時などに、ふと、私は大佐に視線を向ける事がある。それは私の無意識の甘えたいという感情の発露なのだけれど、彼は私以上に敏感にそれを感じ取って私の欲しいスキンシップをくれるのだ。
「……んっ、どうして……っ」
「ん? なんだ?」
ある夜、いつのものように大佐にキスを贈られた私はこの疑問をとうとう彼にぶつけてみた。こんな無表情な鉄面皮女の感情をどうしてこうも簡単に読みとって、彼は欲しいものをくれるのだろうか、と。すると、彼は実はな、と重大な秘密を告白するように教えてくれた。
「君は、感情が高ぶると瞳の色が少しだけ変わるんだ。とても美しい色にね」
「……それは、本当ですか?」
大佐の言葉は私には俄に信じられなかった。碧眼の人物にはそう言った現象が起こるとは聞いたことはあったが。
「本当だよ」
で、でも……それならば。と、大佐の種明かしが納得出来なくて更に私は疑問を重ねる。
「瞳の色が変わっただけで……感情が高ぶったというだけで、私が欲しいものが分かる訳ないじゃないですか。それに、もしもそれが本当ならば、私はもっと周りの人間から感情の読みやすい人間だと思われているはずです」
付き合いの長い親友や、長い時間を共有する同僚達が私に起こるその特徴的な現象に気づかないというのは変だ。すると、大佐は笑いながら言った。
「……そりゃあ、いつもいつもという訳じゃないからな、君の瞳の色が変わるのは。君の瞳の色が変化するのはな、私を見る時だけだ」
「え?」
「私を見るときだけ、君の瞳の色は変化するんだよ。私に触れて欲しい、甘えたいという時にだけ。……だから、君のその色を知っているのは私だけだ。私だけが君の変化が分かる」
彼の言葉に私はただただ驚くしかない。ずっと無表情だと思っていた自分の顔の一部が、まさかそんな分かりやすい変化をするとは。しかも、それを知るのが彼だけなんて話が出来すぎている。
「……瞳の色の変化なんて、青や赤に変わるものじゃなし、本当に微妙なものではありませんか。本当に分かるのですか?」
「分かるよ。君の言うとおり、微妙な変化だけどね。私には分かる」
疑いの言葉を向けると彼は自信満々に頷いたが、私はまだ納得出来ない。
「……どうして分かるのですか」
「愛しているから。それで全て納得できないか?」
「なっ……納得出来る訳ないでしょう!」
恥ずかしげもなくどうどうとそんな言葉を言われて思わず動揺すると、大佐はすかさず私にキスを落としてくる。
「な、何を……!」
「うん? 今、君の瞳の色が変わったから。キスして欲しいって」
「そっ、そんな事……っ」
「思っているだろう?」
そうだ思っている。と心の中の私は頷いて。しかし素直になれない表の私は口先だけの抵抗の言葉を吐き出す。
「思ってま、せん……!」
「嘘だね。ほら、君の瞳は今、こんなに綺麗な色をしている……私を映している時にしか見せない色だ」
いくら偽りの言葉を紡ごうとも、瞳は嘘をつけないよ。
そう言われている気がして、とうとう私は諦めて瞳を閉じた。これで瞳の色の変化を見られる心配はなくなったけれど。
――瞳を閉じては、キスを強請るようなものだ。
大佐が小さく笑った気配がした。そして、ゆっくりと彼が再び近づいてくる気配がする。きっとこの後は彼のペースで事を運ばれてしまうのだろう。だから私は今だけは、実は無表情では無く、表情豊かであった自分の瞳を恨めしく思うのだった。



END
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碧眼の人は怒ると瞳の色が濃くなるという話から。リザたんは茶目ですが、変化したら素敵だなと思いまして。
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by netzeth | 2014-08-01 23:50 | Comments(0)