うめ屋


ロイアイメインのテキストサイト 
by netzeth
プロフィールを見る
画像一覧

結婚写真

「ねえ、リザ。頼みがあるんだけど」
「ダメだ」
私が口を開く前に返事をしたのは、傍らに居た人物だった。それに対して盛大に眉を顰めた友人は口を尖らせた。
「……私はリザに話しかけてるんですけど。何で大佐が返事をするんです? というか、どうして給湯室に居るですか。ここは女子の井戸端会議の場所って昔から相場が決まってるんですよ、男子禁制です」
「カタリナ少尉、どうせ君の事だ。今夜の合コンのメンツが足りないから中尉に顔を貸してくれ、とでも言うんだろう。冗談じゃない。そして、私がどこに居ようと私の自由だ」
「ぶぶーーっ! 違いますぅ。今日は合コンの予定はありませんし、別にリザを貸して欲しい訳じゃありませんー。私が貸して欲しいのはもっと別です!」
自分を素通りして交わされる大佐とレベッカの会話。弁の立つ二人の事だ、いい加減止めなければ何時までも言葉の応酬が続きそうだったので私は口を挟む事にした。
「……私に何を貸して欲しいの? レベッカ」
「よくぞ聞いてくれました、さすが親友! それがね、田舎の母親とか姉貴とか叔母とかがさーあたしに見合いしろってうるさくってさ。「軍で高級取りのイケメンを見つけるって豪語して入隊した割には相手はまだ見つからないのか。見つからないならこっちで条件の良い男を見繕ってやる」ってな感じで、何度断っても引き下がってくれなくって。このままじゃああたし、無理矢理にでも見合いさせられて結婚させられそうな勢いなのよー! でさでさ、こっちとしてもやっぱ結婚相手には妥協したくないし? イイ女なら、イイ男ぐらい自分で捕まえたいワケ。だから、手っ取り早くカタリナ家のうるさい女達を黙らせたいのよー。でね、それってつまり、あたしがちゃんと軍で高級取りのイケメンを捕まえたって事を見せつければ良い訳でしょ? そしたら向こうも引き下がらざるを得ないっていうか……だから、今結婚を前提にして付き合っている彼氏ですーってな感じで男とあたしのラブラブな写真を実家に送りたいな、って。……だから、マスタング大佐貸してくんない?」
「やっぱり私が返事をするので正しいんじゃないか!? それ!!」
ながーいレベッカの台詞が終わった瞬間に大佐が絶叫するように突っ込んだ。それにしれっと彼女は澄まし顔で言う。
「こんな大事な事、まずは大佐の副官のリザにお伺いを立てなくちゃと思いまして。本人は、まあ、その後で良いだろうと」
「順番が逆だ!!」
憤慨したように指摘する大佐に、私も同意見だ。
「そうよ、レベッカ。私の意志を確認する必要なんてないのよ? 別に大佐がプライベートで何をしようが私は関係ないもの、好きにしたら良いわ」
「……それはそれで、寂しいんだが、中尉……」
突き放すように言った私に対して大佐は、情けない顔でぶつぶつ言っている。私はそれを綺麗に無視した。
「……ほんとーに、いいの? 大佐には胸の勲章を見せびらかすようにじゃらじゃら付けて礼装してエリートですって所を主張して貰って、写真館で腕組んで撮影するつもりなんだけど……ほんとーーにっ、いいの?」
私はその姿を想像してみた。大佐の礼装姿は見栄えが普段の5割ましくらいになる。レベッカもきっとおしゃれするのだろう。彼女は顔立ちの整った美人だから隣に立ったらさぞかし絵になるに違いない。
そんな事を考えると、何故か胸の奥がもやもやした気がしたが、その時の私は特に気にとめなかった。
自分でお願いしたくせに私が許可した事が腑に落ちないのか意味深な瞳で私を見つめて何度も確認するレベッカに対して、私は返答する。彼女は私の返事に何を期待しているのか。何度聞かれようと、答えは同じだ。
「いいわよ、好きにして。大佐も不都合が無ければ彼女に付き合ってあげてくれませんか。カタリナ少尉のような優秀な部下が寿退職してしまったら困りますでしょう?」
「そうよそうよ、リザ、言ってやって!」
はやし立てるレベッカと私の顔を交互に見た大佐は、観念したようにため息を吐いた。
「……分かった。カタリナ少尉の芝居に付き合おう。君が、そうしろと言うのなら。……本当に良いんだな?」
黒い瞳にじっと見つめられて。私は心の中の動揺を押し隠すように頷いた。



その日、私は朝から憂鬱だった。
本日は非番で、目覚めも良く、夢見だって悪くなかった。しかし、カレンダーの日付を確認して今日がその日である事を、改めて思い出してしまったのだ。
それは、大佐とレベッカが写真を撮りに行く日だ。大佐は結局お休みは取れなかったけれど、夜勤明けでそのまま彼女に付き合ってあげる事にしたらしい。昨日は司令部に礼装を持ち込んでいたから、家には帰らず直接写真館に向かったのだろう。
そして、レベッカと仲良く腕を組んで写真を撮る。
ただこれだけの事なのに、その姿を思い浮かべようとすると、また私の胸は謎のもやもやに襲われる。何ともすっきりしない気分を持て余して、せっかくの休みを私は満喫出来ないでいた。
すると。
トントントン、と玄関扉からノック音がした。来客とは珍しいと、私はドアを開ける。そこに居たのは意外な人物だった。
「ほら、リザ! 迎えに来たから一緒に来て!」
「レベッカ?……貴女、今日は大佐と写真を撮りに行ったはずじゃ……」
「そうだけど! でも、あたし一人じゃあ、何かと不便があんのよ。だから、あんたが非番のこの日を選んだの。悪いけど写真館まで一緒に来て、手伝ってくんない?」
手伝うって何を……? そんな疑問を口に出すよりも早く、レベッカが私の手を引く。特に用事がある訳でも無かったので、私は大人しく彼女の運転して来た車に乗った。



レベッカに連れられて来たのは、イーストシティにある比較的歴史の古い写真館だった。話に聞く限りでは、写真機が発明された時期から今までずっとここで営業しているらしい。シティの人間は、人生の記念日には必ずここで写真を撮ると聞く。
私は写真館に連れられて来られた理由を、ここに来るまでの間に考えていた。おそらく、レベッカがドレスを着て着飾るからそれの手伝いをするか、さもなければ、大佐の方の身支度を整えて欲しいのか、どちらかだろう。大きな写真館だから専門の人が居ると思うのだけれど、手が足りないのだろうか。
だから。そんな事を考えていた私は、レベッカと共に入ったドレッシングルームにて、息を呑んでしまった。
そこには、純白に輝くウェディングドレスがトルソーに据えられていたのだ。シンプルなAラインを描くドレスは肩と背中が露出するタイプだ。私には絶対に着られない、そんなドレス。
まさか、レベッカがウェディングドレスを着て大佐と写真を撮るだなんて思ってもいなかった私は驚きに呆然としてしまう。確かに、見合いを迫る家族にインパクトを与えるという点ではこれ以上の衣装はないかもしれないが。そしてこれを一人で着るのはしんどいだろう。手伝いが必要だった訳も納得出来る。
「綺麗ね……」
これを身に纏ったレベッカはもっと綺麗だろう。そう思いながらも、私ははっきりとした胸の痛みを自覚していた。私には一生着られないドレスで彼女が大佐と写真を撮る。その事実が苦しくてたまらない。二人が写真を撮ろうがどうも思っていなかったはずであるのに。
ところが。
「さ、さっさと服を脱いで。リザ。後が詰まってるそうだから、早く済ませないとね」
レベッカにそう命じられて、私は呆然から一転、今度はポカンと間抜けに口を開けてしまった。それから、何とか自分を取り戻して言葉を紡ぐ。
「……な、何で私が服を脱ぐのよ」
「何でって。あんたがこれを着るからに決まってるじゃない」
これ、とレベッカがあろう事かウェディングドレスを指し示した。
「大佐はとっくにもう礼装でスタンバってるから、後はあんたがこれを着るだけ。本当は着替えを手伝いたいなんてタワケた事抜かしてたけど、ちゃんとシメといたからね。化粧も髪もあたしがやったげるから、任せて。専属の人を呼べたら良かったけど、あたし達以外に背中見られるの嫌でしょ?」
彼女の言う事の理解が追いつかなかった。どうしてレベッカではなくて私がこれを着なければならなくて、私を待って大佐が礼装でスタンバってるのか。何がなんだか分からない。
「ま、待って、レベッカ。これを着るのは貴女でしょう? 貴女が大佐と写真を撮るために用意したのではないの? 私は大佐と写真を撮る必要なんか……」
「あるのよ。あたしの方はもう適当な格好で済ませたから、いいの。これはあんた用、さあ、早く脱いで!」
服を引っ剥がされそうになって、私は必死に抵抗した。
「ちょっ、待って、ちゃんと話してくれなきゃ、納得できないっ……きゃあ!」
「それは着替えながら話してあげるから! とにかく後が詰まっているって言ったでしょう!? ここは人気があるとこだから、時間がないのよ!」
レベッカに服をはぎ取られて、私は半ば無理矢理に件のウェディングドレスに着替えさせられるはめになった。何故か私のサイズにぴったりのそれの後ろの隠しボタンを止めてくれながら、レベッカが私がドレスを着る理由とやらを話してくれる。
「……あの御仁がタダであたしの頼みを引き受けてくれるはずないでしょ。ギブ&テイク。それなりの報酬が必要だったってワケ」
「報酬?」
ドレス姿で椅子に座らせられる。前髪をピンで留められて、早速お化粧が始まった。ファンデーションを塗りたくられ、普段自分では使う事のない色のチークを刷毛で乗せられ、鮮やかな手並みでレベッカは私をメークアップさせていく。
「そ、大佐はあたしと写真を撮る代わりに、ある人物との写真をご所望したの」
「まさか……」
レベッカがアイライナーとアイシャドウを施して、最後に濃いめのルージュが唇を彩った。
「そうよ。自分があたしと写真を撮るついでに、あんたにウェディングドレスを着せて一緒に写真を撮らせてくれるなら……協力してくれるって言ったのよ」
「そんなっ、ばっ」
「こら! せっかくお化粧したんだから、大口開けて叫ばない!」
思わず声が出た私を、レベッカが叱りつける。反射的に私は口をつぐんでしまったが、しかし。
「……そんなバカな話、貴女は了承したの? そして、私の意志の有無は?」
二人の間で勝手に進んでいた取引きに私は憮然とするしかない。これはあくまでも大佐とレベッカの間の問題ではないか。私は関係無いはずだ。それなのに巻き込まれた挙げ句、どうしてウェディングドレスを着て礼装した大佐とまるっきり結婚写真みたいなものを撮らねばならないのか。
けれど、レベッカは私の当然の抗議にも動じず、むしろ呆れた顔をした。
「どの口で今更、意志確認とか言うの? あんた、自分で自覚してないかもしれないけど、大佐の事大好きでしょうが」
よりにもよってなんて事を言うのだ。
「ち、違うわ!!」
「違わない」
叫ぶなという言いつけを破って、猛反論する私にもレベッカは動じない。
「違わないと思うよ? あのね、あたしだって御仁が酔狂でこんな事をしようっていうなら、協力しなかったわよ。あたしと写真を撮って貰うのも諦めた。でもね、大佐は言ったのよ。「いつか必ず彼女にウェディングドレスを着せるつもりだが、いつになるか分からない。もしかしたら、その誓いを果たせずに、明日死ぬかもしれない。だったら、その前に一度だけでも、例え仮初めでも……彼女のウェディングドレス姿が見たいんだ。……きっと、彼女は自分には一生縁の無いものだと思いこんでいるだろうから、その思いこみを正してやりたい」って。どう? これを聞いてもあんたは、あの人の事好きで無いって言える?」
このドレスに込められたあの人の思いに、私は言葉が出なかった。急速に抵抗しようとしていた意志が萎えていく。そんな私を見やってレベッカがニヤリと笑った。
「納得した? じゃあ、後は髪を整えるから、大人しくしていること。……例え、あんたの言う通り本当にあんたが大佐の事、別に好きでなくてもさ、常に死を覚悟して戦ってるいい男に、思い出作りだと思って付き合ってやんなさいよ、それくらいしても罰は当たらないでしょ」
私を座らせてレベッカは私の髪をブラシで梳き始める。私は大人しく彼女に身を任せた。
この格好であの人の隣に立つ事など、一生無い事だと思ってきた。そんな夢を見てはいけないのだと。だけど、それが思わぬ形で叶おうとしている。例えこれはお遊びの写真撮影であろうとも、とても尊いものに私は思えた。
やがて全ての支度が整うと、レベッカが私の手を取ってくれる。
「さあ、行くわよ。花婿がお待ちかねよ。花嫁のエスコート役は、本来はあたしの役目じゃないけどね。今だけは代理で勤めさせてもらうわ。……いい? あたしの本当の役目はブライズメイドよ。……あっ、でもそれだとあたしの方がいき遅れになるのか!」
それは許せないわー! と本気で葛藤している親友に私は思わず笑ってしまった。そんな不確かな未来を彼女は信じてくれているのだ。胸がいっぱになると同時に、私の意地っ張りな部分が解きほぐされていく。だから私は思わず素直な気持ち彼女に打ち明けていた。
「……あのね、レベッカ。私、本当はね」
「なあに?」
「……大佐の事、貴女に貸すの嫌だったみたい」
「…………バカね」
レベッカは眉を跳ね上げて、まるで子供を叱るような口調で言った。
「そういう事は、もっと早く言いなさい!!」



私の告白のせいかもしれないが、結局レベッカは大佐と撮った写真を田舎には送らなかったらしい。家族には、あたしみたいなイイ女にイイ男が捕まえられない訳ないでしょ! と言い切ったから良いのよ、と彼女はあっけらかんと笑っていた。私は、本当に貴女みたいなイイ女を放って置くなんて、世の中の男の目はみんなふし穴ね、と同意した。
そして。
この時大佐と撮った写真は私の宝物として大事に仕舞ってある。飾られる事もなく、今は当事者とレベッカ以外誰にも見せる事は叶わない写真だけれど。それでも、私はそれを大事に保管するつもりだ。いつか本物と差し替えて飾れるようにするから。という彼の言葉を信じて。




END
*******************************
[PR]
by netzeth | 2014-08-18 00:12 | Comments(0)