うめ屋


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引き出しの中の

あの人の机の引き出しの中はカオスである。
私がその事を知ったのは、彼が重要書類を引き出しの中に仕舞ってしまった事がきっかけだった。書類が何処にあるのか尋ねた私に、彼は、「ここにある」と引き出しを開けようとして……しかし、引き出しは開かなかったのである。何度も力任せに引っ張ったりしてみたが、引き出しは1ミリも動かない。彼は中で何かが挟まってしまったようだな、と早々に諦めると錬金術を使いデスクを変形させあっさりと引き出しを開けてみせた。
かくして。無事に書類は取り出せたのだが。
そんな喜びよりも、私にとっては彼の引き出しの中身の方が衝撃的だった。
まず、まったく整理整頓されていなかった。デスクワークに必要な文房具の類が、正に混沌としか言いようの無い状態で中に収まっている。そういえば仕事中彼はことあるごとに、ペンが無い、クリップが無い、と探していたっけ。私は普段の彼のデスクワークが、遅々として進まない理由の一端を垣間見た気がした。こんなの、必要な文房具を探すだけで時間を取られてしまう。だが、それでも引き出しの中身が文房具だけだったならば、例えそれが無秩序に置かれていようとも、許せたに違いない。きちんと整理整頓しなさいとお説教すれば済んだ事だ。
しかし。引き出しの中は、まったく業務に関係の無い物であふれていたのだ。それは私にはガラクタにしか見えない品々だった。(彼は違う! と反論していたが)ピカピカのビーダマ(貴方はカラスですか?)、何処で拾ってきたのか分からないくぬぎのドングリ(それとも冬ごもり前のリス?)、犬用のおもちゃ(私からハヤテを奪うおつもりで?)、几帳面に折り畳んである大量のピンクチラシ(……これだけ扱いが丁寧なのは何故でしょうね?)カラフルな包装紙に包まれたキャンディとチョコバー(間食は良くないと言ったのに)ボルト、ネジ、曲がった釘(大工に転職を?)ただの石(これは本当に存在意義が分からない)その他、正体の良く分からないものがエトセトラエトセトラ。これを見て私は大変納得した。ああ、道理で引き出しが開かなくなってしまった訳だと。
もちろん、私は彼にお説教した。引き出しの中はきちんと整理整頓すること。そして、必要の無い物は入れないこと。 
上官に、しかも東部守護という責任ある立場の佐官に、こんな母親が幼い子供を叱るような内容のお説教をしたくは無かったのだが。私が叱らないと誰も彼を叱る人が居ないので、仕方がない。すると。
「これは全部必要なものなんだ」
と信じられない事に彼は真顔で言ってのけた。本当にそうだと信じ切っている表情で。私は頭が痛くなる。
「……お菓子や犬用のおもちゃは百歩譲って必要かもしれないと認めましょう。仕事中に甘い物が欲しくなる事もあるでしょうし、休憩の時に貴方はよくハヤテ号と遊んで下さいますから。ですが。ピンクチラシやビーダマやドングリに石にボルトネジ釘、ピンクチラシが仕事に必要な訳ないでしょう。ピンクチラシは」
「ピンクチラシだけ3回言ったね……」
「それが何か?」
「……いや、別に」
私が鷹の目と呼ばれる眼力で彼を睨みつけると、彼は汗を額に浮かべ視線を逸らしながら言った。
「ビーダマは、ピカピカ光って綺麗だし、ドングリは中庭に埋めて緑化に励もうと思っているし、この石はこの角度から見ると猫に見えて珍しいし、ボルトやネジや釘はいつかどこかで使うかもしれんし、ピンクチラシは…………大事だし」
「は?」
「いや、すみません。ピンクチラシは必要ありませんでした」
私の表情をちらりと見て、彼は何故か敬語で私に謝る。
「とにかくっ、全部私には大事なものなんだ!」
そう力説した彼は、机の上に乗ったそのガラクタ達を再び引き出しの中に大事に仕舞ってしまった。そんなの、もちろん許せるはずもない。
「大佐。僭越ながら、これから定期的に引き出しを開けさせて頂きますから。そして、整理整頓をさせて頂きます。その際に、こちらで検分し私が必要なし、と判断したものは処分させて頂ますから」
「なんだって!?」
私の宣言に彼は悲鳴のような声を上げる。大佐にしてみれば私の言葉は横暴極まりないものだったのだろう。だが、私は反駁は許さなかった。
「元々このデスクは仕事のためのものです。仕事に関係の無いものを入れる必要はないでしょう? 私物をまったく入れるなとは申しません。多少の目こぼしはしましょう。ですが。今回のような明らかなガラクタ品は、ご遠慮下さい。もしも大事だと言うのならば、別の場所で保管をお願いします。どうぞ、私が見ても問題ないと思われるものだけを入れておいて下さいますよう」
きっぱり言うと、彼はここが一番入れやすいし取り出しやすいんだよなあ……とぶつぶつこぼしていたが。
「分かったよ……」
最後には諦め顔で私の言いつけに従うようだった。



だが、昔から身の回りの事にはダラシナい彼のこと、引き出しの中に物を放りこんで置く癖が一朝一夕で直る訳がない。彼の引き出しを開ける度に私はため息を吐くことになった。
ぐちゃぐちゃなのは相変わらず。それをきちんと整理しては、仕事に関係なさそうなものを取り出す。真っ先に見つけたピンクチラシは処分し、ガールズバーのマッチ箱などはまとめて置いて後で大佐に渡した。(彼は青ざめていたが)ドングリや石は中庭にリリースし、ボルトやネジ類は必要となる部署の道具入れに戻す。そうやって私は定期的に彼の引き出しを改めていった。
彼の引き出しの中は、まるで彼自身を写す鏡のようだった。複雑そうでいて単純、大胆のようで繊細。そんな彼の性格を表したかのようになカオスな引き出しの中身は、私に彼を教えてくる。時にはトランプカードが、時には東方のチェス駒が、時には競馬の馬券が、時には描きかけの錬成陣や構築式が。彼のその時のマイブームが反映したそれらは私を愉快な気分にさせていた。彼のハマり物を知り、それとなくその話題を出すと彼が嬉しそうに食いついてくるのが、また楽しい。
いつしか、私は彼の引き出しを覗くのが楽しみになっていた。
そんなある日。いつものように、また彼がしょうもない物をため込んでいないかと、彼の引き出しを開けた時のこと。
私はこれまでとは趣の違ったものを発見した。それは、どうみても貴金属の類が入っていると思しきベルベットの小さな箱だった。こんな物は今まで引き出しの中で見たことは無かった。誰かへのプレゼントだろうか。彼が仲良くしている女性達への。こういった種類の物を引き出しの中に入れて置くことが無かった彼だけに、私は動揺した。
箱の中身が気になって気になって仕方がない。しかし、それを開けて見てしまうのはいくら何でもプライバシーの侵害だ。引き出しを開けるとは彼に言ってはあるが、これはそれ以上の越権行為であるだろう。
私はあえてそれには触れなかった。貴金属類は仕事とは無関係の物だけれども、さすがにこれをガラクタとは思えないので、処分することもしなかった。彼がそれを誰かに贈るとするならばそのうち消えてなくなるだろう。私がどうすることもないと思ったのだ。
だが。予想に反してその箱は次に私が引き出しを改めた時にもまだあった。色も形も大きさもそっくりそのままだったから、同じものに間違いない。私は驚くと同時に、まだ渡せないのだろうか、そんなに相手は難攻不落で……彼にとってはプレゼントを躊躇わせるほどの大切な相手なのだろうかと、不躾な想像をした。
そして。その箱は次も、そのまた次も。引き出しに入ったままだったのである。私は楽しみだった引き出しを開ける行為が、だんだん憂鬱になってきた。引き出しを開ける度に目にする、彼から大切な誰かへのプレゼント。いつまで経ってもなくならないそれが、彼の相手への想いの深さを物語っているようで、苦しかったのだ。女性に対しては積極的でプレイボーイな彼がこんなに躊躇するのだから、よほど……その女性が好きなのだろう。そんなことを思うと、私の胸は痛みを覚えるようになった。
ある時、私はとうとう大佐に切り出した。
「大佐、そろそろ引き出しの整理整頓はご自分でなさって下さいね。私はもう、検分はいたしませんので」
自分で無理矢理に彼に押しつけたことだったのに、自分からやめるというのは無責任な気がしたが。もう、あの誰かへのプレゼントを目にするのが私には耐えられなかったのだ。
「え!?」
私の申し出に彼は驚いた顔をした。
「な、何で、突然? もう、引き出しの中身、見ないのか? 何か、不快なものでもあった……とか? 二度と目にしたくない…みたいなのが?」
大佐の言うとおりであったのだが、そんなことは正直には言えないので私は曖昧に誤魔化した。
「……違います。ただ、そろそろ大佐の自主性に任せようと思っただけで……」
嘘をつくのが後ろめたくて、俯きながら言えば大佐の焦りを帯びた声が耳を打つ。
「で、でも……まだ……っ」
「まだ?」
言葉を切った彼に、その続きが知りたくて顔を上げた私は大佐を見つめた。答えを待って見つめ続ければ、大佐は何故か頬を赤らめている。
「……まだ……処分し忘れているものがあるんじゃないのか?」
「え……?」
彼の言う処分し忘れているもの、に心当たりなまったくなく。私は脳裏で吟味してみる。毎回きちんと必要なもの、要らないものを精査して引き出しの中を整理整頓しておいたはずだ。……そう、あの箱を除いて。
「あの、まさかとは思いますが、もしかして。……あの小さな箱の事でしょうか?」
おそるおそる尋ねれば、驚いた事に大佐は頷いてきた。
「そうだ。……仕事に関係ないもの、要らないものは君の方で処分する……のだろう? どうして、あれはいつも持って行かないんだ?」
「だって、あれは……」
確かに私物で、仕事とは関係なさそうなものだが、私が持って行っていいものではないではないか。
「確かにずっと置いてありますが……大佐の……大切な誰かへのプレゼントなのでしょう? 私物は多少の目こぼしはすると申し上げましたし……」
いつまでも渡せない、そんな彼のプレゼント。もう、私はこれ以上見たくない。自分ではない誰かへの深い彼の想いを、見せつけられたくない。
「だからっ、てっきり君が処分するから持って行ってくれるとばかり思っていたのに、ちっとも持っていかないから! だから、ずっと置いてあるんじゃないか! さっさと持って行って中身を見てくれ!!」
焦れたように彼は叫ぶと、引き出しからそれを取り出して私に渡してきた。私は当然ながら訳が分からない。……これは要らないものだったのかしら? だから、そんなにこれを私に処分して欲しかったというの?
「……これなら、スマートに渡せると思ってずっと入れて置いたのに、君はぜっぜん一向に持っていかないんだもんな! ピンクチラシは入れた次の日に速攻で処分するくせに、なんでそれは持って行かないんだ!!」
こんな高価そうな物をピンクチラシと同列に語らないで欲しい。ん? ちょっと、待って。私にスマートに渡せる?
「それはつまり……」
「そう。もともと、君に渡そうと思っていたものだ」
彼はむっつりとした顔で言った。でも、耳と頬が赤いので、全てを白状させられて恥ずかしいという事が透けて見えてしまっている。
「……直接渡すのが、その……照れくさくてな、だから、ここに入れておけば君が持って行って中を見るだろうと……」
そう言って彼は箱に視線を飛ばす。促された気がして、私は箱を開けてみた。ベルベットの小箱の中に入っていたのは、私が愛用しているシンプルなピアスとまったく同じ形の物。ただ、その色は焔のような美しい緋色だった。小さなメッセージカードが添えられており、そこにはリザ・ホークアイへときっちり名前が入っている。
「あ、あの……」
私は何と言うべきか分からず、言葉が続かなかった。こんな回りくどい方法を使わなくても、直接渡してくれれば良かったのにと思わなくもなかった。そうすれば、長い間私はやきもきしないで済んだというのに。だが、それが出来なかった彼の気持ちも私には理解出来た。
「ありがとうございます……」
とにかく、礼を述べると彼はいや、と頭を掻いた。その後は二人で言うべき言葉に困って沈黙してしまう。
ーー確かに、これは超絶に照れくさい。
「……君が素直に受け取ってくれる自信も無かったしな。目の前で断られるのも怖かった。だからこの方法で黙って持って行って貰えれば、なし崩しにプレゼント出来るだろうと……」
本当は、と切り出した大佐が引き出しの中にずっと入れて置いた言い訳をしてくる。それを聞いて、こんな方法を取った彼への不満はもう完全に消えていた。 
「……貴方からのプレゼントを私が断るはずないでしょう」
「分からんぞ。……だって君、それが指輪だったらきっと受け取ってくれなかったと思うぞ?」
「確かに」
「そこは否定する所だ」
一瞬情けない顔をした彼に、私はくすくすと笑った。私をずっと支配していた憂鬱な気分は現金な事にすっかり晴れていた。
「……これからも引き出し中の整理、頼むよ」
「はい」
大佐の願いに私は応の返答をする。
「……そして出来れば、プレゼントと思われるものは持って行って君の裁量で処分してくれてかまわない。……ちゃんと中身を確認してから……ね」
片目を瞑ってそんな事を言う大佐に、私はおかしくなった。……彼はまたこれからもこんな方法で私に贈り物をするつもりなのだ。胸が暖かくなる。
「分かりました。肝に銘じておきます」
そう頷いた私に、彼は満足そうに笑ったのだった。



END
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by netzeth | 2014-08-31 14:40 | Comments(2)
Commented by まこ at 2014-09-25 14:23 x
どんぐり集めているマスタングがなんかとてつもなく可愛いです。
Commented by うめこ(管理人) at 2014-09-25 22:49 x
>まこ 様

コメントありがとうございますヾ(*´∀`*)ノ
ロイさんはいろんなものを集めて引き出しに仕舞ってはリザたんに叱られているイメージがあったもので(笑) どんぐり拾ってる姿は確かに可愛いと思われます(^^) どんぐりの種類にもこだわりがあったりしたら面白いですよね(笑)