うめ屋


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by netzeth
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月散歩

月光浴という言葉がある。月の優しい光を浴びると、体にも心にもとても良い効果があるそうだ。
今宵は満月。
大きな大きな月が見下ろす夜の街を、私は鼻歌交じりに歩いていた。頬を撫でていく風は心地よい温度。凶悪だった夏の暑さがやわらぎ、ようやく秋の気配を見せ始めたイーストシティは、お散歩をするにはもってこいの気候である。
街灯なんかない暗い道でも、月の光は柔らかく街を照らし出す。足下にはくっきりとした建物の影。子供の頃に遊んだ影踏みの要領で、私は影を辿って歩いていく。影から影へ。非常に愉快な気分だった。
だから、足が自然とそちらに向いてしまったのかもしれない。
気がつくと私は見覚えのあるアパルトマンの前に立っていた。適度に古く、それなりに洒落た単身者用の住まい。その二階の端の部屋へと私の視線は釘付けになる。
そう、そこは私の副官リザ・ホークアイの部屋だった。何度か足を運んだことがあるので、確かに記憶している。
カーテンが引かれた部屋の窓を私はじっと見つめた。明かりはついていない。こんな深夜だから、もうとっくに眠ってしまっているのだろう。
けれども。
私は一縷の希望を持って、その窓に視線を注ぎ続けた。もしかしたら、彼女が顔を覗かせてくれるかもしれない――そんなバカな希望を。
すぐそばに電話ボックスがあることは知っていた。私は過去に何度か花屋を名乗ってそこから彼女に電話をかけたことがある。呼び出そうとすれば、すぐに出来る。
しかし、私はそれはしなかった。こんな月夜にそのような無粋なことをする気が起きなかったのだ。
――あくまでも、偶然がいい。その方が運命的で、ロマンチックだ。
我ながらどこの乙女かと思う思考回路だが、その時の私は大真面目だった。
あの夜空の月が雲間から姿を見せるように。彼女の姿もあの窓から見えないだろうか。
私がそんなバカなことを再び考えた、その時だ。まるで奇跡のように白いカーテンが開けられ、窓辺に人の影が現れた。その月光を受けてほのかに輝く金色の髪――彼女である。
乙女チック万歳。
心中で快哉を叫びながらも、私は興奮が押さえられなかった。テレパシーのように思いが通ずるなんて、なんて運命的なんだ。
夜空に浮かぶ月を見上げた彼女に向かって、私はバカみたいに両手をぶんぶんと振った。私はここにいるぞと精一杯のアピールをする。すると、視線を下げた彼女が私に気づいて、あからさまに驚いた顔をした。
……あれは、大佐があんなところに!? 嬉しいっ! って顔じゃないな。どちからと言えばUFOやUMAを発見して、げっ、見なければ良かった! というのに近い。
しかし、今の私は挫けることを知らないハイテンションである。満面の笑みで手を降り続けていると、彼女が慌てた様子で窓から姿を消し奥に引っ込んで行くのが見えた。きっとここに来てくれるのだろう。その予想は違わず、
「大佐っ! 貴方はこんな所にお一人で何をやっているのですかっ! 何を!」
パジャマにカーディガンを羽織った姿で登場した中尉に開口一番叱られた。
「何って。散歩だよ」
「散歩って……こんな真夜中にお一人で護衛も付けずにふらふら出歩くなんて、不用心過ぎます」
「何、こんな明るい月夜の晩に何かしようなんて奴はいないさ。狙うなら、新月か雨の夜だろう」
「それはそうですが……」
私の言い分に一応同意はしてくれたものの、まだ中尉は納得がいっていない顔をしている。忠義心の厚い彼女のことだから、私の身が心配なのだろう。それは決して不快ではない感情だ。口元に笑みを浮かべて私は言った。
「月がな、綺麗だったから」
「え?」
「月が綺麗だな、と言ったんだよ。中尉」
一瞬不思議そうな顔をした彼女だったが、すぐに私の言葉を理解して顔を顰めてくる。
「それがこんな時間にお散歩をしていた理由ですか?」
「ああ。まあ、そうだな」
「……大佐はそんなに月がお好きでしたでしょうか?」
「私は月が好きだよ。知らなかったかい?」
「知りませんでした」
不勉強で申し訳ありませんね、と中尉が少し拗ねた顔をした。私のことで知らないことがあったのが悔しかったのか。それとも、単純に月に嫉妬しているのか。どちらでもたいそう可愛らしいことこの上ない。
私は彼女を見つめた。
月の光に照らされたその横顔は、とても美しい。白い光を受けていっそう滑らかに見える肌、ぼんやりと光を纏っているように見える髪。……そう、まるで。
「月だ……」
「大佐?」
変わらないように見えて、実は感情豊かにころころと表情を変える。見えないようで、常にそこに居て、その優しい光で私を照らし包容してくれる。
「君は月に似ているね」
思わず零れ落ちた言葉に、中尉はこれまた分かり易く頬を赤くした。そのまま目を眇めて私を睨んでくる。
「大佐、もしかして口説いてます?」
月が好きと言ったその口で、月に似ていると言えば遠回しに好きだと言っているようなもの。実はそんなつもりはなかったのだが、結果的に愛の告白めいた言葉になってしまったようだ。それに気づいて、私は一応弁解してみる。
「さあ、どうだろう。私は思ったことを言ったまでだ。私は月が好きで、君は月に似ている……」
……意図せず告白をだめ押ししたみたいになった。
ますます顔を紅潮させた彼女は、困ったように視線を逸らした。
「もしも口説いているとして。だったら、君の返事が聞きたいな?」
「そんなの聞かなくたってお分かりでしょう……?」
「さあね、月は気まぐれだから、私には月のことは分からない」
暗に君の気持ちが分からないと濁して言ってみる。中尉の気持ちは薄々知ってはいたけれど、私は今までそれを言葉にして貰ったことはないのだ。
「それはこちらの台詞です……」
いつもはぐらかして冗談にしてしまって、本気が分からない。
……中尉の呟きに私は驚く。そんな風に思われていたとは思わなかった。確かに、私もはっきりと気持ちを言葉で伝えたことはなかった気がする。戯れにかける愛の言葉はいつも冗談で濁していて。それを、彼女が上司からのセクハラと受け取ってしまっても無理もない。
そうか。お互い様か。
私たちには保つべき一線がある。守るべき誓いがある。その前に、どうしてもはっきりとした意思表示は妨げられてしまう。言葉に出せないその想い。
「……中尉、月が綺麗だな」
私はもう一度この台詞を繰り返した。それは、はるか東の国で使われている愛の言葉だ。
「え?」
その国の人々は直接的な表現を好まない。ストレートに愛の言葉を語るのをよしとしない風潮があり、このような遠回しな表現を美徳とするという。
――愛しているという言葉を、月が綺麗だと置き換えて。
「大佐……?」
困惑したように中尉が私に顔を向けた。それに優しく微笑みかける。今はまだ、お互いの気持ちをはっきりと明るみに出す時期ではない。だからきっと太陽の下に出せないそれを、曖昧に伝えるための、この月夜。
「月が綺麗だ、中尉」
月にまかせて己の気持ちを吐露し、私は月を見上げた。いつか、この気持ちをちゃんと目に見える形で君に届けることが出来るようにと願いを込めて。
「本当に、月が綺麗ですね……」
説明をしない私に追求を諦めたのか、彼女も月を見上げている。
「ああ、綺麗だな」
二人仲良く並んで、月を眺める。
……まん丸い月の光はいつまでも私達を優しく照らしてくれた。


――彼女がこの言葉の真実をファルマンから聞いて、顔を真っ赤にして私に抗議しに来るのは、案外すぐの話である。


END
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まだ微妙な関係の頃の二人?






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by netzeth | 2014-09-12 22:51 | Comments(0)