うめ屋


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上司の親友の妻

アメストリス首都セントラルシティの中央駅は、人混みでごった返していた。その点で言えばイーストシティと似たようなものだったが、あちらに比べてここはどこか洗練されている。行き交う人々の優雅な物腰と最先端の服装、そして幾重に連なる駅のホームを覆うドーム上の屋根は高く、所々に瀟洒な装飾が施されていた。
内乱が終わってまだ幾ばくも経っていない東と比べる方が間違っているのかもしれないが、戦乱の影響の無いここはまるで別の国に居るようだ――という感想をリザ・ホークアイ少尉は抱いた。
「じゃあ、すまないが後は頼む」
「はい。お任せ下さい」
ホームを出て駅前で迎えの車に乗った上司の見送りをする。彼――ロイ・マスタング中佐はこれから中央司令部で緊急の会議である。慌ただしく車に乗り込んだロイに綺麗な敬礼を決めたリザは、自動車が視界から消えた所で踵を返し歩き出した。
彼女にはこれからロイに依頼されている仕事があった。いや、仕事――と言ってしまうとおおげさかもしれない。何しろこれは軍務には関係の無い彼の私事に関することだったので。
駅から歩いて数分の場所にある、緑豊かな公園まで足を運んだリザは時計を確認する。時間まで後5分。どうやらちょうど良い案配だったようだ。
平日の昼間だというのに、公園内は憩う人々で賑やかだった。平和なセントラルシティの現状を横目に、リザは指定された場所へと赴いた。公園内に設置された像の前。遠目でその場所発見し近付きながら、まだ待ち人の姿が無いことを把握した。
彼はまだやって来てはいないようだ。
他の待ち合わせをする人々に紛れて、リザはそこに立った。うら若い美しい乙女の軍服姿に、ある者は無遠慮に注目しある者はぎょっとした顔をする。確かに穏やかなこの場所には釣り合わない格好かもしれない。とリザはちらりと思った。
その時である。
「あの、すみません」
リザの方を見ていた者達の一人――自分よりも少し年上に見える女性が遠慮がちに話しかけてきた。茶髪とも金髪ともとれる髪色の女性だ。短いその髪がさらりと頬に揺れる、清潔感溢れる綺麗な人である。
「何でしょう」
言葉の足りなさ愛想のなさは生来のもの。これではまるで威圧しているようだ……もう少し柔らかい言い方もあるだろうに、と自分で自分に少し呆れながらリザは返事をした。
「マスタングさんの、部下の方ですか?」
しかし、リザのぶっきらぼうな対応にも少しも臆する様子もなく女性はごく自然体で尋ねてきた。柔らかい笑みがその口元を彩っている。
「そうです。失礼ですが……?」
「ああ、やっぱりそうでしたのね。マースったら、ただ部下の方が来るとしか教えてくれないんですもの」
マースという名前が出て、リザは驚く。では、彼女は自分の待ち人の関係者なのか。訝しげにリザが眉を寄せると、女性がそれに気づいて慌てたように頭を下げてきた。
「あ、申し遅れました。私、マース・ヒューズの家内です」
「少佐の……」
「はい」
初めてリザは女性の顔を正面から見る。……言われて見ればどこかで見たような気がしないでも無かった。それが少し前にヒューズより見せられた愛妻の写真だと気がつくまでに少し時間がかかった。
「そうですか。それでは、ヒューズ少佐は?」
本来リザがロイから頼まれたのは、ここでヒューズに会い彼がロイへと渡す物を受け取ること。本当ならばロイが直接赴くはずだったのだが、東を出る直前に中央での会議時間が変更になり、その余裕が無くなってしまったのだ。司令部を出る前にヒューズには連絡を取り、名代としてリザが出向くことは伝えておいたはずなのだが。
「マースは司令部から緊急の呼び出しがあって、ここに来られなくなってしまったんです。マスタングさんに連絡を入れようとしたんですけどもう、列車に乗ってしまった後だったみたいで。それで、私が代わりに」
「そうですか」
それで彼の愛妻がリザと同じように名代となって現れたという訳か。考えてみれば迂遠な話だとリザはおかしく思った。当人同士はおそらく中央司令部で顔を直接合わせることになるだろうに。
「それで……これがマースから預かって来た物なんですけど……」
彼女は抱えていた紙袋から綺麗に包装された細長い箱を取り出した。少し重みがありそうなそれをリザは素早く彼女から受け取った。思った通り、ずっしりと腕に負荷がかかる。
「確かに承りました。ご足労下さりありがとうございました」
丁重に頭を下げつつ、リザは淡々と礼を述べた。これでリザの任務は終了だ。実は腕の中のヒューズからの贈答品が少し気になったが、リザの役目はただこれを受け取ってロイに無事に渡すことだけだ。中をあれこれ詮索することは出来ない。
しかし。
「……中身が気になりますか?」
目の前に立つ女性は穏やかな笑みは絶やさずにそんなことを問うてきた。まるでリザの内心を見透かすように。もちろん本心を隠していいえと首を振るのは簡単だったが、何故かリザには出来なかった。澄んだ瞳をしたこの女性に、隠し事をするのはとても困難なことに思えたのだ。
「正直に申し上げますならば、少し」
「ふふふ……っ」
素直に白状すれば、女性は朗らかに笑う。何だかいろんなことをいっぺんに見透かされてしまった気分になって、リザは少し居心地が悪くなった。
「これは、マースからマスタングさんへの昇進祝い兼誕生日プレゼントのお酒だそうですよ」
「誕生日プレゼント……」
昇進祝いならともかく、誕生日プレゼントと聞き思わず笑みが零れた。大の大人の男同士がお誕生日プレゼントを未だにやりとりしているというのは、何とも微笑ましい話ではないか。
「ああ、やっと笑って下さったのね」
すると、そんな風に言われてリザは目を瞬いた。反射的に女性の顔を見ると彼女は確信めいた口調で告げてくる。
「……貴女がマスタングさんの副官さんでしょう?」
「ええ、はい」
頷いたリザに、彼女はますます笑みを深くして言った。
「ふふふ、マスタングさんがよく愚痴ってらしたのよ。自分の副官が笑ってくれない、どうしたらもっと笑顔を見せてくれるのかなって」
「え……っ」
ロイの名を出されて不意を突かれた気分に陥る。そんなリザを女性の優しい瞳が見つめていた。包容力に溢れた、眩しい笑みだと思った。
「私、ずっと気になっていたんです。マスタングさんがあんな顔で愚痴る副官さんって一体どんな方なのかしらって。ふふふ……こんなに可愛らしい人だったなんて、私の思った通りだったわ」
あんな顔とはどんな顔だろう。突っ込んで聞きたい衝動に駆られるがリザは我慢した。それをしては己の羞恥心が保たない気がしたのだ。
「あ、あの……」
何と言うべきか困って俯いてしまう。こういった女性相手では自分のペースが保てない。
「ごめんなさい。私ったら余計なことを。つい、お話の中でしか会えなかった方に直接お会い出来て嬉しくなってしまったの」
リザの反応に、彼女はすぐに自分の不躾さに気が付いたように謝ってきた。しかし、でもと付け加えてくる。
「出来ればマスタングさんにもっと笑ってあげて下さいね。そうしたら彼、きっとマースに酔って愚痴ったりしなくなると思うから」
――ロイは普段ヒューズに何を言っているのだろう。
後で上司を問いつめようと固く心に誓いながら、リザは苦笑いした。
「ご忠告痛み入ります……ミセス・ヒューズ」
名を呼ぼうとして、それを知らぬことに気づき女性にそう呼びかける。
「あ……」
そこで終始リザの上手に居た女性がぽっと顔を赤らめた。何か自分は間違ったことを言っただろうか。生真面目に自分の言葉を反芻して、すぐにリザはああ、と気づく。
彼女はそういえば新婚だった。ロイがヒューズと彼女との結婚式に出席してきたのはつい最近の話だ。伴侶の姓で呼ばれるにはまだ面はゆい時期なのだろう。
「……すみません、そんな風に呼ばれるのはまだ慣れなくて。よろしかったら名前で呼んで下さると嬉しいです。……ああ、まだ自己紹介もしていなかったですね」
そう言うと彼女はリザに手を差し出して、にっこり笑った。
「マース・ヒューズの妻の、グレイシア・ヒューズです」
「マスタング中佐の副官をしております。リザ・ホークアイです」
そしてリザもその手を握り返し、挨拶を交わしたのだった。


リザとグレイシアの初めての出会いはそんなささいなものだった。





「リザおねーさん!」
小さな女の子の声がして、すぐにどーんと後ろ足に衝撃を受けた。鍛えているため転びはしないが驚いて振り返ると、見知った少女が自分に抱きついていた。
「こんにちは、エリシアちゃん」
「こんにちはー!」
綺麗な薄い色の髪を二つしばりにした元気な少女は、リザの挨拶ににぱっと笑った。
「これ、エリシア!」
そこでようやく少女の母親の声がした。駅の人混みの向こうから彼女は駆け寄ってくる。おそらく人波に我が子を見失ってしまったのだろう。エリシアを見つけた彼女――グレイシアはほっと安堵の表情を浮かべていた。
「こんにちは。お久しぶりですね、グレイシアさん」
「ええ本当に、こんにちはリザさん。お会い出来て嬉しいわ。……エリシア、お姉さんが困っておいでよ離れなさい」
親しげな笑みを浮かべた彼女は、次いで母親の顔で娘を叱っている。エリシアは渋々と言った様子で抱きついていたリザの脚を離した。
「いい子ね、エリシア」
「本当に。もうすっかりお姉さんなのね」
誉められたと解釈した幼児は嬉しそうに胸を張ると、大きな声で元気良く言った。
「あのね、あのね! エリシア、パパのお使いに来たのよ!」
「そう、偉いのね」
ブルーの瞳がキラキラと輝いてリザを見上げている。リザは腰を屈めると視線を合わせてやった。
「パパから、ロイおじたんに誕生日のプレゼントなんだよ!」
エリシアはまるで自分が贈るかのような誇らしげな顔をする。それにグレイシアが苦笑していた。
「……毎年マスタングさんにもういいから贈るな、って言われているのにあの人、懲りないから」
「そういう大佐も文句を言いつつ、中佐へのプレゼントをいつもまんざらでも無い様子で選んでいますから、お互い様ですよ」
指摘すれば「あいつが先に贈るからお返しをしなければならないんだ」としかめっ面をしてロイは言う。
女達はそんな素直じゃない、しかし仲良しの男達の仲を顔を見合わせて笑った。それで結局自分達は忙しく直接渡すことが出来なくて、こうやって名代に立てられたリザ達がやりとりするのも、もう何度目だろうか。本当ならば互いの家に郵送すれば良い話なのだが、男達は変にこだわりがあって直接の手渡しを毎年行っているのだ。
「もう、ほんとうにどうしようも無い人達ですね。それにしてもあの二人、いつまで経っても仲良しですよね」
「ええ、私もそう思います」
グレイシアの言葉にリザは頷いた。ヒューズはヒューズでいつものあの調子で変わらずロイに接し続けているし、ロイはロイでうるさそうにしながらも、彼の相手をしてやっている。
「ふふ、いつかマースが冗談で言ったことがあったんですよ。もしもマスタングさんが女性だったら、彼と結婚していたかもしれないと」
「まあ……」
心底おかしそうに言うグレイシアの言葉に、リザは驚いた。あの愛妻家で誰よりもグレイシアを愛していると言って憚らない男が、冗談でもそんなことを言うのが意外だったのだ。
「それは……」
想像して見ると何だか変な気分になって、言葉に困る。実はリザは以前に逆を考えたことがあるのだ。彼女にならば、とリザは告白する。
「私も、中佐がもしも女性だったのならば、大佐は中佐をお選びになったと思います」
それほどにロイとヒューズは仲が良い。思わずそこに嫉妬めいた感情を抱いてしまってリザは己を恥じていた。他愛ないもしもの話で何を悋気を出しているのだろう。しかも、自分はただの部下だ。嫉妬をするという話ならば、妻のグレイシアの方だろうに。
「それは偶然ですね。実はマースは以前マスタングさんに俺が女だったらどうした? と尋ねたことがあったんです。そうしたら、マスタングさん何て言ったと思います?」
リザの言葉にグレイシアはそうそう、とまた意外な話をしてくれた。またも驚くべき話にリザは言葉に詰まる。
「え……それは」
親友には素直じゃないロイのことだ、きっとヒューズを邪険にしたに違いない。「冗談じゃない、お断りだと」と。だがグレイシアが言ったのは。
「マスタングさんはね、大真面目に言ったんです。「お前が例え女でも多分、親友だ。俺が女として惚れるのはリザだけだ」って」
「な……っ」
思わぬ上司の告白めいた話を聞いてしまって、リザは大きく動揺した。見ればグレイシアは悪戯っぽく笑っている。
「おからかいに……ならないで下さい」
「からかってなんていません。私はマスタングさんのお話をそのままお伝えしただけですもの」
頬を赤らめてしまったリザに、グレイシアは澄ました顔で言った。
「ねえ、リザさん?」
「はい……」
「いつになったら私にミセス・マスタングと呼ばせて下さるの?」
「下さるのーー?」
グレイシアの口まねをしたエリシアがきゃっきゃと笑っている。よく似た面差しのヒューズ家の女性陣に見つめられて、リザは困ってしまった。これは、最初に出会った時、グレイシアをミセス・ヒューズと呼んでしまった意趣返しなのだろうか。
「そ、それは……」
「私、主人と一緒に楽しみにしているのよ?」
「エリシアもエリシアも!!」
にこやかに笑うこの女性が案外おちゃめで食えない女性であることを、今、リザは実感する。さすが、あのヒューズの妻をやっているだけのことはある。夫婦は似ると言うけれど――。
「…………前向きに善処したいと思います」
何とか絞り出したリザの答えを聞き、上司の親友の妻である女性は娘と共に声を上げて笑ったのだった。



END
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by netzeth | 2014-09-23 18:02 | Comments(0)