うめ屋


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by netzeth
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親友の彼氏

あたし、レベッカ・カタリナにはリザ・ホークアイという美人の友人がいる。
彼女とあたしの性格は水と油だけど、あたし達は不思議と馬が合い昔から仲良くしてきた。彼女とは士官学校時代同室だったよしみで軍人として苦楽を共にした仲。何でも包み隠さず腹を割って話合える親友だとあたしは自負している。その証拠にあたしは彼女の背中の秘密も知っているのだ。あれを見たことがある者はおそらく、あたしと彼女の彼氏くらいだろう。
このように気の置けない関係のあたし達だが、あたしは一つだけリザに対して不満を持っている。それは他でもない、件の彼女の彼氏のことだ。
明らかにリザには好きな男が居て、どうも付き合っているような節があるのに彼女はあたしにそのことを 話してはくれないのだ。過去、それとなく水を向けたことはあった。出来ることならこちらから問い詰めるのではなく、リザの方から話して貰いたいという気持ちがあったから。けれど彼女は口を濁すばかりで結局は話してくれなかった。
酔わせて口を割らせてやろうと企んだこともあったけれど、それでもリザは頑なに己の恋愛話を語ることはなかった。あたしはリザにペラペラしゃべってるのにさ。そんなの不公平だと思わない? だけど真面目なリザは鉄壁でさ、全然しっぽを出さないのよね。あ~あ、あの恋愛に疎そうなリザの彼氏ってどんな男なのかしら? ってすごく興味があるのに。でも、リザはあたしより一枚上手でいつもするりとあたしの追求の手をかわしちゃうのよね。
――だけどあの日、あたしはついにそのしっぽを踏んづけたのだ。



それはあたしがグラマン中将に呼ばれて最高司令官室に行った時のこと。マスタング君みたいに美人が淹れたお茶が飲みたい! と駄々をこねられて仕方なくあたしは給湯室に向かった。
「あら? レベッカ?」
「やっほい、リザ」
給湯室には先客が居た。言わずと知れた親友のリザだ。彼女がここに居るのは別に不自然なことじゃない。最高司令官室とリザが副官を務めるロイ・マスタング大佐の執務室は同じ階にある。東方司令部の最高階に存在するその二つの部屋の給湯室は共有スペースだ。
それまで険しい顔をしてしゅんしゅんと湯が沸いているヤカンを眺めていた彼女は、あたしを見てあらからさまに表情を弛めた。
「貴女がここに居るのは珍しいわね、もしかしてグラマン中将絡み?」
「そうなのよ~ちょっと、ヤボ用で呼び出されたのはいいんだけどさー、お茶を淹れてくれ! って、頼まれちゃってさ。一応あれでも一番偉い人だから逆らえなくって」
「きっと将軍の秘書官が不在だから、寂しくてレベッカに甘えたかったのよ」
「え、そうなの?」
「ええ、秘書官の――彼の姿を今日は一度も見ていないもの」
あたしと話しながらもリザは手際よくお茶の準備をしていく。白い陶磁器のティーポットに茶葉を入れて、湯を注ぐ。彼女はそれにティーコージーを被せてからくるりと砂時計をひっくり返した。
「将軍のお気に入りのティーセットはそちらにあるわ」
どうやらいつもグラマン将軍のお茶をいれる係りはその秘書官であり、リザはここでよく秘書官とよく顔を合わせるようだ。彼女に聞いてあたしも将軍用にお茶を入れてやることにする。
湯を沸かすためにヤカンに水を入れながら、あたしはそれとなくリザの顔を見た。彼女はサラサラと砂が落ちる砂時計をまた眉を寄せてじっと見つめている。長い付き合いのあたしには分かった。リザはどうもあまり機嫌が良くないようだ。
「どうしたの? 何かあった?」
特に深く考えず、あたしはリザに声をかけた。彼女は驚いたようにあたしを見ると首を振って否定する。
「……いいえ? 何も」
嘘ね、とあたしは心の中で断定する。この子は何かある時こそ何もないと言うのだ。かと言って頑固な彼女のこと、問いつめたって答えやしないだろう。彼女が何もないと言ったら何もない。こちらもそう受け取っ てやらないといけない。あたしは軽く肩を竦めると、そういえば、と思い出したことがあってリザに言った。
「あんた、今日射撃訓練行った? 教官が模範射撃をして貰う約束なんだって言ってたけど」
「あ! やだ!!」
すると、珍しく慌てた様子で壁掛け時計を見上げたリザは焦った声を出した。
「忘れていたわ、どうしましょう。もう、時間ギリギリだわ……!」
「なら、早く行きなさいよ。今から行けば間に合うんじゃない?」
「でも……」
と、リザはティーコージーが被せられたティーポットに視線を送った。淹れかけの茶を放り出して行くのを躊躇しているようだ。このまま蒸らし続ければとんでもなく濃く抽出されて、とても飲めたもんじゃない代物になる。それならばまた入れればいいだけの話だと思うけど、貧乏性のリザのことだ、きっともったいないとでも思っているのだろう。どこまでも生真面目なリザにあたしは苦笑した。
「お茶ならあたしがちゃんと何とかしておくから」
「……ごめんなさい、お願いするわ」
後をあたしに託してリザが給湯室を出て行く。それをあたしは見送りながら思った。リザが何を思い悩んでいたのか知らないけど、少し気分転換をしてくればいい。
「……中尉」
その時である。出て行ったリザと入れ替わるようなタイミングで声がした。それは聞き覚えのある声――マスタング大佐のものだ。おそらくあたしをリザだと思って声をかけてきたのだろう。
違いますよと返事をしようとしたが、そこで彼の声のトーンがいつもと違うのに気づいて、何となくあたしは言葉が出てこなくなった。普段の司令官としての厳しいイメージの彼でなく、女性に向ける軟派なイメージの彼でもない。もっと別の、何か。とてつもなく、深く、甘い……。
「顔も見たくない――と、言って君は出て行ったから、そのままでいい。君の意志を尊重するよ」
マスタング大佐は給湯室には入って来ようとはせず、扉の前に立って居るようだった。従ってあたしをリザだと誤解したまま、彼は話し出す。
「……悪い。もう、君が嫌がるようなことはしないから、許してくれ。縛ったのはやり過ぎだった。君があまりにも可愛いからつい調子に乗ってしまったんだ……」
わーお。とあたしは声には出さず口だけで驚きを表現した。なんだかあたし、とんでもない瞬間に立ち会っているんじゃないの? 
「反省してる。もう、しない。君が怒っているのは、分かっている。朝から君はほとんど私と口を聞いてくれないからな。君が許してくれるのならば、何でもするよ。書類だって向こう二週間先の締め切りのものまで全部片づけるし、ピーマンも好き嫌いしないで食べる」
御仁はピーマン嫌いかあ……。色男の子供のような味覚にあたしはおかしくなった。
「それだけじゃない。君にいつもしつこく言われていた書斎の大掃除も許可しよう。……今度の非番日でどうだ? 私も手伝う」
ふむふむ。二人の仲は既にお互いの自宅を行き来するほどなわけね。あらあら、あたしの知らない間に仲良くやっていたって訳ねーなるほどー。
「もちろん君が嫌だというなら、君には触れない から。……どうせ、出来ないと思っているか? そうだな、本当は毎日だって私は君を抱きたいんだ。君が愛し過ぎるから。……いや、すまん……努力する」
真面目に謝るのと愛を囁くのとを同時にやってのける御仁に、あたしは感心すると同時にこっぱずかしくなってきた。思わぬ所で親友の彼氏の正体を知ったのは良いけど、このままこのノロケを聞き続けるのは体に毒だわ。
「……もしも君が許してくれるというのなら、茶には砂糖をいっぱい入れてくれ。甘くて吐き出したくなるくらいがいい。君は司令部で口に出して言うのは嫌だろうから。……それじゃあ、また執務室で」
あたしの思いが通じたのか、マスタング大佐はそこで話を切り上げると給湯室前から去っていったようだった。 コツコツコツという軍靴の音が遠ざかっていくのを聞きながらあたしはほうっと息を吐き出す。
結局マスタング大佐は、あたしを最後までリザだと思っていた。誤解させたままなのは気の毒だったけど、かと言って実はリザじゃありませんでしたー! とかやったらもっと気の毒な気がするし。
あたしは御仁の発言を思い返して、だんだんと彼が可哀想になってきた。せっかく勇気を振り絞って恋人に謝りに来たのに、それ、ぜんっぜん伝わってないんだもの。
と、あたしがマスタング大佐に同情していた時だ。
「ありがとう、レベッカ。もういいわ」
「リザ!?」
射撃場に行ったはずのリザがもう戻ってきた。模範射撃をするのならば、こんなに早く帰って来る訳がない。どうしたの? とあたしはそのまま疑問を口に出した。
すると。
「教官に急用が出来たらしくて、本日の訓練は延期になったの。エレベーター前でちょうど教官に会って、謝られたわ。……約束を忘れていたのは私の方だったのにね」
「ふ~ん……」
戻ってきた理由をリザから聞きながらも、あたしは別のことに心を飛ばしていた。リザがちょうど良いくらいになったわね、と砂時計を確認して茶の準備を再開するのを眺めながら、あたしはそれを口に出した。
「……ねえ、リザ。そのお茶、マスタング大佐のよね」
「え?……ええ」
「砂糖入れてやったら?」
あたしの言葉にリザは意表を突かれたように、ティーポットからカップへと茶を注いでいた手を止めた。
「……え? でも、大佐は無糖派よ。それに、砂糖を入れたかったらご自分ですると思うわ」
「違うわ。あんた、御仁に何かムカついてるんでしょ。腹いせに大量に入れてやったらってことよ。どうせ、雑巾の絞り汁とかは出来ないだろうし」
リザはここを離れて射撃場に向かっても最後までお茶のことを気にしていた。もちろん、その茶は彼女の上司に淹れてやるものだった。そして、例え喧嘩中でも蒸らし時間や温度に細心の注意を払って茶を淹れてやる相手に、雑巾の絞り汁攻撃は出来ないだろう。
そこで、ああ、なんだ、とあたしは納得した。答えは最初から出ていたんじゃない。マスタング大佐の言葉を聞かずとも、あたしは気づかなければならなかった。あのリザがこんな風に心を砕く相手なんて最初からあの御仁しか居なかったじゃないの。
「砂糖、 大量に入れてやりなさい。ね、そうしなさいよ」
「レ、レベッカ……?」
何で自分が大佐に怒っているのを知っているのだ――とリザは困惑した顔をあたしに向けてくる。それをあたしは無視して、砂糖壷ひっつかむとスプーンにたっぷりと砂糖をすくい、それをカップへと投入した。何杯も、何杯も。
「あ、あああ……」
あたしの手を止めるタイミングを失い、リザは代わりにため息を漏らしている。きっと、砂糖がもったいないとでも思っているんだろう。茶に溶けきらず砂糖はカップのそこに溜まっている。あたしはそれをティースプーンでじゃりじゃりと豪快にかき混ぜた。
甘く甘く甘くなれ。もっともっともっと甘くなれ、と。――彼と彼女が仲直り出来るように。
「甘そうね……」
おっかなびっくりといった風にカップを覗いて言う彼女に、あたしは笑って。
「そう?」
あんた達ほどでもないわよ、と心の中だけで付け加えたのだった。



END
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by netzeth | 2014-10-01 23:24 | Comments(0)