うめ屋


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by netzeth
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とある病室での出来事

すっかり夜の帳が降りた時刻。ロイがうっすらと瞳を開くと、ぼんやりとしたその視界に金色が映った。そんな状況下で必然的に彼が連想する人物は一人で。
「中尉……?」
呼びかけた声は思いの外掠れていたが、幸い声は届いたようだ。
「中尉じゃなくてすんませんね」
ベッド脇の椅子に足を組んで座っていた人物が立ち上がってロイの顔を覗き込んでくる。その顔は確かに彼の美しい副官のものではなかった。ロイはよりにもよって彼女とこの男の金色の髪を見間違えた己を呪いたくなった。
「……ハボックか。寝起きにむさ苦しい顔を見せるな」
「そんだけ減らず口が叩けるなら、もうだいじょーぶそうッスねー」
上官に対するにしては相変わらず不遜な態度だが今はそこにホッと安堵の色が混ざっていて、ロイは訝しんだ。
「大丈夫とは何のことだ?」
「覚えてないんスか? あんた、司令部でぶっ倒れたですよ。そのまま救急搬送されまして」
「何?」
指摘されて初めてロイは己を取り巻く状況を確認した。言われてみれば自分はやけに白い部屋のベッドに横になっている。おそらく病室だろう。さっきから動かしにくいと思っていた腕には点滴が繋がっており、身体中が怠く、おまけに息苦しかった。
「執務室で中尉に監視されながら書類の決裁をしていた所までは覚えているが……」
その後の記憶はぷっつりと途絶えている。
「急性の胃腸炎だそうです。熱が40度もあったんスよ。自覚症状が無かったんですか? 意識無くすまで我慢してるのもどーよと思いますけどね」
そういえば……とロイは今朝からの自分の体調を思い返した。食欲が無くて朝食は抜いた。少し腹が痛かった気がする。連日の接待やら情報収集による暴飲暴食が原因だと勝手に決めつけて、後で胃薬でも飲もうと思っていた。だが、日頃仕事をサボっていたつけが来て、デスクワークに忙殺されたロイはいつしか体調の悪さなど忘れていたのだ。そして。
「何だか最後は朦朧としていたな……」
「で、気がついたらぶっ倒れたって訳ッスね……。いい加減にして下さいよ、いい大人が。自己管理が出来ないなんて軍人失格ッスよ。体が資本なんスから」
「すまん……」
ハボックの憤りももっともだと思い、ロイは素直に謝罪した。心配をかけた自覚はある。しかし、珍しく素直な上官に軽く眉を上げたハボックはいえ、と首を振る。
「俺は別にいいッスよ。大佐担いで運ぶくらい何とも無かったッスから。土嚢四つ持ち上げるのに比べたら軽いもんです。それよりも。大佐が倒れて一番心配したのは誰だと思っているんです?」
「……中尉だな」
すぐに脳裏に浮かんで来た副官の顔は、今まで見たことも無いような顔をしていた。眉を寄せ頬を歪め、まるで泣き出しそうな顔で必死に自分を呼んでいる。これが倒れた時の己の記憶だとロイはすぐに気がついた。
「大佐が倒れた時の中尉の取り乱しようったら無かったッスよ。たまたま俺が大佐の執務室に向かっていたから、すぐに対応出来ましたけど。……俺、あんな中尉初めて見たッス」
蘇ってくるのは、耳に残るリザの声だ。「大佐、大佐! いや……いやよ、そんな……だめ、大佐! しっかり、そんな……いや、大佐ぁ!!」まるで父親に縋りつく子供のようにロイの身体を抱き叫んでいた彼女。私は大丈夫だから泣かないでと声をかけようとした所で、ロイは意識を手放したのだ。
「……彼女は?」
すぐにもう大丈夫だと安心させてやりたくて、姿を探す。するとハボックが心得たように言った。
「さっきまでずっと病室にいたんスけどね、大佐が倒れちまったら後のことを何とか出来るのは中尉だけッスから。今、司令部で采配をふるってます。書類の締め切りを伸ばしてくれるように関係各所を走り回ってるんじゃあないッスか。終わったらまた来るって言ってましたから、覚悟して怒られて下さいよ」
「そうか……」
怒る気力があるのならば、リザの方は大丈夫だろう。そう判断すると安心してロイは急に睡魔に襲われる。只でさえ発熱して体力が衰えているのだ。もう少しだけ眠ろうと目を閉じると、ストンと眠りに落ちていった。



次にロイが目を覚ましたのは、真夜中だった。カーテンの隙間から月光が仄かに射し込んでいて、ベッドの傍らに座っている人物を照らしている。白い光を受けてその金色の髪が淡い輪郭を纏って闇に浮かび上がっていた。
「中尉?」
「……はい」
呼びかけるとすぐに返事が返ってきた。こんな時刻だというのに彼女はずっと起きているのだろうか。と何だか心配になった。
「眠らないと身体に障るぞ」
「はい。でも、私は大丈夫ですから。大佐こそ具合はいかがですか?」
「あ、ああ……。だいぶいいよ」
てっきり人の心配より自分の心配をしろと叱られると思ったのだが、予想に反して返ってきたのは穏やかな声だった。怒られる覚悟を決めていたので、ロイは拍子抜けした気分になった。
「怒らないのか?」
「怒って欲しいのですか?」
問いかけは問いかけで返ってきた。ロイの答えはもちろん否ではあるのだが。悪いことをしたのにリザに叱られないというのは、何だか非常にしっくり来ない気がするのも事実だ。
「……私だって病人はいたわります。鞭を打つようなまねはしません。そんなに私はいつも怒っているでしょうか」
「ああ」
「そうですか……」
「あ、……いや、怒らせる私が悪いんだが」
同意すると明らかにリザの声が沈んだので、ロイは慌てて言葉を付け足した。結局の所リザがロイを叱るのは愛情故だ。それはちゃんとロイも分かっているつもりだ。
しかし。
「……だから、大佐はお倒れになるまで体調が悪いのを隠して、無理をして仕事をしておられたのですね……」
リザの言葉には後悔が滲んでいる。彼女はロイが倒れたのは自分が厳しくし過ぎて無理をさせてしまったからだと思っているようだった。それは誤解だとロイは口を開く。全ては体調管理を怠った己の自業自得なのだから。
「君が責任を感じることなどない。全ては自己管理の甘かった私が悪いんだ。軍人として失格だよ」
「いいえ。上官の健康管理も副官である私の勤めでした。まして体調の悪い貴方に気づかず、仕事を強制してしまった……私の過失です」
不意に手がぎゅっと握りしめられた。今気づいたが、ロイの手はリザによって包み込まれていたのだ。熱い身体には彼女の体温が心地よい。
「君に何の落ち度があったというんだ。君の悪い癖だ。全てを自分のせいにしたがる。……今回のことは全面的に私の自業自得だよ。そういうことにしておきたまえ」
これ以上の問答は不要だと優しく言い含めるように言えば、繋がれた手がふるふると震える気配がした。
「貴方の背中を護るのは私です。ずっと、ずっと。誰にも傷つけさせはしません。……でも、今回みたいのは……私にはどうしようも、なくて、……貴方がこのまま……目を覚まさなかったらどうしようって……」
「……うん、すまん」
「だから、日頃から好き嫌いしないでちゃんと食べるようにって申し上げているのに。外食はなるべく控えて、お酒もほどほどにして。ちゃんと睡眠をとって」
「……うん」
リザだって理解しているはずなのだ。ロイが荒れた生活を送っているのは、全て仕事故に仕方がない部分があるということを。けれど、言わずにはいられないのだろう。その気持ちはロイにも十分に分かる。ロイだってリザが同じ状況に陥ってしまったら、きっと同じことを言ってしまう。
「運動もして、三食規則正しく食べて……今回みたいなのは、困ります。……私は貴方を護れなくなるじゃないですか……」
「……すまん」
ロイが倒れた時にリザが味わった恐怖は、想像して余りある。テロリストの凶刃でもなく、軍上層部の陰謀でもなく、病気がロイの命を奪っていく。そんなことは彼女の中であってはならないことなのだろう。それは、彼女の護りの手が及ばない範疇だから。
「……私が悪かった。もう、こんなことにはならないようにするから」
だからロイは真摯に謝った。リザの手の震えが収まるまで何度も何度も、自分が悪かった、反省してこれからは節制すると誓う。彼女が安心するまで。自分は大丈夫だと、病魔に侵されたりせずちゃんとリザの手で護られるからと。
「信じられません。何年一緒に居ると思っているんです? 貴方のだらしない生活態度は全部お見通しですよ。そんなにすぐに改まる訳ないじゃないですか」
いつもよりも鋭さを欠く鷹の目で睨まれて、ロイは苦笑した。……どうやら自分は今回のことで彼女の信用をずいぶんと失ってしまったらしい。
「まあ、すぐには無理かもしれないが。徐々に直すから」
「徐々にとはどれくらいですか」
「……徐々には徐々にだ。そうせっつくな。長年染み着いた生活習慣を改善するのは、一朝一夕にはいかないさ。……それとも、君が私のプライベートの面倒もみてくれるかね?」
「……貴方さえよければ」
リザをかわすために冗談めかして付け加えた言葉に思わぬ返答が返って来て、ロイは瞠目した。思わず副官の顔をまじまじと見れば、彼女はロイから視線を逸らしている。その頬はうっすらと赤く染まっていた。月明かりに照らされた彼女は、ロイがこれまで見たどの女よりも美しく可憐に見えた。
「中尉、それは……」
真意を確かめようとしたが言葉が続かなかった。少し、しゃべり過ぎてしまったようだ。高熱に体力を消耗した身体はまた急速に睡眠を欲して、ロイの意識を沈殿させていく。
――ようやく我々は上司と部下という枷から解き放たれ、一歩近づいたと思っていいのか。
「ちゅうい……きみ、は……その……わたし、と……」
「……答えは貴方がお元気になられましたら、教えて差し上げます。だから、ゆっくりお休み下さい……」
ロイがまた眠りに落ちようとしているのに気づいたリザが、腕を伸ばして前髪を梳いてくれる。その心地よさにロイはうっとりとして、余計に眠気が加速した。
「ああ、おやすみ……ちゅ、い……」
「おやすみなさい、ロイ……」
何かとても重大な言葉が聞こえた気がしたが、黒く塗りつぶされていく意識にはもう残らない。代わりに目が覚めて元気になったらちゃんと最初から手順を踏んで、リザの答えを聞こう。そう心に決めながら、ロイは再び微睡みの中に落ちていったのだった。




END
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多分元気になって思い出して言った言わないで素直じゃないリザたんと痴話げんかする。




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by netzeth | 2014-10-15 01:30 | Comments(0)