うめ屋


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by netzeth
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WARM

ぴゅうと吹き抜けた冷たい風にロイは思わず身を震わせた。ほんの少し前まで暑かったというのに、もう夜は厚手の上着が無ければ寒さを感じる。ふと見上げればストリートの並木は軒並み落葉していた。足下で降り積もった枯れ葉が踏みしめる度にカサリと乾いた音を立てるのを聞く。いつの間にか季節は秋を軽く通り越して、冬に滑り落ちていこうとしていた。
「大佐? 大丈夫ですか? 寒いようでしたら私の上着を……」
無意識に身を縮こませたのを、傍らを歩いていた女性に見つかってしまったらしい。彼女――リザは何の躊躇いもなく自然な動作で、自分の羽織っていたジャケットを脱ごうとする。それを見て、ロイは慌てて制止した。
「い、いい! 私は女性に上着を借りるような軟弱な男ではない。……というか普通逆だろうが」
「そういうものですか?」
基本的に思考が男前過ぎる彼女に言えば、リザは首を傾げている。彼女にとってはその辺りの微妙な男心は理解しかねる事柄らしい。
「そういうものだ。普通は男である私が女性の君に上着をかけてやるのが、王道というものだろう」
「王道……」
そんなに大げさなものかと、リザは胡乱げな顔で呟く。
「でも、大佐は寒がりでいらっしゃるではありませんか?」
その指摘はロイにとっては非常に耳の痛いものだった。途端に渋面を浮かべて、副官に申し立てをする。
「……確かに私は寒いのが嫌いだがね。あまり公言してくれるな。焔の錬金術師が寒がりではいろいろ締まらん」
「そういうものですか?」
「そういうものだ」
リザが再び同じ台詞を紡いだので、ロイも同じ台詞を返してやった。
寒いのが苦手だと震える女性を暖めるのは元来男の仕事だ。女性であるから、寒さにふるふる震える姿も可愛らしく抱きしめて暖めてやりたいと思うもの。男が寒いと震えていたところで、軟弱者で終わる話だ。ましてロイは東方司令部司令官やら焔の錬金術師やら大層な肩書きを持っている。その肩書きに寒がりの、という枕詞がついてしまったら非常に情けないことになるだろう。
「……これからの季節は憂鬱だな。早く春にならんものか」
まだ冬を迎えてもいないのに、今からそんな弱気な発言をするロイをリザがくすりと笑った。
「そんなに寒いのは嫌ですか?」
「当然だろう。暑いよりはマシ……という者は居るかもしれないが、好きな奴なんているのか? 朝起きるのが億劫になるし、家を出るのも勇気がいる。体温を保つために夏よりもより多く食物を摂取せねばならんし、暖房器具は非常にエネルギーを食う。全方位的に非効率で、最悪だ」
リザにくすくすと笑われて居心地の悪い気分を味わいつつ口を尖らせながら、ロイは寒いことがいかに良くないかをとうとうと語った。彼女は笑みを深めながらロイの話を聞いている。
「雪が降れば除雪部隊を手配せねばならんし、道路が凍結すれば交通に支障が出る。何より女性の露出が少なくなってツマらん!」
言いたい放題とは正にこのことだ。ロイは寒さの悪口を思いつく限り吐き出すと、最後に一番本音らしい言葉を口にして口を閉じた。
「結局そこが一番不満なんですね……」
一瞬心底呆れた表情をしたリザだったが、すぐにふっとまた柔らかい笑みを浮かべて言った。
「確かに私だって寒いのは別に得意という訳ではありませんし、誰だって寒いのは嫌いだと思いますが……でも、それも考え方次第だと思います」
「考え方次第?」
はい、とリザがロイを見上げて頷いた。
「寒いというのは、同時に暖かいということだと思うんです。だって、寒くなかったら暖かさは分かりませんから」
……なるほど、真理だ。とロイはリザの言葉に感心した。確かに毎日が真夏のように暑かったら、暖かいという概念は存在しないだろう。寒いからこそ、あのぽかぽかぬくぬくという暖かさを人は知ることが出来るのだ。
「だから、私は寒いのは嫌いではありません。寒いからこそ、暖かいもののありがたみが分かるのですから。……フカフカの毛布で眠るベッドの中や、熱いお湯が満たされたバスタブ。小さなハヤテ号のお腹。あま~いホットミルクティー……」
嬉しそうな顔でリザが列挙するのは、身体だけでなく心まで温かくしてくれるような暖かみに溢れたものだ。おそらく彼女が心底暖かいと感じるものなのだろう。
「手編みのブランケット……熱々のフィッシュ&チップスに、ビーフシチュー。それに……」
「人肌……とかな?」
言葉と同時ロイは素早く副官の手を取った。リザの手は意外に寒さに震えていたロイよりも冷たかった。それを暖めてやるように、ロイは手をぎゅっと握った。じんわりと温もりが伝わって白かった彼女の手に赤みが差す。それと同時にリザの頬もうっすら赤く染まっていった。
「た、大佐……っ」
驚きに満ちた声で呼びかけられる。言外に何をという抗議が込められたそれを意図的に無視して。ロイはリザの手を引いて歩き出した。その歩調は軽やかだ。
「……油断も隙もありませんね」
ロイの手から逃れることを諦めたらしいリザが、大人しく隣を歩きながらぽつりと言う。耳が赤いので、嫌がってはいないことを知りながらもロイはあえて尋ねた。
「ダメかい?」
「……あの角を曲がるまでですよ」
並木通りを抜けたその先は人目に付く界隈だ。リザの立場上そこが譲れるギリギリのラインらしい。
「了解。では、ゆっくり歩こうか」
「……バカですか」
わざとらしく歩くスピードを緩めれば、ロイの言葉の意味を理解してリザはますます顔に熱を上らせた。その様子を眺めながら、ロイは思う。
なるほど。これが、寒いということは、暖かいということか。
顔に寒風が当たるが、先ほどの寒さはもう感じられなかった。代わりに心がほかほかと暖かい。
「寒いのもいいものだな……」
リザの手のひらの感触を手に感じながら、私は寒いのが少しだけ好きになったかもしれないと言えば、またバカですかと返答が返ってくる。
それを上機嫌に聞きながら、ロイはゆったりと冷え込む夜の街を歩くのだった。




END
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by netzeth | 2014-10-19 17:40 | Comments(0)