うめ屋


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by netzeth
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SS詰め合わせ2

◆カエルと王子様◆


雨上がりの自宅の庭はリザにとって緊張を強いられる場所だった。雲間から覗く太陽の光が、葉に残った水滴に反射してキラキラと輝き眩しい。たっぷりと水分を含んだ土の匂いと雨に洗われ澄んだ空気のコントラスト。とても気持ちが良い空間のはずなのに、しかしリザは雨が降っている時よりも憂鬱になってしまう。
雨が降っている時はいい。リザも外には出ないから、あれ、と遭遇することもない。しかし、雨上がりはいけない。油断していると至る所にある水たまりから、あれ、はひょっこり姿を現すのだ。
その日、裏庭で晩ご飯のためのナスとトマトを採集していたリザは突然目の前に飛び込んできた緑色の物体に悲鳴を上げた。
「きゃあああ!」
野菜の入った籠を取り落とさなかったのは、ひとえにリザのもったいない精神故だ。そして腰が抜けて尻餅を付きそうになったのをこらえたのも同様であった。雨上がりの庭で尻など付いたらドロドロのぐちゃぐちゃ。お洗濯が大変なのだ。
故に。籠をかかえてリザはじりじりと後ずさった。緑色の物体――カエルから目を離すなんてとても出来ない。もしも、背中を見せた瞬間に飛びかかられたら? カエルのジャンプ力を舐めてはいけない。こんな小さなカエルでも簡単にリザとの距離を詰めて来る。あれが自分に触れる――想像するだけで身震いがして、リザは息を詰めてカエルと見つめあっていた。
お願い……私が庭を出て行くまで動かないで。じっとしていて。
切実に願いながら、リザは相手を刺激しないように慎重に動いた。カエルは口下の部分をヒクヒクと動かしながら、リザを見上げていた。
その時である。
「リザ? どうしたの?」
背後から良く知る少年の声がした。自分とカエル以外の他者が来てくれた……! と安堵したあまり緊張が弛み、思わずリザは反射的に彼にすがりついていた。
「マ、マスタングさん……! 助けて!!」
「へ!?」
「カエル……! 追っ払ってくださ……!」
「カエル?」
今はとても頼もしく感じる彼――ロイの胸に抱きついて目をぎゅっとつむり、リザはカエルを指さした。困惑したようなロイの声が聞こえたが、彼はすぐに状況を呑み込んでくれたらしい。大丈夫だよ、とリザに一声かけると彼は一端彼女から離れていった。そして、素早くカエルを手に包み持つと庭の外へと追い出してくれたのだ。
「ほら、もう大丈夫。カエルは遠くにやったからね」
リザがおそるおそる目を開くと、全ては終わっていた。あの、恐ろしい緑の物体は姿を消しており、リザの庭にすっかり平和が戻っていた。
「あ、ありがとうございます……マスタングさん……ご迷惑をおかけしました……」
カエルが嫌いだなんて、小さな子供みたいだ。きっと彼は呆れただろう。
恥ずかしさに顔を赤くしながら、リザは消え入りそうな声で礼を言った。ロイは照れ笑いを浮かべながら、頭を掻いている。
「いや、全然迷惑なんてかけられてないよ。リザはしっかり者だから、いつも俺が世話をかけてばっかりだったし。むしろ、リザの役に立てたなら嬉しいよ。でも、意外だな」
「え?」
「ネズミも虫も蛇もリザは平気なのに、カエルはダメなんだな」
不思議そうな顔でロイは指摘してくる。それから彼は言葉を更に継いだ。
「どうしてカエルは苦手なんだい?」
本当に大した理由もなく、彼は好奇心だけで尋ねたのだろう。ロイに他意はまったくない。話そうかどうしようかリザは迷ったが、助けて貰った恩の手前、誤魔化すようなことは出来なくて。実は、と話し出す。
「……カエルの王子様ってお話知ってます?」
「ああ、知ってるよ。魔法でカエルにされてしまった王子様が、お姫様のキスで元に戻る童話だろう?」
ロイが言う童話は少しだけ違う。きっと彼は彼流に解釈して覚えているのだろう。リザは首を振って説明した。
「違います。本当はカエルはお姫様を助ける代わりにキスをして貰う約束をしたのに、お姫様はカエルとキスをするなんて嫌だとカエルを壁に叩きつけてしまうんです。それで、カエルの魔法が解けるってお話です。……子供の頃このお話を聞いた時、私、お姫様の意地悪、カエルがとても可哀想って思って。私なら絶対にカエルにキスをして上げるのにって……それで……」
「もしかして……実際にカエルにキスしようとしたの?」
ロイが笑いを堪えるように言うのに、顔から火が出る思いで頷く。
「はい。……もうその後は分かりますよね? とてもカエルにキスなんて出来なくて、それどころか顔に飛びかかられて……」
それが幼心にトラウマになり、今でもカエルを見るだけでリザは震えてしまうようになったのだ。リザの何とも微笑ましい告白にロイがとうとうくくくっと声を漏らして笑い出す。それをリザは睨みつけた。
「笑い事じゃありません! 本当に怖かったんですから!!」
「ご、ごめん。ごめん……蛇を捌いて食べようって言い出すリザのカエル嫌いの理由がそんな可愛いことだと思ったら、つい……」
謝りながらもロイは笑いを止められないようで、口元を押さえて目に涙まで浮かべている。リザはぷうっと頬を膨らませた。
「私、これでも子供の頃真剣に悩んだんですよ? カエルにキスが出来ない私はお姫様を悪く言えないって」
「リザは真面目だなあ……あれは童話だろう?」
童話を真剣に考え受け止めるリザに、ロイは感心したように言う。
「童話でもです。だって私、例え約束があってもカエルが嫌だっていうお姫様の気持ち、分かってしまったんですもの。だから、悩んだんです。ああ、私、小さな生き物を愛せないとても嫌な人間なんだわって」
そんなものかな……と呟いたロイは、何かを考え込むようにあごに手を当てると。
「じゃあこう考えたらどうだい? お姫様はカエルとキスするのが嫌だったんじゃない。王子様が気に入らなかったからキスしなかったんだ。女性が好きでもない男性にキスをするのを嫌がるのは自然な話だろう?」
「じゃあお姫様は、王子様をちゃんと好きだったら相手がカエルでもキスをして上げたってことですか?」
「そ、そういうこと。それならカエルにキスしなかったお姫様は、約束を破ったのはもちろんいけない事だけど、女性としてなら正しい感情を持っていたと言えるだろう?」
だから、リザもそんなに難しく考えることなんて無いんだよ。そう笑いながら言うロイにリザはしばらく考え込んで。そして、ふと思いついたことを口にした。
「あの、私……」
「ん?」
「……もしもマスタングさんが魔法でカエルにされたら、そうしたらカエルとキス出来るかもしれません」
「え!? リ、リザ……それって……」
リザの言葉に一瞬呆然としたロイが、我に返る前に。
「私、カエルがマスタングさんだったなら……きっとキス出来たと思います。こんな風にっ」
「リ、リザ……!?」
素早く背伸びして少年の頬に唇を押しつける。ロイが顔を赤くして頬を押さえるのを、ふふふっと笑いながら見やって。
「カエルのお礼、です!」
野菜の入った籠をしっかりと抱えなおすと、リザは軽やかに雨上がりの庭を出て行ったのだった。


◆副作用の効能◆


「なあ、ハボック。お前は人間の背中に翼が生えているのが見えたらどうする?」
「はあ。そりゃあとりあえず家に帰って寝ますねー」
「……なるほど。疲れて目の錯覚が起こっている。熱があって幻覚を見ている。酒に酔っている。そのいずれかの場合を想定しての寝るという解決法か。合理的だ」
「ご推察の通りッス」
「私も大体同じ意見だ。実は以前この発言をした男に私は、「眼鏡のレンズをドブにでも落としたのか?」 と真剣に尋ねたものだ。だが、そいつは私の話など少しも耳に入らない様子でラリアットを決めてやりたくなるようなムカつく面をしてこう答えた「バカだな~ロイ。俺を見損なうなよ? 例えそうなっても心の目で見るに決まってんだろ」と……」
「どこの格闘家ですかその人。や、大体誰の事か分かりますけど」
「そいつが言うには、とある女性に翼だけでなく天使の輪っかまで見えるそうだ。天使はいつも俺のそばにいる! と公言してはばからない男の頭を私はずっと心配してきた。こいつ、大丈夫かと。「とりあえず病院行け」と言ったこともあったな。……だが、私は間違っていた」
「……間違っていた?」
「ああそうだ。間違っていた。何故なら……天使は実在する」
「は?」
「最近私にもその天使の輪っかと翼が見える様になったんだ。彼女が現れると周囲の景色は鮮やかに色を変える。頭上からは白い光が降り注ぎ、その光を受けて頭の輪は輝きを増し、純白の翼は美しく羽ばたくのだ。私は悟った。そう、彼女こそ地上に舞い降りた天使なのだと!」
「……中佐?」
「どうして今まで気づかなかったんだろうな。おそらく、私が錬金術師だった故だろう。天使など宗教画の中にしか存在しない空想上の存在だとばかり思っていた……」
「あの、えっと」
「しかーし! 天使は居たのだ! 私のすぐそばに! 気高き存在である彼女は私を助け救ってくれる天より使わされし者! 昨日も無垢なるその瞳で私を可愛く見つめ「中佐、3枚目の上から12行目スペルミスです」との至言を!……ああ、私は葛藤している。汚れ無き者である彼女に私のような世俗にまみれた輩が触れて良いものかと! この前などうっかり手が触れてしまって私は叫んだ! 触れるな!(私は)汚らわしい! と」
「……それでこの前少尉がちょっと落ち込んでたんッスね。私、中佐に嫌われてるのかしらって」
「ああ、どうしたらいいんだ! 神より使わされし存在に触れることは禁忌だと言うのに私は天使に恋い焦がれている!」
「告白したら良いんじゃないッスかね。俺が見る限り脈ありですけど」
「バカを言うな! 天使だぞ!? 私のような卑小な存在が彼女を汚すことなどあってはならない!」 
「んじゃーまずはデートに誘ってみるとか」
「天使を!? しかし、問題がある! 天使は一体何を食べる?……おそらく純化したエネルギー体である彼女の主食は水、空気、光、と言ったところか……」
「少尉は植物ですか。いくら少尉でも光合成は無理だと思うッスけど」
「では、神に祝福されし食べ物か……?」
「や、少尉、この前食堂で分厚いリブステーキを嬉しそうに3人前食べてましたけど?」
「天使は肉など食べない! 百歩譲って桃かイチゴか砂糖菓子だ!」
「……どんだけ夢見てるんスか、少尉は明らかに肉食系ッスけど。まー食べるものは何でも良いから、とにかく今夜にでも一緒に夕食行ったら良いんじゃないッスかねー、あと、少尉は天使じゃな」
「いや! まだ問題がある!! 何と言って誘えばいい!? 相手は天使だ、普通の人間の男が誘うような文句では誘えないだろう……」
「や、ふつーに、「食事に行こう」でいいじゃないッスか。あと、少尉は天使じゃな」
「やはり……君と天上のヴァルハラへとお花摘みに行きたい……とかか? それとも、神の食物アンブロシアとネクタルを共に食そう……が良いだろうか?」
「……多分、どっちも意味が通じないと思います。少尉困惑しますよ。あと、少尉は天使じゃな」
「ああああ、私は一体どうしたら……!!」
「…………とりあえず食事に行く前に、病院行った方がいーんじゃないッスかね」

多分、彼の親友と一緒でその病に付ける薬は無い気がしたが。
恋の病の副作用で副官が天使に見えるようになってしまった上司に、ハボックは半眼でそう助言しておいたのだった。


◆欲しいもの◆

両手の積載重量が限界を迎えようとした所でそろそろ帰ろうかしら、とリザは考えた。日頃鍛えているおかげか安くなっていた日用品を持てるだけ買いだめ出来た事だし、非番の買い出し成果としてはこれで上々だろう。
肩に大きなトートバッグ。両手にビニールの袋と紙袋。そんなスタイルで颯爽とイーストシティの並木道を闊歩していたリザは、とある店の前でふと足を止める。そこは可愛らしい雑貨屋の店先だった。セール品と札が付けられたワゴンに、犬や猫と言った動物のキャラクターが描かれた小物が置かれている。
「可愛いわね……」
その中に愛犬そっくりの黒い犬のキャラクターがプリントされている小物類を見つけて、リザは思わずそれらに目を奪われた。思わず欲しいと衝動買いしたい気分になって、すぐにいけないと首を振る。
「ダメダメ、不必要な物は買わないの。……街は誘惑が多くていけないわね……」
「誘惑とは何かね?」
突然真横からかけられた声に驚き隣を見ると、見慣れたブルーの軍服が目に写る。
「大佐。こんな所で何をしておいでで?」
咎める口調になってしまうのは、今が真っ昼間で彼の勤務時間帯に当たるからだ。
「……サボっている訳じゃないぞ。今は昼休憩中。ちょっとそこのカフェまで出てきて昼食を取った所だ」
リザの胡乱な目つきに、ロイは言い訳するように言葉を重ねた。確かに、ここは司令部からそれほど離れてはいない区画であるが。
「……では、軍服姿で出歩いてないでさっさと戻って下さい」
「いいじゃないか。少しくらい」
堅いことを言うな、と軽い調子で言ったロイはリザが何か言う前にさっさとその視線を彼女が見ていたワゴンセール品へと移してしまった。
「やはり、女性はこういった可愛らしいものを好むものかね」
ハヤテ号そのままの黒犬がプリントされたマグカップを手にとって、ロイが尋ねてくる。
「さあ……どうでしょうか」
いい歳をした女が欲しがるものとしては些か可愛らしすぎるそれを、己が欲しがっていた――とロイに知られるのは気恥ずかしい気がして、リザは曖昧な返答で誤魔化した。普段の自分からはあまりにもイメージが違いすぎて、きっとロイに笑われてしまいそうだ。
「ふむ……では、一体どういったものをプレゼントすれば女性は喜んでくれると思うかね? 実はプレゼントを買おうと思っているんだが、何を買えば良いのか悩んでいてね」
「大佐が……ですか?」
女性に対してはマメで無駄に理解が深いこの男でも、贈り物に悩む――などという事があるのだな、とリザは意外に思う。
「貴方がお悩みになるなんて、よほど好みが難しい方なんですね」
思わずそう指摘すれば、ロイは苦笑を漏らした。
「そうだな。私がこれまで蓄積した知識などまったく役に立たない様な相手なんだ。そこで、ぜひ君の意見を聞きたいのだが。君だったら何を贈られたら嬉しいと思うかね? 私はアクセサリーなんか良いと思ってね、少し見ていたのだが……」
言いながらロイは隣の店を顎で指し示した。確かに雑貨屋の隣にはアクセサリーショップがある。そこでプレゼントを物色している最中に、偶然リザを見かけて声をかけてきたという訳か。
「ほら、あの指輪なんか可愛くて良いんじゃないかと思うんだが」
ロイが指さすのは隣の店のウィンドウに飾られた指輪。よく見れば、それは小さなルビーが繊細な意匠が施された台座にはまった可愛らしいものだ。だが、絶対に値が張るに違いないとリザは判断する。
「……大佐。貴方は全然分かっていません。プレイボーイが聞いて呆れてしまいますね」
「何だ、ダメか?」
「全然ダメです」
大きく首を振り、リザは即ダメ出しした。
「察するに、そのお相手にプレゼントを贈るのは初めてなのでしょう? その初めてのプレゼントにあのような如何にも高そうな物を贈っては、お相手の方が萎縮してしまいますよ」
もしも自分が贈られたならば、きっとこの指輪で一体何食分の食費が出るだろうかとか水道光熱費何ヶ月分だろうかとか、即座に計算してしまうだろう。そんな指輪、無くすのが怖くて身につけるのも躊躇ってしまう。相手が高級品に慣れたお嬢様とかならばまた条件は違ってくるだろうが、リザに訊くということは相手はもっと一般的な感覚の女性に違いないと決めつけてリザは意見する。
「そうか……あの指輪はダメか……。じゃあ、隣のペンダントはどうだろう?」
「……大佐、私の話聞いてましたか? あれもダメです。指輪よりも大きな石がついてるじゃありませんか」
「いや、あれはルビーよりも価値が低い石だから、指輪よりも価格は下だぞ?」
「そういう問題じゃあありません。実際の値段ではなく、ぱっと見で高そうなものはお勧めしないと言っているんです。そうですね、あくまでもアクセサリーにこだわるのならばあのような専門店ではなく、路上で売っているようなもっとチープな……というと言葉は悪いですが、お手頃価格なものが良いと思います」
「アクセサリーで安物を贈るのは私が嫌だな……仕方ない。アクセサリーは受け取って貰える様になるまで我慢するか……」
ぼやく様に言ったロイは、ではと言葉を続けた。
「アクセサリー以外だったら、一体何が良いと思うかね?」
「そうですね……」
とリザは言葉を切って考える。すぐに目に入って来たのは、目の前の雑貨屋だ。
「こういう雑貨屋で、ちょっとセンスの良い小物や可愛らしい小物……まずはそう言ったものを贈ってはいかがでしょう?」
「なるほど。だがなあ……女性の言う可愛いの感性が私にはよく分からないんだ。彼女達は何にでも可愛いって言わないか?」
困った様に頭を掻くロイに、リザも確かにと吹き出しそうになる。
「この前、アームストロング少佐に対しても事務方の女性陣は可愛いって言っていたしな……あれのどこが可愛いんだ?」
「髪型がとあるキャラクターにそっくりで可愛いんだそうですよ」
「ふーん、キャラクターねえ……」
そう言ったロイは手に持ったマグカップをちらりと見て。
「ならばこういうキャラクター物の小物なんて、どうだろう? もし、君が貰ったら嬉しいか?」
「私でしたら……」
と、リザはロイの手にあるマグカップに視線を止めた。ハヤテ号そっくりの子犬がこちらを見ているそれは、とっても可愛らしい。本音を言えば喉から手が出るほどに欲しい。欲しいが、やはりそれをロイに表明するのは恥ずかしい。だが、どうせ贈られるのは自分では無いのだからと自分に言い訳して、リザは正直な気持ちを言う事にした。
「嬉しいと思います。……私は犬が好きなので。お相手の方も愛犬家ならば、きっと喜んで貰えるのではないでしょうか」
「そうか。参考になった、ありがとう」
リザの答えに頷いたロイは、止める間もなくにワゴンの中にあったその犬のキャラクターの付いた小物類を買い占めてしまう。その戦利品を手にし、満足げな顔をしてロイは司令部に戻っていった。
その背を見送ってリザは思う。
あれを受け取った女性はきっと喜ぶだろう。女は可愛いものが好きだから。そして、ロイも贈るプレゼントに悩む様な、大切な相手を喜ばせる事が出来て嬉しいだろう。二人の仲がどういうものなのかは知らないが、きっとその後その距離は縮まり、仲は進展するに違いない。
しかし、リザの気持ちは少々複雑だった。
リザはプレゼントを受け取る女性が、ちょっぴり。いや、とても羨ましくなってしまったのだ。あの犬のキャラクターの小物が欲しくて羨ましいのか、それとも、ロイからプレゼントを貰えるのが羨ましいのか。自分でもよく分からなかったけれど。
「いいな……」
思わずぽつりと呟いて、リザは未練を吹っ切るように首を振ると買い物袋を持ち直して帰宅を急ぐのだった。


その夜、大量の犬キャラクターグッズを持ってロイがリザの部屋を訪れ、そして、今日が自分の誕生日だった事にリザは気がつくのだが。それはもう少しだけ未来の話である。


◆風邪っぴきの意地っ張り◆


「お帰り下さいっ」
ドアをノックして待つことしばし。誰何の声に己の来訪を告げた途端に返ってきたのはとても恋人に告げるとは思えぬ、無情な言葉だった。
「どうしてだね。せっかく来たというのに、中にも入れて貰えず門前払いとは酷すぎないか?」
「…………私の気持ちなどお分かりでしょう?」
「分かっているさ。だから、分かった上で言おう。……はい、そうですかと私も帰る訳にはいかないね」
ドアを開けて貰えぬならば少々乱暴な手を使ってでも押し入るぞ。そんな物騒な言葉を放つロイに抵抗を諦めたのか、扉の向こうから施錠を解除する音が聞こえてくる。
「きゃん!」
そして、扉が開くと同時に飛び出して来たのは彼女の小さな家族だった。忙しなく尻尾を振ってロイに飛びかかり、その足下に纏わりつく。
「こらっ、ハヤテ号。お前の相手は後でだ。それよりも……中尉を……」
興奮する子犬を落ち着かせて胸に抱き上げて恋人の部屋の玄関先に入り込めば、いつの間にかリザの姿は消えていた。どうやらハヤテ号をロイにけしかけている間に、素早く寝室に閉じこもってしまったようだ。
彼女の狙い通りになってしまった事に苦笑しながらも、ロイは持っていた荷物とハヤテ号をリビングのソファーに置くと、リザを追いかけて寝室へと続く扉へと歩く。そしてドアの前に立って勝手知ったるそれを開けようとしたところで。
「……ダメです。入らないで下さい」
またストップをかけられて、ロイは苦笑を深めた。
「どうしてだね? もう、部屋にまで入ってしまったのだから今更だろう?」
「……それでも、ここに入られるよりはマシです」
あくまでも強情なリザはガンとしてロイを自分に近づけまいとしている。その理由が分かるだけに、ロイもそれ以上強引になれずふうっとため息を吐いた。
「……そんなに私に風邪を移すのが嫌かね?」
「ただの風邪ではないんです。今年の風邪は質が悪くて、感染力も強いとお医者様がおっしゃっていました。ですから、私の事などご心配なく。……速やかにお帰り下さい」
「そうはいくか。私が帰ったら、誰が君の看病をするのかね?」
「……ハヤテ号がいます」
「ほう? ハヤテがご飯の支度したり薬を用意したり熱冷ましの冷たいタオルを用意してくれたりするのかね?」
「…………」
沈黙は降参の証だろうか。ロイに心配する事も看病する事も許してくれないツレナい恋人。だが、ロイだって引き下がる気はない。恋人が病気で苦しんでいる時こそ、そばにいてやりたいと思うのが男心だ。……きっとリザの事だロイに風邪を移して仕事が滞ってしまう事を心配しているのだろうが。
「中尉?」
しかしあまりにもその沈黙が長い事に気づき、ロイは慌てて寝室のドアを開けた。鍵などないのであっさりとそれは開く。そのまま中に入れば、ドア付近でリザがへたり込んでいるのが目に入り、ロイは大いに焦った。
顔を赤くして苦しそうにリザが呼吸している。ロイの姿を認めて立ち上がろうとした彼女だが、そんな力など残っていないのだろう。膝に力が入らず、リザはその場にくずれ落ちた。
「中尉!」
リザのそばに膝を付くと、ロイは素早く彼女を抱き上げてベッドへと運んだ。間近で感じた体温はひどく熱く、具合がよろしくない事をロイに教える。
「……まったく、君は。私を気遣う暇があったら、もう少し自分の心配をしろ」
ベッドに寝かせて毛布を上からかけようとすれば、しかしリザはそれに抗うように上半身を起こした。
「私はっ……平気…ですから、ですから、大佐。貴方は早く、お帰り下さい……っ」
あくまでもリザはロイを病身の自分から遠ざけたいようだ。この期に及んでまだ言うのか。とロイはその見上げた精神力に感心しつつも、少しだけ苛つきを覚えた。恋人同士という間柄でも弱みを見せようとせず、ロイに頼ろうともせず、あくまでもロイの心配をして自分は二の次なリザ。……そんな彼女が愛おしくも憎らしい。
「風邪が移ってしまう前に……お早く……」
「黙りたまえ」
だから、そのうるさい事ばかり言う口を塞いでしまえとロイはリザの背を引き寄せると唇を奪った。
「いい加減にしないと襲うぞ?」
「……もう、襲っているじゃあないですか……」
強行手段の甲斐はあったようで、反論は弱々しかった。彼女の頬が赤く染まっているのはきっと風邪だけのせいではない。
「バカを言え。私が襲うと言うのは、こんなもんじゃない。もっと激しい運動をするという話だよ。……今の君にそんな事を強いるのは忍びない。だからもう、観念して私に懇切丁寧に看病されたまえ。……ちゃんと風邪っぴきに良い料理を作ってやるから」
ロイの優しい脅迫に、リザはとうとう屈する。
「……もう、本当に風邪が移ってしまっても、知りませんからね……」
「その時は、君が懇切丁寧に私を看病してくれたまえ」
くてんとリザの体から力が抜けて、彼女は大人しくベッドに横になる。ようやく素直になった恋人に微笑みかけて、ロイはゆっくりとその髪を撫でてやったのだった。


◆幸せのカタチ◆


「決まったの?」
「「まーだ!!」」
家族でお散歩に出かけようと家を出たまでは良かったけれど、子供達は先ほどから何やらひそひそ話している。漏れ聞こえてくる声を聞く限りではどちらがパパとママに挟まれて両手を繋いで歩くのか、を相談しているらしい。余りにも可愛らしいその様子に夫と二人顔を見合わせて微笑んだ。
「決まったよー!!」
そう言って、お兄ちゃんは私の手を取り、妹は夫の手を取る。そして双子の兄妹が最後に手を繋いだ。
「えへへへ……」
お兄ちゃんが嬉しそうに私の手をぎゅっと握る。どうやら、兄妹の間では平和的に、片方づつパパとママと手を繋ぐという結論が出たようだ。
こうして私達は家族四人、仲良く一列に手を繋いで歩く。夫と私で幼い子供達の歩幅に合わせてゆったりのんびりと。紅葉が綺麗な並木道は幸い広く、四人並んで歩いても問題なかった。
すると。
「「こうたーい!!」」
しばらく進んだ所で、お兄ちゃんと妹がそう声を上げぱっとそれぞれ私達の手を離した。驚く私達を後目に、二人はくるりと互いの位置を入れ替えると今度は私の手を妹が、夫の手をお兄ちゃんが握った。
「これで、パパともママとも、手をつなげるよ!」
えっへんと胸を張って言う兄と妹。賢しこくも可愛い我が子に、私と夫の頬は緩みっぱなしだ。
「そうだな、二人はとてもいい子だな」
「ええ、本当に」
親バカかもしれないが、私はおもいっきり夫の言葉に同意する。二人っきりの双子の兄妹。喧嘩もせずにこうやって頭を使って問題を解決する様は、本当に賢いとしか言いようがない。さすが、夫の子だと私は心秘かに思った。
「じゃあ、そんないい子な二人にパパから一つお願いだ」
一体何を言い出すのか。藪から棒にそんなことを言う夫の顔を私は不思議な思いで見つめた。
「……パパもママと手を繋ぎたいな」
「「いいよー!!」」
夫の言葉に顔を見合わせて頷いた幼い兄妹は、声を揃えてにっこり笑った。私はひたすら顔を赤くするばかり。
「貴方は一体幾つなんです?……バカですか」
「いいじゃないか。家族仲良しってことだ」
私と夫の手を離した子供達は、とととっと小走りに私達の前に出た。そして、二人仲良く手を繋いで歩き出す。すかさず夫が私の手を握ってきた。それを抗議の意味を込めてうんと強く握ってやる。
「いててて……ママは怖いなあ……」
「……貴方がいつまでも子供みたいだからです」
「うん。そうだな」
それでもとても幸せそうな顔で笑うから、結局私の呆れた気持ちも持続しなくて困る。
「ぱぱー、ままーはやく、はやく!!」
「ああ、すぐに行くよ」
夫に手を引かれて、私は子供達の元へと歩き出す。
幸せにかたちがあるとしたら、きっと。今目の前にあるような光景なのだろう、と思った。



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by netzeth | 2014-11-11 00:38 | Comments(0)