うめ屋


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暇を持て余したホークアイ中尉の遊び

身に染み着いた生活のリズムというのはすぐには変えられないものだ。休みだというのに、いつも通りの起床時間に目が覚めてしまった。もう一度寝ようとも試みたが、既に眠気は消滅している。それにだらしなく二度寝を楽しむ性質でもない。仕方がないので起き出して身支度を整え軽く朝食をとってから、とりあえず片づけなければならない家事をこなすことにする。掃除に洗濯それから生活必需品の買い出し。一通りを済ませてから昼食を食べ、食後のお茶を手にソファーに落ち着いたのが正午過ぎ。
時計に目をやって私はため息を吐いた。
……これから一体何をしよう。
しなければならない事を優先順位をつけて、効率よくこなしていくのは得意だ。物事を整理整頓し合理的に考え進めるのは仕事の基本。しかし、今日ばかりはその特技も裏目に出てしまったようだ。
余暇の時間はまだたっぷりと残されているというのに、早々にやるべき事を終えてしまった。よって、私は就寝するまでの後何時間もの時を、何かに費やさなければならない。こういう時間は苦手だ。いつも時間に追われているような私のような人間に、何をしても良い自由の時間を急に与えられても持て余してしまう。
このような時にこそ、趣味にでも没頭すれば良いのだろうが。
私の趣味……趣味。何かあっただろうか……。読書もショッピングも料理も嫌いではないがそこまで熱中してやりたいことでもない。後は射撃……は、熱中するという観点から言えば趣味の範囲といえるかもしれないが、いかんせん仕事に直結し過ぎているし、女性の趣味にしては殺伐過ぎだ。
趣味……私の趣味。
何か私にもあの人のような寝食を忘れて執着出来ることがあれば……。
「あ!!」
そこで私は重大な事を思いついて、思わずその場に立ち上がった。
「そうよ、そうだわ!」
その閃きに、私は大いに納得し満足した。
そうだ、あったではないか。私が一番楽しんで熱中出来ることが。そうと決まったら、悠長にしてはいられない。
ティーカップの紅茶を一気に飲み干すと、私は部屋に置かれた電話の受話器を手にとった。




「マスタング大佐。一般回線よりエリザベスという女性からお電話が入っております」
司令部の電話交換手が告げる事務的な言葉を聞き、ロイは驚きながらも繋いでくれと通話の許可を与えた。もちろん、相手の女性に心当たりはありまくりである。ロイにエリザベスと名乗って電話をしてくる人物など、一人しか居ない。
(今日は非番のはずだが……何かあったのだろうか)
彼女――リザの基本姿勢は仕事第一だ。故に、きっちりとロイにやるべき仕事の指示を与えて彼女は休んでいる。本日期限の書類は必ず終わらせること。明日期限の書類は前倒しして出来るだけやっておくこと。余裕があれば期限が先の書類にも手を付けておくこと。メモと共にこれまたきっちりと仕分けされた書類の束と参考資料。まさに仕事の鬼、ロイとしては見事な副官の手腕に頭が下がる思いだ。彼女に尻を叩いて貰わなければ、己の仕事はすぐにたちゆかなくなるだろう。
「もしもし?」
リザの意図を推し量りながら、ロイは受話器を取る。
その彼女が非番の日に電話をかけてきた。しかもエリザベスを名乗ってだ。仕事に関しての言づてがあるのならば、ホークアイ中尉と申告するはず。わざわざコードネームを名乗るからには、何か裏があるに違いない。
「ロイさん? お久しぶりね、元気?」
普段の彼女の口からは絶対に聞くことのない、ハイトーンなボイスと甘い口調。夜の女エリザベスとしてのリザの顔だ。
「ああ久しぶりだね、エリザベス。君の声が聞けたから、たった今元気になった所さ」
「あら? ということはお仕事が忙しくてお疲れなのかしら。大丈夫?」
「ああ、少しね。今日は優秀な副官が休みだから、一人で苦労してるんだ。だから慰めてくれよ」
会話の内容からして、仕事の進行状況の確認と言った所だろうか。どこまでも生真面目な副官の狙いを読み解き、ロイは苦笑する。リザが居ないと羽を伸ばしているとでも、思われていたのだろうか。
「もう、甘えないの。ロイさんが大変なのは分かったけど、たまには私にも構って欲しいわ。今夜、6時。いつものバーで待っているから、必ず来てね」
「へ!?」
それまでは余裕を持ってロイさんとエリザベスごっこに興じていたロイだったが、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
「ちょっ、待ってくれ、中尉。6時は流石に厳しいぞ!?」
「あら? 中尉ってどなた? 私はエリザベスよ、ロ・イ・さ・ん。他の女と間違えるなんて、酷いヒト」
相変わらずの甘い声で、リザはロイをめっと咎めてくる。
「だ、だが…エリザベス。私も忙しい身でね、今日の仕事の状況では6時は……」
「お仕事なんてサボっちゃえばいいじゃない。私と仕事どっちが大事なの?」  
「い、いや、もちろん君だよ? エリザベス。だがね……」
堂々とサボって会いに来いと仕事をやれと命じた当の本人に言われて、ロイは混乱していた。昨日、本日期限の書類が終わっていなかったらこうですからね? とブローニングを取り出して威嚇射撃をしていた鬼の副官の顔を思い出す。これまでのやりとりの意味は一体何だろうか。仕事を放り出してまで来いという事は、これはもしや他の重大な事件に関係があるのだろうか。いや、ならばこんな回りくどいことなどせずに直接今言えば良いのだ。もしや、エリザベス状態の彼女でなければ切り出せないことなのか……?
「ロイさんは私に会いたくないの?……もう私なんて飽きちゃった?……私、ロイさんの好きなミニスカートでうんとお洒落するから、必ず来てね?」
悶々と考え続けるロイにとどめを刺すように、しおらしい声で彼女は甘えてくるから。ロイはとうとう観念した。これほどまでに自分ホイホイを仕掛けてを誘い出そうとするからには、よほどの事があるのだろう。
「分かった必ず行くよ」
力強く請け負うと受話器を置く。
早速6時までの仕事のスケジュールを試算して、ロイは本日期限の書類を何件か諦めなければならないだろうな、と冷静に判断していた。



結局ロイは6時きっかりに馴染みのバーの扉をくぐった。視線の先にはカウンターのスツールに座りくつろいでいる金髪の女性の姿。申告通り超が付くミニスカートを履いている。顔がニヤケるのを押さえきれない己を自覚しながら、しっかりと記憶にミニスカ姿を叩き込みロイは隣の席へと身を滑り込ませた。
「待たせたね、エリザベス」
息を弾ませて急いで来ましたとばかりの演出をする。女の顔を覗き込めば、いつもより気合いの入った化粧を施した美しい顔が目に入った。薄化粧もそれはそれは美しいが、こういうメイクも妖艶で男をよく惹きつける。
「ギリギリね、ロイさん」
女性を待たせるなんて野暮なヒト、と拗ねた顔を見せる彼女には完全にホークアイ中尉の面影はない。いつものリザならば絶対に見せることのない小悪魔的な表情にドキリとさせられながらも、ロイは用意していたものを彼女に差し出した。
「すまないエリザベス。これでも君のために頑張ったんだがね。ほら、お土産だ。これで機嫌を直してくれよ」
リボンが付けられた一輪の赤いバラ。子供でも知っているその有名な花言葉は、貴方を愛します。我ながら気障過ぎるかと思ったが、エリザベスが慕うロイさんはこういう男だとロイは割り切る。
「まあ、綺麗。ロイさんありがとう」
ロイの思惑通りエリザベスは不機嫌な顔を一変させて、花のような微笑みを見せてくれた。可愛らしい仕草で花を受け取ると、その香りを嗅いでいる。その姿を堪能しつつも、ロイは冷静に思考を巡らせる。
さあいつまでリザの芝居に付き合えば良いのか。
このまま彼女と戯れるのも楽しいだろうが、こんな甘い時間を過ごすためにリザがわざわざ自分を仕事を差し置いてまで呼び出すとは思えない。何かある違いない、とは思うのだが。
「ところで……今夜は突然どうしたんだい? 急に呼び出すなんて君らしくないじゃないか、エリザベス。何かあったのかい?」
とりあえずリザが話をしやすいように、こちらから水を向けてやった。しかし、リザは乗ってこず相変わらずのエリザベス調でロイの言葉をかわしてみせる。
「あら? ロイさんに会いたくなったから……が理由じゃいけない?」
「もちろん大歓迎だよ、エリザベス」
にっこりと笑顔を作ったつもりだが、サービスが良すぎるリザに嬉しさよりも戸惑いを覚えて若干ロイの表情が堅くなる。カビ臭いパンと水と言った粗食が突然分厚いステーキ肉のフルコースディナーになったら、人間喜ぶよりも前に警戒するものなのだ。
「本当に? 何だか笑顔が不自然だわ、ロイさん。緊張しているの? ほら、これでも食べてリラックスして?」
そう言うとリザはカクテルの上に浮かんでいたチェリーのヘタを白い指で摘んだ。流れからすると当然食べさせて貰えると思うだろう。しかし、リザはチェリーをロイの口には持ってはいかず、ヘタを取ると自らの口に運んでしまう。
「……エリザベス?」
「ほら、ロイさん。食べさせて、あ・げ・る」
ピンクのルージュに彩られた唇で丸い赤色をくわえ、顔を近づけて来る女は壮絶に蠱惑的だった。普段とのギャップと強すぎる色香にあてられ、ロイはくらくらと眩暈がしてきた。
「……中尉。これは一体どういう……んん!」
「ん……!」
いい加減我慢が出来なくなってとうとうホークアイ中尉として呼びかけたが、彼女は綺麗に無視してくれた。挙げ句勢いに任せてロイの口にチェリーを押しつけてくる。押し込まれる甘い果実とそれ以上に甘く柔らかい唇の弾力。双方を己の唇に感じて、ロイは一瞬気が遠くなりかけた。
「おいしい? ロイさん?」
「う、うむ……」
「じゃあ、もっと美味しくしてあげる」
そこからのリザの行動は止める間も無い素早いものだった。意識を少し飛ばしていたロイの隙につけ込むように、彼女はカクテルをくいっとあおり口に含むと、あろうことかロイに口移しをして来たのだ。
「んんん!?」
ドライ・ジンの香りとソーダ水の刺激が口の中に広がる。焦ってリザを引き離そうとしたが彼女はがっちりとロイの首に腕を回しており、出来なかった。されるがままカクテルを全て飲み干すと、喉と胃が焼けるようにカッと熱くなる。それほど強い酒ではないはずなのに、ロイは全身が火を噴くような心地だった。
「……このカクテルはチェリーと一緒に飲むと、とってもいいの。どう? 美味しかったでしょう?」
「…………ああ」
ぼーっとしながら返事をすれば、くすくすとリザが笑う気配がした。変なロイさんと宣った彼女は、ロイの太ももに手を伸ばしてくる。そして、彼女の手が焦れったい手つきでそこを撫でていく。もう、そんなことすら当たり前の出来事だと錯覚してしまいそうな己が、ロイは怖い。チラリと視線を彼女の足元に走らせると、魅惑の太ももが目に入った。白くもっちりとしたそれは何と網タイツ装備。
……ああ、これは何かの夢なんだな。で、こっちがその気になった瞬間、やっぱり夢でしたーって、目が覚めて目の前には書類タワーと鬼の形相をした中尉が居るんだ……。
だが、夢でもいい。夢ならば夢で楽しもうではないか。
ロイが開き直ったその瞬間である。
「あ、すみません。時間です」
「へ?」
突然口調がいつものリザに戻った。彼女は時計を確認するとそろそろ帰らないと……と、呟いている。置いてけぼりのお預けを食った気分のロイはしばし、呆然としたが。
「……エリザベス?」
「ホークアイ中尉、です。時間になりましたので、私、帰らせて頂きますね。そろそろ寝る仕度をしないと……」
「寝るって。まだ6時過ぎだぞ!?」
「でも、私、休みの日は8時就寝なんです」
「はやっ!! じゃ、なくて! 私を呼びだしてここまでしておいてっ、帰って寝るってどういうことだね!?」
「いえ、もう目的も果たしましたし、いいかなと思いまして。何だか眠くなって来ましたし……大佐、ありがとうございました」
何故か礼を言われ丁寧に頭を下げられて、ロイはますます混乱する。
「目的って何だ……」
「それでは、失礼します。大佐、明日は寝坊なさらずにいらして下さいね」
いや、むしろ私は君を寝不足にする気満々だったぞ! と心で叫びつつロイは何とか自分を押さえると、かろうじてこれだけリザに尋ねる。
「……ねえ。君一体何がしたかったの?」
「いえ、特にこれといって。ただ、すっごく暇だったので大佐で遊ぼうと思ったんです。おかげでお洒落したりお化粧したり誘惑方法を考えたりと、有意義な時間が過ごせました。ありがとうございました。大佐を惑わす時に着なさいってレベッカにプレゼントされたミニスカートと網タイツもようやく日の目を見ましたし」
「……へ? 何か事件の情報とかを交換しようとしていたんじゃないのか?」
「いえ、別に?」
あっさりと首を振って見せたリザは、ではとさっさと踵を返そうとする。その後ろ姿をがっくりと肩を落とし、全身を疲労感でいっぱいにしてロイは見送るしかない。
ちゅーいに弄ばれた……。
敗北感でいっぱいである。
だが。
「あ、大佐。言い忘れました」
長い髪を靡かせて、くるっとリザが振り返る。妖艶な女の姿とは相反した軽やかな動作だ。
「今夜大佐を呼び出したのは確かに暇で大佐で遊ぼうと思ったからですが……それだけではなくて。……多分私は、ただ貴方に会いたかったんだと思います」
それでは。
すっぱりさっぱりと今度こそ振り返りもせずにリザは去っていき、同時にふるふると震えながら、ロイは絶叫する。
「き、君は……! どこまで私の男心を弄ぶのかね!?」




翌日。
仕事を途中放棄でエリザベスに会いに行ったロイだったので、当然リザのブローニングが火を噴いた。
「どうして終わってないんですか! こちらは昨日期限のものですよ!? 今、何とか今日に締め切りを延ばして貰いましたから、さっさとやって下さい!!」
腰に手を当て仁王立ちで銃を構える副官に逆らえる訳もなく、ロイは朝から机にかじり付いているのだが。
「……理不尽だ」
府に落ちない顔で呟く彼の言い分を、聞いてくれる者は誰もいないのであった。



END
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ちゅーいの趣味はたいさ。
今月がアイロイの日だったと今頃気がついてからのアイロイ話。



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by netzeth | 2014-11-20 00:54 | Comments(0)