うめ屋


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発熱1

熱っぽく潤んだ瞳。赤みが差している頬。
おそらくこんな顔で見つめられたら、大抵の男ならば勘違いするだろう、女性の色香溢れる表情。
更に、それがいつも無表情で愛想の無い女性が浮かべているものとくれば、格別である。
「中尉……」
私は吸い寄せられるように、彼女へと近づいた。普段ならあり得ないような距離に接近しても、中尉は警戒しない。
むしろ、まるで誘うように無防備なぽーっとした顔で私を見ている。

――これはOKだと思っていいんだな?

どこまでも自分に都合よく解釈して私は、その手を彼女の頬へと伸ばした。
ここが軍部だろうとかまうものか。という気分でぐいっと彼女の顔を引き寄せて、唇を近づける。
だが。
そこで私は動きを止めた。

「中尉……、君、もしかして、熱があるんじゃないか?」
「……そうですか?」

触れた肌は異常に熱かった。明らかに平熱ではない温度だ。
考えてみれば、潤んだ瞳も赤い顔を全て、風邪の症状に酷似している。

「……そういえば、少し、熱くて、寒い、かも……」

矛盾したことを言って、中尉はふるっと身を震わせた。
寒気に襲われているということは、結構な高熱なんじゃないのか? 

「何をやっているんだ! 仕事になんかに来ている場合じゃないだろう! 今すぐ家に帰って寝たまえ!!」
「でも……大佐の、補佐、私が、しないと……」
「ああ、もう! 大丈夫だから!」

健気なことを言う彼女にうっかりほだされそうになりながらも、私はコート掛けから、己のコートとマフラーを取ってきた。
厚手の軍用コートを彼女の肩に被せてから、マフラーを首からかけてやる。

「ほら、君は今日もうこのまま帰る! ハボックに言って車を出させるから、乗って行きなさい」
「でも……大佐の、補佐、が……、仕事が……」

まだ言うか。どこまでも頑なな彼女に私は苛ついて。最終手段に出た。
うるさいことを言う口はこうして黙らせるに限る。
首に巻かれたマフラーの端っこを掴みぐいっと引き寄せると、私は当初の願い通りに唇を彼女のそれへと重ねた。
しっとりと柔らかく熱いそれと自分の唇が解け合うように、深く深く。

「……大佐?」

唇を離した瞬間に、顔を赤く染め上げた中尉が私の意図を問うような視線を向けてくる。
照れくさくてそれを受け止めかねた私はとっさに言い訳を口にした。

「……今のは検温だ。熱を計った。君は高熱だ、今すぐ退勤を命じる」
「検温、ですか……」

我ながらすごい解釈だとは思ったが、高熱に侵されている中尉は納得したようである。
大人しく、分かりましたと告げて帰り仕度を始めてくれた。病人を無事に帰宅させることが出来たと私は胸をなで下ろした。
ところが。

「大佐。……家に帰って、また熱が上がってしまうかもしれません」
「あ、ああ?」

彼女の真意が見えない。

「そうしたら、私の部屋に、また検温に来て下さいますか?」

彼女は風邪で一時的に混乱しているだけだ。それだけだ。……そう思っておかないと心臓がもたない。

「……引き受けよう」

葛藤しながらも頷いてやると、人の気も知らない中尉は嬉しそうにほんわかと微笑んだのだった。
……勘弁してくれ。




やっかいな酔っ払い

「そうなんですよーこいつ、昔はすげえ朴念仁で、女心が全然分かって無かったんですよ。告白して来た女の子に無神経なこと言って泣かせるなんてしょっちゅうで……」
「ほっ、ほっ、ほっ。マスタング君も若かったんだねえ……今じゃあ、立派に女の子を違う意味で泣かせているよねえ? 悪い子になったもんだよ」

――状況を整理しよう。本日私、ロイ・マスタングはセントラルから出張でやってきた親友マース・ヒューズと久しぶりに親交を深めるべく、イーストシティの街へと出た。
ところが行きつけのバーが生憎臨時休業で、仕方なく親友と二人街を彷徨い歩いた。そして、ここはどうだ、と立ち寄ったバーは幸運にもとても雰囲気のある店で、置いてある酒の品ぞろえも良かった。
これは新たな店を開拓出来たかもしれないとヒューズと喜び合っていた時のこと。カウンターの隅の席に座っていた老紳士が私達に話しかけてきた所から、この私の受難は始まった。

「あれー?? マスタング君じゃないの。どうしたの?」

そこに居たのは私の上官、グラマン中将その人で。聞けばこのバーは将軍のご贔屓のお店だったようだ。
ここまでは別に問題はなかった。将軍がせっかくだから一緒に飲もうよ、と声をかけてきたのもかまわない。
グラマン中将は私にとっては、実の祖父のように親しみやすく気安い上司である。将軍のおかげで私自身、この東方で好きにやらせてもらっている自覚はある。常日頃の恩もあることだし、老人の酒飲み相手になることにも依存は無かった。
だが、問題だったのは。
同席の親友が将軍と妙な所で馬が合い、意気投合してしまったことである。


「特に告白して来た子に別の女の子へのプレゼントは何が良いか? って尋ねた時は、もうこいつダメだと思いましたね! 特別で大切な女の子なんだって言い切ってたし、俺、告白した子が可哀想で可哀想で……またロイの野郎が何にも分かって無いのが哀れと言いますか、まだ、わざとやられた方がマシって言うか……」
「そうそう。昔のマスタング君、そういう所あったよねえ。女性の扱い方がまったく分かって無くって。女の子が髪型やメイクを変えたら男はすかさず指摘して誉めてあげなきゃダメなのに、いつもと全然変わりませんよ! とか平気で言ってたし。だからワシ、教育してあげたんだよ」

「え! ロイの野郎を教育してくれたのって、将軍だったんですか」
「そうだよ? 一からみっちり女の子に対する態度ってものを教えてあげたの。一流の先生もつけてね~」
「そういや、東方司令部に配属されてからだよなあ……ロイがプレイボーイとして名を馳せるようになったのって」
「そ、元々飲み込みが早い子だから、あっという間にブイブイ言わすようになっちゃって……ちょっと最近調子に乗ってるよね~」

「ですよね、ですよね。俺なんか、ロイが色男って女の子達にきゃあきゃあ騒がれてるの見る度に、昔は唐変木が服を着て歩いているようなもんだった。とか、だまされるな! 今でも家じゃあパンツいっちょでアイロンがけしてるぞ! って教えたくなりますもん」
「ほんと、マスタング君の癖にね!」
「ですよねー、ロイの癖に!」


どうしたことか私のことで話が盛り上がってしまった彼らは、肝心の私をそっちのけで好き放題ディスってくれている。
片や恩があり過ぎて頭の上がらぬ上官。片やある意味逆らえない弱みをたんまり握られている親友。今のこの状況は針のむしろと言ったところか。堪え忍ぶしかない。


「ロイの奴ももういい歳だし、いい加減遊んでないで身を固めた方が良いと思いません? でも、肝心の本命には弱いんだよなーこいつ」
「あ、やっぱりぃ? だよねえ……ワシもいつになったら曾孫の顔を見せてくれるの? ってせっついているんだけどさー。何と、手も握ったことないらしいんだよねえ」
「マジですか!? ほんと、リザちゃんには弱いんだな……」
「腰抜けだよねー」
「腰抜けですねー」


話が弾めば杯も進む。男達はハイスピードで酒を消費し、でろでろに酔っぱらいながらうんうんと頷き合っている。
だいたい、ヒューズは中尉と中将の関係は知らないはずだが、そんなことはまったく気にしていないらしい。だが、ヒューズと中将の会話は何故か普通に噛み合っている。


「今時好きな女の操は結婚するまでお預けとか、流行らないと思うんですよね。普段は遊んでいる癖になあに純情ぶってるんだか、妙に古風なんだよなー。男だったら、決めるとこ決めろっていうか、もう押し倒せ! っていうかー」
「そうそう。ワシがいいって言うんだから、いいんだよ。早く押し倒して曾孫の顔見せて欲しいんだよねー。あ、そうだ。今度二人でお膳立てしてあげない?」
「お、いいですね」
「リザちゃんにはセクシーな下着、プレゼントしておくから。勝負の時はこれ付けてね! ってワシから上官命令出しておくから」
「じゃあ俺からはロイの野郎に精力剤と媚薬をプレゼントしておきます。でもって、二人っきりで出張でもさせたらどうですか?」
「いいね、いいね! 手違いでシングル一部屋しか取れなかったことにして、一晩過ごさせるのとか、すっごくいいね! ここはワシの権力の使い所だよね!」
「互いに好意を抱きあう男女が一晩一部屋で二人っきり! これで何も起きなけりゃ、もうロイは男じゃないだろ!」
「うんうん、男が廃るってもんだよね」

そこで顔を見合わせた彼らは、二人そろってくるっとこちらを振り向き顔を揃えて私を見た。

「「で? 結局手は出すの??」」

私はヒューズを親友だと思っている。共に同じ夢を抱く同志であり、絵に描いたような幸せな家庭を守るその姿は、男として尊敬している。同じく、グラマン将軍は尊敬する先達であり軍のいろはを教えて貰った恩人だ。これから私が軍上層部に食い込む上で大切なことをたくさん教えて貰った。感謝してもしきれない。
しかしだ。
そんな私にとって大事な者達とはいえど、私はもう黙ってはいられなかった。だから、私はドスをきかせた低い声を絞り出したのだった。

「黙れ、酔っぱらい共」




発熱2

季節の変わり目に風邪を引いた。よくあるありふれた話だ。
だが、大したことはないだろうと甘く見ていたツケが、夜になって回ってきたらしい。
風邪特有の頭痛と、それを我慢することから来る目眩に私は襲われていた。幸い、咳や鼻水と言った目に見える症状は出ていない。故に、目と鼻の先に居る上司には気づかれてはいないだろう。
体調不良を見つかればきっと彼は私に退去を命じるはずだ。優しい人だから、仕事は自分が全て引き受けるから私に休めと言うだろう。

それは私のプライドが許さなかった。安いプライドだと笑われるかも知れないが、それでも守りたい矜持だ。よりにもよって彼を補佐し守るべき立場にある副官の私が、その彼に気遣われた挙げ句、風邪でダウンなど情けないにもほどがある。
終業時刻まであとほんの少しの辛抱だ。
とうとう悪寒がしてきた己の身体を奮い立たせるように、私は軽く首を振って集中力を高める。
その時だった。

「中尉。私は今からサボる。もう今日は仕事はしない」
「はい?」
何を言われているのか、本気で理解出来なかった。また、頭が痛くて理解しようと努力するのも億劫だった。
「……それは、どういう」
考えることは早々に放棄して、彼に真意を問う。すると、彼は握っていた万年筆を机に放り出し、て肩をすくめた。

「何、今夜はもう気が乗らないから、仕事は止める。というだけだよ、中尉。そんな時に無理矢理仕事をしても、はかどらないし、非効率的だというものだろう」
私は唖然としてしまった。体調の悪い時に、お説教をさせるような行動を取るのは止めて欲しい。今までデートに行くために早めに切り上げたことはあっても、やりかけの仕事を投げ出したことなど無かったのに。
「ですが、今目を通して頂いている案件は、あと少し頑張って頂ければ終わるものです。……締め切りにはまだ余裕はありますが、わざわざ中途半端にする意味が分かりません」
「意味などない。ただ、もうやりたくないからやらない。それだけだ」
まるで子供のわがままのようなことを言う大佐に、私は困ってしまった。具合の悪さも相まって、気分は最悪である。どうしたら、この困った人にちゃんと最後まで仕事をさせることが出来るだろうか。いつもの私だったら、腰のブローニングでも引き抜けば容易いことかもしれなかったが、今の私には難しい。ため息を吐くのでさえダルく、息が苦しかった。

「……だから、君は速やかに帰りたまえ」
その瞬間、密やかに耳に届いたその声に、私ははっとなる。いつの間にか、大佐が私の傍らにまでやって来ていた。見上げた私の瞳には、優しい色をした黒が映った。
「サボり癖のある上司のせいで君は仕事が進まず、本日は仕方なく早めに退勤するんだ。いいな?」
有無を言わせぬその言葉に、私は全身から力が抜けていくのを感じていた。
大佐は私の体調不良などとっくに見抜いている。そして、それを大佐に気取られたくないということも、それを理由に退勤させられるのが嫌だということも。全て知っているのだ。知った上で、彼は言っている。

―ーああ、なんて貴方は私を甘やかすのが上手いのだろう。

抜けているようで、要所要所は押さえてくるこの抜け目の無い上司に、私は諸手を上げて降参した。彼の前で張る意地を、私はもう持ち合わせていない。

「……では、お言葉に甘えて。本日は上がらせて頂きます」
「ああ。ゆっくり休むように」

優しく響く彼の声に、悪かった気分が晴れていく。私の気持ちを尊重して皆まで言わない彼は、それでも精一杯の気遣いの言葉をくれた。それに私は答える。

「ありがとうございます、大佐……」

風邪で弱り、心の箍が弛んでしまっている今の状態に、私は困る。ただの礼の言葉にさえ、愛おしさを滲ませないようにするのに、苦労した。



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by netzeth | 2014-12-27 21:14 | Comments(0)