うめ屋


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by netzeth
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ラスト・トレイン・ホーム

セントラルに出張した折り、親友と酒を酌み交わすのは私にとってもはや恒例行事であった。決して白くは無い腹を割って話せる数少ない男相手に、私の杯は自然と進み酒宴を終える頃には決まって私は強かに酔ってしまう。そんな私を駅まで送り届け無理矢理イーストシティ行きの最終列車に乗せるのは、男――ヒューズの役目であった。
「……ヒューズ、いい。やっぱり泊まって、朝一の汽車で帰る……」
だがいざ最終列車の乗車口まで来ると、ベロベロに酔っぱらった私はそうやっていつも駄々をこねていた。このような酩酊状態で数時間列車に揺られ、硬い座席で旅をするのが非常に億劫だったのだ。
「ばっか、ロイ。イーストシティにはお前を待っている人がいるだろうが、早く帰ってやれよ」
「……家庭持ちのお前と一緒にするな……そんなのはおらん」
「何言ってんだ。リザちゃんが待ってるだろうが」
「……彼女とはそういう関係じゃない」
ただの部下だ。朦朧とした意識下で私がそう反論すると、ヒューズは鼻で笑った。
「じゃあ早くそういう関係になれよ」
「……うるさい。とにかく、今日はセントラルで一泊……」
「いいからっ、四の五の言わずに乗れ!」
ドンと背中に衝撃を感じて、私は前に押し出された。一歩二歩三歩とおぼつかない足で歩けばいつの間にか最終列車に乗車している。振り返ると、長い脚を掲げた姿勢でじゃあな、とヒューズがにこやかに手を上げていた。
「親友を蹴るな!!」
「ははは、リザちゃんによろしくなあ~」
酔っぱらいの苦情など聞く耳持たないとばかりに、ヒューズが手を振った。その瞬間に汽車が動き出したので私は仕方なく中に乗り込む。たまにはセントラルの夜をじっくり満喫したいと思うのだが、結局私はこうやって奴に無理矢理帰されてしまうのだ。
いつものことだ。
ふらふらと歩き座席に腰を落ち着け、私は徐々に遠くなっていくセントラルの街の光を窓越しにぼーっと眺める。
おそらく、イーストシティに到着する頃には日付が変わっているだろう。深夜の駅から酔った私が自宅に帰り着くのはきっと困難だ。だが、私は心配してはいなかった。
駅にはきっと彼女がいる。
ヒューズから連絡を貰った彼女が最終列車に乗った私を迎えに来るのも――いつものことだったからだ。



ラスト・トレイン・ホーム



見知らぬ駅で列車を降りた私は、駅舎を出て酒を飲める場所を探していた。無性に喉が乾いてどうにも我慢が出来なかったのだ。真っ暗な道をしばらく歩いていくと、視界の先にぼんやりとした明かりが見えた。近づくとそこが一軒のバーだと分かる。
世界の果て(ワールドエンド)。
と描かれた看板を眺めて、私はずいぶんと大げさな名前のバーだなと苦笑した。
カランコロンカランコロン。
扉を押して中に入れば、やけに涼やかな音のドアベルが鳴る。店内の照明は薄暗く人影はまばらだ。構わず一歩踏み出す。そして。
「おっと」
私は足下を見て、思わず驚きの声を上げていた。足の下には床が無かった。いや、無いわけは無いだろう。正確に言えば白いもやのようなものに包まれて見えなかったのだ。二酸化炭素だろうか。ドライアイスとはずいぶんと演出が効いている。周囲を見渡せば確かに妙な雰囲気のある店だった。静かに流れる無国籍な音楽と誰だか分からぬ人物達の肖像画が飾られた壁。席に座っている人々は酒の席とは思えぬ陰気さでぼそぼそと会話をしている。
得体の知れぬ何かを感じたのは確かだが、それでも私はやはり構わなかった。そんな事など気にならぬほどに喉が乾いていたのも確かだが、何故か私はこの店を好ましく思ったのだ。こんなにも異様であるのに、その根底には永遠の安らぎのようなものを感じられて、心地が良かった。
「マスター、おすすめのものを」
カウンターに腰掛けて、とりあえず酒を頼む。すると、すぐ右隣に座っていた人物がこちらに顔を向けた。
「よお~ロイ! ひっさしぶりだな」
「ヒューズ!」
思わぬ遭遇に私は驚いた。
「お前、何でこんな所に居る?」
「おいおい、久しぶりに会ったっていうのにご挨拶だな。そんなの決まってるだろう? よりにもよってこの店に俺が居ない訳がない」
筋がまったく通ってない理由だが、奴が言うと妙な説得力がある。確かに、このような妙な店は奴の琴線に触れるのかもしれない。少々センスが変わっているこの男にはぴったりだ。おそらく常連か何かなのだろう。
「そんなことより、お前さんだ。お前さん、ここで飲んでいくのか?」
「そうだ。ずいぶんと喉が乾いていてな。……ちょうど良い、少し付き合え」
「……あんまり時間ねえんだけどなあ……う~ん、少しくらいなら酒も大丈夫か?」
渋い顔をして考え込むヒューズに、私は眉を上げた。
「なんだ、不満なのか? いつも無理矢理私に付き合わせているくせに、たまにはお前が付き合え」
「ああ、ああ。分かったよ、ロイ。まあ少しなら問題ないだろう」
そう奴が納得したタイミングですっと酒瓶が出てきた。渋っていたのが嘘のようにヒューズはグラスにどぼどぼと酒を注ぎ私に渡して来る。不思議な色合いの液体がきらりと光っていた。
「さあ、飲め飲め。そうと決まればぐっと飲め」
「お、おい……」
急に強く酒を進められて、私は戸惑った。私は元々酒はあまりたしなまない。体質的に酒に強くないというのもあったし、それ以上に酔いは脳の働きを鈍らせるからだ。錬金術師たるもの常に明晰であれ、と私は自らに命じている。
「いいからいいから。喉、乾いてるんだろう?」
だが、目の前の男はいつもそんなことなど構わずに私に酒を飲ませる。そして、我を無くすほどに酔わせるのだ。
「飲め飲め」
「あ、ああ……」
結局喉の乾きに逆らえずに、私は酒に口をつけた。不思議な味のする酒だったが、喉ごしはたいそう良い。
「さて、酒の肴は何がいいかな。やっぱり、ここは……」
私が飲むのをじっと眺めていたヒューズだったが、突然上機嫌に話を始めた。私はいつもの家族自慢が始めるのかと身構えたが、奴は意外なことを言い出した。
「お前の近況でも聞こうかな」
「……妻自慢と娘自慢はどうした。いつもなら、家族写真を見せてさんざん聞かせるだろうに」
意外な思いで指摘すると、ヒューズはちょっと困った風に眉を寄せた。
「いやー写真は落としちまったんだよなあ……参った参った」
ははは、と後ろ頭を掻いて笑ってはいるが、この重度の家族思いのヒューズが写真を落とすとはずいぶんと迂闊が過ぎるというものだ。
「お前……大丈夫か? そんな大事なものを落とすなんて、お前らしくないぞ」
「いやー、まあ、この完璧な俺にだってそういうことくらいあるさ。それよりも、お前のことだ。聞かせてくれよ、どうだ? 仕事は順調か?」
心配になって声をかけた私だが、奴は軽く笑って流してしまう。そして、話を戻した。
「……お前も知っているだろう。なかなかに道は険しい。先日もまたテロがあってな」
「イシュヴァールか」
「ああ」
ずんと胸の奥を突かれた気分になる。呼応するように息苦しくなった。
「一朝一夕にはいかないとは思っていたが。……分かり合うのは中々に難しいようだ」
かつてあの砂漠の地で私が、アメストリス人がしたことを思えば当然かもしれなかったが、それでも厳しい現実に私は打ちのめされた思いになる。
ヒューズも珍しく神妙な顔をしていた。
「そうだな。……あの罪は死んだって許されるもんじゃねえ。まして生きて許されよう償いをしようってんならなおさらだわな」
ヒューズの言葉は今の私には重かった。だが、あえてその重石を外すように奴は続けて笑う。
「だがな、お前さんのやってることは俺は間違ってねえと思う。……まあ、気長にいけや」
「……そうだな」
不思議だ。
奴の言葉は水が砂に染み込むようにすんなりと私の中に入ってきた。重くもやもやと垂れ込めていた暗雲が晴れた気がした。
「じゃー次! リザちゃんのことだ」
「彼女がどうした」
「とぼけるなよ」
あまり触れて欲しくない話題を逸らそうとして、失敗した。ヒューズはあのいつもの遠慮のない押しの強さでぐいぐいと切り込んで来る。
「早く嫁さんにしろってことだよ」
「……彼女はそれを望んでいない。私たちはこれでいい」
事実をありのままに告げたが、ヒューズはそれで引き下がるような男ではない。
「俺はな、ロイ。俺の価値観をお前に押しつける気はねえよ。愛の形って奴はいろいろだ。どんな関係があったっていいと思う。だけどよ、他ならぬお前自身がそれで納得してねえんだろう? お前はちゃんと形にしたいんだよな?」
「……どうしてお前はいつもいつも私の本心を見抜いてしまうんだろうな」
そんな人物はこの世にはもう一人しかいない。その一人には、この本心だけは何としてでも悟らせないようにしていたが。……この男の目は欺けなかったようだ。
「ああ、そうだよ。彼女が望んでなかろうが、関係ない。……私は彼女に女性としての幸せを与えてやりたい。他ならぬ私の手で」
「……そうか。じゃあ、その気持ち素直に伝えてみろよ。まあ、お前さん達にもいろいろあるだろうけどよ、それこそ二人の愛の力で乗り越えるってことで」
「はは、愛、か。お前が言うと嘘くさいな」
「しっつれいだな! こんな愛に溢れた男、他にいねえよ?」
がっとヒューズが私の肩に手を回して、抱き込んでくる。それから、飲め飲めとまた酒を注いだ。すすめられるままに私は杯をあおった。
酒はそれほど強くない。強くないから、それほど好きでもない。だが……ヒューズはこうして私をいつも酔わせていた。
酒が時に人の心の蓋を開け、本音を素直に晒すのに一役買うことをこの男は知っていたのだ。いつだってこいつは私にグチを吐き出させて、そうやって私の心を解放してくれた。
ああ、そうだな。と私は実感する。
酒はそれほど好きではないが、親友と飲む酒は何故かいつでも美味かった。親友と酒を飲む時間は愉快で楽しかったのだ。その証拠に今胃に流し込んでいる酒もとても美味だ。この時間が永遠に続けばいいと思ってしまうほどに。
だが。
「おっと、そろそろやべえな。おい、ロイ、行くぞ!」
「何?」
ヒューズは唐突に立ち上がると、私の腕を掴んだ。
「なんだ。まだいいじゃないか」
「ダメだ。列車が出ちまう!」
まだここで酒を楽しんでいたかった私は不満を持ってヒューズを見上げるが、奴は駄々をこねる私を諫めるように首を振った。
「乗るぞ!」
「お、おい!」
ヒューズに引っ張られて、私は店を出た。相変わらず暗い道をひたすら走って駅まで戻る。いつの間にか列車がホームに着いていた。
「待て、ヒューズ。せっかく会ったんだ。もう少し飲んでいこう」
ぐいぐいと背中を押して列車に乗せようとするヒューズに抵抗して、私は奴を振り返った。ヒューズの顔はやけに青白かった。その背後には暗い暗い闇が見える。
「ダメだ。帰るんだ。……お前には待っている人がいるだろうが」
いつかと同じようなせりふを吐きながら、ヒューズが私の背中を更に強く押す。既に大事な女性をこの手に抱いていた私はそんな者などいない、とあの時と同じようには言えなかった。だがそれでも、せめてと言い募った。
「だったら、お前も一緒に帰るんだろう?」
「いや。俺は行けない。お前一人で行け」
「だが……」
「いいから黙って乗れ!!」
背中に強い衝撃。奴に蹴りつけられたのだと理解した時には既に列車に乗っていた。
「お、おい!」
「じゃあな、ロイ。もう少なくとも後50年は来るなよ。まあ何度来てもまた背中蹴りつけて追い返してやるけどな」
「こら、ヒューズ!!」
「苦情なら50年後に聞いてやるから。……それまで俺は酒でも飲んでずっとずっとここでのんびり待ってるよ。出来ればグレイシアとエリシアによろしく言っておいて欲しいが……まあ、忘れちまうから無理だな」
「ヒューズ!!」
列車が動き出す。声の限りに叫ぶがどんどんと奴の姿は遠ざかっていった。
なんだ、どういうことだ、妻と娘に何か言いたいなら自分で言え! ちゃんと全部説明しろ!! 
だが、声はもう届かず、そのまま私の意識は暗転する。
「元気でな~!」
というどこまでものんきな奴の声だけが耳に残っていた。





「泣いておられるのですか」
聞き覚えのある冷静な声が降ってきて、私は目を開いた。雨だと思っていた頬の滴りはどうやら自分の涙だったようだ。重たい腕を動かして拭おうとしたがそれより先に暖かな優しい指がそれを拭った。
「そのようだな」
「……泣きたいのは私の方ですのに」
「その割には泣いて無いんだな」
「いつでも毅然としていろとおっしゃったのは貴方ですよ。……それに涙なんてもう枯れ果てましたから」
言われて私はここに、この病院のベッドで横たわるはめになった経緯を全て思い出していた。
私は復興途中のイシュヴァール視察中に、テロに合ったのだ。そして、生死の境をさまよっていた……ようだ。最後に泣きそうな顔で私の名を呼ぶ彼女――リザの顔が脳裏に蘇ってくる。
「状況は? 知られてはいないだろうな?」
記憶が戻った瞬間に私は端的に尋ねた。それと同時に上半身を起こすとすかさずリザが支えてくれる。そして、彼女はすぐに副官の顔で報告してきた。
「犯人は速やかに確保いたしました。他ならぬイシュヴァールの人々が協力してくれたのです。……准将の負傷は伏せております。マスコミにも漏れてはおりません」
「そうか。よくやった」
手放しの賞賛の言葉を告げる。最悪の事態は避けられたようだ。イシュヴァールとの関係は最良では無いが今の所最悪ではない。それならいい。
「……意外ですね」
「何がだ」
「もう少し、気落ちされているものと思いましたが」
復興に尽力しているイシュヴァールの地でのテロ。まだまだ道は険しいと実感し私が落ち込むかもしれないとリザは心配していたようだ。
確かに、このテロは私の意気を挫くには十分な威力を持っていた。許されない罪の重さを再認識させられたのだ。
だが、今の私にはまったく焦りは無かった。死にかけてまだ目覚めたばかりだと言うのに。

――まあ、気長にやろう。

心には余裕がある。不思議とそういう心持ちになれていた。
「そんな暇はないさ」
これくらいでへこたれるようでは先が知れている。覚悟は既に完了しているのだ。
「先はまだまだ長いんだからな。だから、私はまた死にぞこなったのだろう。……心配をかけたな」
あくまでも冷静な顔を崩していない副官に声をかければ、彼女はそこで初めて表情を緩めた。彼女の自己申告によれば私が目覚めるまでの間、さぞ心労をかけたのだと思う。泣かせるのは本意ではないが、おそらくまたひどく泣かせてしまったに違いない。だが、リザはゆっくりと首を振って私の言葉を否定した。
「いいえ、大丈夫です。……信じておりましたから」
「私を?」
「はい。貴方がなすべき事と背負った責任を放り出すはずがない。何より私を置いて逝ってしまうはずがないと」
「……熱烈だね」
過剰とも言える彼女からの信頼は私にとっては心地の良いものだ。滑稽だが、未だに自分が他ならぬ彼女に必要とされる男であることを、私は誇らしく思った。
「うっ」
ところが気が緩んだその瞬間、忘れていた傷の痛みが復活して私の身体はひどく痛んだ。低く呻くと肺が圧迫されて咳こんでしまう。どうやらこの辺を負傷したようだ。
「目を覚まされたばかりなのです。あまりご無理をなさらぬよう……」
すぐに優しい手つきで彼女が背中をさすってくれて、何とか呼吸が落ち着く。すると。
「あら?」
「どうした?」
戸惑ったような声を上げたリザに、私は尋ねた。リザは私の背中を見て眉を寄せている。
「……いえ、背中に……足跡が……」
嫌だわこんな病院服を着せるなんて、不衛生な……とリザは不服そうに呟いている。それを聞きながら私は不意に笑い出したくなった。なんの足跡かなんてもちろん微塵も心当たりは無かったが、無性におかしかった。
「……なあ、リザ。君に話があるんだ」
「……何ですか。藪から棒に」
急にファーストネームで呼ばれた彼女は警戒するように私を見た。それでも私は怯まなかった。この長年培ってきた恋情と愛情を吐き出すのにこれ以上の機会はない。何故だがそのような逸る気持ちに今の私は突き動かされていた。これは生死の境をさまよった人間の本能なのだろうか。別の何かに後押しされたからなような気もしたが、それは私の中ではっきりと像を結ばない。
「うん、落ち着いたら一緒になろう」
「どうして、今、ここでそんなこと言うんですか……」
「……どうしてだろうな」
私が目覚めた時は泣かなかったくせに、リザは今泣き出しそうな顔をしている。それに私は非常に満足した。
「多分、誰かにさっさとしろって背中を蹴られたんだよ」
「……なんですか、それ」
「いいから」
私の体を支えている彼女を好都合とばかりに抱き寄せる。まだ全身に力が入らず強く抱くという訳にはいかなかったが、リザは抵抗しては来ず大人しく私の腕の中に収まった。
「返事は?」
「……言わなければ分かりませんか」
「いや、いいよ」
腕の中の女は既に涙声だ。それで彼女の気持ちを全てを察した私はリザの髪を優しく撫でた。ようやく曖昧だった私たちの男女の関係に明確な形と名称が加わる。
「愛しているよ、リザ」
ずっと言えずにいた言葉を彼女に贈って。私はその幸せを噛みしめるのだった。


どこかで誰かがお前やっとか、と呆れたように笑った気がしたが。その話の続きが出来るのはおそらく当分先のことだ。



END
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by netzeth | 2015-01-18 15:27 | Comments(2)
Commented by mimi at 2015-09-21 01:32 x
すごく良かったです!
何ていうか、心に残りました。
Commented by うめこ(管理人) at 2015-09-21 18:19 x
>mimi様

こんにちは♪コメントとっても嬉しいです(^^)
SSお読み頂きありがとうございます!
このヒューズさんのお話、私も気に入っておりますものでそのように言って頂けて大変嬉しいですヾ(*´∀`*)ノ
少しでもお楽しみ頂けたのならば幸いです☆