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by netzeth
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傷跡

「つっ……」
しまったと思った時は時既に遅く。指先に走ったぴりりとした鋭い痛みにリザは思わず小さな悲鳴を上げていた。慌てて確認すると案の定人差し指の腹がぱっくりと裂けている。うっすらと血が滲むのを目にして、リザは思わず舌打ちしたい気分になった。
指先の負傷はその傷の小ささに関わらずやっかいなのだ。まずどんな作業をするにも必ず使う部位であるし、神経が集まる指先は何をしても鋭く痛み集中力を殺ぐ。何より仕事への影響が心配だ。負傷したのがトリガーを引く指であることが悔やまれる。繊細な感覚を必要とするスナイパーにはあってはならぬことだ。改めて自分の不注意さをリザは呪った。
「どうした!?」
焦りを帯びた声が耳を打ち、振り返るとリビングでくつろいでいるはずの男が息を切らして立っていた。リザの悲鳴を聞きつけ駆けつけて来たのだろう。彼――ロイがリザに関して過剰に心配性なのは今までの経験上嫌というほど理解していた。故に悲鳴を上げてしまった迂闊な己をリザは悔やむ。
「……いえ。大丈夫です、大佐。お騒がせしました。ちょっと包丁が滑って指を切ってしまっただけで……」
「何? 見せてみろ」
彼に傷を見せないようにさり気なく後ろに手を持って行きながら、何でもないという風に首を振る。しかし、案の定ロイは顔色を変えてリザに詰め寄って来た。仕方なくリザは切ってしまった指を差し出した。
「たいしたことはありませんから……」
「何を言っている。血が出ている、早く消毒をして手当を……!」
手を強く掴みロイが焦った声で言うのを、リザはおおげさですと渋い顔で受け流した。リザには取り立てて騒ぐような傷には思えない。
「少し切っただけですし、こんなの日常茶飯事です」
「いや、ダメだ。すぐに適切な処置をするんだ」
「ですからっ、平気です!」
「平気なものかっ。傷跡が残ったらどうするんだ!」
「そんなの今更でしょう? 私の体に幾つ傷跡があると思っているんです。大佐が一番ご存じでしょうに」
背中の火傷跡を始め、軍人となってから今まで大小幾つもの傷をリザはその身に負ってきた。もちろんそれを後悔したことはない。その傷のどれもがロイを守り己の使命を全うして付いたものだと思えば、むしろ誇らしかった。だから今回のことだってそれに一つ小さな傷が加わったに過ぎない。大げさに騒ぎ立てることではないのだ。
だが、ロイは厳しい顔を崩さなかった。
「既に傷が無数にあるからと言って、傷が増えて良い訳ないだろう。そんなもの少ないに越したことはないんだ」
いつになく強い口調でロイが言い切る。そんな彼の剣幕にリザは少しだけ引っかかりを感じてしまった。いつもだったら気にもしないような些細なこと。だが、今はプライベート。恋人同士の時間だ。女としてのリザの純粋なロイへの想いがその言葉を言わせた。
「……やっぱり傷のある女はお嫌いですか?」
それは常にリザが感じている、劣等感だった。先ほども言ったとおりリザは傷を負ったことを後悔したことはない。この道を選んだのは自分であるし、他ならぬロイの為になるものならば傷跡だって喜んでリザはこの身に引き受ける。しかし、いざ仕事を離れるとどうしても気になってしまうのである。ロイの周囲には女を武器にした綺麗な女性達が大勢いる。その彼女達の傷一つ無い白い肌を見る度に、細くしなやかな手を見る度に、傷だらけの己の身体を省みてしまうのだ。
「まったく君は……」
はあっとため息を吐いて、ロイが頭をがりがりと掻いた。彼が苛立った時の仕草だ。あまりにも女々しい発言を呆れられたのか、とリザは不安に思う。しかし、リザの瞳を真っ正面から睨みつけてロイはきっぱりと言った。
「君の表面的な部分がいくら傷つこうとも、君の高潔で美しい魂が汚れることは一切無い。君が例え全身傷だらけだろうとも、その魂が君であるならば、私には何の問題もない」
まったく、なんてことを言うのだろう。
ロイの言葉の意味を噛みしめて、リザは頬が熱くなってしまうのを止められなかった。ある意味ストレートな愛の告白よりも熱烈でやっかいな告白だ。
「だがな。例え容れ物であろうとも、君の身体は君の一部であることは代わりはない。君だっていつも私に言っているじゃないか。身の回りの持ち物をもっと大事にしろってな」
普段の自分のお小言を引っ張り出されて、リザはとうとう降参した。それを言われてしまえば自分はぐうの音もでない。
「……分かりました。適切な処置をいたしますから」
「分かったならいい」
とうとう素直にロイの言いつけに従ったリザに、彼は満足そうに頷いた。そして、にやりと笑うとそれにな。と言葉を続ける。
「私は傷のある女は嫌いじゃないが、自分を大事にしない女は大嫌いだよ」
ずるい。そんなことを言われては、この先リザはおいおい簡単に包丁も握れないではないか。
「さ、まずは消毒だな」
憮然とするリザを後目に、ロイは上機嫌にリザの手を引く。そうして、リザが止める間もなく、負傷した指を口に含みぺろりと舐めてしまった。
「なっ……」
ふざけているのかと抗議の声を上げようとしたリザだが、男のどこまでも真剣な顔を見て言葉は喉の奥に引っ込んでしまう。
ロイはどこまでも本気である。本気でリザの指を舐めて消毒しているのだ。
やっかいなのはこの傷でも何でもなく、この男かもしれない。と自らの心に傷よりも深く刻み込まれた存在に対して、リザは諦めのため息を吐いたのであった。




END
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by netzeth | 2015-02-07 19:47 | Comments(0)