うめ屋


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by netzeth
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恋人は錬金術

「マスタングさんはヒドいです!」
 玄関先で放った私の言葉に、彼――マスタングさんはポカンと口を開けた。そんな顔をするととっても幼く見えて、彼がこれで私よりも4つも年上だなんて思えない。
「ど、どうしたんだい? リザ。俺、何かした?」
 困惑した様子のマスタングさんは、困ったように眉を下げている。そうするとますます年相応には見えなくて。まるで小さな男の子が途方に暮れている様。
 この顔に私はすこぶる弱い。
 私がせっかく淹れて差し上げた紅茶をお勉強の片手間に飲んで万年筆(ペン先の方)でカップをかき混ぜ台無しにした時も(もちろん全部飲んで貰いました。お残しは許しません)錬金術の構築式が思いついたからってお部屋の床いっぱいに書き付けた時も(モップをかけさせました)、私にパンツをお洗濯されるのが嫌だってベッドの下に隠していた時も(全部没収しました)、彼はこんな顔をしていた。
 その度に私はこの顔に絆されて、だらしないマスタングさんを許してしまって来たのだ。
 けれど。
 今日の私は違う。私はとても憤慨している。猛烈に怒っているのだ。もうそんな顔をしたって騙されてやらない。
「身に覚えはありませんか」
 もう忘れてしまったというのだろうか、この人は。私は薄情なマスタングさんにとても呆れた。そして、私はつい先ほどの出来事を思い出す。


 学校の帰り道、お買い物をするために街へと寄った時のこと。
 値切りに値切ってとってもお安く手に入れたリンゴで、マスタングさんにアップルパイを作ってあげようかなって考えながら歩いていた私は、その当人を目撃した。大きな荷物を持っていたので、彼はちょうど実家からの帰りだったようだ。
 ちょうど良かったと私はすぐに彼に駆け寄ろうとした。戦利品であるリンゴを彼に見せたかったのだ。だが、私の足はすぐに止まってしまう。マスタングさんが一人では無かったから。
「好きなんです! 私とお付き合いを考えてくれませんか!」
 彼の前には女の子が立っていた。彼女はなんとマスタングさんに告白を行っていた。私は慌てて身を建物の陰に身を潜めて彼らを伺う。私はその女の子の顔を知っていたからだ。どうやら彼女は私の同級生のようだった。
「お願いします……!」
 必死な表情で彼女はマスタングさんに訴えている。対してマスタングさんが頭を掻くのが見えた。私からは彼の背中しか見えないのでその表情までは分からない。嬉しそうにしているのか、それとも照れているのか。私はどうしてかとてもマスタングさんの反応が気になって仕方がなかった。
「悪いけど……今はそういうのは、ちょっと……ごめん」
 やがてマスタングさんは、決まり悪げに彼女に返答をした。
「ど、どうしてですか!? あの、他に好きな子がいるんですか?……はっきり言ってください!」
 詰め寄る私の同級生に、マスタングさんはゆっくりと頷いた。
 それまで息を呑んでその様子を見つめていた私は、その瞬間大きく動揺してしまった。だってそうでしょう。朝から晩まで父と部屋に籠もって錬金術のお勉強をしている彼に、そんな相手が居るなんて驚きだ。しかし、相手は一体どんな女性だろうと訝る私の耳に飛び込んで来たのは、彼の次のような言葉だった。
「うん。ある意味そうだよ。……俺の恋人は……今は錬金術なんだ。だから、他のことは考えられない。ごめん」
 当然ながらショックを受けた同級生は、泣きながら走り去っていった。失恋したのだもの、当然よね。そんな彼女の姿を目撃してしまった私は、居てもたっても居られない気持ちになってしまった。
 そして。 
 一足早く戻った私は、マスタングさんがうちに来るのを待ちかまえていたという訳だ。


 玄関先で捕まえた彼は、紺色のダッフルコートを着た、白のVネックセーターにベージュのコーデュロイパンツという出で立ち。一見すると良い所のお坊ちゃんに見えてしまうのが、きっとあのような哀れな恋の犠牲者を生む結果になったのだと思う。
「無いなあ……」
 私に睨み付けられて弱った顔をしながらも、マスタングさんは首を捻っている。本当に薄情な人だ。あんなフられ方したあの同級生の女の子は、きっとずっとずっとマスタングさんのことを忘れられないだろうに。
「恋人は錬金術って言ったことです!」
 我慢出来なくなってズバリ指摘してやれば、マスタングさんは顔色を変えた。
「え、それって……リザ、もしかして、見てたの?」
「た、たまたまっ、通りがかっただけです! あんな往来で話し込んでたら目立つんですから! それよりもっ!」
 盗み聞きをしていた後ろめたさをマスタングさんへの怒りで無理矢理押さえつけて。
「あんなの、あの子が可愛そうです! マスタングさんはヒドいです!」
 私は彼を罵った。
 思えば私はあの女の子に同情していたのかもしれない。ろくに口をきいたこともない子だったが、学校の同級生であることには変わりないから。
「……錬金術が恋人ではいけないかい?」
「いけません。まだ、きちんとした人間の女性がお相手の方がマシだと思います」
 怒りに任せて、私はマスタングさんに思いの丈をぶちまける。
「どうして?」
「……それならば、戦いようがあるじゃありませんか」
 実体のある人間の女性が相手ならば。なら、その人よりももっと魅力的な自分になろうと努力すればいい。その人よりも自分を見て貰えるように頑張れるのだ。それなのに、相手が錬金術なんて曖昧なものがライバルだなんてヒドすぎる。同じ土俵に登れないばかりか、戦いにすらならないではないか。そんなのはとても悲しい。
 他人事であるのに、どうして私がこんなに嫌な気分にならねばならないのだろう。それに余計に腹が立つ。全部全部マスタングさんが悪い。
「う~ん……そうか、分かったよ」   
 彼は睨みつける私の顔を見つめながら、あっさりと納得したようだった。
「じゃあ今度からは、ちゃんと人間の女性の好きな子がいるからって断るから」  
「え……」
 その答えを望んでいたはずなのに、私は突然の展開に付いていけない。
 ……マスタングさん、やっぱりそういう相手がいたの? 
 胸が痛んで仕方がなかったけれど。すぐに彼が言葉を続けて私はそれどころではなくなった。 
「もともと最初はあの子にそう答えようと思っていたんだ。だけど、角が立つといけないと思ったから、ああ答えたんだよ。でも、戦うの上等だって言うなら、話は早い」
「え? え? え?」
 一体どういうことなのか分からない。混乱している私にマスタングさんはにっこりと少し意地悪く笑った。 
「……今度からは、リザ・ホークアイっていう女の子が好きだからつき合えないってはっきり言うよ」
「ま、マスタングさん!」
「……頑張って戦ってくれよな?」
 にこにこと笑みを浮かべて言うマスタングさんは、本当に意地が悪い。絶対に私をからかっているだけに決まっている。でも、何故か先ほどまでの胸の痛みは消えていて、もやもやした嫌な気分もすっかり晴れていた。
「わ、私、困ります!!」
「はははははっ……」
 愉快そうに笑うマスタングさんがとても憎らしくて。私は今夜のお夕食は彼の嫌いなピーマンフルコースにすると心に決めたのだった。


END
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そのうち恋人は錬金術師になるリザたん



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by netzeth | 2015-03-04 01:12 | Comments(0)