うめ屋


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by netzeth
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SS詰め合わせ4

◆彼女と彼とコーヒーと◆

マスタングさんが全部悪いんだ。
頭からシーツを深く被り、リザは自室のベッドの中で時計の針の音を聞いていた。
現在午前1時前。普段のリザならばとっくに寝入っているはずの時刻である。しかし、今夜に限ってはちっとも眠気が訪れない。早く寝なければ明日の朝起きられない。そんな焦りからリザはひたすら目を瞑り寝るための努力をする。
だが、寝よう寝ようと意識すればするほどリザは眠りから遠ざかっていくようだった。
やっぱりマスタングさんが全部いけないのよ。
やり場のない怒りをリザは脳裏に思い浮かんできた少年に再びぶつけた。
マスタングさんと言うのは錬金術師であるリザの父親のお弟子さんであり、最近この家に出入りするようになった少年だ。
明るく礼儀正しく親しげに接してくれる彼を、実はリザも内心好ましく思っている。ことの始まりは彼がリザにある頼みごとをしてきたことだった。


「コーヒー?」
「うん。頼めないかな?」
ある夜、いつもの様に紅茶を淹れて持って行こうとしていたリザの元にやってきた彼はコーヒーが欲しいと頼んできた。
「マスタングさんはコーヒーがお好きだったのですか?」
「いや、好きというか……リザの淹れてくれるお茶もとても美味しいんだけど、夜勉強するときは眠気覚ましにパンチが欲しいんだ」
「眠気覚まし?」
「ああ。コーヒーにはカフェインが含まれているからね。カフェインには興奮作用があるし……もちろん、お茶にも入っているけど、俺にとってはコーヒーの方が眠気覚ましにはいいんだ」
「でも……ごめんなさい。マスタングさん。うちにはコーヒーは置いていないんです」
コーヒーはそのほとんどが南国からの輸入品だ。国産のお茶よりも関税がかかって値が張る。故に家計が火の車なホークアイ家には常備はされていない。申し訳ない気分で謝るリザにロイは首を振ってにっこり笑った。
「大丈夫。コーヒーなら持参して来たから。お湯を注ぐだけでいい奴だから」
「これがコーヒー……ですか?」
ロイが取り出した瓶をリザは興味深げに眺めた。
「うん。インスタントコーヒーだけどね」
飲んでみる? と尋ねられてリザは一瞬躊躇する。リザ自身紅茶が好きなことも手伝ってコーヒーは飲んだことがなかったからだ。だが、好奇心が不安よりも上回って結局はこくりと頷いた。
「これでいいんですか?」
「ああ」
ロイに言われるまま湯を沸かし、マグカップを二つ用意する。ロイがスプーンで瓶からコーヒーを入れてくれ、すかさずリザが湯を注いだ。コーヒーの色は慣れ親しんでいる紅茶の色に比べると、とても深い色だ。まるでロイの瞳のように。何とも言えない香ばしい香りが辺りに立ちこめる。
「……いい匂いですね」
「さ、リザ。飲んでみて」
促されてリザはマグカップを口に運んだ。こんなに良い匂いなのだからきっと素敵な味がするに違いない、リザはそう信じて疑わなかった。
だがしかし。
「んっ……にがっ…い」
結果的にその味に驚かされることになってしまう。コーヒーはたいそう苦く飲みにくいものだった。リザは思わず舌を出し、顔を歪める。すぐそばでロイが笑う気配がした。
「はははっ、いきなりブラックは早すぎたかな? ミルクと砂糖を入れれば飲みやすくなるよ」
だがそう言うロイ自身は平気な顔をして、ブラックコーヒーを飲んでいる。リザはなんだかとても悔しくなった。甘くしないとコーヒーも飲めないなんて、子供だとバカにされたような気がしてしまったのだ。
「大丈夫です! 美味しいですっ、ちゃんと全部飲めます!!」
意地を張ったリザは、一気に手にしたカップの中身を飲み込んだ。口の中に強い苦みを感じたが我慢する。あまりの苦さに瞳にちょっぴり涙がにじんでしまったけれど、ロイには気づかれないように隠した。
「リ、リザ……無理しない方が……」
「大丈夫です!」
強がりで心配そうなロイを黙らせる。
――その時はこれで大人の仲間入りだとリザはたいそういい気分だったのだが。
夜に子供が濃いブラックコーヒーを飲めばどういう事になるのか、それは自明のことであったのであって。
リザはその日、眠れぬ夜を過ごすはめになったのである。


いつまで経っても訪れぬ眠りに業を煮やしたリザは、結局開き直ることにした。
眠れないならば起きていればいい。
そう心を決めると少し気分が軽くなる。無理して寝ようとするよりも自然と眠くなるまで待てばいいのだ。
だが早速ベッドから起き出したはいいが、リザはそこではたと困った。
することがない。
本を読もうにも編みかけの編み物をしようにも、明かりが必要だ。だが、夜に無駄に油を消費することは家計的に厳しい。かといって暗闇で出来ることなどない。どうしようかと悩むことしばし、リザはすぐに解決策を見出し、部屋を出ることにする。
――今回の元凶とも言える人物に責任をとってもらうことにしたのだ。
部屋を出て向かったのは、ロイが使っている部屋だ。きっと彼は今夜も遅くまで勉強をしているに違いない。当然明かりも点けているだろうし、そこならば油を無駄に使うこともないだろう。
音を立てないように階段を上り、リザは彼の部屋の前まで来る。軽くノックをしても返事がない。もしかしてもう寝てしまったのだろうかと少し不安になりながらも、リザは扉を開けた。
少女が見たのは、オレンジ色のランプの明かりが部屋を照らし、少年の黒い影が壁に映っている光景だった。ロイは集中しているらしく扉が開いたことにも気づいていないようだ。そーっとリザは部屋の中に入ると、机横のベッドへと腰掛けて、少年の横顔を伺った。彼は真剣な顔で一心不乱に何事かぶつぶつと呟きながらペンを走らせている。その様子はリザの父親ととてもよく似ていた。
「マスタングさんっ」
リザの父親も錬金術のこととなると、娘の声も耳に届かなくなる。それはリザにとって少し寂しいことだった。その寂しさを思い出してしまって、リザは思わず反射的にロイに呼びかけていた。
「リ、リザ? あれ?……いつの間に来たの?」
「ようやくお気づきになりました?」
呆れた顔で少年を見てやると、彼は目をまん丸くしてリザを見つめていた。
「どうしたの?」
「その……眠れなくて……」
ばつが悪い思いで告白すれば、ロイは案の定くすりと笑った。
「やっぱりコーヒーが効いたのかな」
「……マスタングさんが全部悪いんです。コーヒーを持って来るからっ。だから、責任もって私が眠くなるまで面倒を見てください」
「いいよ。じゃあ子守歌でも歌おうか?」
「私は子供じゃあありません!」
「コーヒーで眠れなくなるなんて十分子供だ思うよ」
「……マスタングさんのバカ。知りません」
やりこめられてリザはぷうっと頬を膨らませた。拗ねた表情でぷいっと顔を逸らせば、慌てたようにロイが言う。
「じゃ、じゃあどうしたらいいんだい?」
「別に。……私、ここに勝手に居ますからマスタングさんはお勉強を続けて下さい」
「それでいいの?」
「はい。……でも、時々話しかけたらお返事くらいして下さいね」
暗闇の中一人で起きて夜を過ごすくらいなら、ここでロイを見ている方がよほどマシだ。
「リザがそれで良いのなら……」
納得したのかロイは再び机に向き直り、勉強に集中し始めた。そんな彼をリザはじっと見つめる。オレンジ色の光に照らされてロイの顔には複雑な陰影が刻まれていた。いつもよりも引き締まって見えるその顔により強く視線を注ぐ。彼の顔ならば飽きずにずっと見ていられそうだった。しかし、すぐにロイはペンを放り投げて勉強を中断してしまう。
「う~ん、やっぱり集中しきれないよ」
「どうしてですか? さっきは私が見ていても大丈夫だったじゃないですか」
「さっきはリザが居るのに気づいていなかったからね。でも今はダメだ。見られるのって、結構落ち着かないんだよ」
「そうですか?」
「そうなんだよ。じゃあリザも試してみる?」
首を傾げるリザに、ロイがそう提案してくる。何をするのだろうかと不思議に思いつつも頷けば。
「そうか。じゃあリザ、こちらを見て」
言葉と同時に、ロイがリザを見つめてきた。淹れたてのコーヒーよりも深い色の瞳が、焼け付くような強い視線をリザに当ててくる。まるで心の奥底まで見透かされてしまいそうな、そんな視線。とうとう耐えきれずに、リザは瞳を逸らしてしまった。顔が赤くなっているのを自覚し、どうかロイに気づかれませんように、と願う。
「分かったろう?……誰かに見られるってとても恥ずかしいんだよ」
「……そうですね」
笑うロイにリザは同意したが、本音は違っていた。誰に見つめられたってリザは今まで動揺なんてしたことはない。周りからはあまり感情が表に出ない女の子だと普段から言われているのだ。
――こんな風になるのはきっと貴方だから。
その感情を何と呼ぶのか、リザにはまだ分からなかったけれど。
「じゃあ、いいです。見ているだけは止めにします。何かお話しますからマスタングさんは適当にお返事をしてて下さい」
「了解」
おどけたように親指を上げて、にっこりと笑うロイを見ているだけでリザは心臓の鼓動が落ち着かなくなる気がした。
きっとこれもコーヒーのカフェインのせいなんだ。
そう自分自身を納得させて、リザは長い夜をやり過ごすためにさて何から話そうかと思案する。
こうやって、誰かとおしゃべりする事だって以前のリザにとっては珍しいことだった。でも、ロイと出会ってからはリザの珍しいことは当たり前の日常にと変化していった。
これからはきっと、コーヒーをロイのために淹れるてやることも、そのコーヒーを一緒に飲んでまた眠れなくなることも、リザにとって当たり前の日常になっていくに違いない。
それはリザにとって、少しも嫌ではなかった。
「ご近所に住んでいる猫に子猫が生まれたんですよ。とっても可愛いんです」
「へえ……毛並みはどんななの?」
「黒と白の子と……茶色の毛の子と……」


少年と少女が語り明かして夜が更けていく。やがてしゃべり疲れて少女が眠りにつくと、少年はその体に毛布をかけてやったのだった。



◆マスク◆

イーストシティで流行し始めた流感が東方司令部にまで魔の手を伸ばしたのは、つい最近のこと。司令官付き副官として休むことなど出来ないリザは対策としてマスクを付けて出勤した。
「おはようございます」
そのまま上司の執務室に赴き、ごく普通に挨拶をする。珍しくリザよりも早く出勤していた上司は彼女の顔を見るなり眉を顰めた。
「何だね、そのマスクは。……風邪でも引いたのか?」
心配してくれているのだろうか。そう解釈してリザは説明する。
「いいえ、私は至って健康ですが。これは予防のためです」
「そうか。なら即刻とりたまえ、業務に差し支える」
「……了解いたしました」
リザの体調が万全だと理解した途端、厳しい声でロイは命じた。その剣幕に驚きながらも、リザは上司の顔の真剣さにこれはただ事ではないと素直に従いマスクを取る。ロイは意味も無い命令をするような男ではない。彼がマスクを仕事の邪魔だと判断したのならば、そうなのだろう。
「ところで大佐。……マスクで妨げられる動作とはどのようなことでしょうか」
納得はしたが今後のために、とリザはロイに確認を取る。
マスクをしていると声がこもったり表情が見えなかったりして、意志の疎通に問題が出る――そんな所だろうか。
「そんなの決まっている。君の美しい顔がほとんど見えないから私のモチベーションがただ下がりして書類処理のスピードが遅くなる!」
何故かえへんと胸を張って上司は非常に威張れないことをいう。
予想外過ぎるロイの主張にリザは唖然とした。
――それは業務に一切関係ない。
「それに」
だが、リザが抗議の言葉を紡ぐ前にロイが言葉を続けた。そして、素早く動く。その瞬間彼の顔がリザに寄せられ彼女の唇に暖かく柔らかな感触が落ちる。
「……こうやってすぐ君にキス出来ないだろう?」
「バカですか!!」
朝っぱらからどこまでもアホな上司を、リザは顔を赤らめつつ睨みつけるのだった。



◆マスタングの寝床◆

生活態度がだらしないことで私の中で定評がある貴方は、滅多にベッドで寝てくれない。最近部屋を訪れる度にフローリングの床の上で寝ているので、私はコンコンと説教をした所だ。床の上なんて硬くて体が休まらないし、体が冷えて風邪を引いてしまう。だが、次に部屋を訪れた時貴方はまた床の上で寝ていた。当然私はまたお説教をする。だがしかし。貴方は唇を尖らせてちょっとすねたように反論してきた。
「今日はラグの上だ。体はそんなに痛くならないぞ」
そういう問題ではない。
床からラグの上になったくらいでたいした違いはない。せめてもうちょっと上、ソファーの上くらいまで上がって欲しいと願ったけれど、床の上で錬金術の研究に没頭してしまうと、その少し上への移動でさえも失念してしまうものらしい。
それでも強く強く言いつけたので、次に部屋に行った時、貴方はようやくソファーの上まで上がってくれていた。それはそれで良かったのだが、そこまで上がったのならばベッドまで行けば良いのにと思ってしまう。床よりはマシだが、ソファーでは狭いし上にかけるものはないしで、やはりベッドの方がゆっくり休めるだろうと思うのだ。
しかし、それを指摘すると。
「う~ん確かに床やソファーは起きたとき体が痛くなるし少し眠りにくいな……だが、正直ベッドの上はもっと眠りにくいんだよなあ……」
と貴方は渋る。ベッドより床の方がマシって。じゃあ一体貴方はどこならぐっすり眠れると言うんですか。
「そうだなあ……君の上ならよく眠れる気がするぞ?」
私の疑問に満面の笑みで貴方はそう答えたから。
「永遠に眠らせて差し上げましょうか?」
ブローニングを構えて同じく私はニッコリと笑って差し上げた。


◆後ろ姿◆

やけに座り心地の良いソファーに落ちつきなく尻を乗っけながら、ロイは己の判断ミスを呪っていた。
綺麗に片づけられた部屋には機能的な調度が並んでいる。添えられたファブリックも彼女らしくモノトーンにまとめられていた。まるで女性らしさを極力そぎ落としたかのような部屋。しかし、どこか香しい匂いがする。アロマを焚いているという訳でもないだろうから、おそらくこれは部屋に染み着いた彼女自身の香りなのだろう。
そんなことを考えているとロイはついつい視線をまた、そちらへと向けてしまう。途端に目に入って来たのはまろやかな曲線を描くリザの後ろ姿だった。
食事を共にし、渋る彼女を自宅まで送り届けた。それからお茶でも……と誘いを受けて軽い気持ちでお邪魔したのがついさっきのこと。
適当に座っていて下さいと言い置いてリザはキッチンへと向かってしまった。そこで彼女は先ほどから茶の準備をしているのであるが。
こちらに背を向けて立つその後ろ姿は、ロイの居るリビングからばっちりはっきりと見えてしまう。背を向けて立つリザの姿は、ロイには珍しい光景だった。いつも背中を預けているのはロイの方だ。彼女は常に斜め後ろに付き従う、ロイの忠実な部下だ。文字通り命をかけてロイを守ってくれている。いついかなる時も、厳格にただひたすらストイックに。
そんな彼女が無防備にロイに背を向けている事実が、これほどロイを煽るとは彼自身思ってもみなかった。これは信頼の証か。自分は安心な男だと思われているのか、それとも、隙を見せて誘っているのか。
思ったよりも小さな肩、くびれた細い腰、女性らしい柔らかなラインの尻。時折カチャカチャと茶器の音がする。それにあわせてリザが手を動かし、同時に体が微かに揺れた。
あの細腰に己の腕を巻き付け、剥き出しのうなじにキスしたい――油断すると欲望がとぐろを巻いて舌を出す。
やはり気心の知れた相手とはいえ、深夜の女性宅への招きは断るべきだったか……とまた後悔がこみ上げた。
「中佐? 中佐ー?」
思考の迷路を破ったのは、リザの声だ。彼女はキッチンからロイを振り返って呼びかけてくる。その顔は無邪気そのもの。
「もう夜も遅いのでミルクティーにしようと思うのですが……それとも、いつも通りストレートの方が? どちらがよろしいですか?」
いや、君がいい。
思わずそんなバカな返答が口を突いて出そうになって、ロイは慌てて引っ込めと欲望を押さえつける。手を出すのにはまだ早い。今はイシュヴァールで完膚無きまでに消え去った己への信頼を、ようやく再構築し始めた所なのだから。今は、上司と部下としての信頼関係を大事にするべきだ。
「……ミルクティーが良い。君が淹れてくれるのは昔から美味いから」
自身を支配する感情を冷静にコントロールし、ロイは落ち着けと己に命じた。不埒な想いを忘れ、何とか取り繕った笑顔を作る。
だが。
「……はい! すっごく美味しいの作りますね」
ぽっと頬を染めたリザが嬉しそうに笑ったのを見て、ロイの決意は一瞬で覆されてしまった。それは少女の頃とまったく変わらぬ可憐な姿。再び後ろ姿をロイに晒し茶を淹れ始めた彼女に、恨めしげな視線を送る。
――女性の後ろ姿というものは、時に凶悪だ。強烈に男の征服欲を煽るというのに、本人には自覚が無いのだから。
ピンと伸びた背筋から腰へと続くなだらかなラインは至高の芸術。きっとどんな計算式でもあのカーブを表現することなど出来ないだろう。あれを計るためには直接触れるしかないのだ。
だから、ロイはゆっくりと立ち上がったのだった。
あれに手を沿わせ、手に入れるために。


◆最大の欠点◆

「はあ……どこかにいい男いないかしら?」
「もう貴方はいつもそればっかりね、レベッカ。東方司令部にはいい男はいっぱい居ると思うけど? バボック少尉とかブレダ少尉とか……」
「そいつらは確かにいい男って言えばいい男だけど!……金持ってないからイヤ」
「お金がある男の人がいいの?」
「あったり前でしょ! 男は甲斐性がある方がいいに決まってる!」
「あ、それならぴったりの人がいるわ」
「マジ? 誰々??」
「グラマン将軍」
「……リザぁ……あたしは金持ってればこの際誰でもいいとは言ってないわよぉ」
「あら、グラマン将軍はお金持ってるだけじゃないわ。知識は豊富で人生経験豊かだし統率力もカリスマ性もあるし」
「いくら愛に年は関係無いからって親子以上の年の差は流石にアウトよ。って、そもそも! グラマン将軍は既婚者でしょーが。……リザ、あんたあたしをからかってる? レベッカおねーさんをからかうと高くつくわよぉ?」
「ふふふ、ごめんなさい。じゃあお詫びに真面目に考えるから。……そうね、お金を持ってる以外にレベッカが異性に求める条件は何?」
「そりゃあ、とりあえず見てくれがいいのは絶対よね。背はあたしより高いのがいいわ。あとバカはイヤよ。女に気の利いたこと一つくらいは言えないとね。社会的地位が高いに越したことは無いけど、偉ぶってる男は嫌いよ。ハクロのおじさんみたいなのはダメね。性格は優しいければ何よりだけど、それだけもどうかと思うわ。優しいだけの男は決断力がないもの。そうね、優しさと厳しさを合わせ持つ男が理想ね。あ、あと言わなくても分かると思うけど、年は近い方が良いしもちろんフリーの男だからね!」
「……ずいぶん厳しいのね。そんな条件に当てはまる人なんて、司令部に居るかし……居たわね」
「本当!?」
「ええ。……マスタング大佐」 
「……彼はダメ」
「えっ、どうして? 贔屓目無しに客観的に評価して、大佐は貴方の言う条件を全てクリアしてると思うけど?」
「まあね。確かにマスタング大佐はさ、見かけもいいし、背もあたしより高いし、女性に対して気が利くし、国家錬金術師で金持ってるし、だけど偉ぶらないし、基本の性格は優しくて甘いけど締めるとこはきっちり締めるし、年も近いけどさ」
「なら、貴女の理想じゃないの?」
「そうよ。理想なのよ。……これで、あんたにベタ惚れじゃなければねーー」
「な、何を言うのよ、レベッカ! そ、そんな訳ないでしょう!?」
「ほらね、肝心の本命がこれだから。大佐も大変よね……」



◆逆関白宣言◆


ある意味悲願であった年下の副官へのプロポーズを成功させた男は浮かれていた。大総統にもなったし、ファーストレディも手に入れた。正に順風満帆である。ところがある日、永遠の伴侶となる女性が真剣な顔で申し出て来た。
「閣下」
「なんだい?」
「結婚するに当たり、事前に取り決めを行いたいのですが」
「ああ、ちょうど良かった。私もそのことについて君ときちんと話をしなければと思っていたんだ」
結婚とは人生の一大事である。計画性も無くいざ始めて上手くいきませんでした、では通らない。従ってアメストリスでは結婚前に男女の間で、あらかじめ結婚後の生活に関しての取り決めを行うのが一般的であった。いわゆる婚前契約である。
「私はいい夫になるよ。君に苦労はさせない」
男は副官を溺愛している。従って妻にしたからと言って、亭主づらして彼女をこき使うことを良しとしなかった。どこかの国では亭主関白――なんて言葉もあるらしいが、自分は絶対にそんな夫にはならないぞ、と男は確信出来た。
「そうですが。それは楽しみです。では私から、お話させて頂いてよろしいでしょうか?」
「ああ、もちろん。聞こうか。全面的に君の希望に沿うようにするから」
掃除、洗濯、食事の用意。全て苦手だが、何でも来い。幸せな夫婦生活を手に入れるために、男は何でもするつもりであった。
「それは嬉しいですね。では申し上げます。私より後に寝ないで下さい。私より先に起きないで下さい。食事は私が作ります。貴方は作る必要ありません。私の前ではダラシナくて結構です。私に至らぬ所がありましたら遠慮なく叱責して下さい。私は浮気は絶対いたしません。貴方はどうぞ。男ですものね、覚悟はしております」
「ちょ、ちょっと待った!!」
「……閣下。何故涙目なのですか? そんなにこの条件は厳しいでしょうか」
「厳しいよ! 全面的に君に!! 何その逆関白宣言! 浮気前提ってどんだけ私はヒドい夫だ!?」
「……結婚するからには、これくらい妻として当然かと」
「ダメっ、絶対ダメだ! 私は結婚したら君をうんと甘やかすって決めたんだ!」
せっかく良い夫になろうとはりきっていたのに。愛しい女の提案は逆に自分をダメ夫にしようとしているとしか思えないもので。男はままならぬ世の無常を嘆いた。女は男の剣幕に戸惑ったように、眉を寄せている。
「ですが……」
「ですがも何もない! ダメだからなっ、そんな完璧に男を立てる妻、今時流行らないぞ! ちょっと朝寝坊しちゃって朝食をつくり損ねちゃった☆ 私ってダメな奥さん☆ でも夫君が作ってくれたのラブラブ☆ くらいでちょうどいいんだ」
男の妄想爆発な夫婦生活に女の眉間がますます寄った。
「私はそんなダメな妻には絶対になりませんが……」
「……分からんか? 少しは隙を見せろという話だ。夫婦になったら上司部下ではないんだ。弱みを見せてもいいんだよ、リザ」
「……では。お言葉に甘えて一つだけ。甘えさせて下さい」
「よしよし、何だ!?」
朝食の準備とゴミ出しは夫の担当か? それとも洗濯は当番制か? 何でも受け入れてやろうじゃないか。男は張り切った。そんな男をじっと見つめながら、あまり表情を変えない女が、この時だけは切なげに瞳を揺らしてこう願った。
「……私よりも先に死なないで下さい」
「…………うん、それは……努力しよう。でも、約束は出来ない。私も君を失う気持ちを味わいたくないから」
結局。
男がこの時行った婚前契約は、これだけだった。




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by netzeth | 2015-03-10 00:45 | Comments(0)