うめ屋


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彼女はエリザベス 

◆その1◆

もうあれがいつ頃のことだったか定かじゃないが、一つだけ覚えているのは確か俺に彼女が出来てたいそう浮かれていた時のことだ。
浮かれすぎた俺は司令部でも誰彼かまわずに俺の彼女がいかに可愛いかを語って回っていた。
だいたいの奴らは今のこいつには何を言っても無駄だという顔をして、俺の話を右から左に聞き流していたようだ。
だが、その時最後に話しかけた人物だけは意外にも真面目に俺の話を聞いてくれた。

「いやーやっぱ彼女がいるっていいッスよー。人生が明るくなるっていうか……」
「そうか。良かったじゃないか、ハボック。私はお前の連敗報告ばかり聞いて心配していた所だ。私の部下はそんなにモテないのかと。安心したぞ」
裏の無い笑顔で祝福されて、俺はいい気分になった。何しろ彼――マスタング中佐は東方司令部、いや、イーストシティにおいても有名なプレイボーイだからだ。何となく中佐よりも上に立てたようで、俺は得意げにまくしたてた。
「中佐もふらふら遊んでないでちゃんとした彼女を作るべきですよ!」

彼のゴシップはシティのタブロイド紙を賑わせる格好のネタである。
そんな男に上から発言出来るのは彼女持ちの特権て奴だ。しかし、中佐は片眉を上げて心外そうな顔で俺に反論してきた。
「……彼女ならいるが」
「へ!?」
驚く俺に、中佐はさも当然と言った顔で淡々と告げてくる。
「そんなに驚くことか」
「驚きますよ」
毎日違う名前の女とデートだと出かけている男が、彼女持ち。これを驚くなという方が無理だ。
そうなると俄然俺はその中佐の彼女とやらに興味が沸いてきた。だってそうだろ。つまりその彼女は、毎日他の女とデートしている男を許す女神様のような寛大な心の持ち主ってことになる。
「……彼女さんどんな人ッスか?」
「うん?」

興味津々と言った俺に、中佐はちらりと一瞥をくれた。それから少し考えるそぶりを見せる。
俺に恋人の話をするかどうか迷っているのだろう。だが、俺だって引くつもりは無かった。
あの女お遊びの激しい中佐の彼女――なんて天然記念物並に珍しい存在の情報を聞き逃す手は無い。
「知りたいか?」
「ぜひ! 知りたいッス!」
勢い込んで頷く俺に、中佐はその男から見ても魅力的な顔に苦笑を浮かべた。仕方がないなあ話してやるかみたいな顔だ。
「彼女はな」
中佐はふわりと笑う。
「……私にはもったいないくらい素晴らしい人だよ」
「ほえぇ……」
顔は可愛いのか、スタイルはいいのか、性格は、料理は上手か。もっとそういう具体的な情報を俺は聞き出したかったのではあるが。思わぬ中佐の表情に、俺は言葉を失ってしまいバカみたいに呆けてしまった。
だって反則だろ、笑顔と言ったら胡散臭いのか皮肉げなのか不敵なのか、そんな笑い方しかしない男がこんなに柔らかに幸せそうに笑うなんて。俺の中で野次馬根性が急激に萎んでいく。
他のどんな情報よりも、中佐のこの表情が何よりも彼女のことを物語っている気がした。これ以上の詮索は野暮ってもんである。

「彼女さんのこと、大事なんスね……」
しみじみと言えば、照れる様子も見せず中佐がああと同意する。そのあまりに幸せな様子に俺は少し悔しくなる。せっかく彼女が出来て中佐に自慢していたのは俺のはずなのに、これでは立場が逆だ。だからせめて、と俺は先ほどの誓いを破り中佐に尋ねた。これくらいの情報の収穫はあっても良いはずだ。
「ちなみに彼女さんの名前、何て言うんです?」
「…………エリザベスだ」
長いの沈黙の後に中佐はそう答えた。何故答えるのを躊躇したのか、俺はそれが俺に対する中佐の信頼度の現れだと理解していた。もちろん俺は尊敬する上官を安いゴシップ紙の記者に売り渡したりはしない。出来ればいつか、間髪入れずに答えて貰えるような仲になりたいものだ――まだまだ新米士官だったこの時の俺はそんなことを考えていたのだった。


◆その2◆

体力には自信はあるが、さすがに真冬の早朝となると体に応える。だが、仕事となるとそんな甘えたことも言ってられない。
眠い目を擦りながら俺は上司の家の玄関前に立った。マスタング中佐の家は高級フラットの二階だ。安月給の俺なんかとは比べものにならないような部屋の扉をノックする。
「中佐ー! 迎えに来ましたよー!」

一応ご近所に配慮して抑えめに中佐を呼ぶ。だが、何の反応もない。
しばらく待ってみたが、部屋の中で人が動く気配が感じられなかったので、俺は仕方無く懐から預かっていた鍵を取り出した。もちろん、中佐の部屋の鍵だ。これで中に入って構わないから寝ている自分を起こせと中佐には命じられている。
そんなだらしない上官から借り受けているそれにどうやら活躍の機会が訪れたようだ。何しろ中佐は本日からセントラルへの出張なのである。会議があるので今日は朝一番のセントラル行きの汽車に乗らねばならないと聞いた。遅刻は許されない。

「開けますよー」
誰とも無く呟きながら、扉の施錠を解除した。時間が迫っているので躊躇無く玄関先に踏み込む。このまま寝室まで直行して中佐を叩き起こした方が良いだろうか。そう作戦を練るが何となくこの時の俺は勘が働いた。それはヤバいんじゃないかという、野生の勘って奴だ。だからその前に、ともう一度だけ声を張り上げた。
「中佐!! ハボックです!! 迎えに来ましたけどー!!」

冷えた空気の中、がらんとした中佐の部屋に俺の声はやけに大きく響く。反応はすぐに現れた。部屋の奥の方からドタンバタンと物音がし出し、それと共に焦りを帯びた男の声が聞こえ始めたのだ。
もうそんな時間っとか、まずいっ、とか、寝過ぎたっとか。
まあ、それはいい。問題はそれに答える女の声があったことだ。
こちらは中佐の声ほどはっきりとは聞こえなかったが、途切れ途切れに聞こえるその声は昨夜の男の所行に怒っているようだった。曰く、貴方がはりきり過ぎたのがいけないと。
あー寝室まで行かなくて良かった、と俺は安堵していた。
昨夜の中佐は彼女とお泊まりデートだったようだ。さしずめ出張前に恋人との甘い逢瀬を楽しんでおこうと言った所か。

「ハボック! すぐに行く!! お前はそこに待機だ!」
中佐の怒鳴り声が聞こえる。言われずともここを動く気は俺には無かった。中佐の彼女には興味がそそられたが、そのあられもない姿を見ようと思うほど俺は不躾じゃない。それに、そんなことをしようもんなら中佐に灰にされそうだしな。
「何で目覚ましが鳴らないんだ!?」
「貴方がセットする暇も与えてくれなかったんでしょう!」
言い合いを続ける男女の声を居心地の悪い気分で聞きながら、俺は玄関に直立不動で立つ。二人は喧嘩をしているようだが、俺にはイチャついているようにしか聞こえない甘い会話に思えた。
それにしても、さっきから聞こえる女の声。この声に俺は聞き覚えがある気がしてならないのだが。脳裏を探っていると、

「待たせたな」
ようやく中佐が姿を見せた。廊下の扉から現れた中佐は既に軍服姿だ。彼が俺の方に向かって一歩を踏み出そうとした、その時。
「お待ちを、御髪が……」
女の声に中佐が振り向く。同時に扉からするりと白く細い腕が伸びて、彼の髪に触れた。剥き出しの白い腕は何とも艶めかしく昨夜の情事を物語っている。手は中佐の髪を優しく撫でつけて、彼の寝癖を整えていった。それは端から見ていても愛情の溢れる何とも言えない甘い仕草だった。愛おしむように中佐に触れたその手は、髪から降りて最後に中佐の襟元を正すと離れていく。すると、中佐は離れていこうとする手を掴みとめ、すっと顔を扉の向こうへと寄せた。
――何をしたか見えなくとも分かる。
扉の向こうで女が抗議の声を上げたようだが、それは中佐の笑い声にかき消されて聞こえなかった。彼は何とも上機嫌な顔で今度こそようやく俺の元へと歩み寄って来る。

「待たせたな」
「本当に待ちましたよ。もうギリギリですからね」
「分かっている」
鼻歌でも歌い出しそうなその顔が憎らしくて、俺はちくりと嫌みを言ってやる。
「その緩んだ顔、セントラルに着く前に何とかして下さいよ」
「分かっている」
だが、そう言う中佐の顔はだらしなく緩みきっておりますます俺はげんなりとしたのだった。


◆その3◆

「入電! サムソン通り沿いイーストバンクにて強盗事件が発生! 現在犯人グループは車にてシティ西方面に逃走中!!」
東方司令部の平和な夜が破られたのは時計が二〇:〇〇をきっかり指した時刻だった。
自分が夜勤の日に物騒な事件が起きてしまった不運を呪いながらも、俺は装備を整え部隊を率い現場に急行した。
既に市内に配置されている憲兵隊の詰め所に逃走経路の道路封鎖は命じてある。だが、犯人グループは複数の銃を所持しているとの報告も上がっている、憲兵の装備で相手をするのは少々荷が過ぎるかもしれない。奴らがシティを出るのだけは阻止せねばならなかった。

そんな焦りを帯びた思いで現場に向かった俺が目にしたのは、あっさりと事件が解決していた光景だった。
もちろん、犠牲者も無く事件が無事に解決したのならばそれに越したことはない。だが、意気込んでいた分なんとなく肩すかしをくった気分で俺は現場を見渡した。
犯人達が逃走に使っていたらしい車が、繁華街の通りの真ん中で盛大に横倒しになっている。よく見ると前輪のタイヤが破裂しているのが見て取れた。そして車の周囲には合計4人の犯人と思しき黒い物体。彼らはそれこそ生きているのが不思議なくらいに皆こんがりと焦げていた。部下達が拘束している彼らを目に焼き付けてから、俺は最後に近くに立っている見慣れた二人に視線を注ぐ。
「……勤務時間外にお疲れさまッス」
俺からの視線を受けて二人――マスタング大佐とホークアイ中尉はまったくだ、という顔で頷いた。二人とも軍服姿ではない。彼ら二人は本日早上がりと非番、本来ならばここに居ることは無い人間だ。
一応非常事態ということで、東方司令部の責任者である大佐とその副官である中尉には連絡を取れとはフュリーに命じておいたが、これほど早く二人が駆けつけるとは思ってもみなかった。

「なんか……二人ともボロボロっスね……」
俺は大佐と中尉の格好を見て、思わずそんな感想を呟いてしまった。大佐は瀟洒なダークカラーのスーツ姿、中尉は黒の見るからに高そうな布のドレスを身に纏っていた。だがせっかくこれからパーティーに赴くのかというようなめかし込んだその格好も、あちこち破れたり汚れたりと悲惨な有様になっていたのである。
「……ちょうどデート中に犯人達と出くわしてな」
深いため息を吐きながら、大佐は忌々しげに言った。その両手には発火布がはめられている。
「……ちょっと今夜は約束があって……」
同じくため息を吐きながら、ホークアイ中尉が何かを諦めた顔をして言った。その手にはデザートイーグルというゴツい銃が握られている。おそらく犯人の車の前輪を撃ち抜いたのは彼女だろう。
話を聞くと通り沿いのレストランで食事中に道路封鎖をする憲兵達の姿が見え、二人は犯人確保のために飛び出して来たようだ。その折り、抵抗する犯人達とやり合ったせいでボロボロなのだろう。
二人はそれぞれ無念そうな顔で立っている。楽しい食事の時間を中断させられたのだから、無理もない。
「お二人とも災難でしたね。ま、俺からしてみれば、迅速に事件が解決出来てありがたかったですが。……それにしても、お二人ともお互いにすごく近くで食事していたんッスね」

心中でこのある意味東方司令部最強の二人の恨みをぶつけられた犯人達に同情しつつ、俺は思いついたことを述べてみた。大佐のお相手はきっとあの彼女なのだろうが、さて、中尉のお相手は誰だったのだろうか。
すると、東方司令部最強コンビは目に見えて動揺した顔をした。
「そ、そうだな……た、たまたま、だ」
「そ、そうね……た、たまたま、よ」
珍しく焦る大佐と中尉の様子に俺は首を捻る。何か変なことでも言っただろうか。
「そ、それよりもだ。さっさと犯人を連行するぞ。中尉、司令部に戻る」
「はい、大佐」
俺が疑問の答えを出すよりも早く、二人は出来る軍人の顔を取り戻して歩き出してしまう。そのやりとりに微かな違和感を覚えたが、やはりそれが明確に形をなす前に大佐に呼びかけられる。
「来い、ハボック!」
「イエッサー!!」
そうなると俺も事件の後始末のことへと頭を切り替えるしかなく。結局、この夜の二人のおかしな様子は記憶の彼方へと忘れ去られることになったのであった。



◆その4◆

その日、俺達マスタング組と呼ばれるマスタング大佐直属の部下達にコードネームが与えられたのは、とある事件を調査するためであった。今まで東方司令部として動くことはあったが、公にしない内々の作戦を実行するのは初めての経験だ。
ようやく俺はマスタング大佐の野望の共犯者として認められたようで、嬉しかった。
俺に与えられたコードネームは、ジャクリーン。ファーストネームをもじった女性名とは大佐らしいネーミングだ。他の奴らもそれぞれコードネームを貰い、満足そうな顔をしていた。仲間の結束もこれで深まるというものだ。
「ところで、ホークアイ中尉のコードネームは何なんですか?」
そう言えば紅一点の彼女のもののみ大佐は俺らの前で発表しなかった。既に中尉には告げてあるのだろう。知っておかねば都合が悪いと思い俺は彼女に尋ねた。
「エリザベスよ」
なんだよ、それ。
中尉の言葉を聞き、俺の浮かれていた気分は一気に下降していた。俺の頭の中に蘇っていたのはマスタング大佐の言葉だ。
確かマスタング大佐の彼女の名前はエリザベスと言うんじゃなかったか。それをよりにもよってホークアイ中尉に付けるなんて悪趣味過ぎやしないか。おふざけにしたって、ひどすぎる。

「どうしたの?」
固まってしまった俺を不思議そうに見つめる中尉の顔を、俺は痛ましい気分で見た。
彼女は大佐に対していじらしいほどに尽くしている。俺たちの前では上司部下という関係以上の感情を見せようとはしないが、俺は中尉は大佐に特別な感情を持っているのではないかと秘かに思っている。だが、大佐には大切にしている彼女がいるのだ。中尉の気持ちが大佐に通じることがないかと思うと胸が痛む。そんな彼女にする仕打ちとしては、これはあんまりだと思うのだ。

「中尉はこの名前でいいんッスか?」
「え?」
「エリザベスって大佐の彼女の名前じゃないッスか!」
憤慨したこの時の俺は浅はかにも、よりにもよって中尉に大佐の彼女の存在を教えてしまった。それを知った彼女がどう思うかなんて夢中で念頭になかった。

「えっ……」
だがしかし。次の瞬間俺が目にしたのはホークアイ中尉の意外な顔だった。彼女は驚いたように目を見開くと、うっすらと頬を染めたのだ。その反応に俺は困惑する。これは一体どういう感情なんだ。
「ど、どうして少尉はそれを知っているの?」
「昔大佐に聞いたんスよ」
「そう……そのどういう風に?」
中尉は恥ずかしそうに瞳を伏せ、おそるおそるという風に俺に尋ねてくる。……やはり、彼女も大佐の彼女のことが気になるのだろうか。

「や、素晴らしいとか、料理が上手だとか、可愛いとか……」
今までに聞いた大佐の彼女の話を俺はホークアイ中尉に教えてやる。正直大佐の惚気話を中尉に語るのは心苦しかったが、彼女はとても聞きたそうにしていたのだ。こんな可愛らしい中尉を俺は初めて見た。もしかして中尉が大佐を好きだというのは俺の勘違いで、彼女はただゴシップが好きな普通の女性なのだろうか。
「そ、そう……」
ぽっと首から上を中尉は真っ赤に染める。その顔がどことなく嬉しそうに見えるのは俺の勘違いか。この分だと中尉は別にエリザベスと呼ばれることを気にしなそうだと思い、俺はホッと胸をなで下ろす。気が軽くなると、口も同時に軽くなって俺は更に続けた。

「いやーそれにしても、彼女さんの名前を中尉のコードネームにするなんて、完全に公私混同ッスよね。いい加減にして欲しいッスよ!」
「ご、ごめんなさい……」
冗談っぽく大佐を非難すれば、中尉が消え入るような小さな声で謝ってくる。
「何で中尉が謝るんスか? 悪いのは大佐じゃないッスか! あ、あと大佐の彼女さんも。きっと大佐におねだりでもしたんじゃないッスか、自分の名前作戦で使ってぇ~とか」
「そ、そんなことっ」
「へ?」
「い、いいえ。ホントウニゴメンナサイ……」

何にも知らないこの時の俺はただ、ひたすら身を小さくしているホークアイ中尉を訝しむしかなかったのだった。




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by netzeth | 2015-03-21 23:22 | Comments(0)