うめ屋


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by netzeth
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妙な特技

 リザには妙な特技がある。


「マスタングさんっ、早く早く!」
 跳ねるように駆けて行くリザを追って、ロイは歩くスピードを上げた。春の日差しが降り注ぐようになった街はそこかしこに花が咲き乱れ、すっかり冬の冷たさが一掃されている。頬を優しく撫でていくのは暖かな風。悪戯な春風がはしゃぐ少女のスカートを捲り上げていきはしないかと、ロイは思わず心配した。
「もうっ、何をしているんですか、マスタングさん!」
 急かしながら頬を膨らませている仕草はまだ子供そのもの。しかし、しなやかに伸びた細い手足や丸みを帯びてきた身体は、大人の女性の片鱗を覗かせる。
(すっかり女の子っぽっくなったなあ……)
 なんて思わず父親みたいな感慨を抱いてしまって、ロイは苦笑した。自分とリザは四つしか違わないというのに。もっとも、この年頃の四歳差というのは大きいのだが。
 出会った頃のリザはまだまだ子供で、ロイは小さな妹が出来たようで嬉しかったものだ――。
「マスタングさん?」
「わっ!」
 突然間近で声が聞こえて、思考に沈んでいたロイは驚いてしまった。眼前にはリザの可愛らしい顔がある。息がかかってしまいそうな距離にあるその顔は少しお怒り気味だ。
「マスタングさんっ、こんな大事な時にぼやぼやしないで下さい!」
「う、ごめんよ、リザ……」
 ぷりぷり怒る顔も可愛いなあ……とリザが聞けばますますヘソを曲げそうなことを考えながら、ロイは謝った。
「本当ですっ、早く行かないと良いものが無くなってしまうんです! そのためにこんなに早起きして家を出て来たんですから!」
「わ、分かったよ、急ごうか……」
 言うなりリザはロイの手を引いて歩き出す。少女の勢いに若干気圧されながら、ロイは大人しく従った。


 
 リザは春が好きである。どうして? と理由を聞いたらば、気候が良いから光熱費がかからなくなるし、時期的に美味しく食べられる草花が芽生えるし、何より街で春のフェスタがあるから! と元気よく答えて貰った。彼女はこの春のフェスタが秋の収穫祭と並んで大好きなのだ。
 理由はシンプルである。
 曰く。
「美味しい物がタダで食べられるからです!」
 とのことだ。
 まったくリザらしい、とロイは納得した。常日頃からホークアイ家の真っ赤な家計を切り盛りしているリザは、タダという言葉に敏感だ。可愛らしい少女なのだからもう少し、控えめに……というロイの願いむなしく何の恥じらいも躊躇もなく彼女は、春のフェスタにてタダ飯を満喫している。
「ファスタングふぁんっ! ふぁっち、ふぁっちにも行って、ふぃまひょう!」
「分かったよ、リザ。だから、しゃべる時はお口の物を飲み込んでからにしような」
 ピリ辛のタレがたっぷり付いた鳥串と春の山菜の揚げ物を両手に持って、ニコニコした顔の少女をロイは諫めた。一回一個まで。という決まりに則り、リザは何回も並んではタダ飯をゲットしている。ロイがそっと止めなかったらきっと無限ループだったろう。 
「あ、見て下さい! バザーをやっているみたいですっ」
「そうか。じゃあ、行ってみようか」
 女性の買い物にお供するのは、男性の義務。幼い頃から女の子の扱いをたたき込まれて来たロイは特に嫌がることもなく、ごく自然にリザに付き合ってやる。それを差し引いてもロイにとってリザは可愛い妹的な存在だ。彼女が嬉しそうだと、ロイも幸せな気分になる。
「わぁ……いっぱい古着があります、あっ、すごく安いですっ」
「本当だね。ちょうどいい、何か春の服を買ったらどうだい? 俺が買ってあげるよ」
 瞳をキラキラさせて店を物色しているリザ。普段は母の形見だというぶかぶかの服を着ていたり、繕い過ぎて布がボロボロの粗末な服を着ている彼女である。もう少し女の子らしくお洒落してみたらいいと、ロイは申し出てみた。
 少しの遠慮とそれ以上のもったいない精神から、いつもロイのプレゼント的なものにはあまり良い顔をしないリザも、この時ばかりは心が揺れ動いたらしい。
「本当ですか?」
 嬉しそうにぱっと顔を輝かせて、はにかむ。それから、もじもじと言いにくそうに瞳を伏せながら頬を赤らめた。
(可愛いなあ……) 
 と、ロイはすっかりお兄ちゃんの気分である。妹におねだりをされるというのはこういう気分なのだろうか。
「……それじゃあ……お父さんの、シャツ。買って貰っていいですか?」
「師匠の?」
「はい。……襟とか袖のところとか、お出かけ用のが、もうずいぶんボロボロだから……」
 てっきり自分の服をねだるのだとばかり思っていたロイは拍子抜けした。女の子にプレゼントを上げるという男の妙な高揚感が萎んでいく。しかし、これもリザらしいなとすぐに思い直した。
 自分よりも、父親。多少貧乏性だが、思いやりのあるこの心優しい少女らしい。
「いいよ、もちろん」
「ありがとう! マスタングさんっ」
 輝くような笑顔を見せて、早速リザは父親のためのシャツを探し始める。そして、何枚か候補を見繕うと慎重に見比べて検討し出した。自分の物を買うときは一番安い物を迷うことなく選ぶリザだが、父親の物となるとそうもいかないようだ。う~ん、と悩む様子の彼女にロイは声をかけてやる。
「どうしたの? 師匠の好みが分からないとか?」
「あ、そうじゃないんです。この前お父さんにお洋服のこと聞いたら「万物は全ていつか無に還る、見た目にこだわって何になる」って言ってましたから」
「……師匠らしいね」
 その無駄に悟りを開いてるあたりが。
「あ、「だから一番安価なものでいい」とも言ってました」
 似たもの親子……と思ったが、それは口に出さないでおいた。
「そうではなくて。お父さんのサイズが分からなくて……どのくらいだったかな……」
 なんだ、とロイは納得した。
「そうか。う~ん、師匠は確か身長は俺と同じくらいだったかな?」
 そう言って、ロイは己の頭に手をかざしてみた。成長期の彼はここ最近ずいぶんと背が伸びた。今まで見上げていた大人の師匠と目線が同じくらいになったなと感じていたのだ。
「後は体型だけど……」
 と、ロイはホークアイ師匠の姿を思い浮かべる。あのいつも病的な暗い笑みを口元に張り付かせている師匠。身体も当然、細身で、健康的とはいえない。
(俺と同じくらいの身長でも、肩とか胸とか全然厚みがないよなあ……)
「あ、そっか。こうしましょう」
「へ?」
 ロイが自分と師匠を比べて、リザに服サイズのアドバイスをしようとした時だ。リザはぽんと手を叩くと、グッドアイディアです! と言いながらロイに向き直った。
 そして。
 何が? とロイが問う間もなく。彼女は。ぎゅうっとロイに抱きついたのである。瞬間、女の子特有の身体の柔らかさとふわんと香った石鹸のいい匂いにロイは動揺した。
 腹の上、リザが顔を埋めている己の胸よりやや下辺りに、控えめな膨らみが当たっている。それが何か、と認識するのは非常にロイにとって危険だった。脳裏で言語化してしまったら、それこそまずい、いろいろと。
「な、何をっ……リザ」
 女の子らしくなった……という感想を、その身で実感する羽目になったロイは、動揺を押し隠して少女に問いかけた。こんな人前で抱きつくなんて案外積極で大胆だ、どこで覚えてきたんだこんなことお兄さんは許しませんよ、と言いたいことは山ほどあったが、我慢する。
「う~ん……マスタングさんより、ちょっと小さめですね」
 だが。
 少女は、ロイの慌てっぷりなどまるで気にせずにそんなことをぶつぶつ呟きながら一人で納得している。胸の上でうんうんと頷くのはやめて貰いたかった、ふわんふわんの短い金髪が顎の下を擽ってこそばゆくて、妙な気分になってしまう。
「リ、リザ……?」
「あ、マスタングさん。ご協力、ありがとうございました」
 そう言ってリザはあっさりとロイから離れてしまう。多少名残惜しく感じてしまいながらも、ロイが協力……? と困惑した表情を見せると。
「はい。私、お父さんにぎゅっとした時の感覚を覚えていますから。だから、マスタングさんをぎゅっとして比べたらお父さんのサイズ分かるかなって」
「あ…なるほど……」
 どうやら今のぎゅ、は特に愛情表現でも何でもなくただの身体測定だったらしい。
(何だ。そうか、そうだよな……って、何で俺、ちょっと残念そうなんだ?)
 なんてロイが葛藤しているのをよそにリザはさっさと父親のシャツを選んで、店主に声をかけている。
「これ、まけて下さいっ」
 それから元気はつらつと値切り始めた。その間にも思春期真っ盛りな少年ロイの思考は高速回転していた。
(待て待て。その前になんで、俺、リザに抱きつかれて動揺してんの? リザだぞ? 俺の可愛い妹だぞ? 妹……だよな?)
「まだまだ高いです! 後もう一声!」
(でも、すっかり女の子らしくなったりして……いい匂い…がしたなあ……お店のお姉さんみたいな……ああ、ダメだ、リザに邪なこと考えちゃダメだっ)
「ほら、端数は思い切って切り捨てましょう!!」 
(違う違う…! これは、そんなんじゃなくて、妹の成長に戸惑う……そうっ! そうだ。これはお兄ちゃん的なモヤモヤだ!)  
 そして。とうとう1センズ単位まで値切り始めたリザの声を聞きながらも、ロイは果てしなくぐるぐると惑うのであった。


 
(なんてこと、あったよなあ……) 
 うららかな春の東方司令部司令官執務室にて。ちょっと昔の思い出に浸っていたロイ・マスタング中佐は、目の前に立つ新任の部下に目をやった。
「えーと、俺、いや違った、自分は、士官学校ではどべでしたが、中佐の部下に配属されまして、光栄の至りでありまして、これからも、自分の職務に邁進していき、過去の汚名を挽回したいと、のぞむべく、日々努力していく、しょぼっ」
 あ、噛んだ。
 そうだった、とロイはようやく現実に還ってきた。自分は、緊張し過ぎて長い上に所々噛みまくり言葉使いがちょっと変になっているこの男の挨拶が退屈になってきて、思わず現実逃避していたのだ。
「あ~……ハボック准尉。そんなに緊張することはない、もう少しリラックスしたまえ。私は何も君をとって食いはしない。……それから、汚名は返上するものだ。挽回してどうする」
「へ? あ、いいんッスか? じゃあ、遠慮なく」
 と、ポケットから躊躇無くタバコを取り出した男がそれを口にくわえようとした所で、隣でこいつ大丈夫かと呆れた顔で眺めていた彼の同僚がその手をはたいた。
「バカ野郎。そこまでリラックスするな。中佐は、お前の緊張をほぐして下さっただけだ」
 腹の出た貫禄のある男――ブレダ准尉が、ロイの言いたいことをそっくりそのまま言ってくれたので。幸いロイは怒鳴らずに済んだ。こちらは士官学校主席だと聞く。使えそうな男だとロイは値踏みする視線を彼に投げた。
「まあ、いい。……諸君らはこれから私の部下として働いて貰う。活躍を大いに期待する。以上だ」
「「イエッサー!!」」
 綺麗な敬礼を決めた二人を見やってから、ロイは隣でずっと直立不動無言で控えていた副官に声をかけた。
「ホークアイ少尉。……君からは彼らに何か言っておくことはないか」
「はい。総務課からの伝達事項が少々……」
 うぉっ、しゃべった。全然しゃべらないし動かないし綺麗な人形かと思ってたぜっ、と軽く驚きの声を発するハボック准尉は無視して(口の滑りやすい男だ)リザは伝達事項を淡々と告げた。
「ハボック准尉。あなた礼服の申請をまだ出していないでしょう。総務課から早くサイズを教えて欲しいと通達があったわ」
 リザが言うのは、士官全員に支給される軍服の礼装の話だ。任官した時に用意されるのだが、ハボックはまだ受け取っていないらしい。
「あ、すんません……っ、俺、最近またがたいがでかくなっちまったから、いつものサイズより大きいのを頼もうと思ってて、で、まだサイズちゃんと計ってないんス」
 まだ成長期なのか、こいつ。とロイはハボックのでかい図体を見上げた。背の高さと堂々たる体格は力仕事にはうってつけだな、と感想を抱く。その彼にリザが怜悧な眼差しを送った。
「そう。もう、期限はとっくに過ぎているのよ。総務課も困っていたわ」
「す、すんませんっ!」
 鷹の目、絶対零度、と噂されるリザの瞳に見据えられて、ハボックはひたすらに恐縮している。ふうっと息をついてリザがハボックに近づいた。
「いいわ。では、すぐに身体測定をします」
「へ?」
 ぽかんとした声はハボックのもの。彼は事態を把握していない。嫌な予感がして、ロイが待てとリザを止める声よりも早く。彼女は彼女流の身体測定を実行してしまった。
 ――そう、すなわち。ハボック准尉にぎゅうっと抱きついて。
「しょ、しょ、しょ、しょーい!?」
 リザにがっちりと抱きすくめられた、その羨ましい男。若造の顔が真っ赤に茹で上がり、その頭からしゅーっと湯気が上がった。それを隣のブレダが唖然と見ている。
「……はい、分かったわ。マスタング中佐よりも2サイズ上って所かしら」
 
 ――こら、そこで私を引き合いに出すんじゃあ、無い。妙な誤解を招くだろうが。

 
 というロイの思い、むなしく。涼しい顔で手に持った書類に、リザはハボックのサイズを書き込み。
「あ、でも、中佐の抱き心地よりもぶわっとがばっとずっしりした感じだから……3サイズ上の方が無難かしら……」
 なんて、とどめを刺してくれる。
「…………あの、マスタング中佐。一つ、聞いていーですか?」
「聞くな……」
 固まっているハボックに代わって、ブレダがロイに疑問を投げかける。それに疲れた声で返答して、ロイは思うのだった。

 出来るだけ速やかにこのリザの妙な特技を何とかしようと。
 

 
END
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by netzeth | 2015-04-25 17:36 | Comments(0)