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うめ屋


ロイアイメインのテキストサイト 
by netzeth

Gun & Woman

 午前中の内に溜まっていた家事を片づけて、のんびりとした休日の午後を謳歌していたリザの耳にノック音が飛び込んで来たのは、一四〇〇を過ぎた辺りであった。
 訪問者を告げるその音に、本を開いて半分うとうととソファーに沈んでいた彼女は跳ね起きた。慌てて手ぐしで髪を整えて、玄関口へと向かう。
「はい」
「あ、ホークアイさん。お届けものです」
 開いた扉の先には馴染みの郵便配達人の顔があった。彼は一抱えほどもある段ボール箱を携えてニコニコした営業スマイルを浮かべている。
「こちらをご確認頂きまして、よろしければサインをお願いします」
「え、ええ……」
 荷物を自ら手配した覚えも、何か物を自分に送ってくる相手の心当たりも無かったリザは首を傾げつつも荷物を受け取ると、サインをした。
「ありがとうございまーす」
 丁寧に礼をして去っていく配達人を見送って、リザはさてと、と荷物を部屋の中へと運び入れた。そしてテーブルの上にそれを置くと、体積の割に重量はたいしたことの無いそれの中身を推測する。
「……これは一体何なのかしら?」
 蓋に張り付けられた送り状の差出人欄に記載されているのは、シティでも有名な高級メゾンの名前だ。当然リザには縁の無い店だ。
 考えていても埒が明かないので、一応箱を振って中身が怪しいものではないと確認してから段ボール箱を開けてみることにした。
「これ、は……」
 中から出てきた物に、リザは目を見開く。それはたっぷりと上質な布を惜しげもなく使ったドレスだった。思わず手にとって見聞してみる。サラリとした手触りの良い布が心地良い、細身のドレス。背中を覆い隠すように布があり、代わりに大胆に胸元が開いたデザインになっている。スカートの裾はふんわりと広がらない代わりに深いスリットが入っており、これを着こなすには相当脚線に自信が無ければ難しいと思われた。
「これ……」
 だんだんとこの突然のプレゼントの贈り主の正体が見えてきて、リザの眉間に皺が寄り目が据わっていく。箱の中からは続いて、尖ったヒールの靴と華奢なバッグ。そして、シックなショールとプラチナとダイヤをあしらったネックレスが登場した。これで自らを飾りたてろと言わんばかりのそれらと、そして、リザのサイズと背中を晒せない事情を熟知している辺りで、犯人はもう割れたも同然だ。
「一体何をお考えなのかしら……って、そんなの分かりきっているわね」 
 最後に箱の底から出てきたドレス用の下着――Gストリングスに目をやって、リザは半眼で呟いた。ドレスに響かないようにと配慮されたそれは、極限まで布地が省かれており、リザからしてみれば露出が激しい恥ずかしい下着にしか見えない。これを身につけて羞恥に顔を歪めれば、さぞかし男は悦ぶだろう。 
 ほとんど紐にしか見えないそれを両手でつまみ上げる。すると、ひらひらと舞い落ちたものがあった。拾い上げて確認すれば、それはどうやら贈り主からのメッセージカードであったようだ。

 本日、一八〇〇に迎えにいく。

 つまりはこれを身につけて、同行しろということ。
「私に拒否権はないのね」
 簡潔過ぎるメッセージは、リザの神経を余計に逆撫でした。殊更に女を引き立てるドレスにアクセリーそして、淫らな下着。おそらくは、これを着てリザは女として彼の前に出ることになる。女として抱かれて、満たされて……。
 リザは彼の――ロイの部下であり護衛である。彼を護るためにはその手を汚すことも厭わず、鍛錬を重ね努力もしている。自分が女であるが故に彼が必要以上に侮られることなどあってはならぬと自戒し、常にストイックに己を磨き、軍人として彼の傍らに立つことを第一にしている。
 そしてロイをあらゆる災厄から護り彼を上に押し上げることこそ彼女の最上の目的であり、そのために己が少しでも寄与することがリザの矜持であった。
 だが、そんなリザのプライドをあざ笑うかのように、ロイは時々このような意地の悪いことをする。リザが女であることを忘れないように、思い出させるように。殊更彼女の「女」を、暴き立てるようなことをするのだ。
 今回も事前に了承もなく勝手に進められた計画に、リザは反発心を覚えずにはいられなかった。
 けれど。
 結局、どこまでも彼の狗であるリザは言われた通りに身支度を始めることにする。彼女の中でロイに逆らうという選択肢は存在しない。彼にどういう意図があろうと、それが彼の命令である以上、リザは絶対服従するしかないのだ。
 約束の時間まではまだまだ余裕はあるが、女の身支度にはとにかく時間がかかる。面倒ねとため息を吐きながらも、シャワーを浴びるためにと、リザはバスルームへと向かった。



 普段軍人として無精をしていれば、女の部分を磨くのにも手間がかかる。結局、全ての身支度が整ったのは約束の時間ギリギリであった。だが、時計を確認して、どうにか間に合ったわねと息を吐いたリザは、そのまま立ち尽くすことになる。ドレスを身につけた身ではソファーに座って寛ぐこともままならない。黒の豪華な布に汚れを付けてはいけないし、シワになってしまってはそれこそ目もあてられないからだ。
「……もう、さっさと来て下さいよ。大佐」
 愚痴をこぼしながら、行儀悪くハイヒールをこつこつと鳴らしていると、タイミングよくドアをノックする音がした。時間的にロイがやって来たのだろうと判断して、リザは足早に玄関へと向かうと相手を確認もせずドアを開けた。
「大佐っっ、これは一体どういうっ……あ……」
「ど、どーも、ホークアイさん。おと、どけものです……」
 昼に会ったばかりの郵便配達人が、リザの剣幕に怖れおののいた様子で立っていた。
「あ、ごめんなさい。ご苦労さまです」
「いえ。あの、よろしかったらサインを……」
 気まずい思いでリザは哀れな郵便配達人に謝罪すると、荷物を受け取った。今度は以前のものよりも、少し重い。送り状を確認すればこちらははっきりと、ロイ・マスタングの名前が記載されていた。
 今度は何だ。これ以上自分を女として飾りたてて、何がしたいのだあの人は。
 こみ上げる不満を何とか押さえながら、リザは荷物を持って部屋に戻った。開けたくは無いが、もう時間がない。ロイが来るまでに、支度を整えねばならぬと言うのならば、そして、これがそのための最後の品だと言うのならば。開けない訳にはいかないだろう。
 覚悟を決めて、リザは箱の封を解いた。
 こちらの箱はドレスが入っていたものと比べれば、ずいぶんと小ぶりだった。ただ、重量はあちらよりもずっと重い。
「これは……っ」
 箱から出てきたものを、手にとってリザは絶句した。急いで梱包を解いて、それ自身をその手にする。 
「FNブローニング、M1910……」
 携帯性を重視したスレンダーなデザイン、軽量であり小型。しかし、性能は一級品。そんな銃をロイは送りつけてきた。見れば、箱の中にはご丁寧に脚用のガンベルトまで用意されている。そしてそれには先ほどと同じようにメッセージカードが添えられていた。

 これを忘れるとはうっかりが過ぎた、許してくれたまえ。君の美しさはこれにより完成される……そしてだからこそ

 銃を持つ手が震えて、リザは少し困った。心に蓄積されていたロイへの不満があっさりと霧散していってしまって、現金な自分に苦笑してしまう。
 彼はリザはただの女に成り下げようとは考えていなかった。彼にとってリザは女ではなく、その前に一人の軍人であると認識してくれていたのだ。
 こんな風に無理矢理にドレスを着せて、誘って、せっかくの休日を台無しにして。 
 それでも、リザは全てを許してしまう気分になっていた。女としての自分ではなく、ロイはリザをあくまでも抜き身の銃として見ている。たおやかで弱いだけの存在ではなく、頼もしくも危険な存在だと見なしているのだ。
 ロイへの反発がたちどころに満足感へと変貌していく。
 彼は正当にリザを扱ってくれている――リザの本質を見抜き彼女を尊重してくれている。
 心を寄せる男に理解されるのは、女として実に心地の良いものだった。
 ――と。リザはそこでメッセージに続きがあることに気づいた。明らかに文章は終わっていない。まさか、と思いながらもメッセージカードを裏返してみる。

 君のものだ。

 そのメッセージに隠されたロイの意図に、リザは一瞬戸惑う。世界で一番を争えるくらいには、彼のことを理解しているつもりだ。そんな彼の考えを正しく読み解くためにリザは考えを巡らせる。
 普通に考えれば、銃のことと取れる。だが。いや、違うとリザは首を振った。
 ロイがこの銃をもってリザが完成される――つまり、銃自身を既にリザそのものと表現しているのならば……銃を君のもの、と表現するのは筋が通らない。つまりこの君のものという言葉に付随する主語は他に存在する。そして、賢い女であるリザは、すぐにその答えを見つけだした。つまり、ロイは。

 この銃でいつでも撃ってかまわない、ロイの命はリザのもの。私は君のものだ――と言っているのだ。

 ふうぅっと色っぽいため息を吐いて、リザは身体を熱くした。愛おしげに贈られたブローニングにキスを贈る。まったくどこまで彼はリザ・ホークアイという女を知り尽くしているのだろう。
 背中を任せるというあの日の約束から今まで、ずっとロイの命はリザが握っている。つまりリザ自身がロイを貫く銃であり、彼はそれを表現しているのだ。
 もちろん、彼がこの銃に混ぜ込んだ暗喩はそれだけではないだろう。ロイ・マスタングという男はリザ・ホークアイという女のものであるという狂おしいほどの愛を、彼はこの銃一つで表現して見せたのだ。

 ムカつくほどの女を主張するこのドレスも、淫らな下着も。もう全て気にならなくなっていた。彼が女であると共に一丁の銃でいろ――と命じるならば、リザは応じるだけだ。

 陶然と胸を熱くする彼女に耳に、三度ノック音が飛び込んでくる。今度こそ、それは彼のものであるはずだ。

 さあ、どうやって出迎えてやろう?

 このようなサプライズプレゼントをしてくれた彼に、どう意趣返ししてやろうか、リザは思案する。並大抵のお出迎えでは気が済まない。きっと彼も飾りたてているだろうから、上げた前髪をグシャグシャに乱してやるか、それとも、ネクタイを引っ張ってキスをしてやろうか。
 しばらく考えて、決めた。とリザはその赤く彩ろられた唇の端を軽くつり上げた。
「どうぞ大佐、お入り下さい。鍵は開いております」
 素早く身につけたガンベルト。深いスリットから覗くそれを見せつけながら、銃を構える。

 ――お出迎えは、これ、とのキスですよ、大佐? 私とのキス、悦んで頂けますよね?

 鼻先に銃を突きつけられて驚くロイの顔――ほんの一秒後の光景に胸を躍らせながら、リザはとろりとした極上の笑みを浮かべたのだった。


END
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by netzeth | 2015-05-24 20:45