うめ屋


ロイアイメインのテキストサイト 
by netzeth
プロフィールを見る
画像一覧

麦をまく

 砂礫地帯特有の乾いた風が頬を撫で前髪を巻き上げていく。太陽がちょうど中天に差しかかるこの時刻の風は、酷く暑い。そんな暑気に包まれているイシュヴァールの街を、リザは足早に移動していた。
 南のアエルゴでは一番暑い時間帯を避けて午睡をする――という習慣があるそうだが、イシュヴァールの民は暑さには慣れているのか大通りには市が立ち、人々は暑さなど気にもとめず経済活動に勤しんでいる。
 
 ――ああ、単にとても根が真面目で勤勉なのかもしれないわね。

 どこかの誰かに彼らの爪の垢を煎じて飲ませてやりたい――と密かに思いながらも、リザは活気に満ちたイシュヴァールの街を注意深く観察しながら歩いた。 
 リザ達がイシュヴァール政策に着手して、早数年。イシュヴァールは確実に復興を遂げていた。特に、シンとアメストリスを結ぶ砂漠横断鉄道が開通してからの発展はめざましいものがあり、貿易の起点となるこの街にはアメストリスでも有数の大企業が拠点を置いている。
 イシュヴァールの民とイシュヴァラ教は手厚く保護され、聖地の象徴である寺院も新しく建造された。過去の軋轢が完全に払拭されたとは言い難いが、それでもアメストリスからの観光客も増えているという。
 街をゆくイシュヴァールの民の顔は皆明るい。老若男女全てが未来に希望を持っているのを感じ取って、リザは感慨深い気持ちになった。
 それで罪が許されるとは思ってはいないが、例え偽善と呼ばれようとも、自らが手を下した民族が蘇るのを嬉しく思わない訳がない。これはロイやリザ、そして大勢の仲間達の努力が実を結んだ結果なのだから。
 リザは視線を周囲に走らせ続ける。
 イシュヴァールの街には、国軍の青い軍服が目立つ。イシュヴァールにおいて、一時はアメストリスの悪魔と自分たちを絶望に追いやった象徴として忌避されていたその青も、今ではすっかり街中にとけ込んでいる。かく言うリザも軍服姿だ。一昔前ならば、軍服を着て街を歩けば石が飛んできたものだが、今やその軍服を着ているのはイシュヴァールの若者なのである。
(変われば変わるものね……)
 民族間の確執も、過去の悲劇も。全て精算された訳ではないが、それでもそれを呑み込んでなお、未来へと進むこと望み――イシュヴァールの民は「変化」を受け入れたのだ。
 彼らと歩んだその道程は、そのままここ数年のロイとリザの戦いでもあった。ロイはこの新たな戦場で過去の内乱とはまた違った勝利を手に入れたのだ。それは彼が受勲したどの勲章よりも、彼にとって誇らしいものであっただろう。
(で、その肝心の閣下はどちらにいらしたのかしら?)
 既に階級は大将。しかも場所は因縁の地イシュヴァール。いくら治安が良くなったからと言って、一人でふらふらと徘徊するのは止めろとリザにもマイルズにも口うるさく言われているというのに。
 隙あらば一人で勝手に視察に出かけてしまう上官を、リザは探している最中であった。
 このまま闇雲に探していても埒が明かないと、リザは方法を改めることにする。すなわち、ロイが行きそうな場所過去に好んで訪れていた場所をしらみつぶしすることにしたのだ。
 まずは手始めにリザは高い場所に登ってみることにした。何とかと煙は高い所が好き――と言うが、ロイは昔からよく高い場所に登っては街を見下ろしていた。東方司令部の屋上へと、リザは逃亡した上司を探しによく赴いたものだ。
 結果はビンゴ。
 ロイはイシュヴァールのとある寺院の尖塔の上に居た。
 塔内部の螺旋階段を登って、リザはロイの居る場所へとやってきた。閣下、と咎める声で呼ぶと振り返った彼が笑った。
「こんな場所で何をなさっているのですか」
「ああ、ちょっと街を眺めていたんだ」
 そう言ったまま、また街を眺める――という作業に戻ってしまったロイに一つため息を吐いて、リザは彼の隣に並んだ。眼下にはイシュヴァール建築特有の砂色をした街が広がっている。真っ青な空とたなびく白い雲とのコントラストが非常に美しい光景だ。
 現在時刻は昼時。街のあちこちから、ちらほらと炊事用の白い煙が立ちのぼっている。
「昔に比べれば、あれもずいぶんと減ったな」
「ええ」
 ロイが何を言いたいのかすぐに察して、リザは肯定の返事をした。炊事用の煙が上がるのは、昔ながらのかまどを使用している証だ。それは、イシュヴァールが経済的に立ち直ると共にインフラが整備されガスが普及したことで激減した。今だに火を炊いている家があるとすれば、それはインフラ整備が遅れている地域の者か、または古くからの信仰を守り文明の利器に頼らぬと決めている信心深い者達ではないだろうか。
「全世帯にガスが普及するのも、時間の問題だと思われます」
「そうか。それはそれで喜ばしいが、少し寂しいな」
「何故です?」
「……これでも私は、イシュヴァールのご婦人方に炎の配達人さんと頼りにされていたのだよ?」
 おどけるロイに、リザは目を見張った。それは笑い事ではない。
「閣下……この街で焔の錬金術をお使いになって……?」
「ああ、時々散歩の途中にな。火がつかなくて困っているご婦人を助けていた」
 照れたように笑うロイに、リザは信じられないものを見る視線を向けた。まさか、彼はこの街で焔の錬金術を使うその意味を忘れた訳ではないだろう。
 かつて、ロイはイシュヴァールをその焔で焼き払ったのだから。街も人も、何もかも。
「……時代は、我々が思っている以上に進んでいるようだな」
 ロイの言葉にはっとリザは顔を上げ、思わず隣の彼を見た。その横顔は一心にイシュヴァールの街を見つめている。
「イシュヴァールは変わった……いや、今も現在進行形で変わり続けているんだ」
「……はい」 
 彼の言葉を噛みしめながら、リザは心から同意した。それは彼女自身もその肌で感じ取っていたことだ。
「ならば、我々も変わるべきだと思わないかね? いつまでも加害者と被害者――償う者と庇護される者の関係でいるのはお互いにとってよくない。対等の……まずは、そうだな、お友達から始めようと言うのはどうだろうか」
「よろしいと思います」
 それがアメストリスとイシュヴァールにとって、一番良いことなのだろうとリザは頷いた。そろそろリザ達はイシュヴァールから手を離すべき時が来たのだ。つまり――とリザはロイの言いたいことを察した。おそらくはロイに辞令が下ったのだと。イシュヴァール……東から離れ、彼はとうとう。
 ごほんっ、とそこでロイが咳払いをした。珍しく彼が緊張しているのを感じ取り、それが伝染したようにリザも息を呑んだ。
「時が……来たようだ。私に、次代の大総統就任要請があった。来年春に、着任する」
「おめでとうございます」
 思ったよりも冷静な声が出た。とうとう叶った彼の、そしてリザの夢だが、驚くことに激しい感情はそれほど沸くことはなかった。きっと、彼ならば必ず、と未来を思い描いていたせいかもしれない。いつの間にかリザにとってロイの大総統就任は遠い夢ではなく、近い将来必ず訪れる未来になっていたのだ。
「ああ、ありがとう」
 リザの祝辞に、ロイは何故かほんのりと顔を赤くしていた。三十路をとうに過ぎた男の案外可愛らしい表情に少しなごんでいると、また、ロイがごほんっと咳払いをする。リザに重要な一言を告げた後だと言うのに、彼はまだ何かに緊張しているようだった。
「あー……ホークアイ少佐」
「……はい?」
 ロイにはまだ何か言いたいことがあるらしい。なかなか切り出さない彼を不審に思いながら、リザは傍らに立つ男を見上げた。気がつけばロイもリザを見つめていた。先ほどの大総統就任を告げた時よりも、よほど真剣なその眼差しに何故か胸が騒いだ。
「君は部下としてとても優秀だ。私が大総統となっても、補佐官としてその手腕をいかんなく発揮して貰いたい」
「ええ、それはもちろんです。幸い大総統補佐官は経験済みです。ご期待に添えることと思います」
 力強く請け負えば、ロイは非常に困った顔をした。リザには彼の感情が読みとれない。部下としてこれからも力を尽くすことに何の不満があるのだろうか。
「あの……閣下? 何か不都合がありますでしょうか?」
「……ない。いや、ある」
「……どちらですか」
 意味不明なあやふやな言葉を使うロイに、流石に呆れていると。やがて、ロイは勇気を振り絞った声を出した。
「君は有能な私の右腕だ。……だが、それを押して願う。……ファーストレディになってくれないか」
「え?」
「私と、結婚して欲しいんだ。リザ」
 発せられた言葉をすぐに呑み込めず、リザは間抜けな声を出してしまった。頭の中をその単語がぐるぐると回っている。それは大総統就任の知らせよりもよほど強くリザに衝撃を与えた。
「そ、そんな……急に…ちょっと待っ……」
「待たない。何故ならば、もう十分に待ったからだ」
 少し考える猶予が欲しいとリザは口に出そうとしたけれど、間髪入れずに拒否された。確かに、二人共に過ごした時間は既に人生の半分を越えている。何を今更なのかもしれない。ロイの気持ちを知らぬリザではない。そして、リザの気持ちを知らぬロイでは無いだろう。二人で決して表には出さずに大事に大事に育んだ想いは、今も胸の奥で息づいている。そのまま一生外に出すことはないと思っていたけれど。
「…………何事もまずはお友達からなのでは?」
 先ほどの会話を持ち出して、辛うじてリザはそう反論した。でないとすぐにYESと言ってしまいそうな己を止められなかった。
「普通はな。だが、我々はもうそんな悠長なことをしている歳ではないだろう。それとも君は普通の恋人同士から始めることをお望みかい? 手を繋いで、デートして、キスをして……それもいいかもな」
「止めて下さい」
 恥ずかしげも無く楽しげに語るロイに、リザは羞恥を覚えて顔を赤らめた。今更そんなことを人前で堂々と出来るとは思えない。
「君の気持ちは分かっているつもりだよ、リザ。私の気持ちだって知っているだろう。そして、既に我々を縛る軍規も意味をなさない。最高権力者は私となる。誰が大総統の結婚に反対する?……我々も変わる時が来たんだ」
 そういうことではない、とリザは首を振る。
「……イシュヴァールは確かに変わりました。我々も変わらなければならないのでしょう。ですが……忘れてはいけないものもあるのです」
 いくら復興に尽力した所で犯した罪は消えないし、無かったことにして貰おうとも思っていない。ロイだってそれは同様だろう。いつか、必ず裁かれる未来が来る。ロイとリザがそうなる未来にする。だが、そうなってしまったのならば。
「……私は家族を持つことが怖いのです、閣下。無用に悲しむ者を増やす結果にならないかと」
 結婚して子供を持って幸せな家庭を築いて。だが、それはいつか必ず崩壊する。ロイが、リザが戦争犯罪人として裁かれれば、残された子供達は悲しむだろう。そしてそれ以上に酷い不利益を被ることもあるかもしれない。 
「怖いのです、閣下……」
 ぎゅっと己の手を握りしめ顔を伏せ、リザは震える。リザ自身、ロイを失うことに耐えられる自信がないと言うのに。まして、夫として愛してしまったのならば。そんな未来は想像するのも恐ろしい。
 しかし。
 その時、横からにゅっと伸びてきた大きな手がリザの手を握った。弾かれたように顔を上げれば穏やかな黒い瞳と目が合う。
「いつか、嵐がやって来るからと言って、人は麦をまくのを諦めるだろうか。おそるることなかれ。大地の守護は汝と共にあり。夏の乾きにも、冬の霜にも負けぬ強い麦を育てれば良い」
「か、閣下……?」
 浪々と語られるロイの低い声はとても心地が良かった。水が大地に染み込むように、それはリザの心に届く。
「イシュヴァールの僧に教わった、イシュヴァラ女神の教えだ。私たちもおそれず、麦をまこう、リザ」
「……その役目は他の女性でも出来るはずです」
 ロイの誘惑にも似た言葉をはねのけるように、リザは言葉を返した。しかし、ロイはガンとして譲らない。
「いいや、ダメだね。君は私とでなければ幸せになれないから」  
 ずるい、とリザは思う。
 ロイが「私は君とでなければ幸せになれない」と言わなかったのはリザに否定をさせないためだ。リザはロイ以外の男性を愛せはしないのだから、ロイのその言葉を否定することが出来ない。
「さあ、観念したまえ。リザ。君の頑固さ昔からはよーく知っているが、そして、そこも君の愛すべき所だが。一度くらい素直にYESと言ったらどうなんだ?」
「……性分ですから。この歳ではもう矯正はききません」
「うん、君のそういう減らず口も昔から愛している」
 何を言ってもどんどん墓穴を掘るだけだ。ダメだ、とリザはとうとう天を仰いだ。リザは今にもYESと言ってしまいそうな自分が心底怖かった。
 見上げた先では真っ青なイシュヴァールの空が出迎えてくれる。いつ見ても目に痛い、吸い込まれそうなその青。殲滅戦の時以来ずっと変わらないその青。
 
 ……世界は変わらない。けれど人は変わっていく。イシュヴァールの人々は「変化」を受け入れて、より強い民族となった。彼らの強さに倣うのならば、リザも「変化」を望み受け入れなければならないのだろう。強く在るために。

「……閣下。私、は」
「うん」
 視線を戻すと、再びロイの黒い瞳と視線が合った。逡巡するリザを後押しするようにそこに宿る光は優しい。小刻みに震える手を、大きな手が包んでくれていた。彼とならば怖さも乗り越えていける気がした。
「貴方と、幸せに、なっても、いいのでしょうか……? 貴方と麦をまいて、育てて、いいのでしょうか?」
 そんな喜びをこの手にしても、いいのだろうか。リザはロイが大総統になれただけでも十分に幸せだというのに。
「ああ、いいとも。他の誰が否定しても私が許可しよう」
「…………では、ご命令を。貴方の言葉を下さい。閣下」
 迷うリザはロイに請う。いつだって彼の言葉がリザを動かしてきた。彼の言葉がリザからおそれをぬぐい去り、未来を示してくれるから。
「これは命令ではない。私が君に希うことだ。……リザ・ホークアイ。ロイ・マスタングを伴侶とし、永遠に愛を誓いたまえ」
「Yes.Si……ん…」
 最後まで言葉を紡げなかったのは、握りしめた手を引きロイが唇を奪ったからだ。今までならば到底ありえない、ロイの性急な男を見せつける行動にリザは驚いた。
 彼の口づけは情熱的で、そしてとても優しい。
 これからもリザはきっとこうやって二人の関係の「変化」に驚いていくのだろう。けれど、それがちっとも嫌でも不安でもなく純粋に楽しみだと思う。そんな己の心境の「変化」をまたリザは嬉しく思うのだった。




END
***************************

お読み頂きありがとうございました!



[PR]
by netzeth | 2015-06-11 00:00 | Comments(6)
Commented by たなかまー at 2015-06-11 01:12 x
ありがとうございます!
幸せです。
二人の撒いた麦が嵐に負けず力強く成長することを願ってやみません。
Commented by わいおう at 2015-06-11 05:26 x
幸せな二人をありがとうございました!
Commented by ともべぇ at 2015-06-11 22:12 x
ロイアイの日記念SS、ありがとうございます!!!

幸せになっていいんだよ。
いや、幸せになってほしいです!なってください!!


これから私も素敵ロイアイ作品を拝見しにまわりたいと思います☆
幸せだなぁ〜(*´∀`*)ノ

ちなみに、ロイアイの日に自分の作品UPは、諦めました(^^;)
Commented by うめこ(管理人) at 2015-06-12 23:27 x
>たなかまー 様

SSお読み下さってありがとうございます♪
幸せを感じ取って頂けましたかー(^^)大変嬉しいです!
私も、ロイアイ2人がおそれず麦をいて、そしてそれをどんな嵐にも負けないように育てて欲しいと願います。


Commented by うめこ(管理人) at 2015-06-12 23:30 x
>わいおう 様

記念SSお読み頂きありがとうございます~ヽ(○´∀`)ノ
ロイアイが幸せになりますよーに!という願いを込めて書かせて頂きました♪ 少しでも幸せを感じとって頂けたのならば、幸いでございます☆


Commented by うめこ(管理人) at 2015-06-12 23:33 x
>ともべぇ 様

ロイアイの日記念SSお読み下さってありがとうございます♪ロイアイは絶対に幸せになるべきですよね!そして、幸せなロイアイを見る私たちも幸せですよね(*´ω`*)

ロイアイの日はうめこ的拡大解釈で6月中ならOKな気がするので(笑)どうぞ諦めずに!