うめ屋


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by netzeth
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幸せの鼓動

「マスタング大佐、先ほど提出して頂きました書類の件で確認事項がございまして……マスタング大佐?」
 女性事務官の呼びかけに答える声はなく。まだ新人らしい彼女は困った顔をする。
「あの……大佐。よろしいですか、マスタング大佐」
 少し声を大きくしてもまったく反応はなし。呼びかけられている人物は素知らぬ顔で書類に目を落としている。
「あのっ、マスタング大佐!」
 とうとう事務官は声を荒げてしまった。最初は黙っていようと思ったのだが、見かねた私は仕方なく助け船を出してやることにする。
「あーごほん。……大佐、……マスタング……いや、ホークアイ大佐。呼ばれているぞ、君が」
 ため息を吐きながら傍らに居た彼女に目を向けると、彼女――リザは不思議そうな顔で顔を上げた。

「閣下? 私……ですか?」
「そうだ、君だ。マスタング大佐」
 次の瞬間、自分の非に気づいた彼女はあっと可愛らしく声を上げ、慌てたようにようやく女性事務官とのやり取りを始めた。そして 目的を果たした女性事務官があらかさまにホッとした顔で退出していく。彼女が出て行ったのを見届けてから、リザは不本意そうな顔で言った。
「……だから、せめて軍部では夫婦別姓が良いと言ったのに。恥をかいてしまったじゃないですか」
 そう。
 そもそも、そう主張した彼女にイヤだと駄々をこね軍内でもマスタング姓を名乗らせているのはこの私なのだ。
「何を言う。正真正銘の夫婦なのだから、同じ姓で良いだろう。君は私の可愛いお嫁さんなのだから」
 付け加えるのならば、別に私は彼女にマスタング姓を強制した訳じゃない。
私がホークアイ姓を名乗っても良いとも申し出たのだ。しかしこれにはリザが断固として反対した。
「籍を入れてもう一ヶ月経つんだ。いい加減慣れたまえよ、リザ・マスタング夫人?」
 からかうように言えば、途端に私の可愛いお嫁さんは頬を染めた。

「……無理です。全然慣れません」
「そんなにマスタング姓は馴染まないかね?」
「違います。そうじゃ、なくて。私が、貴方のお嫁さんであることが……」
「嫌?」
「まさか。嫌ならプロポーズされた時にはっきり断っています」
「だよな。君、裏表の無い性格だもんな」
 ふるふると違うんです、と首を振った彼女は戸惑いも露わに言う。
「こんな日が来るなんて、未だに夢の中に居るみたいで……ふわふわと現実感が無いと言いますか。やっぱり夢なんじゃないかと、思わず頬をつねってみたくなったり……」
「おいおい」
 
少々呆れたが、新米奥さんの言うことも理解出来て私は苦笑した。私たちの付き合いはもうずいぶんと長い。それこそ、人生の半分以上を共にしている。そしてその大半を私たちは上司部下として過ごしてきたのだ。だからこそ、関係の変化に彼女はどうしてもまだ慣れないのだろう。
 ……まあそれも時が解決する問題だと私は思っている。何しろ二人の愛の結晶が彼女には宿っているのだから。
「そんなこと今から言っていたら、お母さんになった時が思いやられるぞ? なあ?」
 リザの肩を抱き、彼女のまだ見た目には変化の無いお腹に手を置いて。私はまだ見ぬ我が子に声をかけた。妻となった彼女はもう後一年もしないうちに母となるのだ。
「……そうですね。私、貴方の奥さんになって、そしてこの子の母親になるのですものね」
 両手を私の手に添えて、リザが微笑む。慈しむかのようなその表情は母親の顔だ。
 
――なんだ、私のお嫁さんとしての実感はなくても母親になる実感はちゃんとあるんじゃないか。
 私は拍子抜けした。心配せずともリザはきちんと変化に順応している。
「やれやれ。これは子供が生まれたら早々に君をこの子に取られてしまいそうだなあ……」
 それは幸せな未来だが、少し寂しい。子供が出来てすぐに入籍したから仕方が無いことかもしれないが、それでももう少し新婚さん気分を味わって可愛いお嫁さんを独り占めしておきたかった。そんな本音を思わず漏らせば、リザは呆れたような視線を私にくれた。

「何を言っているんです。もうずいぶんと長く私は貴方に独占されてきたんですから。そろそろお役ごめんにして下さい」
「そうか。そうだな……でも、時々はパパに返してくれよな?」
 私はそうお腹の中の我が子に呼びかける。この子が生まれてきたら、きっとリザは私のことなんか二の次で、この子にかかりっきりになる。妻となったリザも美しかったが、母となった彼女もきっととても美しいのだろう。それは夫として喜ぶべきことだ。

「それじゃあ、早くマスタング姓に慣れないとな? お母さん。じゃないと、子供も混乱するだろう?」
「……善処します」  
 片目を瞑って言えば、リザは若干自信なさげに返答する。それに笑いながら、早く出ておいで、と私は我が子に語りかけたのであった。

 実はこの子がこの子達だったと知るのはまだ当分先の話である。

 
 
拝啓~未来の私へ~

この手紙を読んでいる貴女は今どこで何をしていますか? 
 その手紙はそういう書き出しで始まっていた。


この手紙を読んでいる貴女は今どこで何をしていますか?
私は今、学校の宿題で未来の自分に宛てた手紙を書いています。
と言っても何を書いたらいいかよく分かりません。学校の先生は将来の夢のことを書けばいいと言っていたけれど、私にはこれと言って将来の夢はありません。
だから、貴女に夢が叶っていますか? と聞くことも出来ません。
ですが、貴女のことが少しだけ気になるのは事実です。ですから、今の正直な気持ちを書きたいと思います。

 貴女は今どこで何をしていますか? 出来れば水道光熱費食費に苦労する生活でなければ嬉しいのですが。
貴女もご存じの通りうちの家計は毎日が火の車で余裕がありません。先日の大雨で裏の畑が水浸しになり、植えていた作物の大半がダメになってしまいました。トマトやナスピーマンと言った野菜も全滅です。
裏庭で悲しげな顔をしていた私をお弟子さんのマスタングさんが慰めてくれました。
彼は唯一無事だった隅っこの花を指さして、あの花が流されなくて良かったね、と言いました。私が花なんか食べられませんと役に立ちませんと反論すると、彼は笑って言いました。
あの花はリザに似てとても可愛らしい花だから、無事で嬉しいんだ。それに、役に立たないなんてことはないよ。ほら、見てごらん。眺めていると心を和ませてくれるだろう?って。

まったく、どういう教育を受けてきたのでしょう。女の子に簡単にこんなこと言えるなんて、マスタングさんはとんでもない男の子です。
もちろん、貴女もご存じの通り彼は真面目で優しい人です。ご近所の奥様方や私の同級生にも人気があります。だからこそそれを自覚していないのが、とてもやっかいなのです。

貴女もご存じの通り、私の生活は彼が来てからずいぶんと変わりました。
それまでの父と二人だけの生活はとても静かなものだったのに。マスタングさんが来てからというもの、彼に恥ずかしいものは出せないと料理のレパートリーも増えたし、裏の畑の野菜も増えました。
マスタングさんは優しい人なので家事をよく手伝ってくれますが、貴女もご存じのようにとても不器用な人なので却って仕事が増えます。お掃除をしようとして床に水をぶちまけたり、お洗濯ものを錬金術で乾かそうとして失敗してぼろぼろにしたり。
本当に仕方の無い人です。あの人が来てからうちもずいぶんとにぎやかになってしまいました。

でも貴女はもうご存じだと思いますが、きっとマスタングさんもいつかうちを出ていくのでしょう。
私はその日がとても怖いのです。にぎやかで、でもとても楽しい日々を知ってしまったから。またあの静かだけれど、まるで生きていないかのような日々に戻るのが怖いのです。

……私は、貴女は少しは背が伸びて綺麗な女性になれたのでしょうか? 少しでもあの人に相応しいあの人の隣に立てるような女性になれたのでしょうか? 
大人びていくあの人を見る度に私は思うのです。私も早く大人の女性になりたいと。
ですが、年の差を埋めることは真理を知る錬金術師にだって出来ません。いつかここを出て行ってしまうあの人を私は見送ることになるのでしょう。
だったら、いつか私はあの人を追いかけていきたい。そんな自分になりたい。そう願っているのです。……あ、もしかして、これが私の夢……ということになるのでしょうか? 期せずして、先生の言った通りの手紙を書いてしまいましたね。

……では、改めて訊きます。私の……貴女の夢は叶いましたか? 
私はマスタングさんとつり合うような女性になれたのでしょうか。……今貴女はあの人のそばに居ますか? 


「何を読んでいるんだ?」
「きゃあーー!!」
 突然後ろから降ってきた声に、私は悲鳴を上げた。滅多にしない私の行動に彼は私よりも驚いたらしい。目を丸くしてこちらを見ている。
「ど、どうしたんだ……?」
 柄にもなく動揺した彼は、明らかに不審な私を訝しんでいる。
「な、何でもありません! 何でも!!」
「何でもって……。明らかに何かあっただろう、それ。気になるじゃないか。ん? それは手紙……か?」
「いえ、あの……」
「あ、もしかして。過去に誰かから貰ったラブレターだとか? それで、熱心に読み返していたとかか!? み、見せたまえ!!」
 変な勘違いをした彼が、途端に不機嫌な顔で詰め寄ってくる。
嫉妬丸出しのその態度は少しだけ嬉しくなるものがあったが、絶対にこの手紙を見せる訳にはいかなかった。
「だ、ダメです!」
「ますます怪しいな! 見せたまえ!!」
「絶対ダメ!!」
 取っ組み合いをしながら、私は迫り来る恋人から手紙を死守する。この手紙を見られようものならば、絶対に一生からかわれ続ける。だから、必死だ。
……何しろ、私は一生彼のそばに居るつもりなので。

――12歳の私の手紙は恥ずかしくなるくらい彼のことでいっぱいだった。そして。恥ずかしながら、今でもその気持ちは少しも色褪せていないのだ。

 
 
 拝啓12歳の私へ。私と彼は今、こんな風に過ごしています――。



ぎゅの件


「大佐、いえ、もう准将でしたか。お話があるのですが」
「な、何だね、改まって」

東方司令部への異動を控えた、中央司令部での忙しい毎日の合間を縫って。
やけに畏まった様子で無事に私の副官に再任されたホークアイ中尉が話しかけてきた。
彼女は約束の日の傷が元で長いこと休暇を取っていた。本日はその休暇明け第一日目である。

「ぎゅの件について、准将に確認事項がございます」
「何だって?」

何を言われたのか俄に理解出来ず、私はとりあえず彼女にリピートを要請した。
口調が仕事モードなのでその関係かと思ったが、言われている事柄に心当たりがないぞ。

「ぎゅ、の件です」
「ぎゅ?」
「ええ。ぎゅです」
「それは何だ?」
「覚えておられませんか。そうですね、准将にとっては些末なことだったのかもしれませんが」
「だから、ぎゅとは何だ?」
「はい。メイ・チャン皇女に私が命を救われた時のことです」
「…………ああ!!」

 ようやく彼女が言わんとしていることが飲み込めて、私はぽん、っと手を打った。は、いいが。次の瞬間にはだらだらと汗を流していた。
覚えている。その件ならば、よーく覚えている。むしろ忘れる訳がなかろう。彼女が言うのは、私が彼女を公衆の面前で抱きしめてしまったことだ。

「その件についての確認事項とは……?」

 私はおそるおそる訊ねた。あのぎゅ、の件は私にとってはもうめっちゃ恥ずかしい過去――思い出すと暴れ出したくなるというか悶えたくなるというか。とにかく、黒歴史なのだ。
いや、もちろん中尉を抱きしめたことじゃないぞ。それはぜんぜん後悔する事柄ではなく。そうではなくてだな、その、仮にもまだ気持ちの交換もないただの上司と部下という関係だというのに、そのような先走った気持ちの発露をしてしまったことが男として猛烈に恥ずかしかったというか。いたたまれないというか。(しかも人前で!)もう思い出すだけで全力で叫びながら走り出したい気分になるというか……。

「はい。あのぎゅの意図についてです」

 やっぱりそこか!
私は頭を抱えたくなった。このロイ・マスタング。三十路。非常に情けないがまだ彼女に愛を告げる覚悟が出来ていない、トウシャイシャイボーイ(ボーイじゃないという突っ込みは受け付けない)だ。
それを、よりにもよってこんな真っ昼間の司令部で彼女に追求されるのはとても困った事態である。このまま私は彼女に告白をせねばならないのだろうか。ああ、まだ心の準備が……。

「あの時の准将の意図を推測いたしまして、四つ仮定いたしました」
「……四つ?」

 へ? それ、私が君を大事に思っている。以外に何があるんだ? 好き、とか愛している、とかラブ! とかでそれぞれ分けてるのか?

「はい。まず一つ目。あれは例えますならば、フットボールにおけるハットトリックを決めた選手が仲間と抱き合うパフォーマンスのゴール!! という瞬間の熱狂に似たものであること。二つ目。准将は眠るときに枕に抱きつく癖がございます。あの時も突然眠気に襲われた准将がとっさに手直に居た私に抱きついたという可能性――」

いやいやいやいや、まてまてまてまて。フットボール? ゴールを決めた瞬間の抱擁的な? 抱き枕?? 
中尉の謎の推測に私は唖然とした。彼女は三つ目と言葉を継ぐ。

「そして三つ目は、止血です。あれはマスタング家に代々伝わる止血法であり、ああすることで身体全体を圧迫し、出血多量であった私の負担を少しでも軽くしてくれたということ」

いや、そんな止血法聞いたことないし。

「最後に、四つ目。鯖折りです。あの時大佐はとっさに私に鯖折りをしかけて来たのだと……」
「いや、おかしいだろ!? 瀕死の女性に鯖折りって、私はどんだけひどい男だ!?」   

我慢出来ず私はとうとう声に出して突っ込んだ。彼女の理論は斜め上すぎる。あの愛情の発露の行為が何故そんな結論に達する!?

「違うのですか?」
「違う!! ぜーんぶ不正解だ!!」
「では、正解は?」

言ってしまってから、冷静に中尉に問い返され、私はうっと言葉に詰まった。正解を言ってしまっても良いものだろうか。というか、あの行為を男女のそれだと一ミリも中尉に意識されて無いのだから、正解を言った所で、「貴方はそういう対象ではありませんので」とかふつーに返されそうでガクブルなのだが。

「……言いたくない」

という訳で、私はひとまず逃げた。まだ、心に傷を負う覚悟がついていない。これからイシュヴァール政策という大仕事が待ち受けているというのに、副官との関係を悪くする訳にもいかないのだ。臆病者とそしられようと、これが今の私の精一杯だ。

「分かりました。ではこれ以上あの時のことは追求しません。ですが、一つだけお願いをしてもよろしいでしょうか」

 あっさりと引き下がった中尉はそこで言葉を切ると、何故かぽっと頬を赤くした。いつも無表情な彼女がそんな顔をすると、非常に可愛くて私はまたぎゅっとしたくなる衝動に駆られる。

「な、なんだね……?」
「…………その、准将にはもう聞きませんが。あの時のことが何だったのか、私は非常に気になっております。私なりに分析してみたいので……もう一度、ぎゅっとして頂いてよろしいでしょうか?」
「あ、ああ……」

 戸惑いつつも、中尉の気がそれですむならと私は彼女を抱きしめてやる。あの時と変わらず彼女はほわほわとした柔らかな抱き心地であり、とてもいい匂いがした。

「……どうだね? 何か参考になったかね?」

このまま私の気持ちも彼女に少しでも通じればいい、と願いながら訊ねれば。中尉は少しはにかんで。

「はい。……その、あの時も思ったのですが……ぎゅとは、とても心地が良いものですね。出来ればまた時々、して下さると嬉しいです」
そんなことを言ってくれた。

――私が彼女に愛を告白出来る日は近いかもしれない。



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by netzeth | 2015-07-23 23:38 | Comments(0)