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SS詰め合わせ5

◆私んだ★

「今回は絶対に譲らないからな!」
 という俺の宣言をレベッカ・カタリナははんっと鼻で笑った。
「ハボックのくせに生意気。何たって、あたしとリザはマブダチなの。あんたの出る幕じゃないわ。そ、れ、に。彼女にフられたばかりのあんたに有給休暇1週間なんて宝の持ち腐れよ」
「うっっせー! お前だって、彼氏居ない歴もうすぐ1年じゃねーかっ」
「あ、それ言う? 言っちゃう?? このレベッカねーさんの地雷を踏み抜いたわね、このバカハボック!」
「二人とも、落ち着いて」 
 と、俺とレベッカの五十歩百歩なたいそう醜い争いにホークアイ中尉が困った顔をしている。そうだ、そもそも俺とレベッカの恋愛事情は今回の問題とは無関係である。……少なくとも今の時点では。


 
 アメストリス国軍の伝統として、毎年春先の行われる催しがある。それが軍内対抗競技会……まあ、学校で言う運動会みたいなもんだ。その意義は日頃の研鑽の成果を見せる場であると共に仲間と競い合うことにより更なる技術と体力の向上はかるためのもの――であり、ちょっと前にマスタング大佐と鋼の大将が錬金術戦を繰り広げたが――まあ、あれもこれの延長みたいなものだった。
 これ、すなわち軍部祭りである。
 ブラッドレイ大総統が就任してからと言うのも、真面目だった競技会が祭りじみて来たのは彼の愉快な人柄故だろうか。加えて、東方司令部には大総統に負けず劣らずのお祭り好きで破天荒な御大がいらっしゃるのだ。
 東方司令部最高司令官グラマン中将は、更にこの軍内対抗競技会に自由過ぎるカスタマイズを施した。ミスコンまでやろうとしたのは、流石に女性達に猛反発にあい諦めたが。だが、祭りの盛り上げ方を心得ている中将は、代わりに各競技の優勝チームに豪華な特典を用意してくれたのである。
 その中の目玉が、射撃競技優勝チームに与えられる――絶対有給休暇1週間なのだ。
 ポイントは、絶対・有給休暇ということだ。軍人なんてやっていれば休みなんてあって無きもの。例え休暇であってもスクランブルがあれば呼び出されるのは常。有給休暇消化なぞ夢のまた夢だ。ただ、取れもせず消えていく休暇を貰っても意味はない。
 しかーし。今回の絶対有給休暇は違う。なんと、文字通り絶対にお休みをもらえる権利なのだ。何があろうと、それこそ隣国が攻め込んでこようとも、イーストシティに銃弾の雨が降ろうとも、例え大総統府がマングースで埋め尽くされようとも! 絶対に休んでいいよ! という夢のような? 優勝商品なのである。
 さあ、もうお分かり頂けただろうか。何を俺とレベッカが争っているのかを。


「リザは絶対にこのレベッカさん率いる狙撃部隊Aチームで出て貰うんだから!」
「何をっ、中尉は司令官付き副官なんだから、絶対司令官付隊チームだろ!」


 射撃競技はチームの代表1人による勝負。ならば、必然的に東方司令部の鷹の目、随一のスナイパーであるホークアイ中尉が居るチームが圧倒的に有利だ。
 ホークアイ中尉は司令官付き副官。よって、この俺の所属する司令官付隊チームだとだと思っていた。
 しかし。
 それに難癖を付けてきたのがレベッカである。グラマン中将が言った「あ、チーム分けは基本的には所属部隊別だけど、本人の強い希望があれば自由意志に任せるからね。好きなとこ行っていいよ~」という自由過ぎるルールを盾に、ホークアイ中尉をレベッカの所属チームによこせというのだ。


「リザは半分狙撃部隊所属みたいなもんなんだからっ、うちでしょ!」
「何おうっ! お前だって狙撃手だろっ、自分で出て勝つっていうプライドはないのかよっ!」
「そんなもの有給休暇1週間の前に儚くも散ったわ……!」
「散らすな!!」

 レベッカの要求に簡単にはいそうですか、と屈することは出来ない。何しろ、有給休暇1週間がかかっているのだ。

「それを言うなら、うちの狙撃部隊Bチームにも権利はあるぞ!」
「ならうちだってっ。中尉はよくうちの部にお見えになる!」
 
 また増えたホークアイ中尉争奪戦参加者。そうだっそうだっ、という賛同の声が上がってうるさいことこの上ない。ちなみに、ここは飲み屋で、周りは酔っぱらいだらけ。うるさいのは仕方がない。
 各チーム代表が集まっての競技会前の親睦会……という名目の飲み会は混沌とした様相を見せていた。皆酒が入っているせいで、遠慮がない。収拾がつかないとはこのことだ。


「だーっ! 周りが騒いだって仕方ないじゃないっ。ここはとにかく、本人の意志を確認しましょ。ねえ、リザ? この大親友のレベッカさんと一緒に参加したいよね? そうに決まってるでしょ?」
「くぉらっ! 女の友情で誘導尋問するんじゃないっ!」

 周囲から一斉に注目を浴びて。ホークアイ中尉は珍しく戸惑った顔をしていた。彼女からしてみれば、親友の頼みは断り難いだろうし、かといって俺ら同僚を裏切ることも出来ないだろう。他に義理のある部の声も無視出来ない。確かに板挟みの困った状況だ。

「私はどこのチームで出場してもかまわないけれど……」

 中尉はそこで、言葉を切った。こちらを立てればあちらが立たず。言葉に詰まるのも無理は無い。

「私は……大佐の命令に従います」

 続いた中尉の言葉に、俺らは一斉に振り返った。そこには。


「ん……? なんだ?」


 このホークアイ中尉争奪戦の喧騒の中、一人置いてけぼりをくっていた、そう、一応この中で一番えろい…いや、違った。偉い人――ロイ・マスタング大佐が寂しそうにちびちびとグラスを傾けていた。
 あ、大佐。居たんだっけ。
 この人の存在を半分忘れかけていた俺は、かなり不敬なことを思いながら大佐を観察する。あ~あ、みんながホークアイ中尉にばっかり夢中になっているから、飲み過ぎてるぞ、この人。もともと酒が強くないのにな。誰か止めてやれよ。
 もちろん、大佐に注目が集まらないのには理由がある。射撃競技では役に立たない――というのもあるが、そもそも。彼はグラマン中将と共に大会を取り仕切る責任者の立場であり、参加者ではないからだ。


「そうねっ、リザの言うとおり! 大佐に決めてもらいましょ」

 ホークアイ中尉の提案に一番に乗ってきたのはレベッカだった。俺はしまったと唇を噛む。大佐は責任者であり公正かつ公平な立場でなければならない。よって。大佐の付属部隊である俺らとはなあなあなの関係ではあってはならないのだ。
 つまり。
 立場的に大佐はホークアイ中尉を、付隊チーム所属にはしないだろう。むしろ意図的に避けなければならないのだ。
 くっそ、やられた! 
 にんまり笑っているレベッカの赤い唇を睨みつけて、俺は唸る。
 これでレベッカの勝率は格段に跳ね上がった。中尉が一番縁がある狙撃部隊+彼女の親友という立場。有利なのは間違いない。なんだかんだ言って中尉思い……いや、中尉大好き大佐ならば、レベッカのチームに。と言うかもしれない。


「ね、マスタング大佐。答えて下さい。リザはあたしのですよね??」
「違うって! 大佐ぁっ、ホークアイ中尉は俺らのものですよね!?」

 酔っぱらって顔を赤くした大佐はまずはレベッカの顔を、次に俺の顔を見た。それから周囲を取り巻く連中をぐるりと見渡して。そして、最後にホークアイ中尉の上で視線を固定した。

「はあ?…………んなの、決まってるだろう」

 俺たちは息を呑む。


「リザは私のものだ」

 
と、真顔で酔っぱらいがのたまってくれやがったので。
 
 俺ら彼女居ない野郎共のやる気元気が行方不明になり、レベッカがやってられないわー! とやけ酒をかっくらい、ホークアイ中尉がもう、なんてことを言うんです……と可愛く憤慨するはめになりましたとさ。

 めでたくなし。めでたくなし。 




◆親友の娘◆

その家はメイフラワー通り住宅街の中程にあった。小さな庭は綺麗に整えられ、至る所に花が植えられている。おそらく、あの美しい奥方の趣味なのだろう。
 ロイがその家を二人と一匹で訪れるのは、これで二度目だ。ドアノッカーを叩くと、トタトタトタと軽い足音が近づいて来て。思わず彼は隣に立つ女性――リザと顔を見合わせて微笑んだ。
「ロイおじさん、リザおねーさん!」
 満面の笑顔で彼らを出迎えてくれたのは、ロイの親友の遺児である。彼女――エリシアはキラキラと瞳を輝かせて、リザが持つバスケットに視線を注いでいた。
「そこに居るの?」
「そうよ。ほら」
 リザがバスケットの蓋を持ち上げてやると、中からひょっこりと黒い毛玉が顔を出した。白と黒の毛を持つその子犬は、リザの愛犬ブラックハヤテ号の子である。
「うわぁ、可愛いっ! ハヤテちゃんそっくり!!」
 歓声を上げた少女は、興奮を押さえきれない様子で手を伸ばして子犬に触れようとする。だが小さな手が触れる前に彼女の母親の叱責の声が飛んできた。
「ダメよ、エリシア。まずはお二人にきちんとご挨拶なさい」
「…………ロイおじさん、リザおねーさん。こんにちは。いらっしゃいませ」
 少しムクレた顔をしながらもエリシアは素直に母の言葉に従った。グレイシアは穏やかで優しい女性だが、躾にはなかなかに厳しいらしい。
「ああ、こんにちは、エリシア」
「こんにちは、エリシアちゃん。すっかりお姉さんになって」
 笑みを浮かべてロイとリザも挨拶に応える。幼い頃から活発な少女であったが、最近ますます父親に似てきたようだとロイは思った。その天真爛漫さで周囲を明るく照らす太陽のような所が特にそっくりだ。
「さ、お二人ともどうぞ中へ。わざわざいらして下さってありがとうございます」
 丁寧に礼を述べるグレイシアの言葉に甘えて、ロイはリザと共にヒューズ邸へとお邪魔することになった。


 ロイとリザがここ――ヒューズ邸にやって来たのには、明確な目的があった。それが先ほどからリザが抱えているバスケットの中の子犬である。沢山生まれたハヤテ号の子犬達――流石に全ての面倒をリザが見ることは出来ないため、里親を探していたのだ。それに手を挙げてくれたのが、グレイシアとエリシア親子だったという訳だ。
「とっても可愛い!」
 リザからようやく子犬を手渡されて、エリシアはとてもご機嫌だった。胸に大事に抱えるようにして抱っこして、子犬を優しく撫でている。彼女は以前ブラックハヤテ号を見た時、自分も欲しい! と泣いて駄々をこねたことがあった。その時は周囲の大人達で何とか宥めたものだ。だが、あの時、「近いうちにパパがエリシアに子犬あげるからな!」と娘と約束をしていた男はもういない。その約束は果たされることなく、ずっと宙に浮いていた。おそらく今回の里親の話を引き受けたのは、グレイシアの娘に対する精一杯の愛情であり、慰めであったのではないかとロイは考えていた。

「本当にこの度は子犬を譲って下さってありがとうございます。まして、こうしてセントラルまでわざわざいらして頂いて……」
「いえ、子犬を引き取って頂いてありがたいのはこちらですから」
 
恐縮するグレイシアとリザのやりとりを聞きながら、ロイはエリシアに視線をやる。彼女は早々に座っていたソファーから抜け出して、床に座って子犬と遊んでいた。手に持っているのはボールや骨の形をした玩具。それだけで彼女が子犬をどれだけ待ち望んでいたかが分かるようだった。
「ロイおじさん、この子の名前はなんていうの?」
 一人と一匹にロイが近づいて行くと、子犬を持ち上げてエリシアが尋ねてくる。
「……名前はまだ無いんだ。その子のご主人様はエリシアだから、エリシアが付けてあげるといい」
「わたしが付けていいの?」
「ああ、もちろん」
 頷いてやると、何故かエリシアの表情がふっと沈む。そこは喜ぶ所ではないのかな、と疑問に思っていると彼女はふにゃりと眉を曲げて言った。
「……パパ、とね。名前考えたの。いつか、パパが子犬を連れてきてくれた時のために、今から考えておこうって。……その名前を付けていいかなあ」
 少女の悲しみの深さを思って、ロイの胸は痛んだ。まだ死を理解出来ぬほどの幼さで彼女は父親を失った。成長した今では、もちろんエリシアは父親の死を理解している。しかし悲しいという気持ちが無くなる訳ではない。いつまでもそれは尾を引いて、何気ない時にひょっこりと顔を出すのだ。
「エリシアがしたいようにするといいよ」
 優しく言えば、エリシアは無言でこくんと頷いた。
 ヒューズのことは彼女にとってもまだ消化しきれぬ事柄なのかもしれない、とロイは思う。ヒューズと考えた名前を子犬に付ければ、エリシアは常に亡き父親を思い出してしまう。止めた方がいいと言ってやるのは簡単だった。しかし、彼女の父親との思い出を大事にしたいという気持ちも分かるのだ。
 だから、ロイはエリシアに任せて、彼女の気持ちを尊重することにした。結局、他人のロイが口を出した所でどうしようも無い。
「うん。……あ、でも、この子…男の子? 女の子?」
「ん? どうしたんだい?」
 困ったように言うエリシアに、ロイは首を傾げた。
「あのね、パパね、犬でも男の子はダメって言って、女の子の名前しか考えてくれなかったの」
「あいつ……」
 死んでもなお健在の親ばかっぷりを見せつけられて、ロイは頭が痛くなる思いだった。エリシアが嫁に行く時には化けて出てきそうだ。 
「そうか。……この子は女の子だよ」 
「本当!? じゃあ、大丈夫だね!」
 無邪気に喜んで、エリシアはヒューズと考えた名前を子犬につけた。リザが考えた名前よりよほどまともなそれに、良かったなお前とロイが心の中で思っていた時のこと。
「でもこの子、女の子だからいつかお嫁に行っちゃうのかなあ……?」
 エリシアが不安そうにそう呟いたので、ロイは吹き出しそうになった。その顔が、エリシアがまだ赤ん坊の頃、彼女を抱きしめ泣いていた親友そっくりだったからだ。
「……どうだろうな。お婿さんを貰うかもしれないし、女の子だからって必ずお嫁に行くとは限らないだろう」
「当たり前だ娘を行かず後家にしたいのか」と冷たく突き放した親友とは違い、その娘にはロイは優しく言ってやる。
「そうなの? 女の子はみんなお嫁さんになるんだよってお友達は言ってたよ。エリシアもいつかお嫁さんになりたいんだあ……ロイおじさんは、リザおねーさんをいつお嫁さんにするの? わたしとっても楽しみ!」
「……あー……それはだな、おいおい……」 
 少女から思わぬ火の粉が飛んできて、ロイは慌てた。無邪気に少女に問われれば邪険に扱う訳にも行かず、言葉に詰まる。
 脳裏に浮かぶのは、彼女の父親の姿だ。ことあるごとに早くリザちゃんを嫁にもらえ! と、ロイを焚きつけていた男。

  ……この子はあいつに似ている。やはり親子だな。

 なんて、笑みをこぼしていたらば。
「あ、もう、ロイおじさん! 笑って誤魔化したらダメなんだからっ。女一人幸せに出来ない男は、かいしょーなしって言うんだよ?」
「そういう言葉をどこで覚えてくるんだい、エリシア……」
 すっかり成長した少女の冴えわたる舌鋒に、そんな所まであいつに似なくていい、とロイはひたすら苦笑するのであった。




◆友人の妻◆

「マスタングさんって、もしかして、男の人が好き……とかじゃありませんよね?」
 この発言が他の――たとえばヒヨコ頭の部下からでも発せられたものであったならば、容赦なく焔の洗礼を浴びせてやったのだが。しかし発言主は年下の可愛らしい女性であったので。ロイは引き攣る頬を隠しながら、綺麗に対女性用のスマイルを作って見せた。
「あー…ロックベル嬢……いや、違ったな。ミセス・エルリック。その質問は一体どういう意図があってのものか訊いても良いだろうか?」
 美しい女性へと成長し、今や、エドワードの妻となった女性――ウィンリィは、もちろんと少し怒った様な顔でロイに頷いた。
「だってそういう理由が無い限り、マスタングさんがリザさんのこと、いつまでも待たせてるのおかしいと思ったんです」
「……おかしいかね?」
「いえ、おかしいと言うか……男としてどーかと思います」
「そうか」
 ウィンリィの手厳しい言葉に、ロイは苦笑する。彼女は本当にリザの良い友人であるらしい。今では電話や手紙のやり取りなどして、連絡を取り合っているようだ。そんなウィンリィにしてみると、何時までも煮え切らないロイが不甲斐ない男に見えるのだろう。ましてや、彼女は既に人妻。結婚をして女性としての幸せを掴んだ彼女には、自分たちの関係がさぞかしもどかしく歪なものに見えるのかもしれない。
「そうですよ」
 物怖じすることなく、はっきりきっぱり物を言う所は夫にそっくりである。エドワードが選んだ女性らしく芯が強く、そして友人思いの優しい人だ。渋るエドワードを引っ張って東方司令部まで結婚報告に来てくれたのも、彼女だからこそだろう。肝心のエドワードはというと所用で席を外しており、リザも生憎外出中であったためこうしてロイがウィンリィの話し相手となっている訳であるが。 
「だから、マスタングさん。男の人が好きとか少女しか愛せないとかそういう性癖じゃあ仕方ないと思いますけど、そうでないなら、さっさとリザさんを幸せにしてあげて下さい。それが男としての責任ってもんです。ばっちゃもそう言ってました」
 まっすぐにぶつけられる言葉は、不躾とも取れる言葉だった。他人の、まして男女の仲を部外者がとやかく言うのは無粋というものだ。しかし、ロイは不快には思わなかった。むしろこの女性に言われると小気味好いとすら感じる。おそらく、ウィンリィの言葉が心底友人――リザを想ってのものだからだろう。
 しかし。
「……って、私、最近まで信じ込んでいたんですけど」 
「何?」
 続く言葉でウィンリィはあっさりと己の前言を否定してみせて。ロイはそこで初めて困惑の声を上げた。それに、ウィンリィは悪戯が成功した少女のような笑みを向ける。
「私、分かったんです。人はそれぞれだから……」
 謎めいた言葉でロイを翻弄すると彼女はそっと、自らの腹に手をおいた。
「今ここに新しい命が宿っています。……今日はその報告でもあったんですけど」
「な、何? 君、こんな所に出向いて来ていいのか?」
「ふふ、男の人ってみんな同じ反応をするんですね。エドも同じこと言いました。大丈夫ですよ」
 狼狽えたロイに穏やかに微笑むと、ウィンリィは優し眼差しで腹を撫でている。慈しむようなその瞳には圧倒的な母性が湛えられていて、年下のこの女性がロイにはずっと年上に感じられた。
「そ、そうか。とにかく、おめでとう。結婚してすぐにおめでたとは……めでたいな」
「はい。二ヶ月だそうです」
「二ヶ月……って、計算が合わんだろ、あの豆がっ……」  
 案外手の早い男であったエドワードを軽く罵るロイに、ウィンリィがくすくすと笑っている。彼女もロイとエドワードの仲良く喧嘩する関係をよーく理解しているようだ。
「それで、これはもう、昔のことなんですけど……」
 そして微笑みを浮かべながら、彼女は言葉を紡ごうとする。穏やかなその声音は年に似合わぬ落ち着きを持っていて、ロイは沈黙して静かに彼女の言葉に耳を傾けた。
「……昔。私、リザさんに憧れていたんです。羨ましかった……いつも大事な人のそばに居て、その人を護れる強さを持っていて。私もリザさんみたいになりたくて、ピアスとか付けて……外見を真似れば、中身も同じになれた気がして。でも、やっぱり私は弱くて。エドのお荷物になってばかり。リザさんみたいにはなれなかった」
 その手に銃を取ることを選んだ女と、その手で人を生かす道を選んだ彼女。道は違えど、大切な存在の力になりたいと思う気持ちは一緒だった。ロイはいつかのリザの言葉を思い出す。リゼンブールで見た髪の長い女の子を見て、髪を伸ばそうと思ったという話を。おそらく、ウィンリィがリザに憧れを持っていたように、リザも彼女に何かしら思う所があったのだろう。 
「でもお母さんになって、私、ようやく分かったんです。私は私でいいって。私には私のやり方がある。それでエドを助けて護ればいいって。だからもういいんです」
 そうはっきりと告げるウィンリィの耳にはピアスはもう存在しない。ただ、塞がったピアスホールの痕が残るばかり。それは少女が大人の女性となり、本当の強さを手に入れた証なのだろうとロイ思う。
「だから……私が私であるように、リザさんはリザさんのやり方でマスタングさんを愛しているんだな、って分かったから。お二人の関係に口出しするような口うるさい親戚のおばちゃんみたいな真似はもうしません。安心して下さいね?」
 最後はおどけた口調で言うウィンリィに、ロイは思わず破顔した。
「私としては、口出ししてもらっても一向に構わないのだがね……特に、君の頑固な友人に「もう少し素直になったらどうか」くらいのアドバイスを送ってくれたらありがたい」
「そこはマスタングさんの甲斐性次第なんじゃないですか? 早くリザさんが自分の気持ちに素直になれるような環境を整えて下さい」
「……鋭意努力しよう」
 口出ししないと言いつつも最後にチクリと釘を刺してくる母となったこの年下の友人の妻に、ロイは叶わないなと諸手を挙げて降参したのだった。




◆ヒドイ人達◆

「じゃーん! 見ろ!!」
「パーティーの招待状?? おい、これは何だハボ」
「実は今の彼女、結構いい所のお嬢さんでさ。その子の家が主催のパーティーやるから、俺にぜひ来て欲しいエスコートして欲しいっていうんだよな。うえへへへ、きっと親御さんにも紹介されて、晴れて公認の仲ってやつになるんだ。ゴールイン待ったなしだぜ?」
「くっそ、幸せな顔しやがって。ハボのくせに、ムカつくぜ……」
「いいじゃないですか、ブレダ少尉。ついにハボック少尉も幸せを掴めるんですよ」
「そうですよぉ~。今までずーっと連敗続きだったんですから、祝福してあげましょうよぉ」
「まー、そうだな。苦節ウン年、あの人使いの荒い上司達の元でお前、よく頑張ったもんなあ……。仕事のせいでフラれてもめげずフラれてもめげず」
「……誰が人使いの荒い上司だって?」
「達ってことは、私もカウントされているのかしら?」
「げっ、大佐に中尉! いつからそこに!?」
「最初からだが。まあ、いい。とりあえずその招待状、見せてみろ……ふむふむ……なるほどなあ、中尉?」
「……ええ、大佐」
「……っちょ、何を二人で納得しあってんスか! 何かその招待状に不審でも?」
「いや、不審はない。正真正銘きちんとしたクライン家からの本物の招待状だな」
「ええ、そうですね。あの、クライン家主催のパーティーの招待状そのものに間違いありませんね」
「あったり前じゃないですか! ミシェルは俺にぞっこんなんスからっ、偽物渡す訳ないでしょう!」
「そうか。では、誠に残念だがそのミシェル嬢からの招待はキャンセルだ」
「は?」
「早々にお断りの返事を出して置くように」
「はああ!? 何アホなこと口走ってんですか大佐。何か変な物でも食べたんスか?」
「いいえ、ハボック少尉。大佐は至って正常よ。いい? クライン家主催のパーティーはシティの名士が集まる情報交換の場なの。ここ東方司令部にも招待状が届いているわ。一応、グラマン将軍宛てにね」
「将軍は、ワシめんどいから行かない! とおっしゃっているので、名代を立てることにした。当然ながらナンバー2の私が行くのが筋だが、私はシティの社交界に顔が割れている。後ろ暗い所のある連中は私の顔を見たら、口を噤んでしまうだろう」
「そういう訳でグラマン閣下の名代の名代として、私が行くことになったの。で、パートナー同伴が必須のパーティーだから、私のエスコートはハボック少尉、貴方の役目。分かった?」
「分かんねえぇぇぇぇ! 俺、ぜっぜん分かんねえッス! つまり、あんたら、俺に恋人との約束を断ってよりにもよってその恋人が出席するパーティーに他の女連れて出ろって言ってるんッスよね!?」
「そうだ。なんだ、分かってるじゃないか」
「理解不能なのはあんたらのその鬼畜な思考回路ですよ!! 悪魔か! 悪魔なのか!? 俺じゃなくて、ブレダとかファルマンとかフュリーに頼んでくれよ!!」
「ブレダもファルマンもフュリーも他の仕事で空いておらん。フリーなのはお前だけだ」
「そりゃそうだよっ! 俺、ミシェルとデートするために休みとったんッスから!」
「何をそんなに興奮しているの? 少尉。これは仕事よ? 仕事で女性にフラれるなんていつものことでしょう?」
「ううっ、そんな地球が回っているのは当然、みたい口調で言うの止めて下さいよ……別に俺が女にフラれるのは大自然の摂理じゃないんスから……」
「何だ、煮え切らん奴だな。女の1人や2人諦めろ」
「簡単に言うな!……くっそ、こうなったら、俺、めっちゃ綺麗に着飾った中尉とパーティーに出てイチャついてやりますからね! 中尉のボインで眼福で満腹になってやりますからね! そんで、中尉がかっこよくエスコートする俺に惚れても知りませんよ!? やーい、悔しいだろ!?」
「……私は別にかまわんがな。それで中尉がお前になびくというのは地球が停まるよりありえん。な、中尉?」
「ええ、そうですね。大佐以外にはなびきません」
「……このバカ夫婦、撲滅したい……」
「それよりも、お前いいのか? 普通にしていればまだ言い訳出来るかもしれんのに、中尉といちゃつくのを恋人に見せつけたらもう修復不可能だぞ? 恋人に浮気現場を見せつけるなんてお前の方が鬼畜思考だろう?」
「そうよ、ハボック少尉。見損なったわ?」
「…………何なの? この人たち。神経が有刺鉄線なの? デスマッチが出来るの?」



◆おふくろの味・嫁の味◆

 特に忙しくもなく事件もない、穏やかな午後の司令部。そんな緩みきった空気の中、野郎の部下達が楽しげに雑談をしている。既に目の前に置かれた書類への興味をなくしていたロイはペンを放り出し、彼らの話声に耳を傾けた。



「もう故郷を離れて長いけどよ、やっぱおふくろの味が無性に懐かしくなる時ってあるよな」
「あーあるある、うちのおふくろのミートパイは最高だったぜ。あれが出てくりゃ、ガキの頃の俺はどんなわがままも一発で黙らせられちまった」
「おふくろの味ですかあ。僕んちはアップルパイですかね。シティのいろんな名店で食べましたけど、結局母のアップルパイが一番だって思ってしまうんですよねえ」
「うちはポトフでした。今思えばそれほど料理が達者だった訳ではない母親でしたが、それでも幼い頃に味覚に刷り込まれた味は忘れないものなのでしょうな」
「だなー。俺はおふくろのシェパーズパイが大好物なんだけどさ、どこのを食べてもおふくろの味とは違うんだよ。……実は俺がシェパーズパイが好きだって聞いた彼女が前に作ってくれたんだけどさ、美味しかったよ? 美味しかったんだけどよ……おふくろの味にはやっぱおよばねえんだよなあ……」
「お前それ絶対彼女に言うなよ。女はさ、旦那のママと比べられるほど嫌なことは無いんだぞ?」
「真理ですな、ブレダ少尉。アメストリスにおける男女の離婚理由第2位が、姑との確執だそうですよ。ちなみに1位は浮気です」
「もちろん言うわきゃねえだろ。美味しいよ、って言って完食したさ。でもさ俺、そん時ふと考えちまった訳よ」
「何をですか?」
「……今は恋人だからいいけどさ。これがもしも結婚して一緒になったとして。……一生おふくろの味とは違うあのシェパーズパイを食べるんだなあ……ってさ」
「……そ、それは……深刻な問題ですな」
「ばあか、ハボ。いいか? 男はな、いつかはおふくろの味とお別れするもんだ。そして、自分の女を見つけて今度は嫁の味を一生味わうんだよ。んで、子供が産まれたら今度はお前の嫁の味がその子供にとってのおふくろの味になる。……そうやって、世の中って奴は回っていくんだ」
「ブレダ少尉のお言葉深いですぅ」
「嫁の味、かあ……。だったら、出来るだけおふくろの味に近いの作れる子がベストだよなあ」
「まあ、男は母親に似ている女性を好むと申しますので。料理の腕も然りと言う所ではないでしょうか?」
「そりゃあ女にとって、ずいぶんとハードルが高いんじゃないか? つまり意中の男と結婚したかったら、男の母親から味を盗むって訳だろ?」
「いいじゃないですか、お料理をお姑さんに習うお嫁さんっていうのも。それで二人が仲良しになってくれれば、僕たち男も安心ですよ」
「まあ……後は、そんな殊勝な子が見つかるかってことだよな」
「「「確かに」」」


 部下達の雑談は、そこでちょうど入室してきたロイの副官の登場によって中断した。



「という話があってな。世の男というものはおふくろの味を求めているらしい」
 恋人の自宅にて。シャワー上がりのビールを楽しみながらロイは、恋人の後ろ姿に話しかけてみる。彼女はロイのために、夕食をキッチンで用意していた。
「そういう貴方はどうなんですか?」
 料理の乗った皿を持って、エプロン姿の彼女――リザが近づいてくる。急な訪問にもかかわらず、彼女は冷蔵庫の中のありあわせの物でささっと何品かの料理を完成させていた。
「どう……とは?」
「貴方にとってのおふくろの味はあるのですか? ということです」
 テーブルに並べられたのはトマトソースのパスタにグリルされたチキン。彼女特製のピクルスを刻んでマヨネーズソースで和えたものが添えられている。そして黄色の玉子が彩り鮮やかなミモザサラダ。
「そうだなあ……」
 リザに指摘されて、ロイは考え込む。ロイの母親は幼い頃に亡くなっている。よって、おふくろの味をその舌に刷り込むことは出来なかった。
「強いてあげるならば、マダムの料理だが……」
 だが、それも違うなとロイは首を振った。ロイの義母であるクリスは忙しい人で、ロイには彼女に料理を作って貰った記憶があまりない。彼女の経営する店でいろいろ美味しいものを食べさせては貰ったが、それはクリスの料理とは言えないだろう。
「マダムの作る料理ももちろん美味しかったが、おふくろの味か? と問われると少し違うと言わざるをえんな」
「では大佐にとっておふくろの味は、無いということですね」
「……いいや、実はそうでも無いんだな」
「え?」 
 リザの言葉をちっちっちっと人差し指を振ってロイは否定して見せた。そしてトマトソースをたっぷり絡ませたペンネをフォークで刺すと、パクリと口の中に放り込む。
「例えばこのトマトソース。それから、このピクルス……」 
 じっくりと味わいながら、リザが用意した手料理をロイは平らげていく。口の中に広がるのは昔から慣れ親しんだ味。かつて、ホークアイ邸の裏庭で採れたトマトやキュウリで彼女がよく作ってくれたものだ。
「うん、やっぱり君の味が最高だ。どんな名店のものよりも美味い」
「それは身内の贔屓目というものですよ、大佐。……貴方がよく訪れる高級レストランの味と比べられる訳ないじゃないですか」
 ロイの賛辞に少しだけ顔を赤らめながらも、リザは呆れたように恋人を見ている。過ぎた身内贔屓はかえって恥ずかしいですよと言わんばかりのその態度に、ロイは勢い込んで反論した。
「まさか。私は本気で君の味が一番だと思っているんだがね。言ったろう? 男はおふくろの味が一番だと。それはどんな名店の味も、コレジャナイという気持ちにさせるんだ。……私にとってのおふくろの味は君の味なんだよ」
 もちろん、君は私の母親なんかではないけどな? そう付け足してロイは隣に据わる恋人の肩に手を回した。一気に引き寄せてそのこめかみにキスを落とす。不意打ちの行動になかなか男女のスキンシップ慣れぬ恋人は、今度は顔を真っ赤に染めてロイを睨みつけてくる。
「……食べてる最中はおやめ下さい。ソースが付きます」
「食事中でなければ、歓迎なのかい?」
「…………意地が悪いです」
 ロイの減らず口に、恋人は少しだけムクレた顔をする。唇をむうっと曲げるその様子は、基本的に無表情のリザにとって大変珍しい光景だ。だが可愛らしい彼女の様子ににやけながらも、このまま本格的に拗ねられてはまずいとロイは判断した。
 だから。
 リザの機嫌を取ろうと、ロイは正直に思っていることを口にする。
「……私は幸せものだよ。中尉」
「……何がですか」
「おふくろの味が、そのまま嫁の味なのだから。一生求める味にありつける」
「……知りません」
 ロイのほとんどプロポーズな言葉に、ぷいっとリザは顔を背けてしまう。だがその顔は、耳は真っ赤なままだったので。ただ照れているだけ――と調子に乗ったロイは、そのまま愛らしい恋人の唇を奪うことにしたのだった。



◆出来ます!◆

お昼休みに友人と外でご飯を食べた帰り道。オフィス街で歓声を耳にしたリザは首を傾げた。
「……すごい声ね、何をしているのかしら?」
 会社が集まる界隈での似つかわしくない声を不思議に思っていると、隣を歩くレベッカが苦虫を潰したような顔をする。
「お昼休みを使ってスポーツをしているのよ、確かここの会社はテーブルテニス……卓球台を導入したって聞いたわ。民間はお気楽なものねーあたしら軍人がそんなことしてんの市民にバレたら、きっと袋叩きよ?」
「へぇ……お昼休みに卓球を? 楽しそうね」
「本当にそう思うの?」
「ええ、だって現にすごく楽しそうな声が聞こえるじゃない」
「あたしだったらパス! だって嫌な上司ともニコニコ笑って卓球しなけりゃいけないのよ? 何が悲しくて休憩時間まで上司と遊んでやんなきゃなんないのよ」
「そうね、確かに気が合わない者同士で卓球したらきっとスマッシュを顔面に決めたくなるか、手が滑ったふりしてラケットを顔面にお見舞いしたくなるものね」
「や、そんな物騒なことしないけどさ……やっぱ上司とはパスが無難!」
「でも私……」
「リザ?」
「マスタング大佐となら卓球したいわ? 大佐とならきっと楽しく卓球出来ると思うの」
「………あんたそれ、大佐に言ってやんなさいよ。泣いて喜ぶから」

 という訳で、「大佐! 私、大佐と卓球が出来ます!」とロイに言うリザ。
「た、卓球??? え、何のはなし!?」と混乱するロイ。




◆暑さで頭が煮えてる大佐と少尉◆

「あちいなー軍服なんて着てられっかっ、おっと、大佐は平気そうッスねー」
「馬鹿を言うな、私だって熱い」
「そうッスか? 軍服の襟ゆるめてないし、なーんか涼しげな顔しているじゃないっすか」
「いーや、熱い。体も火照っているし、汗だってかいている! 何故なら! 今脳内でちゅーいがストリップをしているからだ!! この暑さだ、彼女も音をあげて「大佐……私、なんだか熱くて…」と脱ぎ始めたという設定だ!」
「うぉおおお! 実況中継おねがいしゃーす!!」
「よーし、まずは上着……そして、軍靴に靴下……そして、タートルを……おおっと!? まさかの水着!? 下も上もビキニだ!! これはこれでいいが! 下着とは露出面積が変わらないのにエロさは何故か半減だー!!」
「NOぉおおおぉお! どうして、下着じゃないんっすかー!! 大佐の脳内でしょ、何とかしてくださいよ!! 俺も純白レースの下着が良かった!」
「待て! まてまてまて! ぬぐっ、ビキニをぬぐぞぉぉぉ! 今、上をはずし……うおぉぉ!!」
「まじっすか!? うおぉぉぉ!!」
 銃声。




◆不意打ち◆

「あー暑い…暑いな…」
 最高気温が36度を超えた東方司令部にて、自分の机に座りロイはぐでーっと伸びていた。止めどなくあふれ出す汗が彼のやる気を軒並み削いでいく。
「口に出すと余計に暑くなりますよ」
「そうだっ、君脱がない? 涼しくなりそう」
「殴りますよ。何グッドアイディアみたいな顔してるんですか」
 銃を持ち出さないあたり、リザもそれなりに暑さに参っているらしい。
「あ、じゃあ、かき氷でも作るか。これはグッドアイディアだろう?」
「却下です。真っ昼間から軍部でそんなことしてるの知られたら、国民の血税で何をしているのかって叩かれますよ」
「何を言う、くまさん型のかき氷器も氷もシロップも私のポケットマネーだ!」
「あの給湯室の戸棚の上のシロクマさんのかき氷器、大佐のだったんですね……とにかく。そんな理屈は通りませんよ」
「くっ……では、仕方がない。怪談とかどうだ? ドキッとかしたら涼しくならないか?」
「あいにく、話の持ち合わせがありませんが」
「……じゃあ、どうしたらこの暑さを何とか出来るんだ!」
「……では、これでは?」
「中尉?……何をっ」
 一気にロイとの距離を詰めたリザが、息のかかる位置にまで顔を近づけてくる。あとほんの少し前に出るだけで、唇が触れ合ってしまいそうだった。ロイの心臓がドキンっと跳ね上がった瞬間。すっとリザは身を離し、
「……どうです。ドキッとしたでしょう? 涼しくなりました?」
 にっこり微笑んだ。そのまま呆然とするロイを置いて、冷たい飲み物を持ってきますと部屋を出ていく。残されたロイは椅子からずずずっと滑り落ちながら、呟いた。
「………バカ者。余計熱くなったではないか……」





◆お断り◆

「あたしの彼氏の友達が彼女募集中なのよ~。結構イケメンで優良株なんだけど……どう?」
「どう……って? レベッカ」
「またまた~鈍いふりしないの! あんただって、毎日仕事仕事でうんざりしてるでしょ。せめて家に帰ったら、男に癒されたいはずでしょ?」
「間に合っている!!」
「ちょ、なんで大佐が返事をするんですか!」
「……いいかね、カタリナ少尉。今後一切こういうことは控えて貰おうか。中尉のアフターケアは私がじっくりねっとり私の家でやって……ごふっ」
「……レベッカ。家には可愛い黒い犬が居るから、癒し要因は間に合っているわ」
「そ、そう……。やれやれ…どっちの黒犬のことやら……」
「何か言った?」
「別に」





◆不意打ち2◆

「なあ中尉。私のこと、好きって言ってくれ」
「仕事中に何バカなことをおっしゃっているんです。こちらの書類は本日1400までです。添付資料をお読み下さい」
「いいじゃないか、君はそういうこと全然言ってくれないし。愛情表現が希薄というか……」
「何不安になってるんですか、貴方は女子学生ですか。いい歳の男性が言っていいことじゃありませんね。あ、こちらは本日のセントラル行き最終便に間に合わせよとのことです。グラマン中将から回された書類ですね。概要はこちらにありますので、目を通して下さい」
「やれやれ君は本当に素直じゃないなあ…まあ私は君の気持ちなんてとっくにお見通しだがね? でもちゃんと君の言葉で聞きたいんだよ」
「明日からは軍議に視察と予定が詰まっております。書類に時間を割けるのは今日までです。こちらの書類は本日が締切のものではありませんが、前倒しで出来るだけ処理をお願いします」
「リザちゃん…完全無視は止めて…」
「それから明日からの予定ですが、武器工場の視察と公共工事現場の視察は私服で行えとの通達が。どうやら覆面視察という体らしいですね」
「ゴメンナサイ。仕事中にリザちゃんって呼んで本当にゴメンナサイ。もうしないから、返事して…でも君のいやっそうな顔もチャーミングだからつい呼んでしまうんだ。もちろんベッドの中でリザと呼んだ時の顔も好きだがね?……って、銃はやめなさい!」
「大佐、私は事務方に行って参りますので、ちゃんと仕事して下さいね」
「…………はい」
「それでは……あ、大佐」
「何だね?」
「……好きですよ。では」
「…………………不意打ちは卑怯だ……」




◆色仕掛け◆

「あ~暇ねー何か面白いことないかしら?……リザ、あんた大佐に色仕掛けでもしてみなさいよ」
「……レベッカ。あなたの暇つぶし方法はいろいろと雑よ。それに、どうして私がそんなことするのよ」
「おねーさんの目はごまかせないわよ。あんた、大佐のこと大好きじゃない。んで、大佐もあんたのこと大好きだし」
「まさか、そんな訳ないわ。仮にあなたの言うとおり大佐が私を良く思ってくれていたとして。そんな人が私の言いつけを守らず仕事をさぼってデートに行くかしら?」
「んふふ、あんたが好きってことは否定しなかったわね」
「…………いいでしょ。とにかく、大佐は私のことなんて好きじゃないわよ」
「そんなわけないでしょ。普段の不真面目さはぜ~んぶ、あんたの気を引きたいからよ」
「そうかしら…?」
「ね、だからっ、色仕掛けでもして迫ってみなさいって。面白そうだから!」
「……せめて本音はオブラートに包んでちょうだい。だいたい今更何をあの人に仕掛けるのよ」
「それはいろいろあるでしょ?」
「きっとダメよ。だってもうやってみたもの。……見せたの」
「え……! 何を!? まさか…」
「二の腕」
「慎ましやか!! そこ!?……ん? 何か跡があるけど……」
「ええ、大佐に噛みつかれたの」
「へ!?」
「これで分かったでしょう? 特に効果なしだって」
「いやいやいや、それ効果あったんだって! 絶大だって! 大佐も激しいわね…二の腕くらいで理性飛ばすなんてね」
「噛みつかれるのが、どうして効果ありなの?」
「う~ん……あんたは色仕掛けする前にもう少し修行が必要よね……」




◆似た者夫婦◆

「大佐と中尉って似てるよな」
「は? どこがだよ。大佐は仕事サボりまくりの不真面目人間、中尉は何でもきっちりな真面目人間。正反対だろ」
「いや、そうでもないんだって。この前大佐が出張に行っただろう? いろんな地方司令部を訪れて交流をはかるとかいうやつ」
「ああ、行ったな」
「帰ってきて開口一番、大佐、何て言ったと思う?……うちの子(副官)が一番可愛い! だぜ」
「ああ、それでしばらく中尉にべったりだったのか。……でも、その話をどう理解すれば大佐と中尉が似ているってことになるんだ?」
「まあ最後まで聞けよ。でさ、これは非番空けの中尉が話してたんだけどよ、中尉、ハヤテ号を連れてドッグランに行って来たんだと」
「……ああ、あの黒い悪魔な」
「お前の犬嫌いはどうでもいいから。んで、他の愛犬家達と交流していろんなワンコと遊んだそうなんだが……」
「が?」
「中尉が言うには、うちの子(ハヤテ)が一番可愛い。だそうだ」
「似てるな……むしろ思考回路がまったく一緒だな……」
「だろ? あの二人、結婚して子供が出来たら親ばかになりそうだよな……」
「両親ダブル親ばかかよ!……今から子供自慢の覚悟しといた方がいいな……」




◆暴露◆

「大佐ぁ~大佐あ? きーてますかー?」
「聞いてるっ、聞いてるからっ! 君、ちょっと飲み過ぎだぞ?」
「だぁ~れの、せいらと、思ってるですかぁ~? たいさが、いつもいつもわたしに、めんどうをかけるかあら、私がストレスためることになるんれす!!」
「すみません、すみません……」
「いーえ、謝ったって許しません! きょうこそはー、私のひごろの不満を~ぶちまけさせてもらいますー」
「こ、ここで……? 今日は楽しい飲み会の席だし、みんな聞いているし……」
「こ・こ・で!」
「はい……」
「いいですかあ? まずは、仕事中に隙あり! って言ってキスするのやめて下さい! 隙と好きとキスをかけてるのかもしれませんけど……寒いです!」
「ごめんなさい……でも、ほら、ちゅーい。みんなが聞いてるから、もうその辺で……」
「いーえ! まだです! というか、このさいらから、みんなにもきーてもらいます! たいさとわたしのことっ」
「え……っ」
「わたしとたいさは……幼なじみらったんですが……かれとわたしはいつも……お医者さんごっこをしてました!!」
「ご、誤解を招く発言はやめたまえ! ほら、みんな引いてるじゃないか! 四つ年下の女の子とお医者さんごっこはいろいろとアウトだろ……って顔、みんなしてるし! いいかっ! この際誤解の無いように言っておく。私とちゅーいはそんなかんけーではない!」
「みんなホントかなあ? って顔してますけど?」
「くっ、いいか。中尉、一つはっきりさせておかねばならぬことがある!」
「なんれすか?」
「患者が私で……お医者さんは君だったんということだ!!」
「……そこ重要なんれすか? 結局お医者さんごっこしたことには変わりないじゃ、ないれすか」
「最重要事項だ。この情報があるとないとでは今後の私の司令部での地位に関わる」
「はあ……」




◆フラれた理由◆
※ロイが他の女と付き合ってる描写あり。




「ちょ、どうしたんすか、大佐。すげー頬が腫れてますけど」
 朝、出勤してきたロイの頬に大きなモミジを発見したハボックは目を丸くした。するとロイはうんざりした顔をする。
「ああ……女にフられたんだよ。司令部の門をくぐってからここまでの間にもう何人に聞かれたか……」
「そりゃあ、そうですよ。俺がフられたって、いつものことッスけど、大佐がフられたっつーのは大事件でしょ。って! 自分で言ってて悲しくなってきたけど!!……で。どうしてフられたんスか? そんな顔しちゃって」
「……やってる時、違う女の名前を呼んだ」
「あちゃあ……それで怒らない女はいないでしょーね……で、誰の名前を呼んだんです?」 
「うるさい」
「当ててみましょうか。……ホークアイ中尉でしょ」
「……何で分かった?」
「あったり前でしょう。だって、あんたの付き合う女みーんな、中尉にそっくりですよ」
「何だと?……まさか」
「つーか、自覚が無いのが逆に驚きッス。よっく思い出してみて下さいよ。金髪か茶色の大きなつり目だったでしょ、みんな。で、ナイスバディ」
 ハボックに指摘されて、ロイは少し考え込む。やがて彼の顔はみるみるうちに赤くなっていった。
「……本当だ、我ながら、恥ずかしいな……」
「そりゃ、恥ずかしいですよ。いい年して本当に惚れてる女一人口説けないなんてね、天下のロイ・マスタング大佐ともあろう人が」
「……うるさい」
 相当痛い所を突かれたらしく、ロイは渋い顔をする。今がチャンス、とばかりにハボックは彼の弱みをぐりぐりしてやろうとして。 
「失礼いたします、大佐。話を聞きまして……冷やすものをもって参りました」
 執務室の扉が開かれ、話題の人物が姿を現した。彼女――リザは、氷が入った水袋を持っている。医務室に置かれているものだ。
「ちゅ、中尉……」
「ほら、お早く。今日は午後から会議があるんです。そんなお顔でお出になられましたら、威厳が保てませんよ? ただでさえ童顔でお若く見えるのを気になさっておられるのに」
「う、うん……」
 言うなりリザはロイの頬に、水袋を押しつけてくる。不意打ちで至近距離にきた彼女に対して、ロイはカチンコチンになっていた。
(本命に弱すぎだろ……)
 というハボックの感想は絶対に本人にはきかせられないものだった。




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by netzeth | 2015-07-25 20:30 | Comments(0)