うめ屋


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眠れない夜


 その夜、小さな一粒はあっという間に大粒に変わり嵐となった。朝のラジオ天気予報は見事なハズレだ。部下と二人呑気に食事へと出かけていた私は大雨に降られ、濡れネズミとなりながらも何とか自宅へと帰り着いた。

「大丈夫か? 中尉。冷えたろう、すぐにシャワーを使いたまえ」
「いえ、私は後でお借りします。まずは家主である大佐がお使いになるのが筋かと」
「それを言うなら、客であり女性である君が先だろう。ここは絶対にゆずらないからな。分かったらさっさと行け、命令だ。着替えは用意しておいてやるから。君がシャワーを浴びないのなら私も浴びないからな!」
「……分かりました。お借りいたします」

 上司という立場を最大限に利用して、中尉をバスルームに押し込むことに成功した。備品は好きに使えと声をかけしばらく耳を澄ませる。シャワー音が聞こえてきたのを確認してから、私はほっと息をついた。
 頑固者を納得させるのは一苦労だ。そもそも、今夜は私が食事に誘ったのだ、こんな風にびしょ濡れになった責任は私にある。だから彼女に、暖かいシャワーに着替え、そして熱いミルクティーを用意するくらいの責任は取らせてもらたいものだ。 
 
 そんなことを考えながら寝室へと赴き、タオルをチェストから取り出すと取りあえず自らの体を拭った。そのまま彼女のために着替えを見繕う。
 女性が着られそうな衣服……というと、どれがいいだろうか。最初に目に入ったのは白いシャツ。途端に脳内にぽわわんと甘美な映像が展開した。
 彼シャツ。男物のダボダボシャツ一枚を羽織る女性……というものは実に赴き深く良いものだ。特にその中身が中尉だったのならば……。
 はっ、いかんいかん。
 私はぶんぶんと頭を振って、不埒な妄想を脳内から追い出す。こういう所で欲を出して、彼シャツなど夢見てはいけないのだ。
 

 結局無難にパジャマを選ぶと、私はそれを持ってバスルームに向かおうとする。しかし、そこではたと気づいた。
 ――下着はどうする。
 そうだ、あの大雨で全身ずぶ濡れなのだ。つまり下着まで。濡れた下着をもう一度身に纏うなど気持ち悪いに違いない。だが、当然ながら我が家に女性用の下着などない。あったら変態だ。
 かといって。
 ノーパンで私のパジャマなど着られようものなら、私の理性が危うい。何としてでも下着を用意しなければならない。悩みに悩んだ末、私はボクサータイプの下着を手に取った。これならば、トランクスよりも良いだろうと思ったのだ。ちなみにちゃんと新品だ。私は自分の使用済み下着を彼女に履かせる性癖は持っていない。
 


「大佐、ありがとうございました」
 脱衣所に着替えとバスタオルを置いてしばらく、私のパジャマを身に纏った中尉が姿を現した。濡れ髪を拭いながらやってくる美女――というのは何とも目の保養である。 
「シャンプー使わせて頂きました。とてもいい匂いですね、どこのメーカーのものなんですか? 私も普段使いしたいです」
「ああ、あれな。マダムから貰ったものなのだが……」
 セントラルにしか置いていない少し特別なメーカーのものだ。私自身匂いが気に入ったのでセントラルから取り寄せて使おうと考えていた。ホークアイ中尉に分けてもいいだろう。
 が、ふと私は思い立つ。彼女があのシャンプーを愛用したとして。私と同じ香りを髪からさせていたとしたら、それは問題ではなかろーか。良からぬ噂が立ってしまうかもしれない。
「どこのものか良く分からんのだ」
「そうですか……」
 不安材料は取り除いておいた方が良いだろうと、さりげなく質問をかわすと彼女は残念そうな顔をした。しかし、すぐに気を取り直して私に笑顔を向けてきた。
「あ、それから、下着までご用意して下さってありがとうございます。濡れていたのでとてもありがたかったです」
「そうか、男物ですまんが」
「いいえ、とても着心地がいいですね、男性用下着って。こちらも普段使いしようかと……」
「ブベラ!!」
「え?」
 まさかの中尉の発言に思わずへんな声が出てしまった。  
 ロイ・マスタング、27歳、独身。まだまだ女性に夢を持っていたいお年頃。
 中尉が何を身につけようと彼女が可愛いことは絶対の真実であるが。それでも男性用下着は頂けない。もしもこの先いろいろ盛り上がって? 彼女の下着を拝む事態になった時に、男性用ブリーフが目の前にどーんと現れたのならば、萎えてしまうこと必死。
「ま、ま、ま、待ちたまえっ、中尉。それはやめておけ。女性が女性用の下着を身につけないのはよくない」
「え……どうしてですか?」
「いいか。数年前、セントラルで男性用下着を身につけるのが女性たちの間で流行ったことがある。その時に健康被害が多数報告され社会問題となったのだ。……悪いことは言わないやめたまえ」
「そうなのですか、全然知りませんでした……」
 神妙な顔で中尉が頷いてくれたので、私はほっとした。ちなみにこれは実話だ。健康被害と言うのは主に男性陣が恋人の下着に涙したという精神的被害である。
「そ、そうだ。実は君のために暖かい飲み物を淹れようと思ったのだが、すまんな、手際が悪くてまだ用意出来ていないんだ。すぐに持ってくるから、待っていてくれ」
 中尉に深く突っ込まれる前に私は、さっさと話題を変えた。
「それは私が。大佐はお早くシャワーにお入り下さい」
 そう言って彼女はダボダボのパジャマの袖をまくった。しかし、ダボダボ過ぎて、ストンと落ちてきてしまう。もう一度同じ仕草を。しかし、またストンと落ちる。だぼっとその手の甲を全て覆ってしまうパジャマの袖。それは如実に男と女の体格差を表していた。
「もうっ……」
 しばらく彼女がパジャマの袖を格闘しているのを眺める。
 いい、実にいい。
 ダボダボの男物のパジャマを着ている中尉は、子供のようなあどけなさと大人の女性の色香が同居した何とも言えぬ魅力があった。ダボンとしたシルエットは幼いのに、襟元から覗く鎖骨は大人の女のそれ。あ……ちょっと屈むと中身が見え……。
 いかんいかん。
「ちゅ、ちゅーい、私、とにかく、シャワーいく」
「え? は、はい」
 動揺のあまりカタコトになりながら、私はバスルームへと駆け込んだ。衣服を脱ぎ去りシャワーコックをひねる。頭から浴びるのは湯でなく冷水だ。彼女の色香に茹で上がった頭を冷やすのはこれくらいでなければ足りないだろう。


 
 シャワーを浴び終え何とか心を落ち着けて戻ってきた私を出迎えたのは、中尉が淹れてくれたお茶だった。同じ茶葉でも淹れる者でこうも変わるのか、と驚きつつそれを啜る。
 それから、私は考えていたことを中尉に切り出した。
「中尉、雨は止みそうにないし、今日はもう遅い。うちに泊まっていくといい」
「そ、そんな……」
「こんな雨の夜に君を一人で帰らせる訳にはいかんし、かといって私に君を送らせてはくれんだろう?」
「もちろんです。何と言っても雨の日の大佐は」
「無能だからな」
 彼女の言いたい言葉を予想し告げる。肩を竦めてやれやれという顔をすれば、中尉がぷっと吹き出した。
「ご自覚があるのならば結構です」 
「ああ、自覚があるとも。だから、遠慮なく泊まっていけ」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
 おどけることで彼女から譲歩を引き出すことに成功した私は、してやったりと思う。普段から常に気を張り続け、私に対して隙を見せたがらない中尉を甘えさせるのは一苦労なのだ。
「そうか。では、私のベッドを使いたまえ。シーツも新品に取り替えてあるから」
「……それでは、大佐はどちらでお休みに?」
「私はこのソファーで寝る。なあに、ベッドに行くのが面倒でよくここで寝ているから、問題はないさ」
「そ、そんな……っ」
 ベッドが一つだけ問題で揉めるのは予想出来たことだ。彼女が家主であり上司である私をベッドから追いやってしまうのを、すんなり良しとする訳がなかったからだ。
「気にするな、中尉。女性でありゲストである君をソファーで眠らせるなどしたら私は例えベッドで眠っても安眠できまいよ」
「でしたら、私だって同じです。大佐をソファーに眠らせて自分だけノウノウとベッドで眠るなど……絶対に出来ません」
 思った以上に彼女は頑固で譲らない。
 ――それなら一緒にベッドで寝るか?
 この妥協案が口から滑って出そうになるのを、私は必死に押しとどめていた。言ったら最後だ。中尉がセクハラだと怒ってくれればそれでいい。
 だが。
 彼女は私をソファーで眠らせるくらいならば、と認めてしまいそうだ。そうなったのならば、困るのは私だ。中尉と同衾なぞしては本当に朝まで眠れなくなってしまう。
 しかし、言い争いは平行線で二人とも譲らない。このままでは私より先に中尉がこの問題ありの妥協案を言いだしてしまいそうな勢いだった。そうなってからでは遅いと、私はもう一つの妥協案を提示する。これは私の秘策であった。
「それならば、中尉。いっそ二人で起きて夜を明かすというのはどうだい? 幸い君は明日は非番。私は遅番だ。朝まで起きていてもそれほど問題はないだろう」
「……大佐と朝まで……ですか?」
「ああ、そうだ。退屈しないように私の錬金術理論でも語ってやろう。ラジオをBGMに流すのもいい」
 提案を聞き唖然としていた彼女だったが、私の言葉を聞くと見る見る頬を紅潮させていった。それは照れからというよりも面はゆさといった感じだ。
「……いいですね。昔を思い出します」
 古き記憶。彼女の実家で二人で過ごし語り明かした夜。夢を語り錬金術の理論を披露し、眠ってしまった彼女に肩を貸して過ごしたホークアイ家の居間。暖炉が燃えさかっていた、暖かな一夜……。
 懐かしげに瞳を細めてリザが言うのを聞き、彼女がこの案を呑んだと判断して、私はほほえむ。
「では、まずは何から語る?」
「貴方の好きな話を」
「よし」
 昔のように私たちは肩を並べて座った。足下には毛布をかけて、暖かい飲み物を用意して、ラジオから音量を絞った音楽を流して。そうして、再び一夜を過ごす。色っぽい雰囲気にはならなかったけれど、私は満足していた。
 彼女と過ごすこんな夜も、また格別だ。
「では、最近読んだ論文から……」
「はい」
 ごほんっ、と咳払いをすると隣に座った中尉が返事をする。彼女の期待に答えて私は朗々と語り始めたのだった。 




 ……なんて、純粋にこの夜が終わればどんなに平和だったが。
 今、私は窮地に陥っていた。元凶は私の肩にもたれ掛かって、すやすやと安らかな寝息と立てている女性である。
 せめて、私から離れて眠ってくれれば立ち退きようがあったものを。
 昔のように、中尉は私の肩に寄りかかった眠ってしまったのである。無理もない、そもそも今夜はずっとかかりきりだった事件解決を祝っての食事会だった。彼女も疲れがたまっていたのだろう。
 徹夜を提案したまでは良かったが、まさか、中尉がギブアップしてしまうとは想定外であった。
(ああ……いい匂いだ……)
 彼女の髪や首筋やらうなじやらからはやたらいい匂いが香ってくる。自分と同じ匂いであるはずなのに、どこか甘いのは何故だろう。
(なんとしても、彼女を起こさずにこの窮地から逃れなくては)
 疲れて眠る中尉を起こすのは忍びない。出来れば、起こさずに抱き上げてベッドまで運ぶのがベストだ。
 まずは彼女から体を離すことが肝要だ。私は少しずつ少しずつ振動を与えぬように注意しながら、体をずらしていく。体勢的にかなり無理があるので、いろんな所がつりそうだ。だが、耐えねばならぬ。
 が。
「うん……」
 中尉が寝返りを打ったことで、事態は思わぬ方向に転がっていく。ころんと私の肩から頭を前に落とし、彼女の体はずるずると私の体を下方に落ちていく。
 肩から二の腕、それから肘の辺りに引っかかる。
「うぉ……っと」
 中尉の頭が落ちてしまわないように、私の体は緊張する。そうなってしまったが最後、彼女は目を覚ましてしまう。
 しかし、このままではもっとまずい事態になってしまうだろう。
 中尉の頭を落ちないようにするには、私の体に寄りかかるのがベストだ。だが、体重は支えきれず、ずるずると彼女の体は下に滑っていく。
このまま行くと、彼女の頭は私の膝に着地する。それはまあいい。問題なのは私の膝……股間辺りにころんとうつ伏せになってしまったら私はどうしたらいいのかということだ。
 そんなことになったら、私(の股間)は大暴れしてしまうだろう。
 せっかっく純粋な気持ちに返って押さえ込んでいた欲望が、元気になってしまう。
 彼女の顔が私の股間に埋まる。
 ああ、字面だけでもうアウトだ。それだけは絶対にダメだ。
「ううん……」
 また中尉が寝返りを打とうとするのを、私は腕の力だけで押しとどめた。肘の辺りに満身の力を込めて頭が落ちて行かないように止める。だが、重力には逆らえず、ずるずると彼女の身体は落ちていく。
(そう、そのまま……そのまま…寝返りを打つなよ……? よし!)
 私は身体をさばいて上手く彼女を誘導し、何とか普通の膝枕に持って行くことに成功した。落ち着く場所を見つけて安心したのか、中尉はまた安らかな寝息をたて始める。良かった、これ以上の変な寝返りは大丈夫なようだ。
 ほっと力が抜けて、思わず彼女の頭を撫でてしまった。それに猫の子のように中尉はすり寄ってくる。おそらく無意識なのだろう。
「君は……もう少し、警戒心を持つべきだ」
 ぽつりと私は呟く。男の前でこんな風に寝こけるなど、襲ってくれと言っているようなもの。 
「……んん、大佐……」
 しかも、こんな姿は私にしか見せないと言わんばかりの寝言でだめ押し。
 ……ああ、前言を撤回しよう。案外彼女は私の前では隙だらけだ。
「バカ者め……」 
 深いため息を吐く。当初の私が危惧した通り、今夜は眠れない夜になりそうだった。



END
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by netzeth | 2015-08-10 23:36 | Comments(0)