うめ屋


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SS詰め合わせ6

夜のしじま


夜の静寂にパラリと紙を手繰る音だけが聞こえる。黙々と仕事に没頭しているのは、東方司令部司令官の副官リザ・ホークアイ中尉だ。書類に目を通している彼女の眉間には険しいシワがよっている。だが、それは唐突にむにっと指で押されてほぐされた。
「……眉間のしわ。とれなくなるぞ?」
「大佐、やめて下さい。セクハラですよ」
「セクハラだからな」
 しれっと言われたその台詞に、リザの眉間シワが一本増えた。
「では訴えて勝ちますけど、よろしいですか」
「……よろしいわけないだろう」
 非常に剣呑な顔で睨まれて、若干ロイは怯む。そして、慌てたように謝ってきた。
「すまんすまん、だが、君があまりにも根を詰めすぎているようだから、心配でね。……あまり無理をするな」
 こういうことを優しい声で言われてしまうと、怒れなくなるから困る――とリザは思った。サボったりダラケているようでも、彼も見るところは見ているのだ。
「やはり、少し手伝おうか」
 デスクワークは君に及ばないけれど、とロイが申し出てくるのにリザは首を振った。気持ちは嬉しいが丁重にお断りする。
「いいえ、大丈夫です」
「……君の優秀さは十分知っているが、一人で出来ることには限界があるぞ」
「ありがとうございます、大佐。ですが、私の仕事を大佐にして頂いたら、私の立つ瀬がありません」
 それはリザのアイデンティティに関わる問題である。リザだって、ロイの優秀さを知っている。彼だったらば、こんなデスクワークくらい一人で出来てしまうかもしれないということを。だからこそ、リザは自らの仕事をゆずる訳にはいかないのだ。
「そうか、分かった」
 と、分かってくれたのは良かったのだが。そのままロイはリザの傍らに居座り動かなかった。なんでいるんですかと聞くと、「応援」とにっこり笑っていろいろちょっかいをかけてくる。「君のまつげは長いなあ……可愛い」とか「ほっぺたふにふにだなあ……可愛い」とか。何か小動物的なものを観察しているかのようだ。正直仕事に全然集中出来ない。
「……大佐。貴方にそんなに近くで見られていては落ち着かないんですが」
「じゃあどうしたらいい? 消えろというのはなしでな。寂しいから、私が」
「……では、お休みになって下さいますか?」
「ん? 寝てろって?」
「はい。そちらの応接用のソファーにでも横になっていて下さい」
「分かった。……寝ているのはいいのかい?」
「ええ。見られたり話しかけたりされるのは大変落ち着きませんが……やはり、大佐の気配がそこにあるだけでなんだか安心するんです」
「…………この無自覚め。そんなことを言われたら、素直に眠れるか怪しいぞ」
「え?」
「……いいや、何でもない」
 聞き返してもぷいっと顔を逸らして、ロイはさっさとソファーに横になってしまう。そして、疲れていたのかあっという間に眠ってしまった。その気配を感じ取りながら、リザは書類仕事を再開する。
 特に何があるという訳でもない、日常。しかし、それがたまらなく愛おしいとリザは思った。
 夜の静寂に今度はロイの寝息が響く。耳を傾けていると心が凪いでいくのをリザは感じとっていた。仕事の疲れやストレスといった心のささくれだった部分が、綺麗にならされていく。

 ――そして、上司と部下の穏やかな夜の時間は過ぎていくのだった。  
 

暖かい夜 
 
ちょっと書類仕事に手こずって司令部を出ると、もう日付が変わろうかという時刻になってしまった。満点の星がきらめく冬の空は、その寒さ故に鮮明で美しい。はあっと白い息を空に向かって吐き出して、私がはさてどうしようかなと思案した。
 腹がぐうと鳴る。
 行きつけの店はとっくに閉まっている時刻。開いている店を探すとなるとシティの中心部まで足を伸ばさねばならないが、この極寒の中歩き回るのは流石にしんどかった。かと言って家に帰って自炊しようにも、料理の材料など皆無である。
 しばし私は考え込んで。
「ああ、そういえば一番の行きつけの店があるじゃないか」
 すぐに思い浮かんだ名案により、私のこれからの予定は速やかに決定された。


 
 勝手知ったる慣れた手つきで、私はその部屋のドアをノックする。深夜であるので一応音を押さえた。すると、パタパタパタという軽い足音が近づいてきて、
「どちらさまですか」
 聞き慣れた声が扉の向こうからかけられる。良かった、まだ起きていたようだ。
「私だ」
 当然のように返事をすると、しばし沈黙が落ちる。
「……どちらの私さまで?」
 固い声での誰何。おや、分かってるくせに可愛くないな。
「君の愛する私だよ」
「………では合い言葉をどうぞ」
 やはりこんな時間の訪問では彼女の機嫌もよくないらしい。しかし、寒い中いつまでも外で待たされてはたまらないので、私はすました声で返答してやった。
「愛してる」
「………ばっ! ばかなこと言ってないで、とっとと入って下さい!」
「いや~はっはっはっ、遅くに悪いな。失礼するよ」
 まるでオープンセサミ。私の愛の言葉に案の定顔を赤くした彼女はドアを開けてくれた。そのまま暖かい部屋の中へと招かれる。ストーブが焚かれているようだ。しゅんしゅんしゅんとストーブの上に置かれたケトルからは蒸気が吹き出していた。とてもぬくもりを感じる光景である。
 見れば彼女はもうパジャマ姿だった。髪を下ろし厚手のカーディガンを羽織ったリラックスした格好。おそらく就寝前だったのだろう。
「……すまん、もう寝る所だったか」
 流石にこんな時刻に不躾だったか、と私は反省し彼女に謝った。いくら彼女が本日非番だったといえど、自宅を訪問するのに適した時間とは言い難い。
「本当です。……いらっしゃるのならば、せめて電話の一本なり入れて下さい」 
 くるり、と私を振り返り彼女は少々お怒り気味に言う。
「……すまんな。こう寒いと急に君の暖かい味が恋しくなって、な」
「やっぱり夕食を召し上がっていないのですね。きちんと規則正しく召し上がって下さいといつも申し上げていますのに……もうっ、分かりました。何か作りますからお座りになっていて下さい」
 お小言を言いながらも、彼女はキッチンへと赴くとあっという間にいい匂いをさせ始めた。私はそんな後ろ姿を眺めながら、膝の上に乗ってきたハヤテ号の相手をしてやる。ああいう私の面倒をみずにはいられない性質は、昔から彼女の変わらない所である。
「さ、出来ましたよ。もう夜も遅いんですから、さっさと召し上がって下さいね」
 ほわんといい香りがする、リゾット。コンソメで野菜と米を煮込んだ優しい風合いだ。流石リザ。胃に持たれないように、との配慮だろう。
 いい加減空腹が限界にきていたので、私はそれをありがたく頂くことにする。
 リゾットは優しく暖かく……私にとって格別な味がした。噛みしめて、彼女の愛情の籠った手料理を味わうことしばし。ふと、食事に夢中になっていた私は視線に気づいて、顔を上げた。すると、私を見ていた彼女と目があう。
 彼女は手料理を私に出すと、いつも同じ顔をしている。不安と期待が折り混ざった複雑な、けれどとても可愛らしい表情。その表情の意味をとっくに察している私は言ってやった。
「美味いよ、ありがとう」
「……いいえ」
 私の誉め言葉に、照れたように瞳を逸らすのもいつものこと。夜中に急に訪ねて行ったって、なんだかんだ言いながらもこうしてさっと美味いものをつくってくれるリザ。
「……こんな男に捕まらなければ、今頃いいお嫁さんになっていたろうになあ……」
 ついつい私は思ったことをぽろりとこぼしてしまう。すると、彼女の表情がひどく剣呑になった。
「あら、他のひとに捕まった方が良かったですか。……それなら今からでも遅くないので、そういたしましょうか?」
 唇を尖らせて、彼女は毒舌を吐く。
 ……ああ、これはひどく拗ねているな。
 私は己の失言に軽く後悔しながらも、フォローすべく口を開いた。
「それは困るな。私は君を捕まえた男を燃やさない自信がないよ。……それとも君はいいお嫁さんになりたいのかい?」
「ノーサー。今の私の望みでは、ありえませんね」
「うん」
 君ならそう言うと思った。
「でも、覚えておきたまえ。中尉」
「え?」
「私は君をいいお嫁さんにしたいよ。……だから、後数年待ってくれ。君の結婚適齢期が過ぎない内に何とかするから」
「……バカですか」
「どうだろう」
 ツンと拗ねた唇を、私はリゾットで暖まった己のそれで塞いだ。じんわりと熱を伝えて、寒い冬の夜を暖める。もっと熱を求めて彼女の体を引き寄せようとすると、抵抗するように押し返された。
「お食事に来たのですよね」
 確認するように問う彼女に笑って告げる。
「ああ、だから最初に言ったろう。暖かな君の味が恋しくなった、と」
「なっ……」
 あれはそういう意味だったのかと、絶句する彼女に。してやったりと私はもう一度口づけをし、勢いついでにソファーの上に押し倒そうとする。
 すると。
「きゅ~ん……」
 見れば膝の上にいた黒の子犬が、鼻を鳴らしていて。何をしているの? と眠そうな瞳で私たちを見上げていた。
 そのあどけない様子に、どちらともなく顔を見合わせて私とリザは笑い合った。

 ――寒いけれど暖かい冬の夜のおはなし。



上司で遊ぶ部下

 
「マスタング大佐って、ホークアイ中尉が大好きですよね」
「フュリー……お前なあ…どうせ上司と二人きりで沈黙が気まずいから何か気の利いた話を、とでも思ったんだろーが数ある話題の中で何故それをチョイスした?」
「すごいなぁ、大佐。僕が考えてること分かるんですね。でも、別に気まずいとか思ってないですよ? 僕がそれを聞いたのは大佐のお答え次第でまた次の話題に繋がるからで……で、違うんですか?」
「……ち、違う! 別に好きなんかじゃ……」
「そうですか。じゃあ、意味ないかな。せっかく中尉に好きな人のこと聞いたんだけど……」
「何だって?……もう一度言ってみろ」
「ホークアイ中尉に好きな人のこと聞きました」
「……話せ」
「え?」
「は・な・せ」
「え? え? だって、大佐は中尉のこと好きじゃないんですよね。だったら別に興味の無い話題じゃ……」
「いいから話せ!!……いや待て、まずはこっちから質問して答えをしぼらせてもらう。……相手は人間か?」
「何でそんなに遠くからなんです?」
「うるさい。こういうことは心の準備が必要なんだ。いいか? いきなり冷たいプールに飛び込んだら心臓マヒを起こすだろうが!」
「ああ……まずは手足に水をかけて慣らす的な……というか、好きな人って僕言いましたよね? 何で人以外の選択肢を用意する必要が?」
「いいからっ、次っ、次の質問いくぞっ」
「はい、どうぞ」
「……燃やせるか?」
「燃やす前提なんだ……。大佐、やっぱり中尉のこと好きなんじゃ?」
「うるさい。違うと言っておるだろうが! それから質問に答えろ」
「燃えると思いますけど」
「そうか、では次の質問だ。……相手は男か?」
「そっ、それは……っ、そうでなかったら中尉を見る目がいろいろ変わってしまいそうですけど、男……だと思われます。もう~~いちいち迂遠ですね。そんなに確信を突くのが怖いんですか?」
「なっ、何を言う」
「だってそうじゃないですかあ。ホークアイ中尉の好きな男の人の話、本当は大佐、聞きたくないんでしょ。だから、そんなに回りくどい聞き方するんでしょう?……やっぱり大佐、中尉のこと大好きなんじゃ…」
「違う。そんなことはない」
「またまたぁ。だって、大佐いつも中尉が見てるとこだと仕事サボるじゃないですか。で、その度に中尉に怒られて。僕、知ってるんですよ? ホークアイ中尉がいないとこだとすっごく真面目にやってるの。中尉の気を引くためにサボって叱られたいけど、中尉の負担になるほどにはサボりたくないんですよね~?」
「…………最後の質問だ、フュリー曹長。心して答えたまえ」
「あ、誤魔化した」
「ごほっん。……具体的に中尉はその好きな人のことを何と言っていた?」
「そうですね……ホークアイ中尉は、好きな人のことをこう言ってました。……私がそばにいてあげないとダメな仕方のない人だって。大変ですね、大佐。まさか自分で自分を燃やせませんから」
「……おっ、おまえ! 人畜無害な顔をしおって、全部知ってて私で遊んでたろう!? こらっ、その大佐は純情だなあ……っていうニコニコ笑いよせ!」
「嫌だなあ……そんなことありませんよ。あ、大佐、僕からも最後に質問いいですか?」
「……な、なんだ」
「大佐って、絶対ホークアイ中尉のこと大好きですね」
「うるさい! せめて疑問系で言え! 断定するなっ、好きじゃないっ! 断じてない!!」


上司で遊ぶ部下2

「時に、ホークアイ中尉は恋愛を嗜みますか」
「……その質問に私はどう答えたらいいのかしら…?ファルマン准尉。いくら上司と二人きりで気まずいからってその話題選びはベストとは言えないわね」
「これは失敬。ご存じの通り知識の蒐集は私の性分でして、他意はありません。どうかご容赦を。それから中尉と二人きりで喜びこそすれ気まずいだなどと露ほども思いませんとも。……して、お答えはいただけますでしょうか」
「その胡散臭い台詞あの人に似ているわ、気をつけて。答えは……世間一般の女性並には、よ」
「左様ですか。それでは次の質問を。中尉はマスタング大佐のことが男としてお好きですか?」
「……やっぱりあなたの話題選びは最悪だわ、准尉。私はその質問にも答えないといけないの?」
「おっと剣呑な顔をしないで下さいよ、中尉。答え如何によってこれからの話題選びに影響が出るので聞いた次第でして。もちろん答えたくないのならかまいませんよ」
「……こんなふざけた問いでどう影響が出るのか、興味深いわ。一体何を話そうと言うの?」
「それは中尉の答え次第です。答えを頂けなければこの話題は迂闊には振れないのですよ。それは後で分かると思いますが……ああ、もちろん私が話題を振れたら、の話ですが」
「ずいぶんと謎めいたことを言うのね。そんな思わせぶりなことを言われてしまったら、あなたの振りたい話題がますます気になってしまうわ」
「それで、中尉。答えて頂けますか? もちろん、回答拒否も受け付けますよ」
「……好きではないわ」
「そうですか。では、安心してこの話題を振れますな。実は……マスタング大佐の好きな女性についてなのです。このまえ偶然小耳に挟みまして。どうです? 興味深いでしょう」
「……そうね。ぜひ拝聴したいわ」
「はい、それは……」
「…………待って。まずこちらから質問させてちょうだい」
「それはかまいませんが、どうしたんです? ホークアイ中尉。少し顔色が」
「何でもないわ。それより訊くわよ、いい?……相手は人間?」
「………それはどういう意味なのでしょう」
「ほら、想像上の生き物というか、大佐の頭の中だけに存在する可能性も」
「いくら大佐でもそこまで痛くないと思いますが。ちゃんと人間のはずですよ」
「……そう。それなら、銃は有効かしら?」
「上司を何と恋愛させようとしているんです? 銃で撃ったら痛いでしょう、相手も」
「そう……じゃあ、相手は女?」
「男だったら身の危険を感じます、私。……女性ですよ」
「そうなの……」
「おや、ホークアイ中尉。ずいぶんとお元気が無いようで。……もしかして、やはりマスタング大佐のことを?」
「す、好きじゃありませんっ」
「そうですか。時に中尉、ツンデレと言う言葉…または概念をご存じですか?」
「いいえ、知らないわ。それはどういう意味なの?」
「――ツンデレ。意味は幾つかありますが…本当は好きでデレデレしたいのに素直になれず相手にツンツンとした態度をとってしまうこと」
「…………どうしてそれを私に訊ねてそして、説明してきたのかしら?」
「…………」
「ファルマン准尉? ちゃんと目を開けて私の目を見なさい!」
「開けてます、分かりにくいですか全開です。糸目で申し訳ありません」
「……まあいいわ。そ、それで……た、大佐の好きな女性というのは結局どんなひとなの?」
「……はい。それにつきましては明確な答えをもらっております。時に、ホークアイ中尉。最後に確認いたしますが、本当に中尉はマスタング大佐をお好きではないのですよね?」
「………ないわ」
「それでしたら安心して話すことが出来ます。何故なら、大佐をお好きな女性に彼が別の女性を好きだと話すのはとても残酷ですから」
「………………そう。それはつまり、私以外の誰か、ということね。当然だけれども」
「はい。お察しの通りです、マスタング大佐はこうおっしゃっておられました。……………自分の錬金術師の師の娘さんをずっと愛していると。あっ、どうしました、ホークアイ中尉? お顔が真っ赤ですが?」
「…………っっっ! あなた。ほんっっっっっとうに、何も知らないのよね?」
「さあ? 何のことやら」


 裏書き  


 軍議から執務室へと戻ったロイは、デスク上に置かれた紙片を手にとった。それはメモだ。ロイへの伝言が記された何の変哲も無いメモ用紙。内容は書類の締め切り時間の繰り上げを告げるものだ。記名は無かったが、この生真面目さがにじみ出た彼女の文字を見間違えるはずもない。
「中尉が、珍しいな」
 よほど慌てていたのだろうか。それを裏付けするように、文字は掠れた走り書きだ。おそらく何か緊急の呼び出しがあったのだろう。だが流石生真面目な彼女のこと、書類提出の期限を破ることはありえないとメモだけは残していった。
「……では、サボる訳にはいかないな」
 すぐそばで監視されていなくとも、手の中の小さな紙片はロイを拘束する。彼女からの言いつけを破ろうという恐ろしい考えは、最初から思い浮かばなかった。
「やれやれ」
 退屈で実りの無い軍議からやっと解放されたと思ったら、すぐにデスクワークにかり出される。自分で選んだ道とはいえ、宮仕えというのは辛いものだ。いささか疲れた。
 ――やっぱり、自分の天職は研究者だったよなあ……。
 好きなことならば、いくらでも集中出来る。それこそ寝食を忘れてのめりこむほどに。錬金術を国民の役に立つために使う……そのために軍人になったが、進む道を間違えたようにも思う。
「ま、ぼやいたって仕方がないか」
 今更迷いは無いし、後悔だってしていない。進む道は一つだ。
 だが、時に錬金術の研究三昧という自分には垂涎ものの日々が恋しくなることがある。そこに可愛い嫁さんがいて、手料理に大好物のビーフシチューや焼きたてのパン、そしてアップルパイが付いて来たらもう最高だ。ロイにとってそれはこの世の贅沢をいっぺんに体験するようなもの。
「はあ……夢を見るのは自由だよな」
 そんなことが叶う訳ないと小さくため息を付きながら、デスクに座った。優先しなければいけない書類を取りだそうとする。 
 と、そこでロイは何の気なしに手にしていたリザからのメモ用紙をくるっと裏返した。
「ん?」
 彼は書かれていた文字を目にし、動きを止めた。メモ用紙の裏側に書かれていたのは、とある日付と料理に使うらしき食材だった。人参だのリンゴだの書かれたそれの最後には、こう記されている。
 
 必ず行くこと、絶対にお腹を空かせている。ご褒美も忘れず。

 赤で二重線が引いてある最後の文句を読みとると、笑いがこみ上げてきた。
「ふっ、く…くくくっ……あは、あはははは……っ」
 誰もいないのをいいことに、馬鹿笑いする。これが笑わずにいられようか。
 日付はロイとリザの非番が重なる日。そして、羅列されているのはロイの好物を作るための食材だ。つまりこれはリザの個人的な備忘録というべきメモなのだろう。それを、慌てていた彼女はロイへの伝言用に使用してしまった……。
「くっ、くくくく……」 
 いつも完璧な副官が見せた僅かな隙。それがロイにはおかしくて仕方がない。
 
 まったく私の副官は有能にもほどがある。メモ書き一つで私をこうも翻弄するとは。こんなものを見せられては、仕事を頑張るしかないではないか。苦しいことの向こうにこんなご褒美が待っているのならば、こんな書類仕事など何でもない。
 
 先ほどまでの疲れも忘れて、ロイははりきってデスクワークに取りかかった。ここで少しでもリザの機嫌を損なう訳にはいかない。ご褒美をあげなければ、と思わせなければ。

「ん……?」
 そこでロイは重要なことに気が付き、声を上げた。
 まて、ご褒美とは……手料理のことか? それとも……彼女自身だろうか。いやいくら何でも深読みしすぎか。いやいやいやいやでも、まて、ご褒美も、と書いてある。つまり料理とご褒美は別……?
 それだけは、いくらメモを眺めても答えは出ず。仕事をこなしながらも、悶々とした気分をロイは味わったのだった。
 
 結局、戻って来た副官に直接聞く誘惑に耐えられなかったロイは、顔を真っ赤にしたリザに銃口を向けられるのだが。それは別の話である。



END
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by netzeth | 2015-08-24 00:10 | Comments(0)